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666 「あーん」が止まらない

 瞬く間に卵かけ御飯が人魚組たちの間にも拡がっていった。


「どうしてこうなった」


 トモさんがそんなことを言って白目になった。


「食事時にふざけないでくださいね、アナタ」


「サーセン」


 フェルトにたしなめられて、お遊びモードはすぐに終了したけれど。

 相当なショックを受けたように見受けられた。

 あんな風にふざけたのは、それを誤魔化すためだろう。


 元日本人であるミズキやマイカも驚いていたようだ。

 が、トモさんほどではない。


『はて? そんなに驚く要素があったっけ』


 困惑しつつも卵かけ御飯を食す。

 ちなみに俺は卵かけ御飯の食べ方に、これという深い拘りはない。


『旨けりゃ何だっていいのだ』


 故にポン酢と醤油のどちらにするかは気分で選ぶ。

 それ以外の選択もすることが多い。

 粗塩をほんの少しまぶすだとか。

 シンプルに調味料なしってこともするぞ。

 卵の風味が味わえるので新鮮であればあるほどお勧めだ。


 黒猫3兄弟のようにトロロをかけるのも悪くない。

 あるいは鰹節を荒く削って乗せたり。

 塩昆布やとろろ昆布を入れたりもする。


 時には納豆を入れることもある。

 これには賛否両論があるようだがね。

 混ぜてしまうと納豆の粘りけが大きく損なわれるのが良くないらしい。

 あるいは納豆嫌いの人間が最初から否定してきたり。


『まあ、今日は納豆は使わないけどさ』


 本日は調味料なしで焼き海苔を細かく千切って混ぜ込むスタイルだ。

 こうすると海苔から出汁が出てグッと引き締まった味になるんだよね。

 味海苔に慣れている人だと意外に思うかもしれないけど。

 俺としてはアレは塩分が濃いからお勧めできない。


『味が濃ければいいってもんでもないしな』


 そんなことを考えながらグリグリと茶碗の中身をかき混ぜる。

 海苔の旨味を引き出すためなので丁寧に混ぜていく。

 満遍なく混ざったあたりで手を止めた。

 そしてパクリと一口。


「うん、旨いっ!」


 思わず言葉にしてしまっていた。

 だって卵が新鮮で温々の御飯にピッタリ合うんだよ。

 もちろん海苔の風味が効いているのも大きい。

 ハリーじゃないけど何度も噛んで味わって食べる。

 すると隣に座ったノエルがジーッと見てくるんですよ、これが。


「どうした?」


 飲み込んで口の中を空にしてから問いかける。


「一口」


 ボソリと呟くノエル。


「ふぉっ!?」


 危うく吹くところだったさ。


『飲み込む前だったらアウトだったな』


 そんな危機など知らぬとばかりにノエルは俺を見上げてくる。

 他人には無表情に見えるのだろうが……


『このプレッシャーは何だ!?』


 いや、ノエルが期待のこもった目をしてるだけですよ。


「ジ───────────ッ」


「……………」


 声に出して言ってくるとは思わなかった。

 そんなに食べたいなら真似をすればいいのに。


「ダメ?」


「ダメじゃない。

 ダメじゃないぞぉ」


 大事なことに思えないかもしれないが、大事なことなので2回言いました。

 ノエルを悲しませてはいけないのだよ。

 しかも俺が食い意地張ってるとか思われた上でだなんて論外だ。

 俺が食い意地張ってるのは事実なんだけどさ。


「一口でいいのか?

 なんだったら全部持っていってもいいんだぞ」


 俺が茶碗を差し出そうとしたが、ノエルは予想外の行動に出た。


「あーん」


「ふぁっ!?」


 ノエルは小さな口を開いて「あーん」攻撃。


『ちょちょちょっ!?

 どういうことぉ─────っ?』


 パニックである。

 いつも物静かなノエルさんの「あーん」は破壊力あり過ぎでしょう!


『落ち着け、俺……

 落ち着け、俺……

 落ち着け、俺……

 って落ち着けるかぁ─────っ!』


 心臓がバクバク言ってますよ。

 赤面ものですよっ。

 気が付けば皆の視線が集まっている。


『いやいやいや、箸を動かす手を止めて注目されてもね?』


 だが、ノエルの要求を断ることもできない。


『そんなことしたらノエルが悲しむだろうがっ』


 絶対に許されないことだ。

 それだけを心の中で呪文のように繰り返し漆塗りの匙を取り出した。

 散り蓮華だとノエルの口で「あーん」をするには大きすぎるからだ。


『そういうとこだけは冷静だな、俺』


 セルフツッコミまで入ってしまう。

 しかしながら【多重思考】によるもう1人の俺ではない。

 ひとり芝居みたいなものだ。

 そうでもしないと周囲の好奇の目に耐えられない。


 え? メンタル弱すぎ?

 しょうがないだろ。

 俺は元選択ぼっちなんだから。

 今はリア充だろって?

 にわかリア充だからな。


 とにかく周囲の視線は無理やりスルーして匙で卵かけ御飯をすくう。


「はい、あーん」


 俺からも「あーん」を言う。

 心臓の稼働率が通常の3倍だ。

 バクバクどころの騒ぎじゃない。


「あーん」


 ノエルが匙の動きに合わせて卵かけ御飯を食べた。


「どうだ、旨いか?」


 咀嚼しながらコクコク頷くノエル。

 それが切っ掛けとなったのか周囲の空気が一変した。


 シュババババ──────────ッ!

 食事中だというのに凄い勢いで飛んで来る20人以上の面子。

 次の瞬間には俺の斜め後ろから行列ができていたよ?


「何がしたいんだよ……」


 いきなりこんな風に並ばれてもね。

 意味不明である。

 もちろん説明なしに理解できるはずがない。


「何って「あーん」待ちの行列だけど?」


 先頭に立ったマイカがしれっとそんなことを言ってのけた。

 だが、まあ理由は判明したので対処はできそうだ。

 俺は解散を言い渡そうとしたのだが──


「ノエルちゃんだけってズルいと思うな、ハルくん」


 マイカに先回りされてしまった。

 俺の思考が読まれていたのは明白である。


『ズルいって言われてもなぁ』


 そう言いたかったのだが……

 並んでいる全員にうんうんと頷かれると言葉にはできなかった。

 しかも全員が漆器の匙を手にしている。


『そこまで真似するか。

 用意のよろしいことで』


 こうなると俺に拒否権はない。


「しょうがないなぁ」


 そう言いながら茶碗を手に立ち上がった。

 立ったままで「あーん」をすることになるが仕方あるまい。

 行儀が悪いのは目を瞑ってもらおう。


『最後尾にはベリルママまで並んでいることだし大丈夫だよな?』


 ルディア様が諦観を感じさせる溜め息をついていたけどさ。


「「「「「やったーっ!」」」」」


 並んだ全員が匙を上に突き上げて喜びの声をあげる。


『そんなに嬉しいのか』


 これを当たり前と思っちゃいけないんだと思う。

 愛されていることに感謝の気持ちを忘れてはいけない。

 凄く照れくさくはあるんだけれど。

 問題があるとすれば、俺が最後まで卒倒せずに耐えられるかってことだ。


「はい、じゃあ順番に一口ずつね」


 トップバッターはマイカ。


「はい、これ」


 匙を受け取り卵かけ御飯をすくった。


「ほい、あーんだ」


 口元に匙を持って行く。


「あーん」


 食べさせると満面の笑み。


『こっちは恥ずかしいんだぞ』


 立ったから余計に目立つし。

 お陰で離れた席の面々からも注目を浴びてしまう始末だ。

 が、愚痴る訳にもいかない。

 そうでなくても生暖かい視線のオールレンジ攻撃を受けているのだ。

 下手に何か言えば集中砲火を浴びかねない。


『何、この羞恥プレイ』


 先程から心臓はバクバクしっぱなしである。

 そして、それがまだまだ続くのだ。


『冗談キツいんですけど?』


 マジである。

 何の荒行かと思ったさ。

 だってワクワクした目で見られるんだぜ。

 並んでいる面子だけならいざ知らず。


『数百人からなる耳目を集める状態ってどうなのよ?』


 自問自答したところで答えは出ない。

 こうなった以上は順番にクリアしていくしかない。

 食べ終わったマイカに匙を返却すると、次はミズキだ。


「んふふふふ」


 何が嬉しいのかってくらい匙を受け取る時からニコニコである。

 それを問うことはできない。

 恥ずかしいとかいう以前の問題だ。

 ノエルの時に匹敵するプレッシャーが俺にのし掛かる。


『これ以上ないってくらいの笑顔なのにプレッシャーってどういうことよ?』


 別に怒っているとか、そういう気配は感じない。

 なのに受け取った匙を持つ手が震えそうになる。


『もしかして急かされてる?』


 俺は慌てて卵かけ御飯をすくった。


「……あーん」


「あーん」


 呆気なくも普通に終了。

 だが、ホッとしている暇はない。

 残っている「あーん」待ちの方が多いのだから。

 まだまだ先は長い。


読んでくれてありがとう。

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