表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
754/1785

744 せっかちだが情に厚い

「ぐぬぬぬぬぬぬぅっ!」


 爺さん公爵が唸りながら向かって来る。

 ガチガチになった手綱と格闘しているが故に俺には気付いていない。

 後ろの執事風の爺さんやイケメン騎士らしき兄ちゃんの方が気付いているくらいだ。


「旦那様、向こうに誰かいます」


 爺さん執事が声を掛けると、ようやく俺の方を見た。


「なに?」


 怪訝な表情で俺の方を見る。

 月明かり程度ではシルエットを確認するのが精一杯だろう。

 馬がゆっくりとこちらに向かってくる。

 なおも目を凝らして見ようとしているが、それは無理というものだ。


 マルチライトの魔法を発動した。

 馬が怯えないよう徐々に明るくなるようにする。

 念のために馬だけバフをかけておく。


「なんとっ!?」


 爺さん公爵は大袈裟に驚き。


「これは無詠唱で……」


 爺さん執事は感心するように呟き。


「……………」


 イケメン騎士は無言で剣の柄に手をかけていた。


『このくらいか』


 数メートルの間合いまで近づいたところで馬に止まるよう念話を送った。

 あまり接近しすぎると一触即発になりかねない。

 この距離なら大声を出さなくても会話はできるし、問題は無いだろう。


「ブルルッ」


 先頭の馬がピタリと止まった。

 斜め後ろにつけていた2頭も止まる。


「む?」


 爺さん公爵が怪訝な表情を浮かべた。

 馬が勝手に止まるとは思っていなかったからだろう。


 しかしながら公爵は無理に馬を進ませようとはしなかった。

 馬の首あたりをポンポンと叩くと慣れた所作で下馬する。

 後の2人もそれに続いた。


『話をするつもりはあるようだな』


 そんな風に思っていたら爺さん公爵が前に進み出てきた。

 割と無警戒で危なっかしい。

 そのせいで騎士の兄ちゃんなんかは緊張の度合いを高めている。

 半分ほどの距離に詰めると立ち止まった。


「シノビマスター殿でよろしいか?」


 爺さん公爵が聞いてくる。


「イカニモ」


「これは失礼いたしました」


 そう言うなり爺さん公爵は跪いて臣下の礼をする。


『ちょっと待てぇ────────い!』


 何故に俺が土下座一歩手前のようなことをされにゃならんのだ。

 このジジイを配下にした覚えはないぞ?

 もちろん国民にした覚えもない。


『ドウシテコウナッタ?』


 【千両役者】を使って踏み止まれたから表面上は無反応を貫けたが……

 心の中では大混乱。


「かっ、閣下っ!?」


 騎士の兄ちゃんだって慌てているし。


『説明を求む、だ』


 ただ、爺さん執事の方は最敬礼してきた。

 このあたりは公爵との付き合いの長さで変わってくるみたいだ。


「私の名はカッツェ・ヒューゲルでございます」


『知ってる。

 いや、知らないことになってるけどさ』


 そう思いつつも切実な問題がある。

 とにかく立ってほしいということだ。

 土下座されているようで居心地が思いっ切り悪い。

 それと騎士の兄ちゃんが凄い顔して睨んでくるのも頭痛の種である。


『下手すりゃ一触即発なんだが』


「我ハ、シノビマスター。

 神ノ意向ニヨリ邪悪ナル者共ニ鉄槌ヲ下ス者ナリ」


 心中は穏やかではないものの名乗られた以上は返さねばなるまい。

 それこそイケメン騎士が「無礼者!」とかキレかねないし。


『そんなつまらんことで話ができなくなったら困るっての』


 面倒くさいこと、この上ないだろ。


「神の使いの方に対する無礼な振る舞い、誠に申し訳ありませぬ」


『どこが無礼なんだよっ』


 このジジイ、ツッコミどころ満載すぎて疲れる。

 騎士は騎士で「神の使いぃっ!?」とか今更なことを言ってるし。

 それどころか凍り付いてしまっている。


 まあ、変に話をこじらせる要素が減ったと考えれば悪くはないのだが。

 些か想定外だったのは爺さん執事だ。

 目を丸くして「おや、そのような御方だったのですね」と驚くとはね。

 公爵が側近には誰に会うことになるかくらい話していると思っていたのだ。


 屋敷の外から監視していたのが裏目に出た。

 公爵が動き出すタイミングを探れればいいと考えた結果の手抜きである。


 大声で指示を出しているのが聞こえてきたのも判断を誤らせた。

 馬を用意しろとか。

 誰それを呼べとか。

 留守の間はこうしろとか。

 自動人形を屋敷に侵入させる前に、そういう指示の数々が聞こえてきた訳だ。


 そこで公爵がすぐに登城すると確信したことで屋敷の外で待機させてしまった。

 明らかに油断である。

 戦いが終わって気が緩んでいたというのもあるだろう。

 ラソル様の予言の詳細がメールで届いていたことも、更に気を緩ませたと思う。


 なんにせよ確認を怠ったのは俺の判断ミスである。

 周りの人間がどれだけ状況を把握しているかも確認しておくべきだったのだ。

 知っていれば俺の対応も変わっていただろうし。

 こんな風に泡を食ったりはしなかったはずだ。


『そんなことを言っても今更だけどな』


 ただ、罠に誘い込まれたとも思った。

 色々な状況を読み切って俺が油断すると確信していた者が1人だけいるのだ。


『これを見てラソル様は喜んでるんだぜ、きっと』


 そうでなきゃ公爵だけでなく関係者にもお告げを聞かせているはずだ。

 やられたとは思うが、文句も言えない。

 もっと俺がしっかりしていれば何の問題も無くクリアできたはずだから。


 故にクレームのつけようがない。

 そんなことをすれば論破されて赤っ恥である。

 ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだろう。

 俺にできることは公爵との話に集中することだけだ。


「我ハ汝ノ主ニアラズ」


 ここから始めなきゃならないのが地味に面倒である。


「ですがっ」


「我ハ汝ノ主ニアラズ」


 泡を飛ばしそうな勢いで言ってくる公爵を遮るように同じ言葉を繰り返す。


「神の使いの方に非礼をする訳には!」


 なおも食い下がってくる。

 同じことを繰り返すだけではダメなようだ。


『大事なことなのに』


「コノ国ノ王タル者ハホカニイルデアロウ」


「我が国に王は不在でございます」


 その言葉に固まっていたはずの騎士の兄ちゃんが激しく動揺する。

 兄ちゃんの認識からすれば国王が不在ということはない。

 砕けた言い方をするなら「なに言ってんだコイツ」というのが兄ちゃんの心境だろう。

 立場的に、もっと堅苦しい表現になるとは思うがね。


 ちなみに王は他の王族も含めて殲滅したデミヴァンパイアの中にいた。

 が、それを知るのは公爵だけだ。

 故に騎士は「閣下がボケ老人に!?」と言わんばかりの戸惑いぶりを見せていた。

 そして助けを求めるように爺さん執事の方を見る。


『気持ちは分からんではないな』


 思い浮かんだ疑問を言葉にすることはできないだろうし。

 が、執事はチラリとイケメン騎士を見返しただけだった。

 後は平然とした様子を見せている。

 なぜだかセバスチャンと呼びたくなった。


 しかしながら俺が今話をしている相手は公爵である。

 脱線している場合ではない。


「神ノ、オ告ゲダナ」


 公爵の言葉を受けて騎士や執事に説明できそうだと話を振ってみた。

 が、首を横に振られてしまう。


『どういうこと?』


「確かにお告げで奴が滅んだことは聞きました」


『おいおい……』


 自分の国の王を奴呼ばわりするとはな。

 アンデッドになったとはいえ、人間であった時は王だったのだ。

 いかに公爵といえど大胆すぎやしないだろうか。

 それだけに何かこだわっていることがありそうだが。


「ですが、それ以前から我が国に王は不在でございます」


「コレハ異ナ事ヲ言ウ。

 王ガ抜ケ殻トナッタハ最近デアロウ」


「私はっ、アレを王と認めたことなど一度もありませぬ」


 公爵は怒りさえ感じるような真剣な面持ちで返してきた。


「奴は先王陛下との約束を破りました」


 いや、押し殺しているだけだ。

 かなり本気で怒っている。


「ホウ?」


 俺の知らない情報だ。


「先王陛下が崩御した翌日からですぞ」


『8年前か……』


 比較的最近の情報しか調べていないから拾えていない。

 今から調べるとなると時間がかかる。


「備蓄を増やすと言っては、わずかだが増税し」


『……それは典型的な衰退コースだろ』


 西方人の平均的な暮らしぶりを考えると、この国の税率はやや重め。

 ほとんどの者は支払える。


 だが、余裕がある訳じゃない。

 医療保障なんかまるで発展していないからね。

 大半の者はいざという時の蓄えができないだろう。


「国防が心許ないと言っては徴兵を増やし」


『これも不満を集めやすいな』


 どれだけ増やしたかにもよるがね。

 徴兵で大事な働き手を奪われたとかだったりしたら特にヤバいと思う。


「他にも先王陛下が決められた数々のことをすべて撤廃したのです」


 憎々しげに語る公爵。


「奴は生かさず殺さずだと言いました」


「愚カナコトヲ。

 国ノ根幹タル国民ヲ蔑ロニスルナド」


「左様ですな。

 ですが、奴はそれを笑いながら言ったのです」


 どうしようもない奴が王だったということか。

 この8年の間に何もなかったことが致命的な状況を発生させなかったのだと思う。


「ソレガ引キコモリノ理由カ。

 延イテハ人嫌イ公爵ト呼バレルヨウニナッタ元ダナ」


「お恥ずかしい限りでございます。

 ですが、欲ボケた若造に肩書きだけで従う訳には参りません」


「汝ガ従ウハ国トイウ訳カ」


「いかにも、左様でございます」


「ナラバ尚ノコト頭ヲ下ゲル相手ヲ間違ッテイルゾ」


「ですが……」


 この後、徒歩で追ってきていた従者たちが勢揃いするまで公爵は跪いたままであった。


『疲れる爺さんだぜ』


読んでくれてありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

下記リンクをクリック(投票)していただけると嬉しいです。

(投票は1人1日1回まで有効)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ