71 ギルドへの道中は暇かもね
改訂版です。
ハマーが門番に指示を出しに行った。
補充人員が後追いしてくることのないように言伝を残す訳だ。
その間に荷物を積み込んでいく。
交易品を木箱に詰め込んだものがいくつか。
昨日、帰る前に売り物とかあるなら積み込むとガンフォールに言っておいたからな。
律儀にも俺がこれくらいまでと言った大きさと量だけ用意したみたいだ。
「手伝います」
ボルトが積み込みを手伝ってくれた。
「そいつは助かる。
こっちは、どれが何かなんて分からんし」
みんな規格品と言っていいくらい大きさの揃った木箱だからだ。
「それは大丈夫です。
識別用に記号と数字を組み合わせたものを書き込んでいますので」
ボルトの言うように木箱の側面に意味不明の書き込みがある。
まあ、大体の想像はつく。
「これで目録と照らし合わせるのか?」
だとすると誰が積み降ろしをしても簡単に中身を把握できるだろう。
「その通りです」
答えたボルトがちょっと目を瞬かせていた。
すぐに合点がいったような表情になったけどね。
軽く驚いたといったところか。
荷物はさほど多くなかったこともあって、すぐに積み終わった。
そのタイミングでハマーが戻ってくる。
「すまん、待たせた」
「いや、こちらも積み込みが完了したところだ」
バカな連中がいないと何事もスムーズである。
たったそれだけのことなのに、苛立ちは霧散していた。
「忘れ物はないな」
念押しの確認をしてくるハマー。
俺も周囲を見回すが、積み忘れはない。
うちのメンバーも問題ないと頷いている。
「大丈夫だ」
「じゃあ、行くか」
「ああ、後ろ側の車両に乗り込んでくれるか」
「わかった」
ハマーが先に乗り込みボルトが続く。
「変わった座席だな」
「それに金具のついた帯が脇についていますね」
「おお、こっちにもある。
何のためにあるのだろうな?」
「さあ、自分には分かりかねます」
ドワーフ組が首を傾げ頭上に「?」を浮かべていた。
「そいつはシートベルトだ。
走行中はそれで体を固定する」
説明しながら有無を言わさずボルトの席のベルトを装着。
「それで前に勢いよく体を振ってみな」
言われた通りにボルトが動こうとした。
すぐにガッとロックがかかって止められる。
「これは……」
呆気にとられるボルト。
「うぅむ……」
唸りながら考え込むハマー。
「今度はゆっくりだ」
今度はスルスルとベルトが伸びていく。
「おおう、こりゃあ考えたな」
ハマーが目を丸くしながらも興奮した様子を見せた。
「ある程度の自由を残しつつも急停止したときは吹っ飛ばされずに済みそうだ」
嬉しそうに自分でもベルトを装着し具合を確かめていく。
「外すのはこれか?」
言いながらバックルのロック解除ボタンを押し込んだ。
カチッという音と共にバックルが外れた。
そしてベルトがスルスルと巻き上がっていく。
「呆れたもんだな。
魔道具じゃないんだろ、これ?」
「ああ、純粋なカラクリだ」
「これを真似するのは大変そうだ」
堂々とそんなことを言うが、ルベルスの世界に特許の概念はない。
良い物は真似ることに罪の意識はない訳だ。
むしろドワーフなら完璧な模倣を目指し己のプライドをかけるだろう。
「真似るのは構わんが商売道具にはするなよ。
少なくとも俺は売るつもりはないからな」
「どういうことだ?」
良いと認めたものを売らないという俺の言葉に怪訝な顔をするハマー。
「一部とはいえ西方人が粗悪な模倣品を作るのが目に見えているからな」
そういう輩は安全性など二の次で儲けることしか頭にない。
ドワーフのように己の仕事にプライドを持つ者もいない訳ではないのだが。
「そういうのに限って重大事故が起きれば逃げようとするだろ?」
「……確かにな」
ハマーがどんどん渋い表情になっていく。
「真っ当な品を作る側に罪をなすりつけようとする、か」
ついには深く溜め息をついた。
「特にこれは部品点数が多そうだ。
粗悪品かどうか素人では見極められんだろう」
「騙されやすいということですか」
ボルトも会話に入ってくる。
「そうなると危険なものとして噂が広まりそうですね」
「そういうことだ」
「だから売り物にはしないか。
まったく、ままならんものだな」
またしても溜め息をつくハマーであった。
「そんなに落ち込むなよ。
複雑にしなければ粗悪品も見破りやすくなる」
「無茶を言うな。
これを簡単にするなど容易ではないぞ」
「座席に金具を着けて帯を固定するだけだ」
イメージとしては肩掛け紐を着脱できる鞄だろう。
あれなら単純な仕組みで長さを調節できるし。
それを説明すると、ドワーフ組が呆気にとられた表情をした。
「これが天才というものか」
「おいおい……」
どう考えてもハマーは大袈裟だ。
「ちょっと考えれば思いつく奴が出てくるって」
「ワシにはその発想がなかったぞ」
「自分もです」
発想と言われると違和感を感じる。
俺は知っていただけだ。
「賢者ってのは幅広い知識を持っているものなんだよ」
そんな風にうそぶいて誤魔化しておいた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
俺も前席中央の御者席に乗り込んだ。
ドルフィンたち3人は前の車両である。
人数的にはバランスとれてるが、向こうは巨漢の着ぐるみドルフィンさんがいますよ。
そのあたりはシートに空間魔法を付与して窮屈にならないようにはしてるけどな。
前走車が走り出した。
徐々に速度を上げていく。
俺も手綱を手に取りサイドブレーキを解除した。
そして手綱を振って馬型自動人形に合図を送る。
後は前走車に追随して勝手に走ってくれる楽ちんコースだ。
ハマーたちも乗っているので操っている振りくらいはしないといけないがな。
これは大した手間でもない。
本物の馬を持ち帰った後に練習したら色々とスキルを取得したからね。
最初に取得したのは上級の【馬術】スキルだけど。
一般スキルの【乗馬】を一足飛びにしてて呆気にとられてしまったけどね。
しかもあっと言う間に熟練度カンスト。
【才能の坩堝】仕事しすぎだわ。
そのままボーン兄弟の馬車をコピーしたもので馬車も練習したさ。
で、上級の【馬車総合】スキルもお約束のように熟練度カンスト。
一般スキルの【二輪馬車】と【四輪馬車】は【乗馬】と同じようにスルーと。
「それにしても変わった馬車だな」
「自分も見たことがありませんね」
ハマーたちの発言も尤もだ。
側は日本人にはお馴染みの商用バンだからな。
そんなのに馬車で使うような車輪を取り付けているんだから似たものがなくて当然だ。
「しかも乗り心地が恐ろしくいいときている」
「路面から伝わるはずの衝撃がうまく緩和されていますよ」
信じられないという表情で車内をキョロキョロ見回すボルト。
「座席の座り心地もいいが、衝撃の吸収はそれだけでは説明がつかんな」
「ですよね」
魔道具化したサスペンションの存在に気付いているようだ。
さすがは腕利きの職人が多いドワーフである。
そこからは、あーでもないこーでもないと2人で議論を始める始末。
お陰で俺は暇で退屈だ。
まあ、これは魔物の気配を感じないからというのもあるのだが。
近隣に出没する魔物は定期的にドワーフたちが狩っているようだし。
盗賊も容赦なく狩られるそうだから、まず出没することはないそうだ。
この世界じゃ盗賊に人権などないしな。
凶悪犯が多いそうだし当たり前のことなんだろうけど。
『あー、暇だー……』
御者の振りをするのでなかったら、とっくに居眠りコースだろう。
小一時間は山道を走ってるのに変化に乏しいのだ。
景色は変わるが変わったことは何もない。
ドワーフ組は議論を続けている。
『飽きないねぇ……』
ボーッとしていたら──
「賢者ってのは多才なんだな」
ハマーが急に声を掛けてきた。
「は? 何だよ、急に」
「前の馬車を完璧にトレースしておるぞ」
ギクッとした。
シンクロが完璧すぎて気付かれたようだ。
作り物ゆえの弱点を露呈してしまった。
いくらなんでもマズいので修正だ。
怪しまれないよう微妙な差しか出ないよう応急的に動作術式を変更する。
「たまたまだろう。
無意識でやっていることだから」
「そういうのが才能だと思うんだがな。
謙遜するようなことでもあるまいに」
自動人形だとバレたくないだけだ。
他の誰かが気付くことだって考えられるし。
そうなると騒がれて面倒なことになりかねない。
「自分はこの馬車の乗り心地の方が気になって仕方ありません」
ボルトは執着するね。
おかげで自動人形の完璧なシンクロには気付かなかったようだが。
逆にサスが魔道具だと気付く恐れもありそうだ。
『いっそ、教えた上で口止めした方がマシかもな』
ドワーフには魔道具も渡している訳だし。
「魔道具の作用だ。
街中で追及してくれるなよ。
うるさいのに集られるのは御免だ」
「……………」
ボルトが絶句していた。
『そういやボルトはピコピコハンマーを知らないんだっけ』
「さらっと、とんでもないこと言う奴だな」
ハマーからツッコミが入る。
「ハマーは決闘用のピコピコハンマーを見てるだろ?」
あれに比べればサスペンションの術式は単純なんだが。
「……王が尋常じゃないと言われた意味が、よく分かったわい」
『ガンフォールめ』
「これは座席が魔道具なのですか?」
ボルトが何か勘違いしていた。
「振動を吸収しているのは座席じゃないぞ」
「え、そうなんですか?
座り心地がいいから、てっきりそういうものかと思ったのですが」
魔道具という単語に思考が引っ張られすぎである。
「座席の座り心地は完全に材料と職人の技術によるものだ」
空間魔法の術式は座り心地とは関係ないので伏せておく。
そこまで説明するのは面倒くさい。
「そういや揺り椅子のオリジナルを作ったのもハルトだったな」
そう言いながら座席の具合を見ているハマー。
「おいおい」
職人たちには黙っててくれって言ったはずなんだがな。
「職人たちは約束を破っておらんよ。
王と2人がかりでガブローの坊主から無理矢理聞き出した」
成人した大人を坊主呼ばわりかい。
王位継承権第1位だろうに。
『それよか王子様よ、喋ってくれるとはな』
つい恨めしい気持ちでバックミラーを見てしまう。
その視線に気付いたハマーが姿勢を正して頭を下げた。
「すまん、あまりに見事だったのでな」
「外に漏らさないでくれたら、それでいいさ」
ホッとした様子を見せるハマーに追撃してやる。
「ただし、ハマーとガンフォールにそれぞれ貸しひとつだからな」
「ぬっ……」
油断した瞬間に受けた攻撃にハマーが目を白黒させる。
まあ、すぐに落ち着いたけどな。
「そうだな。
坊主に約束を破らせたのはワシらだ」
「あのー……」
おずおずといった感じでボルトが話し掛けてきた。
「揺り椅子ってなんですか?」
不思議そうに聞いてくる。
「前にハルトが家具工房を見学した折りに作ったものだ」
「はあ」
肝心の揺り椅子の説明がないせいでピンと来ない返事が返ってくる。
「あれは、どう説明したものか」
ハマーが唸りながら悩んでいる。
あの調子ではハマーの説明は期待できそうにない。
「見た目は曲がったソリ状のものをはかせた椅子だな」
ハマーに代わって俺が説明する。
「ソリですか?
雪の上を滑らせる、あのソリですよね」
「そう、それだ。
ただし滑るためじゃなく前後に揺らすためのものだがな」
「はあ」
ボルトは何とか想像しようとしているのか馬車の天井を見上げている。
「ずいぶん不安定な椅子になるかと思うのですが」
なかなか想像力が逞しい。
あの程度の説明で理解するとは。
「ハンモックなんかも不安定だろ?」
「ああ、言われてみれば!」
ハッとした表情になるボルト。
「揺れ方は違うようですが興味深いです」
「帰ったら現物を見に行くといい」
ここでハマーが入ってきた。
「いま量産すべく職人たちが頑張っておるから手伝わされるだろうがな」
「そんなに作るんですか?」
「久々に椅子が大量に売れるはずだ」
「それ程のものですか……」
ボルトがそう言ったきり沈黙してしまった。
俺には分からないが衝撃はかなりのものらしい。
「まあ、頑張って売ってくれ」
俺に言えるのはそれくらいだ。
読んでくれてありがとう。




