694 堅物な女隊長と子供みたいな婆さんと
45話を改訂版に差し替えています。
飛んでいる間に襲撃を受けたりすることはなかった。
魔物もそうそう襲ってくる訳ではない。
中での出来事も当初は平穏なものだった。
乗り慣れたとまでは言えないが、おのぼりさん的な反応は無くなっていたし。
むしろ飛んでいる間に朝食をとることになったせいか、朝ご飯に話題が集まっていた。
ただし、あまり好ましくない方向で……
「我々が御一緒する訳にはいきません」
護衛やメイドを代表してダイアンが面倒くさいことを言ってきた。
「野営するような状況でもそんなことを言うつもりか?」
「同じ場所でいただく訳にはまいりません」
どうして武人タイプってのは頑ななんだろうね。
ウンザリした気分でダニエル爺さんの方を見た。
まあ、無言の抗議ってやつだ。
「申し訳ありません」
「別に謝罪を要求している訳じゃない」
俺がそう言うと、ダニエルは困惑の表情になった。
どうやら以心伝心とはいかないようだ。
まあ、付き合いが長い訳でもないからしょうがない。
「頭の硬い隊長さんを何とかしてくれと言いたいんだが」
さすがにこう言うと、困惑の色は消えた。
「それとも同席するような無礼は許さんとか言う口か?」
「いえ、それは……」
言い淀むダニエル。
「到着まで時間がないのに下の格納庫へ運ぶ手間を増やせと?」
「申し訳ありませんっ」
ダニエルが深々と頭を下げた。
これでは俺が言い掛かりをつけている悪者だ。
「いや、だから頭を上げてくれるかな」
素直に頭を上げてはくれたが、どうも罪悪感が残る。
「謝罪はいらないんだよ」
そう言うと、再び頭を下げようとするし。
手で制して止めたけど。
『勘弁してくれよー』
部下も上司も融通が利かなくて困っている俺はどうすればいいのだろうか?
無視して自分たちだけ食べ始める訳にもいかないし。
『あー、帰りたい』
そのとき総長が動いた。
「ダイアン・クラウド女男爵」
「はっ」
総長に呼びかけられて直立の姿勢をとるダイアン。
『宮廷魔導師団の総長って男爵より上なんだな』
つい、どうでもいいことを考えてしまっていた。
現実逃避している場合じゃないんだけどな。
「柔軟性のある対応を心掛けよと陛下は常々仰っているはずですよ」
『へー、あのオッサン、言うねー。
ただの食いしん坊親父じゃないんだ』
「申し訳ありません!」
「何に対する誰への謝罪かしら」
穏やかな口調だが容赦のないツッコミだと思った。
ダイアンはたじろぎこそしなかったものの動揺したのは見て取れた。
「それは……」
答えに窮した様子を見せている。
総長は追及の手を緩めるつもりはないようだ。
「あなたがどういう立場かも忘れてはいけません。
答えられないような謝罪をするものではありませんよ」
「はい……」
ダイアンは直立したままでションボリした雰囲気を漂わせていた。
『器用だなぁ』
俺は他人事の感覚で眺めるのみである。
「閣下も閣下です」
矛先がダニエルの方へ向いた。
向けられたダニエルは「えっ、ワシかっ!?」という顔をしている。
「いくら女男爵が筋金入りの頑固者だからといって最初から指導を諦めないでください」
『あ、そういうことだったのね』
総長の説明を聞いて俺は妙に納得してしまった。
なんとなくダニエルがドラマで見るような冴えない中間管理職とダブってしまう。
「すまぬ」
唸るような声で謝るダニエル。
なんだか「ぐぬぬ」と言っているように聞こえてしまった。
「それだけではありませんよ」
淡々とした口調だが総長は追撃の口を緩めない。
『畳み掛けるなぁ』
「こうやって無駄に時間を費やしたことでヒガ陛下に御迷惑をおかけしているのです」
『いや、そこまでカツカツのスケジュールじゃないぞ』
時間的な余裕を得るために移動速度を上げているし。
現状は誤差範囲のロスなので余裕がある方だ。
が、それを伝えるのははばかられる雰囲気である。
いま話の腰を折ると、総長から延々と嫌みを聞かされそうな予感がした。
『嫌すぎるだろ』
という訳で俺は静観することにした。
ダイアンやダニエルは自業自得だと思ってもらう方向で納得してもらうしかない。
『たとえ薄情者と罵られようと面倒くさいのは御免被る』
【ポーカーフェイス】でしれっとしている俺に2人の視線が投げかけられる。
なんだか申し訳なさそうな目をしていた。
総長が促した反省の効果が出ているようだ。
それでも総長は容赦がない。
このタイミングでトドメの一撃を持ってくる。
「それで、どうなさるおつもりですか?」
『ここでそう来るかー……
こんなこと言われて否定的な回答はできんよな』
俺の思った通り、皆で朝食をとることになったのは言うまでもない。
『さすがは総長だな』
宰相の相談役を引き受けているだけのことはある。
年の功は伊達じゃない。
それじゃあジジイのダニエルはどうなんだという話になってしまうが……
『責任ある立場は楽じゃないんだよ』
総長だって魔導師団のトップだけどね。
部下を上手く使って責任を分散させているのがダニエルと違うところだ。
『総長にガブローを教育させると面白そうだな』
可哀相だとも思うが。
まあ、他国の重鎮なので実現することはないだろう。
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朝食後は比較的スムーズだった。
ジェダイトシティに到着した時も内壁の内側である本市街の方へ着陸したし。
トモさんたちに合流した時も軽く紹介して終わったし。
自動車に乗り換える時にあれこれと説明して時間は食ったけど。
総長が子供のようにはしゃいで隅から隅まで見て回ったからな。
「凄いですね、ヒガ陛下」
うんうんと感心したように頷きながら総長が馬車用トレーラーの周りを歩いていた。
屈んだり立ったり、少し引いて眺めてみたり。
『子供みたいな婆さんだな』
ナターシャは諦めムードを漂わせている。
どうやら総長は興味のスイッチが入ってしまったようだ。
「そうかい?」
なるたけ流す感じで応対する。
少しでも時間が短縮できるようにと密かに願いを込めながら。
「これは荷台なのでしょう?」
「そうだ」
「浮いていますよ?」
「魔道具だからな」
「あらー」
感心したように頷くと馬車用トレーラーから離れていく。
『終わったか』
密かに安堵していた俺だが、その認識は甘かった。
「この箱状のものは荷物専用ですか?」
興味の対象が次のものに移っただけのようだ。
「荷物じゃないよ」
「ええっ、そうなのですか!?」
自分の予想が外れたことに驚いている。
が、すぐに真剣な表情で考え込み始めた。
ここで正解を言いたいところだが、言うとヘソを曲げそうな気がする。
頑固者ダイアンと上司であるはずのダニエルをやり込める相手を敵にしたくはない。
『やれやれ……
少しくらいなら時間的余裕があるとか言わなきゃ良かった』
ダニエルやダイアンが御飯の後も凹み気味だったので気を遣ったつもりだったのだが。
『見事に裏目に出てしまったな』
黙って待つしか俺に選択肢がなかったのは不幸だと思う。
ナターシャからは困り顔で小さく会釈された。
アイコンタクトで問題ない旨を返しておく。
その短いやり取りの間に総長は結論を出した。
「なるほど、馬ですね」
そうでしょうと振り返って聞いてくる。
「正解だ」
満面の笑みで喜ぶ総長。
「馬を凌駕する速さだとは聞きましたが……
きちんと頭に入っていなかったのは良くないですね」
『ちゃんと思い出しているじゃねえか』
心の中でツッコミを入れる。
まあ、総長は不正解だったことが悔しいのだろうから言っても機嫌を損ねるだけだ。
「そこまで違うものなのですか?」
自分で正解を導き出しておいておきながら信じ難い部分もあるようだ。
論理的な思考と今までの常識がせめぎ合っているのかもしれない。
「馬は疲れるが、魔道具は疲れない」
あえてトップスピードについては言及しない。
平坦な場所なら倍以上の速度で走れるなど信じられないだろうし。
「それは……
そうですね」
一瞬、驚きの表情を見せた総長だったが、すぐに納得していた。
しかしながら納得の後には疑問が来るようで。
「ですが、窓がありませんよね。
どういうことなのでしょうか?」
知識欲の旺盛な婆さんである。
もちろん、ちゃんと馬の臆病な習性から恐慌に陥らせないためだと説明したよ。
感心し納得した後は興味の対象が移っていく。
「こちらは人が乗るようにできているのですね」
総長は最後のトレーラーを見上げる。
「それも2階までありますよ?」
「向こうの人間を乗せる用だからな。
積み込んだ馬車に乗るのは嫌だとか言われた時の保険だよ」
「ああ、そういうことでしたか」
そんな風に返事はしたものの、総長は思案顔である。
「まだ何かあるかい?」
「このトレーラーという乗り物は我々の分はないのですか?」
『そりゃ気付くよな』
エーベネラント王国から来た使者の規模に関する情報は総長から聞いたのだから。
馬車の数、馬の頭数、人の数。
トレーラーはそれに合わせて用意した。
人間の方は窮屈にならないような座席設定にしているので、あまりはほとんどない。
多少の余裕は持たせているが俺たち全員となると無理だ。
ちなみにトレーラーを運転するのはメイド型自動人形たちである。
「輸送機に乗り慣れるとトレーラーは乗り心地が悪すぎるぞ。
馬車に比べれば雲泥の差だと言えるとは思うがな」
「それはまた……」
総長が苦笑する。
更にはゲールウエザー組からの視線が生暖かい。
「親交のない相手に手の内を明かしはしないさ」
「輸送機を途中で乗り換えるのは、それも理由なのですね」
「そういうことだな」
読んでくれてありがとう。




