73 これでも控えめにやっています
改訂版です。
女性騎士たちが驚愕の視線を向けてくる。
『炎の矢を出現させただけで、この有様かぁ……』
これでも狙ったのは、ハマーとボルトに殺到しているソードホッグだけなんだが。
全滅させる方が手っ取り早いけど我慢して十数匹分にセーブしたというのに。
「えぇいっ、鬱陶しいわっ!」
ハマーが跳ねてきたソードホッグをハンマーで叩き返す。
が、それで仕留めるには至らない。
ソードホッグの毛は剣のように鋭いが弾力性も持ち合わせている。
「次から次へとぉ」
ボルトも短槍を振り回して奮戦していた。
2人とも近づかせないように立ち回っている。
これを突破させる訳には行かない。
炎の矢を発射した。
弧を描いて飛んでいく。
飛び跳ねる相手の動きを先読みして移動先へ持って行った。
全弾命中。
ドサドサと跳びはねるソードホッグが墜落していく。
中には失速しながらもハマーやボルトの脇を抜けていくものがあった。
が、それも軌道をそらせ直撃しないようにした結果だ。
曲射したのは、そのためである。
落ちたソードホッグたちは動かない。
炎の矢が中の柔らかい部分にまで達したからな。
急所を焼けば派手に燃やしたり爆発させたりする必要はないのだ。
『こいつら物理耐性はあるけど、魔法には弱いな』
【諸法の理】でチェックして分かっていたことだけど、思っていた以上だった。
「「「「「っ!!」」」」」
女性騎士たちから愕然とした視線が向けられた。
撃ち出した数とか曲射に驚いているのか。
誘導弾にしなくて正解だった気がする。
「す、凄い……」
騎士の1人が呻くように呟いた。
その集団から向けられる目が俺の精神をガリガリと削る。
『まったく……
俺は化け物じゃねえっての』
なんにせよジェダイト組は一息つけたはずだ。
拡張現実の表示で状態異常[半消耗]が出ていたから割とピンチだったはずだ。
このまま無酸素運動が続けば、簡単には回復できない[消耗]状態になっていただろう。
数が多い上に精神的な重圧もあって消耗を早めていたからな。
バスケットボール大のフードプロセッサーが迫ってくるプレッシャーはバカにできない。
まあ、それも終わっているがな。
どいつも即死状態だ。
残っているソードホッグはうちの3人がまとめて相手をしている。
余裕を持って追い込んでいるから突破される恐れもない。
ハマーとボルトもそれを理解したのだろう。
「どうにか……助かった、ようだな……」
「そのよう……です……」
息を切らせながら武器を杖代わりにして立っていた。
なかなかの疲労困憊ぶりである。
へたり込まないだけ、まだマシだとは思うがね。
俺は杖をポーチに仕舞いハマーたちの方へと向かうことにした。
女性騎士たちの視線が痛いからな。
とにかくスルー推奨の無視で通すのみだ。
俺が彼女らから距離を取るとヒソヒソと内緒話を始めたもんな。
大魔導師だの、見た目通りの年齢でないだの、言いたい放題である。
『終わってないのに気を抜くなよなー。
目の前の脅威は去ったが、あっちにはまだ残ってるんだぜ』
ドルフィンたちが残りの奴らを追い込んでいる最中だ。
常識的に考えれば、まだ警戒しなければならないはずである。
まあ、俺は3人なら余裕だと分かっているから戦闘態勢を解除してるけど。
とにかく、女性騎士たちの話は聞いてなどいられない。
鬱陶しいから風の魔法で音や声に雑音を乗せて聞きづらくなるようにした。
でないと気になって血溜まりやズタズタになった肉片を踏んでしまいそうだ。
完全遮断もできるが、それだと他の方法で索敵に集中しないといけなくなる。
血の臭いが充満しているから他の魔物が来ないとも限らないし。
『翼竜とか飛んで来たら面倒だよなぁ』
今でさえ化け物を見る目で見られているのに対応なんてした日には……
考えたくもない。
故に匂いが流れていかないよう風魔法で調整した。
生臭い匂いがこもるのは嫌なので分解も同時進行で進めることにする。
処理を始めたところでハマーとボルトの前まで来た。
疲れ切った表情で顔を上げる2人。
「ご苦労さん」
「魔法は助かった。
が、死んだかと思ったぞ」
ハマーには恨みがましい目で見られてしまった。
「助かりました。
自分も同感です」
ボルトは喋るのも億劫そうだ。
短時間とはいえワンミス命取りの状況で全力全開ではスタミナの消耗も著しいよな。
「そんな君たちに、いい物をあげよう」
ポーチから竹の葉で包まれた親指大のブツを2人に渡す。
「なんだ、これ?」
「なんですか?」
「竹の葉を剥がして食ってみな」
2人は首を捻りながらも素直に従う。
「くぅっ!」
「うぅっ!」
同時に目を固く閉じ口をすぼめた。
顔面全体がシワシワだ。
「梅干し味の疲労回復薬だ」
特製の固形ポーションだから効果の程は折り紙付きである。
「そういうことは先に言ってくれ」
何とか飲み込んだハマーが文句を言ってくる。
「そうは言うけど、躊躇すればそれだけ回復が遅れるだろ」
返事の代わりのように「ぐぬぬ」と唸っている。
「その調子なら、もう大丈夫だな」
俺の指摘にハマーが目を丸くして驚いていた。
「むっ、こんなに早く効果が!?」
言いながらハマーは手足を動かして怠さが残っていないことを確認していた。
「当然だろ。
俺の特製だぞ」
「……とんでもないものを作りおるわい」
「そんなことよりっ!」
「ん?」
ボルトがうちの面々の方を見ていた。
妙に焦ったような表情だ。
「向こうが大変じゃないですか!?」
上擦った声で警戒を呼びかけるように言ってくる。
焦って冷静さを欠いているようだ。
「ああ、手出し無用だ」
「3人でなんて無茶ですよ!
どう見ても防戦一方じゃないですかっ」
見ようによってはそうだろう。
縦横無尽に襲いかかるソードホッグたち。
3人はそれを押し返すか弾き返すかしかしていないからな。
『もう少し観察力があればね……』
ドルフィンたちが退屈そうな表情をしているのが見えていない。
そもそも俺が平然としている時点で大丈夫だということに気付いてほしいのだが。
今のボルトには無理な注文らしい。
「よさぬか、馬鹿者が」
ハマーがボルトをたしなめた。
その言葉に面食らうボルト。
「さすがにハマーは分かっているようだな」
俺がそう言うと頷きを返してきた。
「パッと見は防戦一方だが、完全に見切っておる。
しかも、まだまだ余裕があるようにしか見えん」
ボルトが目を丸くして驚いている。
「え?」
「落ち着いてよく見ろ」
俺の言葉を受けてボルトは目を凝らすように戦闘を見始めた。
「アイツらは下がっているか?」
「いえ……」
一見、雑に金棒を振るいながらも遺憾なくバイオレンスな戦い方をするドルフィン。
3匹同時に飛び掛かられても横になぎ払うだけで勢いを殺して落下させる。
突き下ろしの追撃でビリヤードのジャンプショットのように弾き飛ばしてしまった。
翻弄されているのはソードホッグの方だ。
「バランスを崩しているか?」
「いえ……」
二刀流で華麗に超高速の剣の舞を見せるハリー。
撫でるように止め、叩き付けるように押し退ける。
それらの動きが踊っているようにしか見えない。
「手数で劣っているか?」
「いいえ……」
短槍でビリヤードのようにソードホッグを次々と弾いていくツバキ。
見る者が見れば、敵との技量の差は圧倒的だと分かるだろう。
まあ、ソードホッグに技術などあるのかは疑問だが。
「なにより息を切らせているか?」
「あ……」
あまりに自然に見えてボルトは気付いていなかったようだ。
そこにハマーが割り込んでくる。
「あの3人、魔物どもを押し戻しておるな」
ハマーの言葉にボルトが目を開ききって驚愕する。
「そんなことができるならっ」
「さっさと片付けろ、か?
見られてなきゃ、とっくにそうしてるさ」
「う……」
ボルトが横目でチラリと女性騎士たちの方を見た。
うちの3人にロックオン状態だ。
そのせいで隙だらけになっているがな。
この状況で護衛が呆然とするなと活を入れたくなってしまう。
「ありゃあ、どう見ても止ん事無き方と護衛たちって感じだよな」
「そう、ですね……」
「セーブしないと街で窮屈な思いをすることになる」
控えめに見ての話だ。
どのような形であれヒューマン相手に目立ちたくはない。
まあ、手遅れの感はあるがな。
「そんな訳で地味に追い込んでいる真っ最中な訳だ」
「随分と控えめな言い方だな」
ハマーが苦笑している。
どうやらドルフィンたちの意図が読めたようだ。
「どういうことです?」
ボルトはそこまでは見抜けていないようだ。
これが若さというものか。
いや、実年齢は俺の方が若いけど。
「追い込むことで有利になることもあるんだよ」
「ボルトよ、魔物の動きをよく見るのだ」
ハマーの指示を受けてボルトが目を凝らして見始める。
しばらくはそのままだったが……
「魔物の攻撃が散漫に?」
そう呟きを漏らした。
確かに跳ばなくなってきている。
「それだけじゃないぞ」
「まだまだ見方が甘いわ」
俺だけじゃなくハマーからも指摘されたボルトは目の色を変えた。
『さて、向こうの隊長さんと競争かな』
隊長らしき女性騎士は部下に指示を出して防御を固めている。
こちらをチラ見してくるところからすると手出しするか決めあぐねているようだ。
『悪いことは言わないから休んどきな』
声には出さないので意味のない忠告ではある。
が、隊長さんは空気を読んだように魔物だけを注視するようになった。
たまに表情をわずかに変える。
ソードホッグの跳ぶ頻度や跳び回る角度の変化を感じているようだ。
何故なのかにも気付いているだろう。
単純に崖側に追い込まれているだけだからね。
なんにせよ彼女はボルトより1歩先にいる。
だが、そこまでだ。
派手に武器と鋭い毛を打ち合わせているのに損耗がない。
力量差が大きい証だ。
それに気付かせぬように立ち回るのは、更に難易度が上だけどね。
「逃げ場を塞いで包囲を狭めている?」
再びボルトが呟いた。
「正解だ」
ヒントありだったとはいえ、とりあえずは及第点だろう。
損亡がないことに気付いていないのは仕方のないところだ。
「圧倒的じゃないですか……」
「だから、言ったろ。
手出し無用だってな」
ボルトが脱力した。
「何処まで修練を積んだら……」
呆然とした面持ちで呟く。
自分が同じことが出来るようになるまでの時間を想像したのかもな。
「1年かかってないな」
俺の言葉にボルトは愕然とした表情を向けてきた。
これでも控えめに言ったのだが。
程々に突き放しつつ、程々に発破をかけている。
今の発言をどう思うかはボルト次第だろう。
「なんというか、つくづくデタラメだ」
溜め息交じりにそう言ったのはボルトではなくハマーだ。
見抜く目は持っていても真似はできない。
そう言おうとしているかのようだった。
「賢者とその仲間たちか。
おとぎ話にでも出てきそうではないか」
「言ってろ」
「それだけ勉強になる程の腕前ということだ」
どうやらハマーは損亡のないことに気付いているようだ。
「特にツバキと言ったか……
凄まじいまでの槍さばきよ」
「アンタにゃドルフィンの戦い方の方が参考になると思うが?」
金棒の方がハンマーと戦い方は似ているはずだ。
「ワシは本来なら槍を使うのだ。
家伝の槍は息子に譲ってな」
「それは間に合わせってことか」
「うむ」
渋い表情でハマーが頷く。
「新しい槍を注文したが気に入った仕上がりにならなくてな」
「そりゃあ、御愁傷様だ」
にしても代用のハンマーでソードホッグを寄せ付けなかったんだから大したものだ。
槍だったら多少の余裕はあったかもしれないな。
読んでくれてありがとう。




