715 3本の結界柱
修正しました。
レジスとした → レジストした
総長が困惑していた。
「結界、ですか?」
その口振りからすると結界の効果に懐疑的なようだ。
『何か誤解していそうだな』
廃村ひとつの広さをカバーしきれないとか。
持続性に疑問があるとか。
消費魔力の問題とか。
「ヒガ陛下の御言葉を疑う訳ではないのですが……」
言いにくそうにしている総長は珍しいかもしれない。
『その前置きをする時点で疑ってるって』
ツッコミは内心だけに留めておく。
まあ、まだまだ西方の常識に囚われているんじゃしょうがない。
そもそも結界の魔道具を使うとは言ったが、あれは嘘だ。
ダミーの魔道具を設置して俺が魔法を使うというのが真相。
総長にとっちゃ想像の斜め上ってやつである。
「廃村の中の我々だけを見せないという高度なものでは魔力消費が桁違いでは?」
『そんなことを考えてたんだ』
てっきり廃村丸ごと見えなくするくらいで考えていると思ったのだが。
『それはそれで面白い発想だな』
が、今回はそんなもんじゃない。
「スケールが小さいな、総長」
「えっ、どういうことですか!?」
慌てた様子でナターシャが割り込んできた。
「今回は結界柱を3本立てる」
「3本ですか?」
確認するように聞いてくる総長。
「ああ、そうだ」
俺は左手の人差し指を立てた。
「まずは幻惑の結界」
「幻惑……
幻を見せるということでしょうか?」
ナターシャが聞いてくる。
思いつきを口にした感じだ。
深く考えている様子はない。
「そうではないでしょうね」
静かに否定する総長。
「総長?」
ナターシャが怪訝な顔で総長を見た。
「幻を見せるだけなら幻影の結界になるはずです」
「あ……」
総長の指摘にナターシャが気付いたようだ。
己の考えが足りなかったことに。
「おそらく村の幻影を見せた上で忌避感を抱かせるようなものなのでしょう」
「まあ、概ねそんなものだな。
ついでにゴーストの幻影も付け加える予定。
これだと忌避感を抱く理由がゴーストだとハッキリするから誰も近寄らない」
「黒幕はどうなのですか?」
すかさず総長が聞いてきた。
「調査隊を送り込んでくるはずです」
『だろうな』
「魔道具が暴走したことを懸念するでしょう」
『それを考えないのだとしたらアホだな』
黒幕がそういうタイプなら助かるんだが。
しかしながら、それは希望的観測が過ぎるというもの。
仮にも王弟であるカーターを暗殺しようとしている輩である。
どう考えても、そんな間抜けであるはずがない。
「だとしたら相応の魔導師や魔道具の扱いに長けた者が送り込まれてくるのでは?」
そこで俺は親指を立てた。
「だから2本目って訳だ」
ハッと気付いた様子を見せた総長が苦笑する。
「1本目は数を減らすための虚仮おどしなんだよ」
「それは気付きませんでした」
早く聞かせてほしいとばかりにニコニコしている。
相変わらず子供っぽい婆さんである。
「2本目は妨害の結界」
「妨害ですか?」
ナターシャが首を傾げている。
「何を妨害するのでしょう」
「色々とだよ」
「えっ、ええっ!?
色々って……」
複数だと思っていなかったのだろう。
ナターシャは驚き、そして困惑の表情を見せた。
「まずは探知系魔法の撹乱。
魔力、生命力、音声、振動、あらゆる探知を狂わせる。
魔道具で探知を試みれば、その魔道具は壊れてもおかしくないだろうな」
それだけの情報量をランダムで無理やり送りつける仕様だ。
許容量を超えれば損壊。
大抵の魔道具はこうなるだろう。
例外的にオーバーフローしなくても出力が無茶苦茶だから何の役にも立たない。
『抜かりはないのだよ』
もちろん人間が魔法を使った場合も似たようなものだ。
異なる点があるとすれば、探知情報の受信直後の反応か。
大抵は本能的な防御反応で魔法をキャンセルするはず。
一斉に届いた過大な情報をシャットアウトしてしまうのは、むしろ当然の反応だ。
『魔道具より人間の方が融通が利くってことだな』
その場合でも、しばらくは安静が必要になるだろう。
『耐えて無理に継続しようとすれば体の何処かを壊すことになる程だからな』
視覚系の探知なら目を、聴覚なら耳をといった具合にね。
振動系は全身の神経を壊すことになるので、かなりヤバかったりする。
それでも、まあ治療は可能だ。
『負傷個所が急所なだけに簡単ではないけどね』
それでも負傷の程度は重度の部位欠損まではいかないはず。
せいぜいがポーションとかで治すと高くついてしまうくらい。
魔導師級が派遣されるだろうから、ポーションの世話にはならんだろうが。
まあ、そこまで説明するとドン引きされそうなので説明はしない。
「まずはって……
それだけで充分いろいろじゃないですか」
すでにドン引きされていた……
『何故だ!?』
俺は決して坊やじゃないぞ。
トモさんがいるから声に出していたら例の台詞を言ってくれそうな気はしたけど。
「そんなこと言われてもなぁ」
他にも効果があるからとしか言えない。
「後は近づくほど調子が悪くなるようにする」
「調子が悪くって、具体的にはどういう風にするんですか?」
「状態異常を付与だ」
「それは……」
「手始めに畏怖だな」
「手始めって……
まだあるんですか?」
もはや呆れ気味のナターシャである。
「これに耐えるなら──」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ナターシャが慌てて俺の続きの言葉を遮った。
「なんだよ?」
「ヒガ陛下の魔道具が繰り出す魔法を耐えられるような者がいるとは思えないんですが」
何か無茶苦茶なことを言ってくれているナターシャさんだ。
「通常だと単一目標に使われる魔法だということを忘れてないか?」
敵が派遣してくる奴らが単独な訳がない。
「相手が複数であることを想定してなかったな」
「うっ……」
たじろぐナターシャ。
答えは聞くまでもない。
「複数の相手を個別に狙うか範囲拡大でひとまとめに狙うかは消費魔力次第だ。
いずれにせよ一般的な威力に絞って消費魔力を抑えることになる。
バフ系の魔法やアミュレットなんかで耐える者も出てきたりするだろう」
ナターシャが何かに気付いたようにハッとした顔をした。
「敵が対抗手段を用意してくることまで考えていなかったのか……」
聞くまでもない。
俺の言葉にションボリしている。
「耐えられるのは限られた連中だけだ。
最初に行うのは敵の頭数を絞り込むのが肝要だろう」
「なるほど」
そう言ったのは総長だった。
「最初に頭数を減らして、レジストした敵の動揺を誘う訳ですね」
「ああ」
「それと耐えられなかった者には幻影のゴーストがより怖く見える」
「そうだ」
「場合によっては勝手に恐慌状態になりそうですね」
そんなことを言いながら総長はニッコリと笑った。
『これだから、この婆さんは油断がならないんだよ』
俺の狙いを的確に読んでいる。
「となると、更に接近しようとする相手には強めに恐慌の状態異常をかけますか?」
さすがに次の狙いまでは読み切れなかったようだが。
「いいや」
「違うのですか?」
「恐慌ではなく疲労だ」
俺の返答に婆さんが「ホホホ」と笑い出した。
「それはまた意地の悪い」
「どういうことかな?」
それまで話を聞くことに徹していたダニエルが口を挟んできた。
総長の笑いに引き込まれてしまったようだ。
「人間、疲れれば判断が鈍るだろ。
周囲の人間が恐れを抱いた状態なら影響は少なくないぞ。
それに魔法にしてもアミュレットにしても連続使用できるものではないしな」
「つまり、より恐怖心を抱きやすくなると」
ダニエルが唸った。
「次への布石ということですかな?」
「その通り、トドメは強めに恐慌をかけて終了だ」
ダニエルが頭を振った。
俺の考えたハメ技に恐れをなしたようだ。
「ヒガ陛下、まだ3本目が残っていますよね」
総長が催促してきた。
まるで、おやつが待ちきれない幼子のようだ。
思わず苦笑させられてしまう。
『虚実が分かりにくい婆さんだ』
これが芝居なら世界的な女優クラスの演技力である。
そうでないことを願いたい。
俺は最後に中指を立てた。
「3本目が本命」
誰かがゴクリと喉を鳴らした。
他の面々が呆然とした面持ちで固まってしまっている。
『現時点でこれか……』
今更だが密かにバフを掛けた。
あまり強く掛けると総長あたりに気付かれてしまいそうなので気休め程度だが。
何もしないよりマシだと思いたい。
「隠れ里の結界だ」
一瞬の沈黙。
「「「「「なんだってえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」」」
そしてミズホ組以外の絶叫。
『あー、うるさい』
バフは何の効果も発揮しなかったようだ。
読んでくれてありがとう。




