655 ハルト板挟みにあう?
告られたから告り返したら御免なさいされました。
『……………』
何? 言ってる意味が分からない?
安心しろ、俺も分からん。
とにかく頭の中がパニック状態だ。
誰か説明を求む。
そう思っていたら──
「よろしくお願いします」
リオンがそう言った。
『あ、そういうことか』
その一言でリオンが泣いていたことや頭を下げた理由に思い至ることができた。
俺が内心で懸念していたマイナスの感情が募った故ではなかったのだ。
有り体に言ってしまえば嬉し泣き。
実に単純な話であった。
『あっぶねー……』
早とちりして醜態をさらすところであった。
冷や汗ものである。
『下手なことを口走らなくて良かったー』
思わず腰が砕けそうになりましたよ?
ここでへたり込むとか、みっともなさ過ぎるので踏ん張ったけど。
もちろん【ポーカーフェイス】のお世話になったさ。
安堵の溜め息をつきたいところだが、それも我慢。
「抜かれた」
ボソリとノエルが呟いた。
「抜かれた?」
一瞬、言ってる意味が分からず聞き返してしまう。
「ん」
ノエルの頷く姿を見て気が付いた。
『結婚できるのは、まだ先なんだよな』
成人するまでは立場的には婚約者。
現在11才のノエルには、あと4年近く我慢を強いることになる。
一方でリオンは16才。
すぐにでも結婚できる年齢だ。
後から来て追い抜かれる心境はいかに。
『焼き餅だよなぁ』
だが、リオンの心境も慮る必要がある。
『だって泣かせちゃったもんなぁ……』
完全に板挟みである。
ノエルの表情から察するに、それほどショックではなさそうだ。
前々からリオンの気持ちを察していたのはあるだろう。
『俺は告られるまで気付けなかったけど』
[鈍感王]は伊達じゃない。
『自慢にゃならんか』
王ではあるが誇れば誇るだけ虚しくなる王だ。
ヘタレ王と呼ばれるよりはマシだが。
『っと、下らんことを考えている場合じゃないな』
そんなことよりリオンとノエルの2人である。
『2人だけだよな』
この場にはレオーネやアニスもいる。
チラリと様子を覗ったが……
レオーネは妹に注意を向けている。
『そりゃあ泣いてたからなぁ』
気遣うのも当然だろう。
対してアニスは分かりづらいが含み笑いをしていた。
この状況を楽しんでいるようだ。
『くそぅ、他人事だと思って……』
とはいえ同じ立場なら俺もそうするだろう。
責めるに責められない訳だ。
地味にストレスがたまってしまう。
が、ここは配慮すべき相手が増えなかったと考えるべきだろう。
増えなくても難題なのだ。
これで更に気遣うべき面子が増えていたら……
『シャレにもならんな』
そういった事態が回避できただけでも良しとせねばなるまい。
『さて、どうする?』
己に問いかける。
パッと見ではリオンを優先するのが正解に思える。
だが、それは危険だと俺の直感が訴えかけてきているのだ。
『思ったよりノエルのメンタルダメージが大きいか?』
達観してて大人びているとはいえ、まだまだ子供である。
打たれ弱い部分もあるだろう。
見た目では平気そうに見えたのだが。
『あのタイミングで、あんなこと言ったしなぁ』
平気なら抜かれたなんて、わざわざ言ったりしない。
あれは間違いなく俺に対するアピールだ。
本人にその自覚があるかどうかは分からないがね。
自覚のあるなしは些細なことだ。
いずれにせよ本心を押し隠しているようだから。
そうであるなら内心と見た目のギャップが大きくなることは充分に考えられた。
『かなりショックを受けたと判断した方がいいか』
それならばノエルを優先することを考えねばならない。
だが、俺の直感が再び自己主張した。
ノエルを優先するのもダメなようだ。
『じゃあ、どうしろってのよ』
俺の直感は応えてくれない。
肝心なときに役立ってくれないとはね。
愚痴っても仕方ないので考えるが、碌な案が出てこない。
リオンもノエルもスルーしてほとぼりを冷ます?
『絶対にダメだな』
直感にお伺いを立てるまでもない。
そんなことをすれば双方の機嫌を損ねることになるだろう。
どの程度かまでは俺には分からないが。
ただ、確実に分かることがある。
ここで2人の機嫌を損ねてはいけないということだ。
何故かだって?
2人の機嫌を損ねれば、周囲の皆も気を遣うからな。
場合によっては全体の雰囲気が悪くなるだろう。
普段と違って明日も皆で遊ぶ日だから影響しやすいのだ。
最悪の事態だけは絶対に回避せねばなるまい。
そうは思うものの解決策がないのが現状だ。
次善の策すら思いつけないでいる。
『どうすりゃいいんだぁ────────っ!?』
内心で悶え苦しむしかないような状況だった。
完全に板挟み。
八方ふさがりとさえ言えるかもしれない。
『だ───っ、自棄クソだ!』
俺はリオンとノエルの2人を抱き寄せた。
「ええっ!?」
リオンは何が起きたのかと泡を食ったようになっている。
「ん!?」
ノエルも珍しく慌てていた。
『どちらかだけでダメなら両方だ!』
勢いに任せてリオンとノエルをギュッと抱きしめる。
え? もっとスマートな方法があっただろうって?
思いつかなかったんだから、しょうがないだろ。
元選択ぼっちを舐めんな。
いや、それはさすがに逆ギレというものか。
いずれにせよ俺にできる精一杯がこれである。
これでも誤魔化しと受け止められる恐れはあったがね。
『世の中、チョロインばかりではないのだよ』
それでも最悪だけは回避できると信じるしかなかった。
信じるというよりは願うと言うべきなんだろうが。
とにかく俺にできることは2人を抱きしめることのみ。
「へへへへ陛下っ!
ななななななな何をっ!?」
リオンは完全にパニクっていた。
『無理ないか』
風呂場だから、ほぼ裸だし。
レオーネやアニスの目もある。
同じ立場とは言えノエルもいる訳だし。
リオンの慌てっぷりを見ると、かなり恥ずかしい思いをしているようだ。
が、逃げだそうとはしていない。
『大丈夫か……』
リオンはかなり焦った様子で首を巡らせてはいるけれど。
対してノエルは抱きつき返してきた。
「ハル兄」
名前を呼ぶだけで他には何も語らない。
ただただ強く抱き返す。
リオンとはまるで異なる反応である。
しかしながら、この対応が正解のひとつではあったようだ。
俺の頭の中で鳴り響いていた警戒警報がいつの間にか収束していた。
そうなると少しはゆとりも出てくるというもの。
『ん?』
それまでは感じる余裕のなかった2人の感触が脳内を侵食してきたりする訳で。
『うはーっ、やーらかい。
ここは天国か?
ダブルでやーらかいですよ』
ふくらみという意味では成長途上であるノエルも女性特有の柔らかさを感じられた。
YLNTな紳士たちからは非難囂々なのかもしれないが。
そんなことは知ったことではない。
『ノエルは婚約者だしな』
外野の意見など気にしない。
本当に柔らかいのだから。
ノエルがこんなだから成人しているリオンが柔らかいのは言うまでもないだろう。
おまけに2人とも良い匂いがする。
『ふおぉー、甘い香りがするぅー』
気持ち的にはそれを堪能するべく大きく吸い込みたいところであるが……
『それをやったら変態だ』
すでにそちら方面への思考に陥りつつある。
ここでクンカクンカしたら変態が確定してしまうではないか。
『いかんいかん、断じていかん』
現状なら俺の中だけで変態疑惑があるだけだ。
まだ皆に認知されていない状態なら引き返すことができる。
『色即是空、空即是色。
煩悩退散、煩悩滅却』
頭の中でひたすら唱える。
何か色々と間違えている気はする。
般若心経は略しても意味がないし。
『まあ、俺も分かってはいるんだよ』
俺の脳内で居座ろうとする余計な変態的妄想を追い出せれば良いのだから。
とはいえ、それ以前の問題だったりもするのだが。
女の子に抱きついておいて、こんなの唱える方がどうかしている訳だし。
『明らかに矛盾した行動だもんな』
そうは言ってもリオンやノエルを解放できる段階じゃないんだよ。
ノエルが俺にくっつくのに夢中だからな。
この状態でリオンだけを解放するのは下策だ。
残されたノエルに対して焼き餅を焼くのは目に見えている。
ストレートに表現するかどうかは分からんが。
「大胆ですね、ハルト様」
「ほんまやで、ハルトはん」
レオーネとアニスにまで焼き餅を焼かれてしまったようだ。
結局、俺は皆とハグをすることになるのであった。
『……なんか、違うんだよなぁ』
釈然としないものを感じるのは俺だけだろうか?
読んでくれてありがとう。




