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732 伯爵の正体

「奴モ既ニあんでっどダ」


「なっ!?」


 驚愕に目を見開くフェーダ姫。

 そこまでは想定外だったのだろう。


『予感めいたものはあったようだがな』


 理由を知れば納得するだろうか。


「あんでっどデアレバあんでっどヲ支配スルコトモ容易イ」


「そこまで……」


 事実を受け止め切れなかったのか、たじろぐ様子さえ見せている。


「そこまでするものなのですか?」


 驚愕と呆れと恐怖が表れては消えていく。

 王女は奴を狂っていると評した。

 が、その認識は些か甘かったようだ。


「ソレガ現実ダ」


 王女は頭を振った。

 あり得ないと言いたいのか。


「そこまでして得られるものなど何もないでしょう」


 心底、理解できないと言わんばかりだ。

 俺も同意する。

 ただ、骸骨野郎にとっては根本的に考え方が違う。


「奴ニトッテハ、アルノダ」


「一体、何があるというのです?」


 そう言ってからハッとした表情を見せた。


「アンデッドを支配するアンデッド……」


 呟きながら考えを巡らせ──


「伯爵は高位のアンデッドになったのですね」


 その結論に達した。


「伯爵としての自我を残しているようですし」


 それがあるからこそアンデッド化していることに驚愕したのだ。

 いまは深刻な表情をしている。


『無理ないよな』


 高位のアンデッドともなれば危険度は竜にも匹敵する。

 西方ではそう言われているようだ。

 実質的な戦闘力は下級竜程度であることが多いが。


 それを明確な差として認識できる西方人はいないだろう。

 どちらも国家存亡の危機をもたらす存在だ。

 それにアンデッドの種類によっては再生能力を持つことがある。


「教えてください、シノビマスター様」


 フェーダ姫が懇願してきた。

 俺は沈黙でもって先を促す。


「伯爵はどんなアンデッドになったというのですか?」


『そんなことだろうとは思ったよ』


 この期に及んで、自分で解決する手立てがないか考えているようだ。

 王族としての責任感か。

 それとも民を思う優しさ故か。


『どっちにしたって無理だと気付けよ』


 俺という助っ人がいることも失念しているし。

 視野狭窄にも程がある。

 ただただ呆れてしまったさ。


「ソレヲ知ッテドウスル」


「正体が分かれば対応の方法も考えられます」


 予想通りの答えをいただいてしまいましたよ。

 しかしながら王女1人で対応などできる訳がない。

 当然、護衛している面々を動かすことになるだろう。


「ソノタメニ無意味ナ犠牲ヲ出スツモリカ」


 俺がどうにかしなければ、そういう結果しか見えない。


「それは……」


「汝ニデキルコトハ限ラレテイルノダゾ」


 俺の指示に従ってさっさと逃げることだけだ。

 ハッキリ言ってしまえば足手まといでしかない。

 そこまでぶっちゃけないのは、王女が逆ギレからの暴走に至りかねないからだ。

 先程から俺に任せるとは一言も聞いていない。


「何ノタメニ我ガココニ来タト思ッテイルノカ」


「ですがっ」


 くどい王女様である。


『相当に頑固だな』


「自国ノ危機ヲ憂エル気持チハ天晴レナリ。

 シカシナガラ汝ヲ死ナセルワケニハイカヌ」


「しかしっ」


 なおも食い下がろうとしてくる。


『ですがも、しかしも、ねえっての』


 あまりのしつこさにイラッとしてしまった。

 これが野郎相手だったら問答無用で殺気を叩き込んで黙らせていたことだろう。


『王女にトラウマなんぞ残されても困るしな』


 野郎は知らん。

 仕方がないので有無を言わせぬ切り札を使うことにする。


「汝ニ勝手ナ行動ヲ許スト我ガ神ニ叱責ヲ受ケルノダ」


『どうだ!』


 内心で意味もなくドヤ顔感を出す。

 これでも自分でどうにかしたいと言えるかと問いたいところだが、我慢した。

 王女を凹ませるのが目的ではないのだ。


「確かに神の使いである御方の邪魔はしたくないです。

 足手まといにもなりたくはありません」


 その言葉を聞いて内心で安堵の溜め息をついた。

 まだ抵抗されるかと警戒していたのでね。


 骸骨野郎を相手に迂闊に見学もさせたくないのが正直なところなのだ。

 物理的に守るだけで問題ないなら、そんなことは思わないんだが。


『面倒な相手だからなぁ』


 守るための手間が普通の相手より増えてしまうのがね。

 とにかく骸骨野郎からは隔離しておきたい。


「ただ、それでも知りたくは思います。

 父や母を殺めた伯爵が何者に成り果ててしまったのかを」


『重い、重すぎるよ』


 これなら白々しい芝居風に言ってくれた方がマシである。

 要するにフェーダ姫は心の中に余裕がない状態だと言っている訳だ。

 何かにすがる形で心の安定を求めるのは自然なことなのかもしれない。


『敵に関する情報ひとつでも、か』


「……………」


 特に俺を出し抜いてどうこうといった様子は感じられない。

 ただただ知りたいという気持ちが前面に出てきていた。


『危ういな』


 他のことなら耐えられたかもしれないが。

 家族のこととなると脆さを見せる。

 張り詰めすぎだ。


『王族とはいえ、まだ若いからな』


 確認したが成人したてホヤホヤである。

 適当にガス抜きできる余裕があればいいのだが、そちらも経験不足と言える。

 となれば、こちらで調整するしかないだろう。


『希望のひとつくらいは叶えた方が良さそうだな』


「ヨカロウ」


 俺の返事を聞いたフェーダ姫の強張っていた雰囲気がわずかだが和らいだ。


「ダガ、答エヲ聞カサレルダケデハ納得シニクカロウ」


「え?」


 王女は呆気にとられていた。

 このような問いかけがなされるとは思っていなかったのだろう。


 それ故に続く言葉も予測できない。

 あるいは状況がもっと差し迫ったものでなければ楽に気付けたかもしれない。


『こんなことで他人である俺にすべて任せることに折り合いがつくとは思えんがな』


 が、ただ答えを教えらるだけでは軽すぎる。

 何もできなかったことを受け止められないだろう。


「奴ガ何者カ自分デ考エテミセヨ」


 代替行為が必要だ。


『所詮は誤魔化しに過ぎんがな』


 それでも少しの間だけ頭を悩ませたという事実は心にわずかながら余裕を生む。

 後はそこから、どう考えられるかだ。


 無いよりはマシと思えるならば少しは楽になるだろう。

 しかし、どうなるかまでは俺にも分からない。


『できなかったとしても、これ以上のフォローはしないがね』


 薄情なようだが、そもそも野郎が相手ならここまでのサービスはしない。

 王女は、しばし考えて頷いた。


「あの者が人の姿を保っているのであれば霊体型ではないのは確定しています」


 さっそく絞り込みにかかる。

 が、そこからが続かない。


「自我を保つアンデッド……」


 どうやらそのあたりの知識は希薄なようだ。

 西方人としては一般的だとは思うが。

 この関連で豊富な知識があるのは一部の神殿関係者ぐらいだろう。


『シーニュなら分かりそうだが』


 つい、この場にいない神官ちゃんのことを考えてしまった。

 それだけフェーダ姫が考え込んでしまっているせいだ。


「タダ自我ヲ残シテイルダケデハナイゾ」


 俺はヒントを出すことにした。

 【諸法の理】によれば西方でもよく知られた存在のようだし。

 王女が答えに辿り着けないのは、あり得ないと思っているからだろう。


「数々ノ特殊能力ヲ持ッテイル」


「特殊能力……」


 呟きながら反芻する。


「あ、眷属支配ですか?」


 思い出したようだ。


「ソレモアル」


 支配欲が強い奴が求めそうなものだ。


「他にもあるのですね」


 俺が数々のと言ったことは聞き逃さず耳に残っていたようだ。


「奴ノ側ニイル者デあんでっどデナイ者ハ1人モ残サズ魅了サレテイル」


「そこまで、できるのですか」


 渋い表情になりながらも、何処か思い当たる節があるように視線を彷徨わせる王女。


『離宮に差し向けられた暗殺者連中を何人も見てきているからな』


 嫌でも納得させられるというものだろう。


「ダガ、ソレラハ奴ニトッテハオマケダ。

 眷属支配ヤ魅了ナドヨリ奴ガ欲シタモノガアル」


 この言葉を聞いたフェーダ姫が目を見開いた。

 支配こそが骸骨野郎の求めていたものだと思い込んでいたのかもしれない。


「奴ガ何ヨリ求メタノハ不老不死ダ」


「そんな……

 アンデッドは生者ではありません」


 受け入れられないとばかりに頭を振るフェーダ姫。


「他人ガドウ思ウカハ関係ナイ。

 アノ者ガ求メタ末ニ得タ答エガソレナノダ」


 王女は絶句してしまう。


「老イズ高イ再生力ヲ持チ病ニ倒レルコトモナイ」


 ただ頭を振り続ける。


「受ケ入レラレルモノデハナカロウ。

 アレノ存在ヲ認メル必要ハナイ。

 ソレハ正シイ考エ方ダ。

 我ガ神モ、アレノ存在ヲ認メヌガ故ニ我ヲココニ派遣シタノダカラ」


 その言葉を聞いて、ようやく王女が止まった。


「ダガ、認識ハシテオケ。

 アレハ自我ハアッテモ人ナラザル者ダトイウコトヲ」


 硬い表情で王女は頷いた。


「人デアッタ頃カラ、アレハあんでっどノヨウナモノダッタガナ」


「それは、どういう……」


「人トシテノ心モ誇リモ捨テテイタダロウ」


「あ」


 心当たりは嫌というほどあるはずだ。


「ドウダ?

 アレガ何者カ、分カッタデアロウ?」


「はい」


 返事をしたフェーダ姫の表情はスッキリしたものであった。


「今まで私は伯爵が人の心を残していると心の何処かで思っていました」


 自嘲気味に笑みを浮かべる。


「いえ、人であってほしいと願っていたのでしょう」


 小さく息を吐き出した。

 何かと決別するかのように。


「伯爵は化け物になった。

 これは揺るぎない事実です」


 もう答えは必要ないとばかりにフェーダ姫は言い切った。

 そこまで納得したのであれば充分だろう。

 だから俺も答えを提示する。


「アレハう゛ぁんぱいあダ」


読んでくれてありがとう。

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