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660 膝枕でピンチを迎えるとは思わなかった

 ベリルママに押さえ込まれた俺にできることなど、ほぼない。

 相手は神様だ。

 レベルが4桁とはいえ、俺は人間である。


『まあ、半神半人みたいなもんだけど』


 いずれにせよ本物の神様に勝てっこない訳で。

 脱出など無理だし抵抗も無意味だ。


 下手に足掻くと逆に危険というもの。

 場合によっては何もしなくても泣かれる恐れがある。

 酔っているからタガが外れやすそうなのがネックなのだ。

 膝枕されても我慢するほかない。


『恥ずかしいったらありゃしない』


 それでも他に選択肢がなかった。

 力関係のこともあるが泣かれる方が怖い。


『見事なまでにトラウマだよな』


 故に無抵抗である。

 俺にできることは喋るくらいのものだ。

 押さえ込まれてはいるものの、それくらいは許されているらしい。

 問題なく、唇は動かせる。

 声を出した途端に塞がれる恐れはあるけれど。


『あくまで親子のスキンシップの範疇だろうからな』


 その範囲を逸脱するようなことを喋れば、どうなるやら。

 助けを求めた瞬間に問答無用で口封じされるなんてことも……


『それは避けたいな』


 ないと言いきれないのが辛いところだ。

 サスペンスドラマにあるような口封じにならないだけマシなんだろうが。


「……………」


『ならないよな?』


 そう思いたいのだが、ならないと言い切れない。

 殺意のあるなしを考えるなら「ない」と断言できるのだが。

 意図的でない事故は往々にしてあり得る話だ。

 故に言い切れない。


『シャレになんねえよなぁ』


 もしもがないことを切に願う。

 仮にそういう事態に陥ったとしても、さすがに皆が止めてくれるはずだ。

 そうなれば事故を発生させた側も途中で酔いが覚めるだろうし。

 致命的なことにだけはならないと思いたい。

 なんにせよ危険な状態になる覚悟だけはしておこう。


『酔っ払いに理屈など通用しないからな』


 口だけ塞いだつもりが鼻まできっちり塞いでましたなんてこともありうる訳だし。

 あるいは変にスイッチが入って叩かれたり。

 その力加減やら狙いやらが酷いことにならない保証もない。


「ハルトくーん」


 テンションの高いベリルママが笑いながら呼びかけてきた。

 この上なく朗らかで絵に描いたような上機嫌である。

 こっちはそれどころじゃないけどね。

 精神状態は反比例しているかもしれない。


「はい」


 故に返事にもそれが出ていたと思う。

 素面の人間ならば気付いたことだろう。

 どうにか表情に出さぬように【ポーカーフェイス】で誤魔化しはしたけれど。

 でなければ酷く引きつった表情を披露していたはずだ。


「耳かきしてあげるねー」


 それは、ある意味で爆弾発言であった。


「ちょっ!?」


『叩かれる方がまだマシだって』


 酔った状態で耳に棒状のものを入れる?


『冗談ですよね?』


 嫌な汗が噴き出してきそうだ。

 耳の中が言うもはばかるような状態になったらと思うと戦慄する。


『どうする?』


 方針など決まっている。

 何が何でも回避だ。

 これを受け入れてはいけない。


『どう回避する?』


 とにかく必死で考えた。

 このピンチから逃れる術を。


 時間はない。

 行動に移されてしまうと止めようがなくなる。

 結果も想像するのが怖い。


 無事である可能性も無くはないが、通常時より著しく低下していると言わざるを得ない。

 尋常でないプレッシャーの中で俺は戦っていた。

 今まで戦ってきたどんな相手よりも手強く恐ろしい。


「いいい嫌だなぁ、耳かきならさっきしてくれたじゃないですか」


 これが考え抜いた末の結論である。

 稚拙に過ぎる大嘘だ。

 後はハハハと乾いた笑いしか出てこない。


『必死で考えて即バレするような大嘘しか出てこないってのも酷いよな』


 だが、尋常でないプレッシャーに晒されながら猶予時間がなかったのも事実である。


『俺はアニメに出てくるとんち好きの小坊主じゃないぞ』


 そんな簡単に妙案など出てくるものではない。


「あるぇー?」


 ベリルママが首を傾げていた。

 大嘘は取り消せない状況だ。

 後は突っ走るのみである。

 バレたら即終了だけど。


「そうだっけー?」


 ベリルママはそう言いながら反対方向に首を捻った。

 思い出そうと一生懸命になっているらしい。


 だが、記憶をたぐり寄せようとしても無駄である。

 嘘なんだから、そんな記憶ある訳ない。

 問題はそこから俺の言ったことが嘘であると結論づけられてしまうことだ。


『頼むから何もしてないなんて思い出さないでーっ』


 逃げられない状態の俺には願うしかできない。


「……………」


 嫌な沈黙が続く。

 その間にベリルママはメトロノームのように首を捻り続けていた。

 俺はというと──


『頼みます頼みます頼みます頼みます頼みます頼みます頼みます頼みますっ!』


 ただただ神頼みするばかり。

 困った時のとはよく言うけれど、神様なら目の前にいる。

 願いを聞き届けてもらえるかは微妙なところだ。

 酔っ払っているせいで壊れ気味だからね。


 そしてベリルママの動きが止まった。


「っ!?」


『どうなる?』


 緊張で胃が痛くなりそうだ。


「そーだったっけー?」


 ベリルママは大きく首を傾げながら周囲の皆に確認を取っていた。

 どうあっても思い出せないが故に考えるのを諦めたようだ。


『助かった』


 いや、まだ助かっていない。


 俺はとにかく酔っていない面々にアイコンタクトを送った。

 それこそ俺は鬼の形相になっていたかもしれない。


 とにかく必死だったのが伝わったようだ。

 酔っていない一同がコクコクと頷いてくれた。

 ありがたくて涙が出そうである。

 まだ危機は回避できたわけではないが、とにかく感謝したいと思った。


「そっかー、じゃあ耳かきはまた今度ねー」


 その一言が場の雰囲気をガラリと変えた。

 硬質なそれからユルユルの空気へと。


 いつの間にか酔っていない面々の緊張感が高まっていたらしい。

 どうやら俺が懸念していたことは皆も考えていたようだ。

 リオンなどはそのせいか恐ろしく緊張していたみたい。

 深く長い溜め息をついていた。


『まあ、それだけ心配してくれていたってことか』


 嬉しいんだが素直には喜べない。

 ベリルママの酔いが覚めたわけじゃないからな。

 次に何を言い出すのかと思うと生きた心地がしない。

 心から安堵するには酔いから覚めてもらわないとダメだろう。


『そもそも、どうしてこうなった』


 神様を酔わせる酒なんてあるのか?

 アルコール度数に関係なく酔わないと前に聞いた気がするんだが。

 酔った原因が分かれば対処もできるかもしれない。


 ルディア様たちが、それを実行できていないあたりで望みは薄いのだけど。

 しかも俺がそれを聞き出すのは避けたいところである。


『ベリルママたちが向きになって余計に酔おうとするかもしれんしな』


 今でさえ手に負えないのに、これ以上は勘弁してほしい。

 となると助っ人が必要になるだろう。

 問題は誰に頼むかだ。


『リオンはダメだろうなぁ』


 テンパって酷いことになりかねない気がする。


『アニスは喋りすぎて墓穴を掘りそうだし』


 強心臓で無駄口を叩かないとなると1人しかいない。


『ノエル、か』


 よりにもよって最年少の未成年である。

 子供に頼らざるを得ないというのが情けなくも恥ずかしい。


「ハルトくーん」


「はいっ」


 ビクリと心臓が跳ね上がったような気がした。

 俺が迷いを見せている間にベリルママの攻撃第2弾が始まろうとしていた。


『今度はなに!?』


「かーわいー」


 頭を撫でられた。

 少し安堵する。

 これなら被害は発生しそうにないからだ。


「かーわいーねー」


 スリスリと撫でられる。


「ねー、ハルトくーん」


「はい?」


「子守歌、歌ったげよっかー」


「ぶはっ」


 思わず咽せた。

 いい年した大人が子守歌を歌われるとかシュールにも程があるだろう。


「アハハハハッ!

 子守歌だってー。

 赤ちゃんみたいー」


 リオス様が腹を抱えて笑っていた。


『この人、こんな性格だったのか?』


「ニャハーッ、赤ちゃんだー!」


 アフさんだと同じような状態でも納得できてしまうのだが。


「歌はまた今度でお願いします」


 恥ずかしいのを我慢しつつ返事をする。


「そーお?」


「寝てしまうとナデナデが堪能できませんので」


 我ながら苦しい言い訳だ。

 が、ベリルママの地雷は踏まずに済んだようだ。


「そっかー、フフフフフ」


 満面の笑みでナデナデ攻撃が始まった。


 スリスリスリスリスリスリスリスリスリ──────────────────


 ただひたすらに撫でられる。


「………………………………………………………………………………………………」


 痛くはないが延々と続くことが苦行ではあった。

 とにかく恥ずかしい。

 自分から言い出した手前、止めてほしいなどと言えるわけもないし。


『言ったら、どうなるやら』


 考えるだけでも恐ろしい。

 耳かきよりは遥かにマシと思うしかあるまい。


読んでくれてありがとう。

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