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733 王女のワールドとタイムリミット

「っ!」


 フェーダ姫の喉から出かかった言葉が飲み込まれた。

 体は石になったかのように硬直。

 その表情は恐怖とも驚愕ともとれる。


『まあ、ヴァンパイアと聞かされればこうなるか』


 いくら高位のアンデッドと言われていたとしても、そこまでとは思っていなかった。

 そういう反応だ。

 いや、その認識は正確性に欠ける。

 そうであって欲くないという願望が多分に含まれているからだ。


『ノーライフキングの影響が大きいんだろうなぁ』


 そう、並みのヴァンパイアとは一線を画す存在。

 究極のヴァンパイア。


 西方では誤った知識が広まってしまっているが。

 ヴァンパイア全般がノーライフキングであるかのような認識をされているようだ。

 まあ、ノーライフキングの情報も正確性に欠けるのだが。


 その代表格が翼なしで空を飛ぶことだろうか。

 ただのヴァンパイアには背中からコウモリの翼を出さずに飛ぶことはできない。

 ノーライフキングであれば瘴気を足場にして宙に浮くことはできるが。

 目撃情報が極端に少ないが故に浮くだけで飛べると誤解されてしまうようだ。


『まあ、瘴気の足場を使いこなせば飛んでいるように見えなくもないのか』


 他にも著しい再生能力を持つだとか言われていたりする。

 消し飛ばした腕が瞬時に再生なんてことはノーライフキングにしかできない。

 ヴァンパイアには無理だ。

 切り落とされた腕をつなぐくらいはできるが。

 それも腕の引き寄せなどの特殊能力はない。


『一般人からすれば魔法もなしで腕がつながる時点で驚異的な再生力になるがな』


 それだって瞬間的にとはいかない。


 後は魔導師を軽く凌ぐ魔法を使いこなすとか。

 これも魔力は増えるが、魔法が使えるかは生前の資質による。

 魔法が使えなかった者がヴァンパイアになったから使えるようになるなんてことはない。

 豊富な魔力を用いて練習を数多くこなせるようにはなるが。

 それはノーライフキングとて同じことである。


『魔法の使えなかった奴が、さしたる努力もなく魔法が使えるようになる訳ないっての』


 おそらく魅了で人を意のままに操るのを見て誤解したのだろう。

 それは魔法ではなく、ヴァンパイアの基本的な能力だ。

 誤解されても仕方がないとは思うが。


『それだけ強力だからな』


 一般的な西方人に逃れる術はない。

 レベルが低ければ確実に抵抗に失敗する。

 レジストに成功しても倒すことができない。

 それどころか逆に殺されてしまうのがオチだ。

 そして眷属支配の餌食となる。


 現状がまさにそれだ。

 強い兵はほとんどがアンデッドと化していた。

 例外はレジストに失敗した者たちだろう。


 王城内でまともな人間は離宮で活動する者たちに限られてしまっている。

 故に動きがあれば丸わかりだ。


「よりにもよってヴァンパイアですか」


 王女の呟きが漏れた。

 フェーダ姫も認識は正しくないようだ。


 だが、ここで訂正はしない。


『変に侮られても困るからな』


 西方人の手に余ることに違いはないのだし。


「でも、納得もできますね」


 意外なことを言い出すフェーダ姫。

 骸骨野郎の考え方は理解不能だと言わんばかりだったはずだが。


「確かに伯爵にとっては不老不死を得たも同然でしょう。

 人の生き血を啜りながらでしか維持できぬ動く屍ですが」


 バッサリと斬り捨てる。


『なるほど、そういうことか』


 納得したというよりは行動原理を把握できたと言うべきか。


「生者から意思を奪い」


 絞り出すように呟く。


「アンデッドを支配し」


 受け入れられぬと全身で拒絶するかのように。


「すべての人を、人形か物として見なすというのですね」


 この場にいない骸骨野郎に向けて語り掛けている。

 王女の瞳は氷のように冷え切っていた。


『完全に俺のこと眼中にないよな』


 骸骨野郎に向けているであろうことは疑う余地もない。


『フェーダ姫が侮蔑の目をするとはね』


 およそ本来のキャラクターからは掛け離れていると言わざるを得まい。

 恐怖したからこそ拒絶感が増幅。


『そして蔑まれることになる、か……』


 もはや骸骨野郎のことを人として見てはいまい。

 あんな目で見られたら精神のゲージがガリガリと削られてしまいそうだ。


『Mっ気があれば御褒美なんだろうがね』


 生憎と俺は見られたいと思わない。

 これを放置しているのは俺に目線が向けられていないから。


 あとはタイムリミットが近づいているからだ。

 その時が来れば問答無用で保護行動に入る。

 そんなこととは露程も知らず、己に酔ったように呟き続けるフェーダ王女。


「伯爵……

 いえ、国家反逆罪が適用されますね」


『あっちの世界に行ってるねぇ。

 厨二病を発症しちゃったかぁ……』


 指摘しようにも厨二病という単語の意味を知らない相手だ。

 意味がない。


『まあ、後に黒歴史とならないことを祈っておこう』


「爵位の剥奪は確定ですから、元伯爵と言うべきですか」


 つい「骸骨野郎はどうだ?」と言いたくなった。

 しかしながら我慢する。

 没入したワールドに巻き込まれたくはないからだ。


「元伯爵、何がしたかったのです?」


『だんだん芝居がかってきているし』


「王位を欲したのですか?」


 フェーダ姫は問いかける。

 もちろん俺に対してではない。

 ここにはいない骸骨野郎が相手であるのは疑いようもない。


「私を妻として迎えたいと言ったのは、それこそが目的だったのですね?」


『正解だよ』


 トリップに近い状態でなければ、その言葉を口にしていたかもしれない。

 王女のワールドは続く。


 が、俺はほとんど気にしていない。


『近づいてきているな』


 気にしているのは離宮の外のことだ。

 先程まで王宮にいた瘴気が離宮に近づいてきている。


「人を捨て化け物となってまで欲するものなのですか?」


 あり得ないと頭を振る王女。


『頭数をそろえて自ら指揮するか』


「それで王位を簒奪したつもりですか?」


 その問いかけをしたフェーダ姫は虚空を睨みつける。

 そこに骸骨野郎の幻を置いているようだ。


『支配するアンデッドは全投入か

 離宮の結界を警戒しているのかね』


 俺が来るまでであれば過剰反応なのだが。


『気付かれた様子もないし。

 単に痺れを切らしただけみたいだな』


 即物的でせっかちな性格が窺い知れる。


『それ以上にビビりみたいだけど……』


 現に今も先頭に立つ形で向かってきている訳ではない。

 仮にも王族の命を狙おうというなら陣頭に立って指揮すべきではないだろうか。

 眷属支配したアンデッドに士気など無いとはいえ意味はある。

 相対する離宮を守る者たちの存在だ。

 首謀者が先頭にいるなら動揺する者もいることだろう。


『数がいれば充分と踏んだか?』


 離宮の結界で失われる数が勘定に入っているようには思えない。

 仮に侵入できても、結界の効果は続く。

 アンデッドの能力は大幅に制限されるだろう。


『そのあたりの見立てが甘いのか?』


 己が侵入できれば、どうとでもなると考えているのかもしれない。

 能力が制限されても相手はヴァンパイアだ。

 王女の護衛たちでは束になっても勝てない。

 眷属なら互角以上に戦えるだろうが。


 とにかく行動がチグハグに思えてならない。

 自分だけで事足りると考えるなら先頭にいるべきだろう。

 眷属で離宮を囲めば脱出もままならなくなる。


 逆に眷属を積極的に使って護衛たちの疲弊を狙うなら後方で指揮するはず。

 ところが奴は強力な眷属に四方を守らせつつ、ほぼ中央に陣取っている。


『どの包囲から襲われても対処できるようにとか言わねえよな?』


 そういう配置にしか見えない。

 離宮にしか敵がいないのに何故そうするのかと問いたいところだ。


『見えない敵に怯えているとか言ったら笑うぞ』


 死んでも認めないだろうが。

 こういうタイプは臆病なくせにプライドだけは高いからな。


『ああ、死んでるんだっけ』


 アンデッドであることを失念していた。

 あまりにもヴァンパイアらしからぬビビりっぷりについ、な。

 とにかくツッコミどころの多そうな輩である。


「最後の王族として断じて認める訳にはいきません」


 フェーダ姫もツッコミ待ちかと思うようなことを言い出すし。


『おいおい、最後じゃないだろ?

 カーターがいるっての。

 それに公爵家とか王城内にいない面子のことも忘れてるぞ』


 思わず内心でツッコミを入れていた。

 さすがに指摘したいところだが、タイムリミットである。

 離宮が包囲されてしまった。


「時間切レダ」


「え?」


「汝ノ言ウ元伯爵ガ大勢ノ眷属ヲ用イテ離宮ヲ包囲シタ」


「いけない!」


 フェーダ姫が踵を返そうとしたが、肩を掴んで止めた。


「シノビマスター様!

 急がねば皆の命が失われてしまいます!」


 非難めいた声音で抗議してくる王女。

 護衛たちの命が掛かっているせいか、なかなかの迫力だ。

 だが、そんなもので動じたりはしない。


「我ヲ誰ダト思ッテイルノカ?

 言ッタハズダ、汝ラヲ保護スルト」


「ですが、囲まれてしまっては逃げようがありません」


「案ズルコトハナイ。

 コレヨリ汝ラヲ隠レ里ヘト送ロウ」


「隠れ里ですか?」


 フェーダ姫は知らないらしいが説明している時間はない。


「賢者ガ確保シテイル安全ナ場所ダ。

 詳シイコトハ賢者ニ聞クガイイ。

 我ガ神ノ代行者トシテ借リ受ケタト伝エテクレ」


 返事をする間を与えずに俺は転送魔法を使った。

 面倒なので離宮丸ごとだ。

 さぞかし骸骨野郎の度肝をぶち抜いたことだろう。


 さあ、お仕置きの時間だ。


読んでくれてありがとう。

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