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717 スカウト話と現場を目の当たりにして

 総長のスカウト話になるとは思っていなかった。

 しかしながら、ここで待ったがかかる。

 いや、追従と言うべきか。


「私も辞めますっ!

 地の果てまでもお供しますっ」


 ナターシャである。

 鼻息も「むぷー」とか聞こえてきそうなくらい荒い。


『地の果てまでとは大きく出たな』


 まあ、彼女らからすればミズホ国は地の果てにあるのだけれど。


「待ちなさい、ナターシャ」


 総長が珍しく慌てた様子でワタワタしている。

 なかなかレアなものを見た気がする。


「アナタには私の後任として総長の座を引き継いでもらわねばならないのですよ」


 他に候補はいないのだろう。

 どうにか説得しようと総長も必死である。

 だが、それにしては微妙な説得の言葉だと思うのだが。


『そんなんで引き継ぎを受け入れると思うのかね?』


 部外者の俺だって、それはないと感じるのに。

 そのあたりの読みが甘いのは何故なのかと思ってしまう。


『普段の総長からは考えられんな』


 ナターシャのことを心配し色々と考えた末の結論ではあるのだろう。


『大事に思うが故に本人の意思を無視して安泰なレールを敷こうとしたってとこか』


 反発されるのは必定というもの。


「私は如何なる地位も望みませんっ」


『やっぱりな』


 キッパリ言い切った。

 ナターシャの真剣な主張ぶりに総長はドン引きである。


 まあ、俺に言わせれば然もありなんといったところだが。

 この流れは何となく想像がついていたからな。


『あの2人、いつもベッタリだし』


 俺の中ではナターシャは、お婆ちゃん子である。

 お婆ちゃんが外国へ移住しようとしたら孫がついて行くと駄々をこねた。

 それが俺の認識する現在の状況だ。


 いや、それは俺だけじゃない。

 ダニエルもそれに近い認識を持っていると思う。

 関わりたくないとばかりに背を向けているからな。


『アンタ、宰相でしょうが』


 そうツッコミを入れたくなる。

 国外に人材流出する瀬戸際だからな。

 反面、同情もしてしまう。


『あの2人の言い争いに首を突っ込むのは避けたいよな』


 どちらかに噛みつかれる恐れが高確率である訳だし。

 下手をすると両方から攻撃されかねない。


「これは命令です」


「承服できませんっ」


 まあ、こんな状態が延々と続きそうだったのでやめさせることにした。


『俺が余計なことを言ったから、こうなったんだしな』


 迂闊なことは言うもんじゃない。


「そんくらいにしておけ」


 ギッと両者から睨まれてしまった。


『おお、怖え怖え』


 思った以上にヒートアップしているようだ。

 誰から声を掛けられたとか関係なくなってしまっている。


『ちゃんと耳に届くか?』


 不安を覚えないではないが最後までやりきるしかない。


「白黒つけるんなら後にしてくれ」


 この一言で総長が我に返ったような反応を見せた。


「2人とも、ここに何しに来たか忘れた訳ではあるまい?」


 問いかけるとナターシャもハッとした表情になった。


「今はやることがあるんだってことを忘れるな」


 視野狭窄の状態から復帰したなら釘を刺せば止まってくれる。


「「申し訳ありません」」


 2人して同時に謝ってきた。

 さすが婆孫に近い関係を築いた2人だけのことはあると思う。

 そのせいで揉めていた訳だが。


 なんにせよ言い争いは収束した。

 総長は気持ちの方も切り替えできているようで涼しい顔をしている。

 一方でナターシャは興奮冷めやらぬ感じだ。


「とにかく、その件は保留にするんだな。

 話をする時間なら隠れ里でいくらでも取れるだろ」


 そう言うと、ナターシャもようやく肩の力を抜いていた。


『秘技、先延ばし』


 勿体ぶって言うことじゃないな。

 これ以外に現状を打破する方法を思いつかなかっただけだ。


 なんにせよ、2人が国民になる可能性を考慮しなくちゃならなくなった。

 総長が納得すればナターシャと一緒に来るだろう。

 これが当人たちにとっては最良だとは思う。

 なんだかんだ言って総長もナターシャが側にいる方が喜ぶだろうし。


『素直じゃないんだから』


 ただ、そうなった場合はダニエルが困ったことになる。

 人材の流出という損失になるからな。

 とはいうものの未だに背を向けたままだ。


『これがダニエルの回答ってことか』


 立場上は慰留が絶対だが、個人としてはその限りではない。

 それを態度で示しているのだろう。

 変に問い合わせない方が良さそうだ。


『これは俺が総長を説得しなきゃならんか?』


 なかなか骨が折れそうである。

 舌戦になったら勝てる気がしない。

 せめて心理状態が読めれば違ってくるかもしれないが。


『こんなことならローズを連れて来るんだった』


 今更である。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 村の中央部、広場まで来た。

 惨殺された遺体が折り重なるように積まれている。


『何度見ても酷いな』


 怒りが沸々と込み上げてくる。

 初めてここに来た者たちの心境は如何なるものか。


 事前に説明していたが故に悲鳴などはなかった。

 むしろ誰も何も語らない。


 しかしながら各々の表情は異なるものであった。

 怒りで顔を赤く染める者。

 能面のように表情を失いながらもブルブルと体を震わせる者。

 ただただ泣き続ける者。


 そんな中でカーターは青ざめた顔で村人だった者たちから目をそらさずにいた。

 素人にはキツいだろうに。


『自分のせいで犠牲になったと思えばこそ、か』


 どんなに具合が悪くなろうと目はそらせないと言わんばかりである。


『無理してるなぁ』


 魔物と戦った経験すら無いだろう。

 故に血を見る機会など、ほぼゼロのはず。

 初めて目にする惨状を前にして、よく耐えているものだと感心させられた。


 一応は血や腐敗の臭気を遮断してはいるけど。

 ちなみに、これはカーターのためにやったことではない。

 昨日からこの状態だ。


『魔物を引き寄せる訳にはいかんしな』


 お陰でハエのような虫も飛んでくることはないので助かっている。

 臭気を遮断していなければカーターも限界を超えていたと思うし。


 ギリギリの状態に追い込まれるほどのインパクトはビジュアルだけでもあるのだ。

 ただ、これが映像を通してのことであれば、ここまでの状態にはならなかっただろう。


 やはり直視すると違うようだ。

 カーターは、その凄惨さを肌で感じ取っていた。


『見た目だけでも充分すぎるインパクトだったか』


 場合によっては血の臭いや腐臭も、と考えてはいたが。

 そこまでしてしまうと今でも具合が悪そうにしているカーターには耐えられないだろう。


「カーター殿下、無理はするなよ」


 その一言が切っ掛けになったようだ。


「ありがとう」


 カーターは泣き始めてしまった。

 静かに、だが号泣するかのように顔をくしゃくしゃにして。


 ただひたすらに涙を流す。

 誰も声は掛けなかった。

 掛けられなかったと言うべきか。

 声は漏らすことがないのに鬼気迫るほどの泣きを見せられてはね。

 カーターが落ち着きを取り戻すまで、しばしの時が必要であった。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 泣き腫らした顔が酷いことになっていた。

 そのことをカーターに指摘し治癒魔法を使う。

 控えめにしたつもりなので徐々に泣く前の状態に戻っていく。


 これでもエーベネラント組が響めきを見せたのでやり過ぎなんだろう。

 ゲールウエザー組が同情的な視線を送っていたので、慣れてくれと思うことにした。


「すまないね

 お見苦しいところを見せてしまった」


 落ち込んだ様子でカーターが俺に詫びてくる。


「気にすることはない」


 些か驚かされはしたが、不快ではなかったし。

 むしろカーターに好感を持ったくらいだ。


「だが、あまり悠長にもしていられないのでは?」


 理由は不明だが、カーターは些か焦り気味である。


「そうでもないがね」


「敵の偵察部隊に発見されるのはマズいだろう」


 カーターは敵の状況を掴めていないが故に、そういう懸念もしてしまうようだ。


「その心配はいらんよ」


 怪訝な表情を向けてくるカーター。

 それは彼の護衛たちも同様のようだ。


「魔法で発見されないようにしている」


「それはどういう……」


 困惑の表情を見せてくるので掌の上に幻影魔法で村のミニチュアを再現してみせた。


「「「「「おおっ」」」」」


「単なる幻影魔法だが、ハリボテの役割は果たしてくれる」


「単なるって……」


「まさか村全体を?」


 騎士たちが互いに顔を見合わせている。


「心配は無用だ」


 彼らに話し掛けたのはダイアンである。


「ヒガ陛下であれば造作も無いことだ」


 向こうのことはダイアンに任せておけばいいだろう。

 掌の幻影を霧散させるように消した。


「これを村全体に……」


 カーターが頭を振っている。


「まったくアナタという人は底が知れませんな」


 一瞬、冷やっとした。

 総長のスカウト話に発展した先程の出来事が頭を過ぎったからだ。

 カーターに他意はなさそうだが総長は苦笑している。


 ここで総長の時のような軽口を叩くつもりはないがね。


「そんなことより昨晩の実行犯たちがどうなったか見てもらえるか」


 そう言いながら村長宅へと促した。


読んでくれてありがとう。

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