709 警報は夜に鳴る
俺はひとつ溜め息をついた。
気を取り直すのに必要だったからね。
が、ダニエルにしてみると「やはり」と思わせることになったようだ。
「面倒くさいことを聞いてくれるじゃないか。
それを説明する時間が惜しいから伏せたんだが?」
「申し訳ありません」
やぶ蛇になったことに気付いて平謝りなダニエルである。
「いいけどさ。
その代わり後で説明しておいてくれよ。
どうせ俺が言ったところで簡単には信用されないんだから」
もっともらしいことを言っているが、実際は面倒なだけだ。
言うまでもなく丸投げである。
「はい、それはもう間違いの無いようにさせていただきます」
そう言っているダニエルの横で総長が頷いたので任せることにした。
カーターが予言という単語に反応して瞳をキラキラさせているがスルーだ。
逃避とも言う。
後で占いをするのだろうと思うと憂鬱な気分になるのを止められない。
『間違いなくベリルママの妨害が入るだろうし』
カーターの【霊眼】をどこまで封じるのか気になるところである。
『問題はその結果なんだよなぁ』
俺の予言を凄い勢いで信じそうだから怖い。
信用されるのはありがたいが、盲目的になられても困るのだよ。
さすがに狂信者のようにはならないだろうが……
『まあ、ベリルママを信じるしかあるまい』
気を取り直して話を進めることにした。
「聞きたいことはあるだろうが、結果を見て判断してくれ」
今に限らず俺には何も聞いてくれるなというニュアンスを込めたつもりだ。
「とにかく指示には従ってもらう。
聞き入れられないというなら好きにしろ。
ただし、その場合は自己責任だから命の保証もしない」
「従いましょう」
一も二もなくダニエルが承服した。
それを見ていたカーターが二度三度と頷いた。
「どうやら、そうした方が良いようだね」
「殿下……」
騎士隊長がカーターに声を掛ける。
疑念とは言わないまでも困惑が感じられた。
「皆の命を最優先に考えよう。
時にはひたすらに隠れ潜むことも必要だ。
たとえ臆病者とそしられようと命に勝るものはない」
その言葉を受けた隊長は気付かされたように、ハッとした表情になる。
次の瞬間には揺るぎない信念を持った目をしていた。
『へえ、忠臣の鑑だな』
「殿下の御心のままに」
隊長が頭を下げて一礼し、騎士たちがそれに続いた。
それを見てカーターは頷く。
「ヒガ陛下、任せるよ」
「すまんな」
「気にしなくていいよ」
にこやかに答えるカーターに頷きで返した俺は話を続ける。
「この後は襲撃に備えるため飯食って仮眠を取る。
もちろんモニターで監視もするが、バラバラで行動するのはなしだ」
ナターシャが手を挙げた。
「ひとつ質問というか提案が……」
頷いて先を促す。
「魔法で応戦することになるのであれば2階の方が良いのではないでしょうか」
「全員で集まれる広さを確保できるのはここだけだ。
魔法が使える者も基本的に防御に徹してもらう。
攻撃については任せてくれとしか言えない」
「それはどういう……」
困惑の表情で呟くナターシャ。
「全周囲を守りながら攻撃できるか?」
「っ!?」
ナターシャがビクリと体を震わせた。
「そんなに危険な相手なのですか?」
今度は総長が聞いてきた。
「まあな」
気負わず何でも無いことのように答えたつもりだった。
が、次の瞬間にはざわめきが拡がっていた。
無理には止めずにしばし待つ。
徐々に静かになってきたところで質問がないか確認した。
「これ以上の質問がないなら、監視の順番を決めて飯にするぞ」
少し待ってみたが誰からも質問は出てこなかった。
『まあ、ショックだろうしな』
動揺を隠しきれていないので疑う余地はない。
想像していた以上に危険な敵を迎え撃つことを知らされた訳だし。
本番でパニックを起こすものが出ないことを祈るばかりである。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
深夜、仮眠の最中にスマホが警告音を鳴らしてきた。
展開した感知結界に敵が接触したようだ。
監視用の魔道具が反応していないのは、村にはまだ到達していないからである。
スマホは各自が格納したままなので持ち主以外に音を聞かれることはない。
つまり現時点で敵襲を察知しているのはミズホ組だけだ。
『来たか』
壁にもたれ掛かるように座って仮眠をしていたが、すぐに起き上がる。
うちの面子も皆、同じようにムクリと体を起こし立ち上がった。
廃村に敵が到着すれば監視用の魔道具が警報を発し、他の皆も動き出すだろう。
そのあたり皆とはあえて時間差が生じるようにした。
俺たちが迎撃準備を整えてから動き出してくれる方が都合がいいからだ。
どさくさに紛れて外に出ようとする者も出てくることを想定してのことである。
一応、素直に従ってくれることになっているけれど。
ブルースが結界を展開した段階では、その点は不透明だったし。
現状でも暴走する者が出てしまう恐れが残っている。
そんなのが護衛に選ばれるとも思えないが、まあ保険みたいなものだ。
非戦闘員がパニックを起こして──
なんてことも無いとは言えないし。
とにかく今回に関しては前面に出る俺たちが先に動けば混乱がないと判断した訳だ。
もっとも、モニターを監視している当番の者にとっては焦る状況だ。
何の変化もない時に、いきなり俺たちが一斉に起き上がるんだからな。
このタイミングで当番だったのはダイアンと2名の護衛騎士たちであった。
ギョッとした目を向けてくる。
顔見知りであったのはラッキーだったと言えるだろう。
『エーベネラント組だったら騒がれていたかもしれないもんな』
ダイアンたちはすぐに落ち着きを取り戻してくれていたし。
俺たちのことをそれなりに知っているかどうかの差は大きいようだ。
「どうされましたか?」
ダイアンが声を潜めて聞いてくる。
表情は引き締まっているので敵襲ではないかと考えているようだ。
つい欲しい人材だと思ってしまったくらい冷静である。
念のために唇の前で人差し指を立てつつ──
「もうすぐ敵が村に到着する」
返事をした。
「「っ!?」」
護衛騎士の2人が大きな声を出しそうになったのをどうにか堪えた。
『人差し指で「静かに」のジェスチャーをしていなかったらアウトだったな』
ダイアンは目を見開きながらも、そこで止まっている。
俺はハンドサインを出して皆を先に行かせることにした。
音も立てずに次々と村長宅から出て行くミズホ組一同。
それを目の当たりにしたダイアンが我に返った。
「このモニターには、まだ何も映っていませんが」
「迎撃するのは俺たちだからな」
種明かしはしなかったが、すぐに察したようだ。
ダイアンは軽く頷いた。
「全員を起こした方がいいでしょうか?」
「それには及ばない。
敵が結界内に侵入したら警報音が鳴るからな」
いま起こしにかかると、途中で警報音が鳴り出すことになるだろう。
混乱した状況になりかねない。
「もしかして、そんなに脚が早い敵なのですか?」
『察しがいいな』
「そういうことだ。
先に行動を開始する。
俺たちが戻るまで決して外には出るな」
「は、はい」
ダイアンの返事を聞いて俺も外へと向かった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「トモさんとブルースは行ったようだね」
俺が村長宅を出た時には既に2人の姿はなかった。
行ったというのは村の外へ襲撃者の迎撃に向かったという意味である。
「はい、陛下」
フェルトが応じる。
「では我々は2人の討ち漏らしをここで迎撃するということでよろしいでしょうか?」
フェルトの言葉に今まで静かだった子供組が活気づく。
ミズホ刀を抜き放って実にいい笑顔だ。
ただし無言なのでドン引きするくらい不気味に見える恐れがある。
幼女が月明かりの元で刀を手に笑みを浮かべる姿はホラー映画に出てきそうなほどだ。
『どんだけ戦いたかったんだよ』
「子供組はこのまま迎撃だ」
俺の言葉に子供組は無言無音で踊り始めた。
飛び跳ねるような盆踊りのような奇妙なステップだ。
刀を手にしたままだから、つい未開地の戦闘部族を連想してしまった。
『どこの原住民だよ』
などとツッコミを入れたくなったが、それよりもしなければいけないことがある。
「剣を手にしたまま踊るのは危ないからやめなさい」
注意するとピタリと止まった。
納刀して整列、ペコリと頭を下げる。
『事前に騒がしくしないようにとは言ったが……』
ここまで徹底して無言かつ無音を貫くとは思わなかった。
いま訂正すると混乱して戦闘に支障をきたしかねないので保留しておく。
「分かったら迎撃準備」
子供組がシュバッと散開した。
「あの我々はどうすれば良いのでしょうか?」
フェルトが聞いてくる。
俺の指示は子供組に対するものだったからな。
「フェルトは昼間の盗賊の死体の方へ向かってくれ」
俺の指示にフェルトが目を見開いて見返してくる。
「まさか、あちらも同時に魔道具の支配下に置かれているというのですか!?」
近くにいたルーシーが人差し指で「静かに」のジェスチャーをする。
フェルトは慌てて己の口を手で塞いだ。
「遮音してるから聞かれる心配はないよ」
2人でホッと胸をなで下ろす。
「で、フェルトの疑問に答える訳だが」
「はい」
「アイツらの死因は惨殺ではなく毒殺だ」
「なっ!?」
「カーターたちを襲った時は既に死んでいたってことだ。
斬られた状態で寝っ転がってれば死んでるって思われるよな。
それを利用して挟み打ちにしようってのが向こうの狙いだろう」
討ち漏らしは絶対にしないという執拗さの感じられる罠だった訳だ。
『何が何でもカーターを殺したいようだな』
読んでくれてありがとう。




