763 結局、呼ぶことになった
56話を改訂版に差し替えました。
「ヒガ陛下、何処に行くんだい?」
カーターはなかなか目敏い。
俺がダニエルたちを引き連れて移動するところに声を掛けてきた。
「これから移住審査を行うんだよ?」
「え?」
怪訝な表情を浮かべたカーターだったが、すぐに目を丸くした。
「まさか、ウェットウエザー卿がミズホ国に!?」
「そうじゃない。
移住希望者は後ろの2人だ」
仏頂面で互いに顔を見ない総長とナターシャ。
どうにか引っ張ってきたが、連れて来るのは一苦労だった。
「ナターシャを連れて行くのは反対です」
「いいえ、私も行きます」
「とにかく連れて行かないのだから審査の必要もありません」
「何と言われようと行きます。
行くのだから審査も受けます」
「ダメです」
「ダメではありません」
「ダメと言ったらダメです」
「ダメと言われようとダメではありません」
以後略といった感じで幼稚なやり取りを始めてしまった。
ダニエルに止めさせようとしたのだが、まるで言うことを聞かない。
結局、俺が威圧して黙らせて言うことを聞かせるという強引な手法を使った。
ダニエルが震え上がっているのに2人とも耐えたのには驚かされたけどね。
脂汗を流しながら耐え抜いて両者ノックダウン。
『失神するまで意地を張り合うとか馬鹿じゃないのか?』
そんなことも思ったが、目を覚ました後は素直に従った。
決着がつかないと判断したからか。
互いに耐えられないだろうという目算の元に危機回避を優先したか。
なんにせよ早々に距離を取ったダニエルと違って限界まで場に留まったのは事実。
筋金入りの頑固者同士である。
血は違えども確かに絆があると感じた。
フェア3姉妹やABコンビことプラム姉妹を見ているかのようだ。
関係性で言うと姉妹ではなく親子なんだが。
年齢的には婆孫と言った方がしっくりくる。
『まあ、うちに来るならそういう風にするのが最適か』
家名は変えてもらうことになるからな。
決して別々の家名を考えるのが面倒だからとかいう訳ではない。
どちらにしろローズの判定次第である。
認められないなら家名を考えても無駄だからな。
で、ローズを秘密裏に呼び出すため場所を変えようとしたらカーターに引っ掛かったと。
「それにしたって、よく許可が下りたね」
カーターが驚いている。
が、これは当然というもの。
ダニエルほどでないとしても総長もナターシャも国にとっては重要人物だからね。
「根負けしたようだな」
「そうなんだ」
少し考え込んだかと思うとカーターが苦笑した。
どうやら2人の頑固っぷりが想像できたみたいだ。
「ところで、どんな審査をするんだい?」
「国家機密だよ」
「あらら」
ガクッとずっこけるカーター。
ちょっと珍しいものを見た気分だ。
おそらく隠れ里という閉ざされた環境で張り詰めたものが弛緩したのだろう。
「それじゃあ見学を希望したいところだけど、ダメなんだろうね」
「ああ、そうだな」
ローズを見せる訳にはいかない。
たとえカーターが信用のおける口の堅い人物であったとしてもだ。
じゃあダニエルに見せるのは何故かということになってくる。
まあ、これは送り出す側の宰相を納得させるためにやむを得ずというのが理由だ。
それと後で記憶に封印をかけるので問題は少ないと判断した。
「残念だ」
そうは言いながらも、ごねたりはしなかった。
そのまま別れて俺が設置している大型の建物のひとつへと3人を案内する。
「随分と大きな建物で審査が行われるのですね?」
総長が聞いてきた。
同じように感じているはずの2人は怪訝な表情をしている。
が、総長は特に表情が変わったりということがない。
何か理由があると考えているようだ。
「本国から審査官を呼び寄せるからな」
3人は呆気にとられていた。
「まさか召喚魔法を使われるのですか!?」
ナターシャが目を丸くしながらも聞いてくる。
「声が大きいな」
「すっ、すみません」
口に手を当ててキョロキョロするナターシャ。
「心配しなくても話は聞かれないようにしてある」
それを聞いてナターシャはホッと胸をなで下ろした。
「俺が召喚魔法を簡単に使うところを見せてみろ。
カーターやフェーダ姫はともかく、他の連中が騒ぎかねないだろ」
軍隊を召喚して攻め寄せてくるつもりだとかなんとか。
俺の強さは証明できたとは思うが、信用されたかどうかは別問題だからな。
離宮組の面々からすれば半信半疑ってところだろう。
それを説明すると3人は納得した様子を見せた。
「この広い建物の中なら召喚魔法の儀式を見られることもないということですか」
目の前まで歩いてきた2階建ての体育館を見上げる総長。
「透明な窓もあるようですが……」
ナターシャは中が見えることに不安を抱いているようである。
「中に入ったら外から見えないように結界で覆うに決まってるさ」
「それでしたら、何もここまで大きい建物を利用しなくても良かったのでは?」
ダニエルがもっともなことを指摘してきた。
「魔力コストを抑えるためだ」
「どういうことでしょうか?」
「召喚魔法と結界の同時使用ってどう思う?」
「それは……」
俺に聞かれてダニエルは少し言葉に詰まった。
どれ程のことになるのか想像しているようだ。
「消費される魔力が凄いことになりそうですな」
そう言いながら頭を振っている。
「もしかして、この建物は結界を?」
勘のいい総長が気付いたようだ。
「ああ、溜め込んだ魔力で覗き見防止の結界を張ることができるようになっている」
「「「おおーっ」」」
もちろんウソなんだが、3人は感心していた。
「覗き見防止だけですか?」
総長が怪訝な表情で聞いてくる。
話し声を聞かれる恐れがあることに気付いたようだ。
「これは室内で運動をするための建物だ。
だから魔法ではなく構造で音が外に漏れにくくなるようにしてある」
「そうだったのですか」
「接近感知や侵入感知の仕組みも働くようにしておけば、まず話は聞かれないだろう」
今も言ったように防音構造だし中に入ってこないと話を聞き取るなど無理だ。
「そこまで……」
ダニエルが呆然と体育館を見上げていた。
「とにかく、そういうことだから中に入るぞ」
3人を促しながら俺は先導して体育館の中に入っていった。
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「そんじゃ、始めるぞ」
2階に上がってフロアの中心まで来るなりだったからか面食らう約2名。
ダニエルとナターシャだ。
「結界が先ではないのですか?」
戸惑った様子を見せるナターシャ。
「そんなものは中に入った時点で作動させている」
実際は俺が魔力を隠蔽しながら魔法を使っただけだが。
「気付きませんでした」
感心したように周囲を見回しているが、内部からは違いを感じられないはずだ。
魔力感知すれば結界が使われていることに気付くだろうけど。
総長が落ち着いているのは、そのせいだろう。
「我々は端に寄った方が良いのでは?」
ダニエルがこんなことを言い出したのは、ちょっと意外だった。
召喚魔法の知識を少しは持っているということだろう。
本職の魔法使いではないから中途半端ではあるのだが。
召喚には魔方陣が必須だとか魔方陣に近づくとヤバいと思ってそうだ。
「別にヤバいものを呼ぶ訳じゃないから省略形で行くぞ」
「は?」
間の抜けた声を出して惚けているいる爺さんは無視して準備にかかる。
毎度のごとく演出効果しかない光の魔方陣を床面に描いた。
そして、眩しくなるようにピカッと光らせ──
「契約者の求めに応じ現れ出でよ!」
呪文もどきを唱えた。
まあ、裏では多少のやり取りがあるのだけど。
魔方陣を描く前から脳内スマホでローズを呼び出して通話状態にしておいたのだ。
『もしもし』
『くーくっくうー』
待ってましたー、なんて返事が返ってきた。
待ちきれないという気持ちがビンビン伝わってくる。
嫌な予感がしないでもなかったが、ここで呼ばないという選択肢はない。
『このまま通話状態にしておいてくれ』
『くっ』
了解、と素直に返事しているのが逆に怖い。
『これから召喚魔法を使う振りするから、合図したら転送魔法で引き寄せる』
『くぅくー』
オッケーとか言ってるけど──
『おい、電話を切るなよ』
軽い胸騒ぎがしたので指摘してみた。
『くー』
あっ、てなんだよ。
思った通り、いつもの癖で切ろうとしていたようだ。
『別に切っても支障はないけど、タイミングが分からないのも嫌だろ?』
『くうくっ』
テヘペロって、おい。
ツッコミを入れたくなったが、そこは我慢した。
無駄話に突入しかねないと思ったからだ。
で、ローズが待機状態になって待つことしばし。
その間に魔方陣を描いて呪文もどきを唱えた訳だ。
そして唱えると同時に転送魔法を使った。
光を弱めていくとピンクのアイツが登場ってなものである。
「んん?」
確かに現れたのだが、様子が変だ。
ローズは何故か右腕で両目を覆い隠していた。
まるで子供が泣いているかのようだ。
「どうした?」
「くーくくっ」
まぶしーっ、だってさ。
光っている魔方陣の中心に現れた訳だから、眩しくもなるか。
「あー、スマン。
俺のミスだな」
「くぅくっくくー」
賠償を請求するって……
どこで、そんなことを覚えてくるんだか。
読んでくれてありがとう。




