736 隠れ潜んでいたのは
奴の体から取り憑いていた者たちの魂が剥がれていく。
そして風船のようにスルスルと上へと向かって飛んで行った。
骸骨野郎が完全に消え失せた証拠だ。
『でなきゃ成仏できないもんな』
そう、成仏してくれた。
わざわざ光属性の魔法を使うまでもないとは潔い。
まあ、アンデッドから解放する時に使った光魔法の影響が残っていたかもしれないが。
なんにせよ潔い姿を見たことで今は少し清々しい気分である。
『直前まで見苦しいものを見せられていたからなぁ』
狂人のあれこれを思い出すと溜め息をつきたくなってしまうが。
とにかく全員がしがらみから解放されたようで何より。
いつまでも恨みに囚われていたら本物のアンデッドになってしまいかねないからな。
『次の人生に幸あれ』
天へと昇らんとする魂たちに念話で祝福の言葉を贈る。
返事はない。
だが、全員がこちらを見た気がした。
勝手な思い込みかもしれないが。
それでも更に少し気が晴れたのだ。
悪いことではないだろう。
『成仏してくれて良かったと思える面々だったし』
間違っても骸骨野郎のように「ザマア」と言われて当然な者は誰1人としていない。
他人から気難しいと思われるような人間はいたようだが。
それでも恨まれるほどじゃない。
骸骨野郎とは大違いだ。
関わったすべての人間から嫌われるなど普通はなかなか無いものである。
それを実現させてしまうのだから相当なものだったということだ。
これほどヘイトを集められる輩も、そうはいまい。
アルシーザ帝国になら普通にいるのかもしれないが。
『あそこは人の行き来がないからな』
俺もノータッチだ。
監視しようとさえ思わない。
故に交流がある国々の中でという限定はついてしまうのだが。
奴は西方人の中で断トツのチャンピオンになれる存在だった。
故人であるがゆえに過去形になってしまうがね。
『だからこそ面倒なんだよなぁ』
残ったモノがヘイトを糧にしていたから。
だったら、さっさと片付けろ?
ごもっともと言いたいところだが、お生憎様だ。
『取り憑き組の魂まで食われかねなかったからな』
そちらの方が俺としては嫌だ。
罪悪感を感じるどころの話では済まなかっただろうし。
結果だけで考えても向こうをパワーアップさせることになったはず。
だからベストな結果とまでは言わない。
「サテ、イイ加減ニ抜ケ殻カラ出テキタラドウダ?」
骸骨野郎の中身が消滅しても残っていた死体に呼びかける。
「……………」
死体は返事をしない。
まあ、当然だろう。
これが普通の死体であるならば。
相手はアンデッドなのだ。
瘴気と邪悪なる魂の力でもって死体を動かしていた反動がないはずがない。
魂が残っていないなら瘴気も維持できないのだから。
スケルトンであれば粉々になり。
ゾンビであるなら腐食が一気に進んで崩れ落ち。
ヴァンパイアならば灰と化すだろう。
そういった様子は一切ない。
これからそうなるであろうという兆候もない。
『白々しい奴だ』
俺は特に警告もなくガンセイバーで奴の頭を狙って光弾を撃ち放った。
頭に命中。
風穴を開けて周辺が瞬時に焼けただれたようになった。
もちろん、かなりの手加減をしている。
本気で撃ち込めば王城を吹き飛ばしてしまうというのはあった。
ただ、そこまでしてしまうとコソコソしている輩を刺激しかねない。
『どんな手を使ってくるかが分かればなぁ』
反射防御とかされて一部でも周辺に流れてしまったら被害が尋常なものではなくなる。
では、奴の頭を吹き飛ばす程度であるなら大丈夫かと言われると何とも言えない。
新しい中身は骸骨野郎などより遥かに実力があるからだ。
そこそこの攻撃を弾くぐらいはできるだろう。
『それを利用されてしまうと厄介なんだよなぁ』
ここがエーベネラント王国の王都でなく広い場所であったなら。
『絶対に遠慮なんてしねえって』
城下にいる一般人を巻き込むのは本意ではないのだ。
『ん?』
そこで、ふと気付いた。
思い出したと言うべきか。
城の周囲を結界で覆っていることに。
『アホだ、俺』
ガックリと崩れ落ちそうになったさ。
内心では四つん這い状態で項垂れている。
『落ち込んでいる場合じゃない』
反省は後でもできる。
新しい敵が動かぬというなら、完封するまでだ。
『向こうの事情など知ったことか』
半ば八つ当たり気味に魔法を同時展開する。
結界を更に内側に向けて2重で構築。
合計で3重の結界となった。
そして光魔法の聖烈光。
ファンタジー版ビームライフルだ。
これなら物理ダメージも入る。
死体が爆散しない程度の威力にはしたけれど。
それでも、まともに受ければヴァンパイアの抜け殻など消し飛ぶ威力がある。
「消エロ」
冷たく言い放ちながら撃つ。
光が抜け殻に届く寸前、今度こそ変化があった。
瘴気が凝縮した黒色の円盤が生じ聖烈光が角度をつけて弾かれたのだ。
そのまま聖烈光が最も内側の結界へと到達。
見えない壁である結界に当たる前に聖烈光をキャンセルした。
そのまま光は霧散するように消滅していく。
黒い円盤も、ほぼ同時に消えていた。
『ほう、初見で貫通力が弱いと見切ったのか?
それとも回避や防御が得意なタイプが技で凌いだか』
何となくだが後者のような気がした。
根拠はないので違うかもだが。
「クククククッ」
骸骨野郎の体から笑い声が聞こえてきた。
奴が発しているとは思えぬほど楽しそうな声である。
まるで別人だ。
それ以前に声音からして違うのだが。
「危ない危ない」
続いて聞こえてきた台詞もそうだ。
楽しげではあるが理性を残している。
そこからしても別人だろう。
そもそも、声は奴の口から発せられたものではない。
むしろ体内から聞こえてくる。
『背中か』
視線を向けると同時に背中がボコリと大きく盛り上がった。
まるで皮膚の下に大きな風船が入っていたかのようだ。
『やめてくれよ……
グロいのは嫌だぜ』
一気に辟易とした気分になった。
後の展開が予想できたからだ。
『スプラッタな感じは御免被るっての』
次の瞬間、背中が縦に大きく裂ける。
予想通りの展開になってしまった。
『うへえ……』
思わず顔を顰めてしまったのは仕方あるまい。
派手に血が飛び散る中、盛り上がりの中身とでも言うべきモノが飛び出す。
それは捻りを加えたバク宙を決めて地面へと着地。
色々とあり得ない存在だった。
『おいおい、あそこから飛び出したんじゃないのかよ』
明らかにサイズがおかしい。
背中の盛り上がり部分だけなら、大型犬ぐらいが限度のはず。
にもかかわらず、出てきたのは俺と背丈が変わらない奴だった。
そして赤と白のチェック柄の服を着ているが、血の色は関係ない。
降り注ぐ血を1滴も浴びていないからだ。
『防御と回避に特化してたってあり得ないだろ』
現実には目の前に存在するのだが。
『魔法だよな』
それしか考えられない。
『魔力の無駄遣いをしやがる。
それとも余裕の態度か?』
俺が分析する中で、そいつが優雅な仕草で一礼した。
「お初にお目にかかりますよ」
慇懃な態度は骸骨野郎とはまるで違う。
が、嫌悪感には匹敵するものがあった。
奴がグロいものを見せたからではない。
もっと本能レベルで訴えてくるものがあるからだ。
『コイツ、本心じゃ人間を馬鹿にしてるな』
それはもちろん、俺も含めてのこと。
慇懃無礼とはまさにこのことであろう。
態度や言葉遣いは丁寧だ。
表情もにこやかである。
が、滲み出る雰囲気は他者を小馬鹿にしていた。
笑みにもそれが透けて見える。
格好もおどけたものだ。
フリルや丸い房つきの全身タイツっぽい服。
靴はダブダブで反り返った先端には丸い房がついている。
帽子は二股で巻いた角を持つ羊を連想させた。
これの先端にも房がある。
そして大小の差はあれ、全身がチェック模様。
顔も模様に合わせたメイクがなされていた。
『見た目は完全に道化師だよな』
日本では俗にピエロと言われることが多い。
しかしながら、こいつは涙のメイクをしていなかった。
『クラウンとか言われるタイプか』
まあ、そんなものに拘ってもしょうがない。
コイツの正体は道化師ではないからだ。
「わたくし──」
『ヤカマシイ』
奴の言葉を遮って俺は数発の光弾を同時に放った。
「おおっと!?」
楽しげに笑いながら、おどけた仕草で光弾をすべて躱す。
更に数を倍に増やして撃ち放つ。
「フフフ、せっかちですねぇ」
今度は体を人間ではあり得ない方向へ折り曲げたりして躱した。
更に倍。
「自己紹介くらいさせてくれてもいいでしょう」
ついには胸を腕よりも細くしたりといった奇っ怪な方法で躱していく。
今度の相手は道化師の姿をした軟体動物らしい。
『気持ち悪っ』
見た目が人に近いから余計にそう感じるのだろう。
心の何処かで人という意識が働いているのかもしれない。
『人間の皮を被っているだけだ』
己に言い聞かせて俺は次の光弾をセットした。
読んでくれてありがとう。




