8 つくってみた『家』
改訂版バージョン2です。
東の果ての島で建国から始める街づくり。
まるでラノベのタイトルのようだが、現実は甘くない。
ミズホ国という名前が決まっただけで何も始まってはいないからな。
『いきなり街づくりは飛躍しすぎだろ』
そんなことより今晩のねぐら確保の方が大事である。
確か脳内スマホのアプリ『倉庫管理』に住居の項目があったはず。
今日のところはテントで充分だが、物があるなら利用しない手はない。
大は小を兼ねるのだ。
リストから『住居』を選択し内容を確認する。
「……………」
ひとつしかなかった。
いや、数は問題ではない。
問題は中身だ。
『城塞って何だ!?』
疑問形だが、城塞が何かは分かっている。
砦の機能を有した城だ。
そういうことではなくて……
『これしかないのかぁっ!?』
禍々しくもグロさ満点の外観。
生きとし生けるものの苦悶のうめきが絶えず聞こえてきそうなほどだ。
これで浄化されているのだから違和感は凄まじい。
例によって魔神討伐の戦利品である。
魔族の趣味は俺とは相容れないことが確定した。
使えなくはないが使いたくはない。
使うなら徹底したデザインの変更が必要だ。
まあ、それ以前にデカすぎるから使う気になれんがね。
日本で住んでいた屋敷もそれなりに広かったが、桁が違う。
中に入ったら迷う自信がある。
とにかく却下だ。
が、それだと使える住居が無い訳で。
実に困った話である。
テントすら無いのだからな。
まあ、アウトドアライフを楽しむ魔族なんてシュールすぎて想像もつかんが。
とにかく現実に目を向けよう。
『資材』の中のものを使えばテントの代用物くらいは即席で作れる。
それを仮住まいとして家を建てるのが建設的だろう。
魔法を使えば現代日本より遥かに早く家を建てられるはずだし……
『家だったら今日中に建ててしまえそうな気がするな』
時間もまだ昼前みたいだし。
日暮れまでには間に合いそうだ。
必要な材料さえあればの話だが……
『資材』を確認していないから『住居』の二の舞も無いとは言えない。
「……………」
確認してみたらリストに並んでいるのは金属系ばかり。
目眩を起こしそうになったさ。
スクロールさせたら他の物も並んでいたけどね。
『住居』の時と違って多すぎだ。
『もっと細かく分類できんのかね』
見づらくて鬱陶しいと思ったら瞬時にリスト項目が追加された。
しかも分類済みの状態だ。
脳内スマホ、融通効き過ぎ。
なんにせよ不便が解消されるなら歓迎だ。
さっそく建築資材に適したものをチョイスしていこう。
真っ先に目にとまったのが……
『竜骨?』
恐竜の化石とかじゃなくて本物のドラゴンの骨ってことか。
頑丈そうだけど却下。
骨の家って何か馴染めそうにないからな。
そんな訳で俺が選択したのが竜檜。
これしか材木がないから選びようがないとも言う。
変なものだと困るのでカードの説明書きを読んでみた。
[惑星レーヌ原産]
こちらの世界にしかないようだ。
[檜に分類される材木界のチート]
『なんだ、そりゃ!?』
[虫害や病気に強く耐火性や耐水性がある]
チートと言うぐらいだから、この程度は当然だろう。
[分厚い樹皮が木にあるまじき堅さで伐採が困難。
名前の由来は、あまりの堅さに竜の鱗のようだと言われたことによる]
『山ほどあるんですが?』
[折れ割れに強く切断などもしづらい。
板バネにできるほどの粘り強さを持つ。
曲げ加工は復元力の強さから著しく困難。
建材にできれば緻密で反りが出ないが加工の困難さから知られていない]
『これ、もう木じゃないだろ』
竜の名がつくのも伊達じゃない。
日曜大工が趣味だった祖父もさじを投げそうな代物だった。
しかも丸太の状態で製材から始める必要がある。
祖父の手伝いなどで俺も日曜大工の経験はあるけど素人が製材とか無茶だ。
だが、問題はない。
ここは異世界なのだ。
『物理で無理なら魔法があるさ!』
魔法はイメージと魔力の連動である。
イメージさえしっかりしていれば呪文の詠唱は不要。
同じ魔法でも繰り返し使うとイメージが定着して色々と効率が上がる。
コツはつかんだから、今こそ特訓の成果を披露する時だ。
36年かけて鍛えた妄想力は伊達じゃない!
自慢することじゃないけどな……
とにかく魔法で竜檜を粘土のようにこね回して変形させる。
製材とかしてたら無駄に捨てる材料が多いからな。
勿体ないだけじゃなくて面倒だというのもある。
『いっそのこと一気に家へ変形させてしまうか』
形は実家を複製することに決定。
馴染み深いというのもある。
が、デザインであれこれ考えずに済むのが大きい。
外から見ると古いお屋敷感が全開の家だけど中はリフォーム済みだしな。
設備は新しい方だし洋室だって多い。
ただ、一人住まいには無駄な広さと部屋数があるのが難点か。
それとすべてが木目調になってしまいそうなのも問題かもしれない。
瓦屋根とか塗り壁とか違和感バリバリだと思う。
極めつけは畳だろう。
質感と色も何とか再現してみよう。
透明なガラス戸を再現できるかが鍵になりそうだ。
色は光の反射と屈折で決まるんだし不可能ではないはず。
『すべては俺の妄想力しだいってことか』
しかしながら質感やら色が解決できても、それで終わりではない。
水道や排水設備がないのが最大のネックとなる。
飲み水の確保は川があるからいいとして。
トイレと風呂は汚水を排水するからな。
どうにかして処理方法を考えないといけない。
そのまま垂れ流しだけは回避しないと。
便器や浴槽に魔法をかけて自動的に処理させるとかだろうか。
そうなると魔道具ってことになるのだろうが……
『俺にも作れるのかね』
最初は照明器具のように単純なものを試作して確かめるのが無難か。
できればエアコンとか欲しいがな。
現状は快適な気候だが、この国には四季がある訳だし。
まあ、人間として上位種になった俺の耐性しだいではエアコンは不要かもしれないが。
あとは冷蔵庫か。
保存性は亜空間倉庫の方が上だが冷やしたり凍らせたりできる訳じゃないからな。
アイスクリームとか食べたくなるときもあるはずだ。
『その気になればやれそうだな』
とはいえ今はねぐらの確保に専念しよう。
余分なものを作って魔力が枯渇したりしてはシャレにもならない。
とにかく集中して竜檜の形を変えていく。
粘土をイメージしていたが抵抗を感じる。
竜檜が抗っているのか俺の固定概念が許さないのか。
集中して抗うものを押し退けるだけの魔力を練り上げろ。
「…ル……ん」
『常識をも覆すイメージを作り出せ!』
「待……さ…」
『想像力で現実を圧倒してやる!』
「……が…走……し………」
『魔法に不要な雑念を振り払え!!』
「………!」
次の瞬間、俺の体内で濃密に練り上げられた魔力が竜檜に作用したのが分かった。
俺の魔力は今や竜檜の中で拡散することなくうねりを見せている。
『よしっ、魔法が発動を始めた!』
けれども、まだ竜檜の堅さが粘土のように変わっただけである。
制御し続けなければ望んだ効果を発揮させることはできない。
明確に変形させるための設計図が必要だ。
束石や壁の内側、屋根裏まで完全に網羅したものがな。
だが、今では見たことないはずのそれらが全て頭の中で再現されていた。
それが正確無比なものであるという確信もある。
『ならば後は完璧に再現するのみだ!』
積み上げられた竜檜の丸太が意志を持っているかのように形を変えていく。
ジワジワと空間を侵食するかのように変形を続ける竜檜。
俺が思念で指示する通りの形を質感を、そして色をも再現させる。
そのせいか思っていたよりも進捗が遅い。
現実と想像との齟齬はそこだけだ。
が、それだけで苛立ちが生じそうになる。
苛立ちなど無視だ。
そんなものは集中を乱す元でしかない。
考えるべきは、この魔法を完成させることだけ。
『余計なことなど考えず、魔法にだけ目を向けろ!』
己に言い聞かせるように再び集中していくとイライラは消えていた。
これで家を完成させられると確信したが、計算外のことがひとつあった。
疲労である。
倦怠感は竜檜が変形を始めた頃からあったが。
事ここに至るに眠気さえ感じるほどになっていた。
『いや、とにかく家を完成させないと……』
読んでくれてありがとう。