777 新しい名前を求められる
その日の夜は新月だった。
魔法で月を隠すまでもなく、闇があたりを支配している。
その闇に支配された空を2機の輸送機が飛んでいた。
事前に決めていたように俺たち人が乗る1番機と馬車運搬用の2番機だ。
輸送機の機体表面を艶のない黒色にしているのも予定通り。
ただし、ひとつカーターたちには明かしていない処理を行っている。
光学迷彩や排熱冷却などの隠蔽処理だ。
念のための保険として実行しているので内緒である。
うちのメンバー以外の搭乗者にはバレないし。
王城の真上に来た時に解除すればいい。
闇夜に黒だから分かりづらいしな
もちろんライトで照らして飛んだりはしない。
「なんも見えねー」
などと外部モニターを見たトモさんがはしゃいでいる。
言動がチグハグだ。
退屈なのだろう。
カーターたちエーベネラント組とゲールウエザー組は別々に固まって会議中だからな。
喧噪とは言わないまでも彼らの声が聞こえてこないのは、2階の客室を仕切ったからだ。
客室も広さを確保しているとはいえスペースは限られている。
故に壁ではなく簡単な衝立で区切っただけだ。
行き来は自由にできるが、区切ったスペース内から音声が漏れないようにしておいた。
衝立を魔道具化したのでカーターたちに説明するのも楽だった。
とにかく興奮して大きな声を出しても他のスペースにいる面子に迷惑をかけずにすむ。
壁面モニターの画像を処理していないのも会議で気を散らさせないためである。
一応、リアルタイムの映像を流しているが暗闇だと普通は見えない。
フェーダ姫を除く離宮組がいる1階の格納スペースでは逆に処理映像を流している。
そうしないと到着までの数時間が抑圧されたものになりかねないからな。
トモさんは2階にいるから、あんなことを言っているのだが……
「いや、アンタの視力なら普通に見えるじゃん」
マイカにツッコミを入れられている。
「たぶん台詞ネタだと思うよ、マイカちゃん」
すかさずミズキが推測を口にしていた。
「えー、そんな物真似ネタあったっけ?」
疑わしげな目を向けるマイカ。
「トモくんは似せようとしていないと思う」
「何よ、それ?」
「だから物真似ネタじゃなくて台詞ネタだよ。
ほら、元水泳選手がオリンピックで金メダルを取ったときに言ってたじゃない」
そこまで言うとマイカも気付いたようだ。
「あー、見えねーじゃなくて言えねーの人かぁ」
「そうだよ」
「そのネタはいくら何でも古すぎでしょうよ」
正解したのにプリプリ文句を言うマイカである。
「何かよく分かりませんが、仲がいいですね」
元総長が俺の方を見てきた。
よろしいのですかと目で問うている。
3人の馴れ馴れしさを感じさせる雰囲気が良くないのではと言いたいのだろう。
俺たちの関係性までは把握していないから、そう思うのもしょうがない。
「ああ、言ってなかったっけ。
あの3人、姉弟だから」
「そうだったのですか。
これは差し出がましい真似をしました」
「気にしなくていいよ。
言いたいことはドンドン言ってくれ」
「では、意見ではないのですが」
「ん?」
さっそく何かあるらしい。
「ひとつお願いがございます」
「いいよ、言ってみな」
「改名をしたいのです」
一瞬、訳が分からなかった。
ジョイスからスリーズへと家名を変えたばかりである。
「この子たちから名前を変えたと聞きまして」
何だか照れくさそうにして元総長の背後から出てきたのはABコンビだ。
「ハルト様から家名をいただいたという話をしたら……」
アンネが懐かしい話をしてきた。
今は結婚して家名はヒガに変わってしまっているが。
あの時はどうしたものかと頭を悩ませたものだ。
『梅が由来になるとは意外だったよな』
当人たちは気に入ってくれたから良かったけど。
「羨ましいと言われまして……」
ベリーがアンネの言葉に頷きながら、そんなことを言ってきた。
それにしても2人は赤面してモジモジ状態である。
これは相当イジられたのではないだろうか。
何を言われたのか気になるところだ。
まあ、どちらも嬉しそうではあるので注意する必要はなさそうだ。
「スリーズの家名を取り消すってことか?」
「いえ、そうではありません。
家名はそのままに私とナターシャに新しい名前をいただけないでしょうか」
『そう来たか』
家名はナターシャとの絆でもあるからな。
それについては納得がいくのだが……
「俺にネーミングセンスを期待するというのか」
「ダメですか?」
センスの問題は完全に素っ飛ばされている。
ABコンビの旧姓に問題を感じていない証拠である。
すなわちセンスはオーケーってことだ。
『ホントかよぉ……』
「ガラッと変えると、ややこしいから元の名前に近いのでいいか?」
「お任せします」
ナターシャもそれで良いらしく頷いていた。
「じゃあ、ベルとナタリーで」
「「「「はやっ!」」」」
婆孫コンビだけでなくABコンビまでハモっていた。
そんなツッコミが入れられるのも無理はない。
ほとんど考えずに直感で決めたからな。
「却下なら考え直すけど」
できれば、そうはしたくない。
本当に何にも考えていないからな。
面倒くさいし時間がかかるのは目に見えている。
とはいえ、それを表に出すわけにはいかない訳で。
しょうがないので定番となりつつある【千両役者】のお世話になっておく。
「却下なんて滅相もないです」
元総長が珍しく泡を食っている。
ベルベット・スリーズがベルという名前を受け入れた瞬間であった。
続いてナターシャの方を見た。
妙に気合いの入った顔をしている。
「謹んで拝領いたします」
ガチガチに緊張しながらカクカクした動作で一礼した。
これでナターシャもナタリーという名を受け入れた訳なんだが……
一礼した後も直立状態でカチカチだ。
表情まで硬い。
「堅苦しいなぁ」
すぐに解除されるだろうと思っていたが、一向にその気配がない。
「そういうの苦手なんだけど」
俺としては「リラックスしようぜ」という意味を込めて柔らかく言ったつもりである。
しかしながら、そうは受け取ってもらえなかったようだ。
「ももも……」
「桃も?」
「申し訳ありませんっ」
ガバッと凄い勢いで頭を下げられてしまった。
「ちょっ!?」
『なんでそうなるっ』
マイカやミズキの方を見るが、そっぽを向かれてしまう。
救援要請は失敗に終わった。
だったらトモさんがいるだろって?
トモさんは腕組みして、したり顔で頷くだけだったよ。
要するに自力解決を承認するってことだ。
つまり結果は同じ。
そっぽを向かれるよりは気持ちマシといった程度でしかない。
『ええい、薄情者たちめ~』
「とりあえず頭上げようか?」
自力解決するしかなくなった俺は、改めてナタリーと向き合う。
もっとも向こうは頭を下げたままなんだけど。
「勘弁してくれ~」
「「では、私たちにお任せを」」
ABコンビだ。
そう言うや否やガシッとナタリーの両脇を抱え込んだ。
「えっ!?」
頭を下げていたために拘束されるまで気付かなかったナタリー。
慌てふためいて両脇を見るが時すでに遅し。
「「こっちへ来なさい」」
「あ~れ~」
隅っこへ引っ張っていかれるのであった。
「なんなんだ?」
「いやー、傑作だわ。
今時「あーれー」とか言わないわよ」
喉を鳴らしてマイカが笑う。
「そこは「あーれー」ではなく「あ~れ~」だと思うが?」
どうにも的外れなツッコミを入れるトモさん。
「そういう差異はプロに任せるから素人に言わないでよ」
マイカが白けたと言わんばかりに切り返す。
「ガーン、なんてこったー!」
トモさんが勝手に敗北していた。
「ハルくん、ゴメンねー。
どうしていいか分からなかったからー」
ミズキが謝ってくる。
「いいけどさ」
本当に困ったときなら今回のように見捨てたりはしないのは分かっているからな。
「そんなことより、だ」
「なに?」
「何がどうなってるのか分からんのが困るんだよ。
後でABコンビが報告してくれるかもだけど」
3人が移動した隅っこの方を見れば、そろってしゃがみ込んでいる。
風魔法で遮断しながら何かを話し込んでいるようだ。
その気になれば【遠聴】スキルで聞くことも可能だけど、やめておく。
「あの調子だと、すぐには無理そうだし。
何が原因なのか今はサッパリ見当もつかんし」
「何か酷いこと言ったんじゃないの?」
「そんなこと言う理由がねえって。
せっかく国民になってくれたのに」
「そうよねー」
ミズキと2人で首を捻る。
「それは国民になったからでしょう」
俺たちが考え込んでしまう前にベルが割って入ってきた。
「どういうこと?」
「ナターシャ……いえ、ナタリーでしたね。
ナタリーは陛下から名前を拝領したことで感極まったのです」
「そうなんだ」
些か信じ難い話ではあったが、感じ方は人それぞれである。
「私どもは取り立てて褒賞を得るような働きをしておりません。
にもかかわらず、陛下はいとも簡単に名前をくださいました」
何となく読めてきた。
「名前が褒美に値するから感激してああなったと?」
にわかには信じがたいが、どこかで聞いたような気がしないでもない。
「はい、私もこんなに簡単に名前をいただけるとは思っていませんでした」
『アンタもか……』
この調子では2人の中で忠誠心が鰻上りになっているかもしれない。
そんなバカなと思う反面、ないとは言い切れないという思いも捨てきれず……
どうしたものかと悩みそうになってやめた。
悪影響がないなら、それでいい。
どうでもいいことを考えるのは面倒だ。
『ケセラセラだっけ?』
なるようになるだろうさ。
読んでくれてありがとう。




