746 トラウマではないけれど
見ていた者たちの度肝は抜けたらしい。
沈黙の間が続く。
「「「「「………………………………………」」」」」
『あるぇ?』
続きすぎて些か焦りかけたくらいだ。
『もしかしてヤバい?』
そうは思っても後の祭り状態である。
これでも自重したつもりだったのだが。
『やり過ぎたか』
自問するまでもなく周囲の反応がそれを物語っている。
「「「「「……………」」」」」
身内がいないのも痛い。
援護を期待できるような状態でもなく。
シノビマスターとして行動しているが故の制約もある。
少なくとも正体を感付かれるような振る舞いは回避せねばならない。
『こっちから声を掛けるとボロを出してしまいそうだしなぁ……』
焦りを感じている時こそ慎重にいかないと。
とはいえ待つだけでは時間の無駄だ。
故に魔法でバフを軽めにかけた。
気付けを狙ってのことだ。
それで真っ先に反応したのはイケメン騎士の兄ちゃんであった。
ハッと我に返ったかと思うとブルブルと首を振った。
まるで水を被った後の犬である。
公爵に忠誠を誓っているようなので、犬というのはイメージにピッタリではあったが。
何を思ったのか離宮に駆け寄る兄ちゃん。
そして壁を触り始めた。
『ああ、幻影魔法を使ったかもしれないと思った訳か』
疑り深い男である。
だが、何処を触ろうと手が壁を突き抜けたりはしない。
しつこいくらいに走り回ってあちこちの壁を触っている。
ここまで来ると粗探しをしているようにしか見えない。
それも離宮を1周すると止まったが。
一応は諦めがついたらしい。
トボトボとした足取りで戻ってきた。
「納得したか、ダファル」
公爵が兄ちゃんに歩み寄りながら呼びかけるとビクリと体を震わせた。
「はい、紛れもなく本物の建物でした……」
絞り出すように報告をする。
「では、貴様はせねばならぬことがあろう」
「はっ!」
直立で返事をしたかと思うと、今度は俺の方へ向かって来る。
緊張した面持ちだ。
最初は喧嘩でも売るつもりかと思ったが、そうでもないようだ。
少なくとも殺気立ってはいない。
イケメン騎士は少し間合いを保って俺の目の前に立った。
『なんだ?』
緊張が更に深まっているようで顔が引きつっていた。
何かしようとしているのは分かるが、それが何であるかサッパリ読めない。
「申し訳ありませんでしたっ!」
『は?』
凄い勢いでイケメン騎士の頭が下がった。
謝罪の台詞から最敬礼でもしたのかと思ったら──
『なんでジャンピング土下座なんだぁっ!?』
そのような状態である。
「訳ガ分カラヌ」
思わず声に出てしまっていた。
【千両役者】のお陰で、どうにか動揺した雰囲気を外には出さずに済んだようだが。
とにかく、内心では激しく混乱している俺である。
『どうしてこうなったっ!?』
そう言いたいところだが、言っても無駄だろう。
何を謝っているのか、まるで分からんからな。
「ダファル、説明いたせ」
戻ってきた公爵に促されるイケメン騎士。
『ありがたい』
せめて理由くらいは知っておきたい。
できれば土下座をやめてもらいたいんだがね。
トラウマとまでは言わないものの、いい気分はしない訳だし。
ただ、あまりに必死な土下座ぶりに望みが薄いように感じているのも事実。
「私は神の使いの方を疑うような真似をいたしました」
『はあっ!?
訳が分からん』
その程度のことで土下座とか冗談はやめてほしい。
……本人はこの上なく本気のようだが。
「気ニスル必要ハナイ。
ムシロ安易ニ信ジヌ方ガ好感ガ持テル。
ソノ姿勢ハ主ヲ案ズレバコソデアロウ。
汝ノ心意気、見事ニシテ天晴レナリ」
こう言っておけば、立ってくれるんじゃないかと思ったのだが。
「なんと勿体なき御言葉っ!」
『顔も上げやしねえよ……』
更に体を縮めて土下座を継続する兄ちゃんである。
逆効果だったようだ。
公爵は公爵で、なんか瞳を潤ませて体を震わせているし。
『何なんだよっ!?』
「なんと寛大な……
さすがは神の使いを任される御方」
逆効果どころか、余計に悪化したようだ。
2人とも己の世界に浸り込んでいる。
『勘弁してくれよぉ』
この後、2人を正気に戻すのに費やした時間は俺にとっての拷問タイムとなった。
プチ黒歴史と言ってもいいだろう。
結果、公爵と騎士は俺の大ファンになってしまった。
人によっては信者だと思うかもしれない。
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場所をレプリカの離宮内に変更した。
『座って話をしないと、いつまた土下座されるか分からんからな』
一時は公爵にまで土下座されてしまったし。
少しは己の立場というものを考えろと言いたい。
爺さん執事が慌てて諫めなければ、どれだけ土下座が続いたことか。
『考えるだけでも恐ろしいわ』
とにかく、適当な理由をつけて大広間で俺と公爵が差し向かいで座ることとなった。
騎士が公爵の後ろで立つのは仕方あるまい。
あくまで護衛という立場だからな。
爺さん執事は席を外している。
茶の用意をするとか言っていた。
そろそろ帰ってくるだろう。
従者の面々は別室待機だ。
「デハ、マズハ王弟ノ現状ガドウナッテイルカダガ」
騎士の兄ちゃんが目を見開いた。
ここで席に着く前に簡単にどういう状況であるかは聞かせてある。
が、カーターについてはゲールウエザー王国への使者として不在としか説明していない。
詳しい話が聞けるとは思っていなかったのだろう。
「お告げでは伯爵が差し向けた部隊の襲撃を受けたということでしたが、詳細は……」
公爵も知らない。
そのため客観的な視線になるよう注意しつつ、どうなったかを説明した。
「──トイウ訳デ王弟ノ安全ハ確保サレテイル」
ゆっくりとした動作で頭を振る公爵。
「私はなんと愚かな選択をしたのだ」
その表情は苦渋に満ちていた。
「シェーデルの奴をのさばらせただけでも罪深いというのに……」
よほど腹立たしいのだろう。
ギリッと音がするほど歯ぎしりしていた。
「カーター様まで危機に陥れたとは一生の不覚!」
『まあ、アンデッドの襲撃を受けるとは思わんよな』
興奮が頂点に達したとばかりに拳を握りしめて吠える公爵。
年齢を感じさせない熱血漢である。
「ソレハ違ウゾ、公爵」
「シノビマスター様……?」
公爵は俺の言葉で我に返ったようだ。
ただ、言葉の意味するところは考えが及ばなかったらしい。
怪訝な表情をしていた。
「汝ガ王ニ背ヲ向ケタカラコソ伯爵ノたーげっとカラ外レタノダ。
運ガ悪ケレバ早々ニ操リ人形タルでみう゛ぁんぱいあニサレテイタコトダロウ」
「なんと……」
呟きを漏らし瞠目する公爵。
「運ガ良クテモ王女ト共ニ離宮デ籠城スルノガ精一杯ダ」
「そのようなことは……」
公爵は動揺を残しつつも抗弁しようとする。
が、論理的に反論できる材料は何もない。
言葉が尻すぼみになったのは、そのためだ。
「あんでっどヲ舐メルナ。
シカモう゛ぁんぱいあノ眷属デアルでみう゛ぁんぱいあダ。
並ミノあんでっどヨリモ遥カニ強イトイウコトヲ忘レルナ」
「左様でしたな」
公爵が溜め息をついた。
指摘されると冷静さを取り戻すようだ。
「神官の助けがあっても対抗できたかどうか」
公爵が自問していた。
だが、唸るばかりで表情がドンドン曇っていく。
先の見通しの悪さにそれしかできないようだ。
「おそらくは無理でしょうな」
『頭に血が上っても諭されれば判断もちゃんとできるか』
なかなかできることではない。
些か頭に血が上りやすいとは思うが。
「ソノ場合、伯爵ハモットアカラサマニ離宮ヘ攻メ入ロウトシタハズ。
ソレコソ今宵ノヨウニ手勢ノあんでっどスベテヲ差シ向ケタデアロウヨ」
最悪の未来を想像したようで、公爵は顔をしかめた。
「そうなれば唯一無事だった王女を失うことになったでしょうな」
ここで爺さん執事が戻ってきた。
お茶の用意を調えセッティングしていく。
その手際は手慣れたもので流れるように自然な所作であった。
「お待たせいたしました」
俺の前にも茶が置かれている。
覆面をしている俺に対する嫌みなどではない。
「もしよろしければ、どうぞ」
などと言っていたからな。
ただ、俺が覆面を取ることを期待しているような空気は感じた。
『生憎だったな。
転送魔法で飲めば済むことだ』
ティーカップの中の茶が触れずに減っていく。
目の前の3人にとっては摩訶不思議な光景だったのだろう。
目を丸くして言葉を失っていた。
「サテ、話ノ続キダガ」
公爵が我に返る。
後の2人もだが話をする上ではどうでもいい。
「我ハコノ後、賢者ニ会イニ行ク」
「カーター様を保護しておられるという御方ですな。
遙か東の果てにある国の王であらせられるそうですが」
「アノ者トハ、チョットシタ知リ合イデナ」
知り合いも何も本人だけどね。
読んでくれてありがとう。




