766 ナターシャ、振り回される
「それでミズホ国に来るつもりはあるのか?」
総長とナターシャの両名に聞いた。
「「もちろんです」」
「ナターシャはダメです」
「ダメじゃありません」
体育館に入る前の再現かと思うようなやり取りが始まりかけている。
「ストップ!
そこまでだ」
軽い威圧を込めて止めておく。
言い合いの調子が上がり始めたら阻止が困難になるからな。
「ダニエル、そういうことだから悪いが2人とも死んだことにしておいてくれるか」
「心得ました」
今はこの状態で記憶が封印される。
最終的には存在しなかったことになるだろう。
そうするのは俺なんだが。
「それから、この2人には話しておかなきゃならんことがある」
「移住に関する話ですな」
「ああ、そうだ。
部外秘の話も含まれるんでな」
ここから先はダニエルがいると話せない。
それは言葉にしなくても伝わった。
「では、お先に失礼させていただきます」
一礼し去って行くダニエル。
去り際にホッと一息ついていた。
俺が総長を抑えダニエルと話すために威圧をかけっぱなしだったからだと思う。
この場を離れることで逃れることができると顔に書いていた。
ダニエルとここで話すことはないので威圧は早々に解除。
その途端に去りかけていたダニエルの背中が安堵したように見えた。
緊張状態から解放されたってことだろう。
それはつまり総長が解放されるということでもある。
「ヒガ陛下っ。
ナターシャの移住は認められません」
早速とばかりに抗議してきた。
「悪いがゲールウエザー王国の都合なんぞは知らん。
審査はクリアしたんだ。
その上で本人が来たいと言った以上、俺はそれを尊重する」
「ですが……」
「俺が国王だ」
反論は威圧ではなく言葉で封じる。
「ミズホ国民になるなら俺の言うことに従ってもらうぞ」
総長は何かを言いかけて止まった。
そして目を閉じ嘆息する。
「これは迂闊でした。
こうなることは予測しておくべきでしたね」
自嘲気味に笑っている。
「そう言う割に、さっさと諦めているようだが?」
俺が指摘しても総長は曖昧な笑みを返すばかり。
身に纏っている空気は不機嫌さなど微塵も感じさせないのはどういうことか。
あれだけ強硬にナターシャが移住することを反対していたというのに。
「……………」
俺が理由を考える間に沈黙の時間が流れる。
『ああ、そうか』
分かってみれば、さほど考え込むほどのこともなかった。
答えはすぐそこにある。
見たまんまなのだ。
「このツンデレさんめ」
という訳だ。
まあ、指摘された側はキョトンとして目を丸くしているが。
「ツンデレサンとは何ですか?」
この世界ルベルスにツンデレという言葉はなかった。
知らなきゃ、そんな反応になるのも仕方あるまい。
「ツンデレサンじゃなくてツンデレな」
「はあ」
「本当はデレデレしたいほど好きなのに、立場上そういう態度が取れない者のことだ」
「……………」
総長の目が上を向いている。
俺の言葉を頭の中で咀嚼しているのだろう。
頭の回転が速い総長がそれだけのために時間がかかっているとは思えない。
今までの自分の言動を振り返っているのは明白だった。
考える間に表情が消えていき。
醸し出す雰囲気がドヨーンとしたものになり。
最終的には自嘲するかのような笑みを浮かべていた。
本人にとっては黒歴史級のようだ。
「ヒガ陛下には敵いませんね」
「そうか?
そうでもないと思うぞ」
日頃から皆にやり込められることは少なくないと思うし。
それを知らない総長からすれば、信じられないのだろうが。
「なんにせよ、ナターシャもミズホ国民になるのは確定だ」
「はい。
仰せのままに」
今度こそ、総長は素直に受け入れた。
一礼する総長を見てナターシャも嬉しそうである。
「あー、それじゃあ魔法を使わせてもらうぞ」
「「はい?」」
総長とナターシャが首を捻っていた。
脈絡などまったく無い状態で何の魔法かも明かさぬままでは無理もない。
「説明すんの面倒だから、質問は後でな」
先手を打って2人の言葉は封じておく。
互いに顔を見合わせて「何だろう?」という困惑の表情を浮かべていた。
「心配するな。
魔法の効果が発揮されれば、どういうことか分かるから」
「「はあ……」」
生返事が返される間にマルチプルメモライズを使った。
「「…………………………………………………………………」」
総長もナターシャも記憶譲渡が終わったにもかかわらず黙りこくっている。
記憶の整理に時間がかかると言えば、そうかもしれないが。
今回は混乱されても困るので一気に全部を譲渡するような真似はしていない。
基本的なことと今回の件で変化する彼女らの状況についてだけなのだが。
2人とも同じようなタイミングでジト目になった。
顔を見合わせたかと思うと溜め息をつく。
だが、総長はすぐに切り替えられたようだ。
「波瀾万丈と言えば良いのでしょうかね」
苦笑しながら、そんなことを言う。
「非常識と言わざるを得ません」
一方でナターシャは未だ受け止め切れていなかった。
呆れた様子で肩を落としている。
精神的な疲労が滲み出るかのようだ。
心に余裕のある総長と無いナターシャ。
似ているはずの婆孫コンビであるが、その差は明確であった。
人生経験の差が出ているのだろう。
ナターシャが総長の年齢になった時に同じような態度でいられるかは不明だが。
「神霊獣に龍に妖精ですか。
バーグラー王国が壊滅するのも納得ですね」
そう言いながら楽しそうに喉を鳴らして笑う総長。
「笑い事じゃありません。
どうすればいいんですか。
まさか、王女殿下方までもが……」
渋い表情で途方に暮れるナターシャ。
バーグラーが一夜で壊滅したことよりフェア3姉妹の方がインパクトがあるらしい。
「どうもしなくていいんじゃないかしら」
平然と言ってのける総長に対し、ナターシャの顔色がやや悪い。
「それは無責任すぎませんか?」
思い詰めた表情で、そう言うのがやっとの有様である。
ここでヘソを曲げられても困るのだけれど。
「だったら移住はやめにするか?
ダニエルのように記憶を封印すれば戻れるぞ」
記憶の調整が面倒になるけど不可能じゃない。
返事は分かりきっているから、そんなことが言えるんだけどな。
面倒なことにはならないと分かっているからさ。
「移住をやめにするなどあり得ません!」
案の定である。
頑固な性格をしていると、こういう時は読みやすくて助かる。
「だったら堂々としていればいい」
俺がそう言っても、簡単には切り替えられないと目が先に訴えていた。
「無茶を言わないでください」
やはり返事もそうなる。
生真面目すぎると難しいのだろう。
レオーネとかリーシャあたりとタメを張るくらいの生真面目さんではしょうがない。
「何もナターシャが背負い込む必要はないんだが?」
「背負い込むつもりなんてありません」
『そこまで深刻に考えている訳じゃないのか』
ちょっと安心した。
もっともナターシャは御機嫌斜めであることを隠そうともしていない。
「でも、無茶苦茶です」
「そこは俺が自由に生きると決めた反動だと思ってくれ」
ナターシャが天井を仰ぎ見た。
元凶を見つけたが、どうにもならないと顔に書いている。
「気にせず堂々としていられる訳ないじゃないですかっ」
仏頂面で抗議してきた。
「そのうち慣れるから気にするな」
ナターシャはジト目で俺を見てきた。
無茶振りするなといったところか。
「責任を持つのは国王である俺の役割だからな」
「……………」
俺に、ここまで言われると黙るしかなかったが。
「それよりも2人には決めてもらわなきゃならんことがある」
「何ですか?」
不機嫌さを残したまま聞いてくるナターシャ。
総長はそれを見ながら苦笑している。
「移住に関連することなんでしょうけど、いま決めるべきことですか?」
ナターシャの様子に気を取られつつも考えを巡らせていた。
見当はつかないようだが。
「少しくらいは猶予があると思っていい。
ただ、片方は即決できるはずだがな」
「片方……決めることは、ふたつあるのですか」
総長がやや面食らったような顔をしていた。
ひとつしかないと思っていたらしい。
「そうだが、関連性はあることだ」
「なんでしょうか?」
「2人の続柄と家名だよ」
「「……………」」
予想に反して2人の反応が薄い。
「あの、ヒガ陛下」
戸惑った様子を見せながら総長が呼びかけてきた。
何か聞きたいことがあるようだ。
『そんな難しい話をした覚えはないんだがな?』
「どうした?
何が聞きたい?」
「ツヅキガラとは何でしょうか?」
「あ……」
まさか、それを聞かれるとは思っていなかった。
読んでくれてありがとう。




