670 単なる拡大ではありません
俺は全員に空メールを一斉送信する。
喧噪がピタリと止まった。
空メールの効果だ。
送信者に注目せよという意味がある。
古参組は即座に反応。
滑り台で滑っている途中の者もいたが、理力魔法で飛んで砂浜に戻ってきた。
一言も発さず俺の方を見ている。
妖精組などは俺の前まで来て整列するほどだった。
つい、始めて出会った時のことを思い出してしまう。
苦笑が漏れそうになったが、ここは我慢。
他の国民を混乱させる訳にはいかない。
『まあまあかな』
不慣れな人魚組も一応は、こちらを向いている。
誰も喋らない。
最初は戸惑いを見せた者たちもいたようだがね。
古参組の様子を見て倣う形になったようだ。
『次からは戸惑いも減るかな』
なんにせよ、すぐに戸惑いは消えている。
学校での訓練などが身についているようだ。
『短期間だってのに凄いもんだな』
逆に訓練も何もしていない面子はアタフタする訳だ。
そう、人竜組である。
それでも周囲の反応を見て、こちらの方を向いてくれた。
横目でチラチラと辺りを見回しているけどね。
どういう状況なのか掴めていないんだから無理もない。
そのせいか、誰かに問いかけたりなどの行動は取っていない。
空気を読んだというよりは戸惑っている感じだろうか。
仮にそういった行動を取ったとしても全体には影響を及ぼさないだろう。
頭数が圧倒的に少ない訳だし。
『ちょっと可哀相だけど、慣れてね』
「集合!」
号令を掛けると古参組が真っ先に動いた。
シュバッと参上である。
シュバッと解決はしない。
事件は現場でも起こっていないからな。
続いて人魚組が来た。
こちらもキビキビした動きである。
『短期間の訓練で、よくぞここまで』
つい先程、感心させられたばかりなんだが飲み込みの良さに改めて感心させられた。
古参組の域には達していないけれど。
『レベルや練度の差があるし。
付き合いはまだ始まったばかりだしな』
そこを考えると上出来もいいところである。
だから人竜組が取り残されるのは仕方がないことなのだ。
『呆気にとられているみたいだし』
彼女ら以外全員の整列が完了してようやく我に返って寄ってくる。
これでもマシな方だと思う。
「慌てなくてもいい。
スペースは確保できた」
内心で慌てふためいているであろう人竜組に声を掛けておく。
「いよいよ上級用が出てくるって訳ね」
レイナが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出して聞いてくる。
「どんなんでっしゃろな」
ウキウキしていますと全身で表現しているエヴェさん。
それを生暖かい視線で見ている亜神3人組。
「エヴェさん、子供じゃーん」
アフさんにツッコミを入れられていた。
「確かに、嬉々として列に並んでいた姿は子供だな」
フェム様の追撃が入る。
「もう少し亜神としての自覚を持った方が良いぞ」
リオス様も心得について言及していた。
「そんなん言われたかてしゃーないですやん。
わてかてたまには遊びたなりまんねや」
エヴェさんは開き直って気にした様子も見せない。
「それに……」
そう言ってから視線を己の横に立つ人物へと向ける。
そこには気合いの入った姿のルディア様がいた。
水着からしてまず違う。
色がエナメルの質感がある燻し銀という時点で人を選ぶ代物だ。
『似合っているけどな』
デザインはハイレグのワンピースで胸元はOの字に開いている。
『挑戦的すぎだろ』
あるいは挑発的とも言えるか。
そこまでなら、ちょっと怖い感じのお姉さんって感じで似合ってはいたと思う。
『だけどなぁ……』
頭にはシュノーケルと専用マスク。
マスクと言ってもピンと来ないかもしれない。
デッカい水中眼鏡と言えば分かり易いか。
足はこのスタイルでは当然とも言えるフィンが装着済み。
『ここまでなら、まだ分かるんだけどさ……』
腰には黄色い浮き輪があった。
これがルディア様のクールなイメージをぶち壊している。
いや、これだけが悪いのではない。
『トータルコーディネイトなんだよな』
水着はイケイケ。
装備は小学生の海水浴スタイル。
チグハグで当たり前。
似合うはずもないのだ。
エヴェさんの視線に誘導される形で3人組も見てしまう。
それまで必死に見まいと頑張っていたのに。
「「「っ!」」」
直視してしまったことで、そのセンスにショックを受けている亜神3人組。
「ん? どうした?」
それに対してルディア様は3人の視線を受け止めて平然としている。
欠片もおかしいと思っていないのが凄い。
「いえ……」
「なんでも……」
「ありません……」
フェム様、アフさん、リオス様が言葉をリレーして何でもないと返事した。
「そうか?」
ルディア様は微妙に納得していない様子を見せたが、追及はしないようだ。
なんにせよ何もないと言ってしまった以上はエヴェさんのことは追及できまい。
見た目だけなら、より子供っぽく見えるのはルディア様の方だし。
エヴェさんは子供っぽい態度はともかくとして見た目は普通だからな。
今はトランクスタイプの海パンに上はカーディガンを羽織った状態。
缶ビールとか手にしていたら似合いそうだと思ったのは内緒だ。
亜神組の会話が途切れたところで再びレイナが口を開いた。
「で、どんなのを出すのよ?
あれがうーんと拡大したりするわけ?」
レイナの言う「あれ」とは中級用のことだろう。
生憎と、そんな代物ならとっくに引っ張り出している。
「なんぼなんでも短絡的すぎやで、レイナ」
アニスが呆れた感じでツッコミを入れてくる。
「「そうそう、そんな単純な訳ないよ」」
メリーとリリーが追撃を入れてきた。
「それくらい分かってるわよ。
話がしやすいように振ってみただけでしょ」
『わざと可能性の低いであろうことを言ったとでも?』
キレずに言い返したのは成長したと言えるだろう。
今までのレイナであれば噛みつくように反論してきたからな。
だが、目が泳ぎ気味で誤魔化しきれていない。
ここで指摘すると可哀相なのでスルーしておこう。
せっかく話を振ってくれたんだし。
「拡大というのはあながち的外れな意見でもないかもしれませんよ」
俺が上級用を紹介しようと思ったタイミングでエリスが割り込んできた。
「何故ですか、姉様?」
クリスが問うとエリスは軽く笑みを浮かべた。
まるで良い質問だと言っているかのようにウィンクしてみせる。
「ハルトさんは意味もなく皆を集合させたりするかしら?
せっかく楽しんでいるところに水を差すようなことはしないでしょ?」
なんだか俺が責められているかのような気分になってくる。
周囲の皆が「おおー」と感心するのもプレッシャーだ。
「なるほど、そうですね。
皆を退避させた上で大物の滑り台を出すということですか」
マリアが頷きながら推論を述べた。
「そういうことでしょうね」
エリスが肯定する。
『間違ってはないんだが、なんだかなぁ』
これ以上、勿体振ると何を言われるか分かったもんじゃない。
俺は平静を装いつつ上級用の滑り台を引っ張り出す準備に入る。
確かにマリアが推測したようにブツは大物だ。
故に幾つも並んでいる入門用と中級用の半数以上を引っ込めた。
「「どうやらマリアさんの読みが正しかったようですよ」」
ABコンビが設置スペースが空いたことに、いち早く反応する。
「いえ、元はエリス姉様の考えたことだから」
謙遜するマリア。
その間に俺は何人もの俺が携わった上級用の滑り台を倉庫から出して設置した。
「ふわぁ……」
見上げて溜め息のような感嘆の声を漏らすフェルト。
「全然違うよ、お姉ちゃん」
「そうだな」
リオンとレオーネの姉妹も呆然とした面持ちで眺めていた。
まあ、他の面子も似たような反応だ。
声が出たか出なかったかの差でしかない。
「ちょっと、ハル。
なんてものを作ったのよ」
呆れた目を向けてくるマイカ。
上級用は完璧にウォータースライダーの凄い版だ。
透明のチューブがうねりまくったコースになっている。
正直、中級用からの差が酷いと思う。
マイカがクレームに近いことを言ってくるのも無理はない訳だ。
「これは全長何メートルになるんだろうね」
トモさんはやや興奮気味に感心している。
「チューブ部分は3百メートルぐらいかな」
「チューブ部分ってどういうことですかー?」
それまで静かにしていたダニエラが聞いてきた。
なかなか耳ざとい。
「途中と最後で空中に放り出される仕様になっている。
それも含めると何十メートルかは追加されるんだよな」
「途中で放り出される!?」
リーシャが目を白黒させていた。
「そんなに慌てなくてもいいだろう。
安全性は確保されているはずだ」
ルーリアがフォローを入れてくれたけど、簡単に落ち着けるものでもない。
「大丈夫ですよー」
更にフォローを入れてくれるのはダニエラだ。
「こういう部分にはー、山ほど安全対策してくるじゃないですかー」
『まあね』
全作業時間のかなりの部分が、それ関連だし。
面倒だけど目玉のひとつではあるからな。
『ジェットコースターより凄いかもよ』
少なくとも匹敵するくらいの出来には仕上げたつもりだがね。
読んでくれてありがとう。




