731 王女の覚悟と伯爵の目的と
俺がシノビマスターとして保護するのが自分だけでないと聞いた王女が立ち上がった。
「では、父や母も助けていただけると」
フェーダ姫は縋るような目で確認してきた。
家族が気がかりなのは当然だ。
ましてや家族でない者たちにさえ深い情けをかける王女である。
それだけに返答には躊躇いを覚えた。
間違いなく残酷な仕打ちになるからだ。
「生憎ダガ、ソレハ不可能ダ」
硬い表情で受け止める王女。
視線だけが小刻みに動く。
必死で考えているようだ。
俺の返答がどういう意味であるかを。
「理由をお聞かせ願えますでしょうか」
表情は硬いままに、それでも目からは必死さが伝わってくる。
「聞クニハ生半可デハナイ覚悟ガ必要ダ」
できれば聞かせたくない。
その気持ちを込めたつもりだったが。
「構いません」
逡巡することなく返事があった。
「覚悟はあります」
ハッキリと言い切った。
それを聞いた以上は答えるしかない。
『勢いに任せた返答でないことを願うぜ』
「我ガ保護デキルノハ生キテイル者ダケダ」
その言葉を受け止め意味を理解するまで数拍ほどの間があった。
目を見開いて……
「くっ」
血が滲むほど唇を噛みしめる。
想像はしていたかもしれない。
覚悟もしていたかもしれない。
それでも他人から聞かされると重い言葉となってのし掛かる。
「事実なのでしょうね」
ただ、安易に信じすぎではないだろうか。
『そんなことでよく骸骨野郎に騙されなかったな』
「神の使いの方の仰ることです。
疑う余地もないでしょう。
父や母の死は受け入れるしかないのですね」
『それが信じる根拠か』
神の使いがウソをつくはずがないと。
『相当にラソル様のお告げが効いているようだな』
そういう意味では、おちゃらけ亜神はいい仕事をしている訳だ。
『毎度のことながら仕事だけはキッチリやるんだよ』
腹立たしいことにな。
実にそつがない。
イタズラだけして終わりじゃないから質が悪いのだ。
相殺分があるから本気で苛ついても本気で怒ることができない。
だから余計にイライラさせられるのだけれど。
『まったく、どこまで計算されているのか頭の中が覗きたくなるぜ』
それはそれでムカつく結果になりそうだが。
「せめて亡骸を確保することはできませんか」
フェーダ姫が別のアプローチをしてきた。
「ワガママを言っているのは分かっています」
現状をある程度は理解して言っているようだ。
「ですから無理にとは言いません。
それができるのであれば、どんな代償でもお支払いします」
『情が深いね』
肉親だから当然と言えばそうなのだろうが。
考えなしに懇願しているのでないのも事実である。
『これは命を代償にすると言いかねんな』
適当に濁して説明する訳にはいかなくなった。
「王族ハ既ニあんでっどニナッテイル」
「なっ……!?」
驚愕したフェーダ姫はそのまま固まってしまった。
俺もストレートすぎる説明だったとは思う。
が、そう言ったのはあえてだ。
『絶句してくれる方が都合がいい』
回りくどいことを言って、あれやこれやと質問されたり追及されたりは御免被る。
今でさえアンデッドの話をするつもりがなかったのに話すことになってしまったし。
これで何が原因でそうなったのかの話をすることになったら面倒である。
少なくとも、いま聞かせるのは良くないだろう。
王女の精神衛生上の問題だ。
他人ならともかく身内が聞かされて平気でいられる保証がない。
耐えることもないとは言わないが。
ただ、その可能性にかけて失敗するような真似はしたくない。
故にインパクトのある直球ど真ん中で勝負したのだ。
『さて、それじゃあ固まっている間に──』
次の行動に移ろうと思っていたのだが。
『あー、ダメかー……』
強制的にキャンセルさせられるであろうことを悟ってしまった。
フェーダ姫が詰め寄ってきたのを目にしたからだ。
『ヤバいな』
どうやら、あれやこれやと聞かれそうである。
「教えてくださいっ、シノビマスター様っ!!」
今までに無い激しさだ。
激情に駆られるという言葉では足りない。
全身から発せられる雰囲気は鬼気迫ると言っても過言ではなかった。
『こんな表情もできるんだな』
などと感心している場合ではないだろう。
「王族は全滅したのですかっ!?」
興奮冷めやらぬといった様子で聞いてくる。
全滅という言葉に一瞬、違和感を感じた。
『偽りの日記を読んでおきながら、それか……』
だが、それだけ焦りと混乱が王女の頭の中を支配しているのだろうと思い至った。
『俺も言葉足らずだったしな』
「王弟ノかーたーハ無事ダ」
他にも王城にいない王族はいる。
が、もっとも近しい血縁はカーターだろう。
「あっ」
日記から推測できたことに気付いたようだ。
フェーダ姫は小さく溜め息をついていた。
安堵のようでもあり自己嫌悪のようでもある。
「かーたーハ王族ノ中デ、モットモ安全ガ確実ナ者ダ」
「どういうことでしょうか?」
「賢者ト、ソノ配下ノ者タチガ匿ッテイル」
「賢者……ですか?」
「ソウダ。
彼ノ者ハ賢者ニシテ優レタ魔法戦士。
案ズルコトハ何モナイ」
そう言われて「はい、そうですか」とはいかない。
人間とはそういうものである。
「ですが、刺客が……」
現に王女は懸念を口にした。
俺のことを何も知らないのだから無理もない。
そして伯爵の執念深さを知るが故に言わずにはいられなかったのだろう。
「スデニ退ケテイル」
「え?」
惚けた表情になるフェーダ姫。
何を言っているのか分からないと顔に書いてあった。
予想外の返答を耳にしたせいか。
「伯爵ハ諜報部隊ヲかーたー暗殺ノタメニ差シ向ケタ」
「そんなっ……」
驚きつつも表情を引き締める王女。
だが、動揺が色濃く残る。
それはそうだろう。
本来なら王家直属であるはずの諜報部隊を伯爵が動かしたというのだから。
伯爵の命令を聞くはずはないのに何故と、その目は語っていた。
「言ッタダロウ、王族ハあんでっどニナッタト。
イマヤ自分ノ意思ヲ持ツコトノデキヌ伯爵ノ操リ人形ナノダ」
「酷い……」
悔しさを滲ませた表情で王女は涙を堪えていた。
「そうまでして私に復讐したいのですか?」
絞り出すような声で問いかけてくる。
日記を読んでそう思ったのだろう。
だが、骸骨野郎の目的は違う。
「復讐デハナク汝ヲ手中ニ収メルノガ目的ダ」
「どういうことですか?」
「分カラヌカ?
彼奴ハ汝ヲ殺シ亡骸ヲ手ニ入レヨウトシテイルノダゾ」
「まさか……」
俺の出したヒントから答えを導き出すのは簡単だったようだ。
フェーダ姫の表情が一気に青ざめたことから、そこに辿り着いたことが分かった。
「私もアンデッドに……?」
「ソウダ」
「なんてこと……
狂っているわ」
「今ニ始マッタコトデハナイ」
「でも、それだと伯爵の目的が矛盾します」
何か俺の知らない情報を知っているようだ。
「あの男は最初に告白した時に言いました」
『そういうのは噂にならなきゃ調べようがないな』
「私の顔と体があればいい、心はいらぬと」
『なにぃ─────っ!?』
【千両役者】を使わねば動揺を隠しきれなかっただろう。
『トモさんだったら岩塚群青さんの「ぬわにぃ」が出ているところだな』
フェーダ姫が目的なのは分かっていたが、ただただ呆れるばかりだ。
「呆レタモノダナ。
ソレデ何度モ告白シテキタト言ウノカ」
最悪の部類に入るストーカーである。
「ええ、そうです」
骸骨野郎は、どうやら究極のバカのようだ。
「お金と権力があれば何でも思い通りになるという考えの人でしたから」
伯爵は人の心が分からない典型的なタイプだろう。
骸骨野郎にとって他人とは器物と同列な存在なのだ。
『さしずめフェーダ姫は美しい美術品といったところか』
他人のものであろうと関係ない。
欲しいから奪い取る。
どんな手を用いてでも。
『それがたとえ己の存在を正から負へ歪めたとしてもだ』
狂気に囚われたという表現では生易しい。
「だからこそ分からないのです。
アンデッドになってしまえば体は腐り果てます。
心はおろか伯爵の求めるものは何も手に入らなくなるのではありませんか?」
確かに骸骨野郎が求めているのは王女の外見だ。
もし、ゾンビにするなら王女の言う通りとなるだろう。
朽ち果てた体に奴の求める美は残らない。
しかし……
「勘違イシテイルヨウダナ」
「え?」
俺の話を聞く前からフェーダ姫は目を丸くしていた。
何か予感めいたものがあるのだろう。
それが何であるかまでは想像もつかないようだが。
読んでくれてありがとう。




