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762 今ならモアベター?

すみません。

今日も遅くなりました。

 総長の後継者たるナターシャに好きにしていいと言ったダニエルは諦め顔だった。

 とても大国の宰相とは思えない人間くさい表情である。


「スカウトしているアナタが聞きますか」


 そう言われると、ばつが悪い。

 だが、ダニエルに責めるような雰囲気はなかった。

 どうしようもないと言いたげに溜め息をついて自嘲気味な笑みさえ浮かべている。


「ホルストは言い出したら聞きませんからな」


「そうなんだ」


 もし、断るにしても骨が折れそうである。


「それはもう……」


 またしても嘆息するダニエル。

 思わず悲哀あふれる定年間際の窓際族を想像してしまったさ。


「育ての親が筋金入りの頑固者ですからな」


「え?」


 苦笑しながらダニエルが視線を向けた先には総長がいた。


「筋金入りの頑固者ですが、なにか?」


 堂々と言ってのける総長である。


「ですが、私の抜けた後を埋める者としてナターシャを外す訳にはまいりません」


「いいえ、私は総長の座など継ぎません」


 総長とナターシャ、ともに自分の考えを変えるつもりはないようだ。

 表情こそ穏やかなものだが両者が放つ気は刺すようにピリピリしていた。


「育ての親ねぇ……」


 どう見ても婆孫だし、家名も違う。

 何か訳ありのようだと思ってダニエルの方を見た。


「ホルストは孤児でしてな」


「そういうことか」


「殺される寸前の所を宮廷魔導師団に保護されまして」


 それは穏やかではない。


「ふーん、それで総長が養育することになったと」


「はい」


 ダニエルが頷いた。

 何故かブルブルと震えている。


「聞くも涙、語るも涙なのです」


 突如として両目から涙を溢れさせ詰め寄ってきた。


「おいおい……」


 事情を話せとは言ってないんだが。

 早々に切り上げた方が良かろうと間を端折って結論を言ったつもりなのに。

 なんで蒸し返すのかと小1時間は問い詰めたい。

 話題にされている当人は総長と対峙して静かなバトルを繰り広げているし。


『あれじゃ、こちらの話は耳に入っていないだろうけど』


 ダニエルを止めるなら今のうちだろう。

 止められるならばだが。

 己の世界に没入しているようにしか見えない現状では、途中で止められそうにない。

 これなら先を促して早く終わらせるようにした方が良さそうだ。


「大がかりな盗賊団に襲われた中で唯一の生き残りだったのですよ」


「討伐に向かったら、被害を受けた者たちがいたのか」


 ありがちな話なだけに推測するのは容易であった。


「その通りでございます。

 もう少し早く現場に到着していれば、あれの両親も助かっていたかもしれません」


「あー、それで責任感じたから育てることにしたってことか」


「その通りですな。

 身寄りもなかったようですし」


「家名が総長と違うのは、だからか」


「元の名を捨てさせる訳にはいかないと言いましてな」


 総長らしいと言える。


「育ててみれば魔法の才能があることが分かり──」


「将来の不安を払拭するために徹底して教え込んだってところか」


 ダニエルの話を途中から切って俺の推理を上乗せした。


「左様にございます」


 冷たいようだが涙は出なかった。

 この話の詳細を劇にしたりすれば違ったかもしれないが。

 今のダイジェスト版的な語られようではね。

 ダニエルは泣いてるけど。


『この爺さん、もしかして涙もろいのか?』


 普段の威厳を保った言動からすると想像できないけど。

 まあ、イケメン王の叔父だけあってキモいとまでは思わない。

 やや引きぐらいだな。


「泣くのは後にしろ」


「いやはや、お見苦しいところをお目にかけました」


 ダニエルはハンカチを出してきて涙を拭う。


「誠にもって申し訳ございません」


 謝った後は普段の厳めしい感じの顔に戻っている。


『さすがは大国の宰相だな』


「泣かないならそれでいい」


「恐れ入ります」


「で、育ての親が総長だからナターシャが似た性格になったというのは分かった」


 俺の視線を受けてダニエルの表情が強張る。

 別に威圧した訳じゃない。

 目線はやや冷たかったかもしれないが。


「好きにしていいってのはどういうことかな。

 俺には厄介ごとになる前に逃避すると言っているように聞こえたんだが」


 ダニエルが縮こまってしまった。

 まあ、俺の指摘が事実なのだろう。

 そのせいで畏縮している訳だ。


「何をどう言い繕っても否定できませんな。

 実際、その通りとしか言い様がありません」


 こういう場合、普通は隠すものだと思うのだけれど。

 特に国を跨いだスカウトが絡む話である。

 必然的に国同士の問題になるからバカ正直な言動は不利益を抱え込む恐れがあるのだ。


 それが分かっているはずなのにダニエルは言い訳をしなかった。

 おそらく俺が相手だから腹を割って話そうという気になったのだろう。

 隠したりウソをつくと逆に機嫌を損ねるという判断が働いていると思う。


「ナターシャがごねると宮廷魔導師団がごたつく恐れがあるのか」


 前の騒動を思い出す。

 あの時は総長が毒でボロボロにされていたからな。


「必ずそうなる訳ではありませんが、長引けばないとは言い切れません」


「それなら多少の組織弱体化には目を瞑っても早期安定化を優先させるつもりか」


 ベストではないがベターを選んで失敗を回避する。

 間違った判断ではない。

 失敗したときの被害を考えれば、むしろ正解だろう。


「仰る通りです。

 幸いにしてホルストほどではありませんが、次期総長候補はいますので」


「けど、総長が納得しないだろ」


「そこはやり方次第でしょうな」


 策はあるようだ。


「幸いにしてと言うと不謹慎なのですが……」


 ダニエルは最後まで言い切らず言葉を濁した。


「そこまで言うなら聞かせてもらおうか。

 俺も腹をくくらなきゃならなくなってくる」


 受け入れを確約するものではない。

 場合によっては拒否もある。

 ローズの判定でダメだった者を国民として迎えるつもりはないからだ。


 そうなる可能性は、ほぼ無いとは思っているけどね。

 そんな訳で[新国民候補者を見てもらうかもしれん]というメールを送っておいた。

 仕事があるから呼ぶかもしれないなんて文面だと、いきなり来かねない。

 故にセーブ気味にしておいた。


『現状、距離はないに等しいからな』


 隠れ里は入り口を開くことができれば、何処にいても入ってくることができる。

 しかも、この隠れ里は身内には開けやすいようにしたものだ。

 来るか来ないかはローズが退屈しているか否かで決まるだろう。


「今、我々がいるのは国外です。

 国元の監視は届かない状態ですな」


『なるほど』


 後を追われる心配がないってことか。

 行方不明になっても捜索はしづらいからな。


 だが、それだけではないだろう。

 この程度のことでダニエルが不謹慎と言ったりはしないはずだ。

 おそらくはカーターたちが襲われたことを利用するのだろう。


「ああ、ナターシャが死んだことにするのか」


 ダニエルが目を丸くしていた。

 説明を続ける前に俺が正解を言い当てたからだ。


「さすがですな。

 私を庇って総長とホルストが死んだことにすれば深く追及もされますまい」


「そいつは大胆だな。

 だが、追及については用意するシナリオ次第になるぞ」


「なに、別行動中に襲撃を受けたことにしておけば良いのです」


「責任問題を自分たちの中だけで完結させるのか」


「私の命令でその場に3人しかいなかったのであれば誰も責任には問われますまい」


「あー、どうだろうな。

 アイツらみたいなのが居ないならケチはつかないと思うが」


「はて、アイツらとは?」


 名前を出さなかったことでダニエルは見当がつかなかったようだ。

 首を捻り気味にして考え込むような仕草をする。

 俺も名前はログのデータベースから検索して拾い上げないと忘れていた。

 検索するためのキーワードなら、すぐに出てくるんだけど。


『禿げ脳筋、だからな』


「ビットリア兄弟だったか」


 禿げ脳筋本人とその弟である。

 どちらも激情タイプだから、何しでかすか分からない危うさがあった。


 まあ、もういない相手である。

 禿げ脳筋の娘や息子はまともだったから家は存続しているけど。

 故に俺の知る限りでアホなことを言い出す奴はいない。

 単にゲールウエザー王国の他の貴族を知らないだけとも言う。


「……その節は誠に申し訳なく」


 本気で凹み始めたダニエル。


「別に蒸し返したい訳じゃない。

 アイツらのことなんて俺も思い出したくないしな」


 そう言うと、ダニエルはあからさまに安堵した表情になった。

 かなりのトラウマになっているようだ。


「それに近い言動をする奴はいないよなって確認がしたいんだ」


「もちろん、いませんですっ」


 言いながらコクコクと頷くダニエルであった。


「だったら、そっちが帰国する前に審査を終わらせないとな」


「審査、ですか?」


「うちはね、誰でも国民になれる訳じゃないんだよ。

 専門の審査官がいて、お眼鏡に適わないときは国民になるための許可が下りない」


「失礼ですが、どういったことを?」


「んー?」


 ダニエルは、まるで自分が国民になるべく申請しているような真剣で不安げな表情だ。


「人としての資質だな」


「……………」


 返事がない。

 不安はストレートに顔に出ていた。

 俺の話を聞いて、更に不安が募ったようだ。


「そう心配しなくても大丈夫だ」


 根拠もなく言われても、不安を払拭することなどできない。

 ダニエルは返事もしない。

 その目は抗議しているに等しく見えた。


『しょうがない。

 呼ぶとするか』


 これ以上ここが混乱しても困るのだが、ダニエルが納得しないんじゃ意味がない。


「とりあえず、あの2人を連れて場所を変えるか」


「はあ……」


 俺の意図を量りかねるダニエルは困惑するばかりであった。


読んでくれてありがとう。

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