734 嫌なタイプの相手は過剰に警戒してしまう
すみません。
遅くなりました。
この後、52話を改訂版に差し替えます。
「ななななななななななあなななんにっももももおのおのおのおぉぉぉどぅわっ!?」
噛みすぎである。
たぶん……
何かの言葉を発したのは骸骨野郎ことトーテン・シェーデル。
エーベネラント王国で伯爵の地位にあった者だ。
ヴァンパイアと化したことでフェーダ姫により爵位の剥奪が告げられている。
本人を前にして告げる必要はない。
王が死んでいる現状であれば有効な宣告になるだろう。
それはともかく、離宮が消えると同時に姿を現した俺を見て何か言い放った骸骨野郎。
離宮の3階に相当する高さで浮いている俺を指差して意味不明な奇声を上げている。
どれもこれも言葉になっていない。
ヒステリックな悲鳴としか言い様がないのだ。
『最初のもその類か?』
それにしては今のキーキャー言っている悲鳴とは違うものを感じる。
何を言ったのかはサッパリだけど。
最後の「どぅわっ」の部分など、特撮の変身巨人かと思ったほどだ。
言葉のようで言葉でない。
困惑するしかない奇妙な音声情報である。
とにかく骸骨野郎が1人で騒いで1人でアタフタしていた。
操り人形状態のアンデッドどもは突っ立ったままなためギャップが大きい。
『これでよく伯爵が継げたな』
世襲制にしたって、ここまで対応能力のなさ過ぎる奴は候補から外されるだろうに。
そう思った瞬間に見当がついてしまった。
コイツは伯爵位を継ぐときにもやらかしたのだと。
『今回のことをしでかす前に何人も殺してきているってことだな』
貴族の家と国の中枢では規模が違うだろう。
それでも前例を作った。
今回の事件を引き起こすための心理的ハードルを下げたことは間違いない。
『臆病者くさいのに大胆だと思っていたが、そういうことか』
そう考えると、しっくりくる。
単なる思いつきだったのだが。
『瓢箪から駒が出てしまったか』
事実は骸骨野郎から聞き出さねば分からないだろう。
もっとも、そこまでしなければならない理由もない。
この思いつきのお陰で、もうひとつ推測できることがあった。
それは骸骨野郎の実行力が意外にあるということ。
突発的なトラブルには弱いことは、今まさに証明している最中だ。
が、そこから何もできない盆暗だと思うのは早計なようだ。
計画通り物事を実行する能力があることも、目の前の死者たちが証明している。
おそらく、その計画を細かく練り上げる能力に長けているのだろう。
『誰かに相談する訳にはいかないからな』
その上で、ここまで成功させているのだ。
侮ると痛い目を見ることになりかねないかもしれない。
『とても、そうは見えないんだが』
キーキーと喚き続けているし。
こちらが何か言わなければ始まらないのかもしれない。
『最初だけは何か重要な情報を語っていた?』
無いとは思うのだが。
その考えを捨てきれないのは大学時代に似たようなタイプを見たことがあるからだ。
天才肌だが恐ろしく神経質で些細なことにこだわるタイプだった。
『そういや暴走して自爆した神もこのタイプだったんだよな』
一気にゲンナリした気分になった。
強者を相手にする方がよほど楽だからだ。
こういう狂人タイプの方が言動が読めないから面倒で嫌な相手である。
『まさか欠片関連でこうなってるんじゃ……』
そう考えかけて、あり得ないと結論づけた。
欠片がらみであるなら、ベリルママが最初に注意してくれているはずだからだ。
関連する注意も忠告もなかったから関係ないことは確実だ。
少しだけ気が楽になった。
完全に気が晴れないのは、骸骨野郎が苦手な相手だと判明したからだろう。
『こういう手合いはキレたら何するか分からんしなぁ』
まだ生きている魅了しただけの相手を操って自殺させたりとか。
支配下にあるアンデッドの魔力を暴走させて大規模自爆したりとか。
それをする意味も理由もないにもかかわらず、こういうことを平気でしてくる。
子供の癇癪と何らかわりはない。
だからこそ思考や行動が読めないのだが。
そのせいでワンテンポ遅れて致命的な何かが発生するのは御免被る。
『しかも、何処でスイッチが入るか分からんし』
これも厄介なところだ。
意味不明な理論武装をしていることが多いのだ。
そして他者も理解できると思い込んでいることが多い。
理解できなければ蔑んで人扱いしないだけというのもお決まりのパターンである。
『それこそ意味不明な逆ギレも普通にしやがるし……』
そう考えるだけで辟易とさせられる。
デリケートに扱わなきゃならんとか考えるだけで面倒だ。
が、適当にやると後悔しそうなのも事実。
『仕方あるまい。
出方だけでも探ってみるか』
という訳で音声ログを脳内スマホの翻訳アプリにかけてみた。
ダメ元である。
万が一、アンデッドの特殊な高速言語とかだったらなんて考えてしまったのだが。
即座に視野外領域へ表示された。
『マジで何かの言語だったのかよっ!?』
驚きながらも試してみるものだと思った。
だが、それも束の間のこと。
表示された内容を見た俺は絶句するしかなかった。
[なにものだ!?]
それが骸骨野郎の最初に喋った言葉である。
『たったこれだけ……?』
どんだけ噛み倒しているんだか。
わざとじゃないのかと思ったが、奇声を上げている現状を見ると断定できかねる。
念のために他の悲鳴みたいなのも翻訳させようと試みた。
[システムメッセージ:翻訳不能!]
これしか表示されなかったのは言うまでもない。
悲鳴はやっぱり悲鳴でしかないのだ。
「……………」
奴の狂いっぷりに気圧されたのが恥ずかしくなってきた。
地味に腹が立つ。
己の不甲斐なさにだ。
『様子見はここまでだな』
ゆっくりと地面に降り立つ。
すると骸骨野郎の悲鳴が止まった。
『宙に浮いているのがダメだったのか!?』
あまりに意外すぎて気がつけなかった。
奴のスイッチがどこにあるか本当に読めない。
もはや、それはどうでもいいけどな。
「神ノ意向ニ背ク者ヨ」
こちらの呼びかけにも反応する。
「神だと?」
それまでのキチぶりが信じられないくらい、まともな反応だ。
「我ハ、シノビマスター。
神ニ遣ワサレシ戦士」
「笑わせるなっ」
「神ノ命ニヨリ貴様ヲ抹殺スル」
「神などいない」
どこかで聞いたような台詞だ。
確か禿げ脳筋がそんなことを言っていたはず。
「私こそが神となるべき存在」
『あ、そっち系なんだ』
禿げ脳筋とはタイプが違うようだ。
元より向こうは筋肉バカだったし。
発想が基本から違って当たり前というべきか。
「否っ、既に私は神であるっ!」
拳を握りしめ熱く語る骸骨野郎。
『うあー、痛い人だったかー』
このような輩が神を自称したところで苦笑しか出てこない。
痛すぎて哀れみすら感じてしまう。
そこが面白くて、つい観察したくなってしまった。
「不老にして不死」
『それが根拠か』
何か面白いことを言いだしたから、つい聞いてしまっている。
しかしながら最初からツッコミどころがデカすぎる。
『不死って既に死んでる奴が何を言ってるのかな?』
そういう認識をしているだろうとは思っていたが。
改めて聞かされると、内心でツッコミを入れてしまう。
実際にそれを口にしないのは続きを聞きたくなってしまったからだ。
『面白すぎだろ』
ピン芸人としてデビューできそうだ。
さすがに、それは言い過ぎか。
「これを神と言わずして何と言おう?」
『いや、ただのアンデッドだけど』
「病を知らず」
『ウソつけっ。
感染症に罹患してんじゃねえか』
鑑定しているので間違いない。
症状が見られないのはヴァンパイアの再生力が上回っているからである。
感染者がアンデッドに限定されているのは特殊な接触感染による病だからだ。
『それでよくフェーダ姫を妻に迎えようと言えたものだな』
まあ、アンデッド化させることが前提だろうから、それ以前の問題ではあるが。
「怪我は立ち所に痕跡さえも消す」
『かすり傷程度ならな』
「私こそが至高の存在なのだ」
『至高のバカではあるな』
「まさに神と言うに相応しいっ!」
「愚カ者メ」
さすがに聞くに堪えない言葉が出たことで俺も手が出てしまった。
間近にいるデミヴァンパイアをガンセイバーの光剣モードで一刀両断にする。
それだけで眷属は灰も塵も残さず消え失せた。
『弱っ!』
「バカなっ!?」
「バカハ貴様ダ」
ガンセイバーの2丁拳銃で光弾を叩き込んでいく。
マシンガンのフルオート状態に等しい連射で次々と眷属を消していく。
ほとんどシューティングゲームだ。
いや、敵が襲ってこないからゲームにもなっていない。
とにかくデミヴァンパイアたちは当たると同時に跡形も残さず霧散していった。
「バカなバカなバカなバカなバカなバカな─────っ!」
『あ、壊れた』
そう思いながらも骸骨野郎だけは無視して片っ端から消していく。
『多いな、面倒だ』
百体近くは消したはずなのに、まだまだ残っている。
「ややっや奴を殺せっ!
いますぐに殺せっ!
肉片ひとつたりと残すな─────っ!!」
ようやく眷属に指示を出した骸骨野郎。
『遅すぎるんだよ』
俺はまとめて片付けるべく光魔法の聖光輝を多重起動して使った。
聖烈光と違って物理的な被害は出ないのが、この魔法の利点だ。
ただ、規模が規模だけに強い光を放つのはやむを得ないところだろう。
もちろん王城の外からは見られないように結界で覆っている。
そして幾筋もの光が一斉に眷属たちに襲いかかった。
「バカな……」
後に残ったのは骸骨野郎ただ1人。
「サア、断罪ノトキダ。
神ヲ騙ッタ罪ハ重イ」
読んでくれてありがとう。




