704 王弟=王子様?
「こちらです」
案内されたのは、村の中では立派な建物であった。
他の家々は小さく平屋ばかり。
対してその家は2階建てで敷地面積も広かった。
村長宅だったのは疑いようがない。
建物の周りを騎士たちが陣取って守りを固めている。
ベテラン騎士が彼らとアイコンタクトを交わす。
客人を連れて来たことの確認なのだろう。
特に問題はなかったようだ。
ベテラン騎士がドアをノックする。
「コココンコンココン」
独特のリズムなのは符丁だろう。
どういう意味かまではさすがに分からない。
そのせいかゲールウエザーの護衛組は緊張した面持ちになっていた。
相手方の護衛もいるので身構えるのは我慢したようだが。
返事もないままにドアがギイギイと軋んだ音を立てて開く。
顔を出したのはザ・執事な爺さんだった。
ベテラン騎士と頷き合う。
たったそれだけで意思疎通は完了したようだ。
そこには一言も会話がなかったが、彼らにはそれで充分なようだった。
『事前にあれこれと決めてあるようだな』
「我々はここまでです」
騎士2人が頭を下げた。
「御苦労」
ダニエルが鷹揚な頷きでもって応じると、スッと下がっていった。
『練度が高いな』
俺は彼らの何気ない仕草にも隙が少ないことに感心していた。
王弟の護衛として選ばれるくらいだから当然なんだろうがね。
「ここからは私が御案内します」
「うむ」
ダニエルを先頭にゾロゾロとついて行く。
階段を上り2階へと向かうようだ。
『逃げることより防御を優先しているのか』
あるいは影武者の方へ案内されているか。
まあ、その可能性は極めて低い。
ダニエルの話では、使者として来た時の随員にそういう者はいなかったそうだし。
そしてドアが外された部屋の手前まで来た。
廃棄されて年月が経過しているらしく壊れた個所があちこちにあるようだ。
が、村長宅はマシな方だと思われる。
「失礼いたします」
執事氏が入り口の手前で声を掛ける。
「お客様をお連れいたしました」
「うん、御苦労」
部屋の中から聞こえてきた声は若々しく感じられた。
執事氏に促され中へと入っていく。
入室は特に制限されないようで全員が中へ通された。
『無防備もいいとこだな』
周囲の者たちは諫めなかったのだろうか。
『いや、それ以前に安全確保を自発的に始めるか』
そういった行動がされていないということは王弟の指示があったのかもしれない。
にわかには信じがたいことだが……
「やあ、ダニエル殿。
君たちは襲われなかったようだね」
椅子から立ち上がった青年が柔らかな笑顔で我々を迎えた。
外見は声ほどには若くない。
おそらくアラサー前後。
病気かと思わせるほど痩せていて儚げな雰囲気があった。
顔色もどちらかというと良くない部類に入る。
『抜けるように白い肌って、こういうのを言うんだろうな』
ただ、病人かと問われると一概には言えないくらいの微妙なところだ。
背筋がピンと伸びているのと本人の明るさのお陰で病に冒されたような雰囲気がない。
中性的な美形とでも言えばいいのだろうか。
『腐女子が喜びそうなタイプなのは間違いなさそうだ』
その手の人たちには王子様とか呼ばれそうである。
『王弟だから元王子ではあるが、その王子とは意味が違うしな』
なんにせよ攻めだの受けだのという話題で盛り上がるのは確実だ。
創作系の腐女子なら同人誌のネタの1本も思いついていることだろう。
俺としては本人がBL的な思想嗜好の持ち主でなければ、どうでもいい。
「王都でお別れして以来ですな、カーター殿下。
御心配いただき、誠にありがとうございます」
『王弟の名前はカーターというのか』
そのうち自分たちも名乗る必要が出るだろう。
そのあたりはダニエルに丸投げである。
何があったのかの事情を聞いたりするのは完全にお任せである。
もちろん、こちらが追いかけていたことなんかもね。
「こちらは我が王の御友人で──」
さっそく俺の紹介をするらしい。
何か長たらしく説明している。
ドワーフの王とも親しいとか。
素晴らしい魔法の才能があるとか。
魔道具職人としても優れた腕を持つとか。
戦士としても桁違いに強いだとか。
端折ってこれである。
『恥ずかしいからやめろ』
心の中で言ったところで止まるわけがない。
王弟との会話に夢中になっているダニエルであった。
『王弟は話を聞くのが上手いな』
時折「そうなのですか?」とか「それは凄い」とか相槌を打つし。
これが情感がこもっている上にズバリのタイミングなんだ、これが。
お陰で話しているダニエルが気分よく話せるらしく止まる気配を見せない。
『俺の紹介だけで、どんだけ時間使うつもりだよ』
そして、己が自慢であるかのようにまだ続く。
王を虜にした天才料理人でもあり云々かんぬん。
『いい加減にしろよ』
【ポーカーフェイス】を使っていなかったら顔は引きつっていたことだろう。
「総長、長いぞ。
何とかならないか」
スルッと死角に入りつつ小声で総長に助けを求めた。
小さく首を横に振る総長。
「私では止められません」
ガックリだ。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「大変失礼した」
にこやかな王弟の謝罪。
対する俺はゲンナリ。
話し好きかそうでないかで差が出た結果だ。
『よもや、料理談義に花が咲くとは思わんかった……』
たまりかねてダニエルに強制キャンセルを掛けなければ、まだ続いていたかもな。
なにしろ普通に呼びかけてもダニエルには聞こえていないようだったし。
仕方がないので背後霊のように接近し耳元で「いい加減にしろ」と呟き続けた。
ボソボソと連続で呟いたのが効果的だったらしい。
ダニエルが「うひゃあっ!」とかジジイにあるまじき悲鳴を上げていたし。
「いや、悪いのはあのジジイだからな」
背後で総長から説教されて小さくなっているダニエルを親指で指し示しながら言った。
クックッと喉を鳴らして笑う王弟カーター。
ダニエルとのお喋りで見る限り女子的な思考をしている部分があるようだ。
が、オネエという訳でもない。
男が徹底的に排除された環境で育つとこうなるのかなって感じ。
それこそ、あちらの人たちが言うところの王子様という表現がピッタリ当てはまる。
何故か既視感があった。
ルベルスの世界の話ではない。
ダニエルとの話の最中にそれを感じた俺はトモさんにコソッと小声で話し掛けた。
「なあ、トモさん」
「どうしたんだい、ハルさん」
トモさんが応じてくれたあたりで風魔法で俺たちの会話が聞かれないようにする。
認識阻害の魔法も使って俺たちがコソコソ会話していることも気付かれないようにした。
「あの王弟って誰かに似てると思わないか?」
「誰かって俺たちが知ってる相手かい?」
「多分そうだと思うんだけど……」
「思い出せないのかい?」
「そうなんだ。
何かもどかしくてね」
つい、深々と溜め息をついてしまった。
周囲に気付かれないようにしたから出来ることではある。
「あんな外見の有名人っていたかな?」
トモさんが首を傾げたが、俺の聞きたいことはそういうことではない。
俺が誤解を抱かせる聞き方をしたのが悪いんだが。
「あー、そっちじゃなくて雰囲気だよ」
どうにか軌道修正を試みる。
「オネエじゃないのに耽美系って珍しいだろ?」
これで伝わると思うのだが。
「おお、なるほど。
言われてみると何か分かる気がする。
確かに何処かで見覚えのある感じだよな。
アイドルって感じでもないと思うし」
同意してくれたトモさんが何気なく語った一言。
それが俺の記憶を呼び覚ます切っ掛けとなった。
が、アイドルというよりは歌手活動をしているタレントと言うべきか。
俳優もやっていた。
紅茶好きな警部殿の出てくる刑事ドラマで何代目かの相方役として。
あるいは特撮で幻のヒーロー役とか。
「分かったよ、トモさん」
「お、誰だい?」
「ミッキーだ」
「おー、なるほど。
恋川美輝洋さんか」
なんてことがあった。
まあ、彼そのものって訳じゃない。
なんとなく似ているという程度だ。
ファンからすれば全然違うと言われるだろう。
「それで、どういうことか説明してもらえるのかな?」
俺はカーターに問うた。
「何を、かな?」
真顔で聞かれてしまった。
『分かってて言ってるのか?』
「俺たちが来ることを予期していたかのような迎え方をされたからな」
「ああ、そうでしたね。
信じてもらえるか分からないんだけど」
そう言う割には不安そうには見えない。
むしろ楽しげな顔をしている。
『信じないとは思ってないようだな』
何故かそう思った。
「占いなんだ」
「占い?」
「そう、占い」
聞き間違いではないらしい。
「以前は趣味として研究していたんだけどね。
最近は自分でも怖くなるくらい当たることが多くなってきたんだ」
そして、どうやら本気で言っている。
「絶対的なものではないと?」
当たるも八卦当たらぬも八卦って訳だ。
が、カーターの場合は何かが違う。
そんな気がした。
読んでくれてありがとう。




