653 のぼせた人がいます
修正しました。
振らない → 降らない
些か驚かされたがリオンに目を向けてばかりでは変に思われてしまうだろう。
本人にも周りにも。
そうなれば困るのはリオンである。
俺は話を差し戻すことにした。
「温泉はのぼせないようにすれば何度だって入って構わないんだぞ」
「アハハ、もう後は寝るだけやん。
夜中に起き出して入ったりはせえへんで」
俺が言ったことをアニスは冗談だと思ったらしい。
それに対してノエルは──
「目が覚めたら入るかも」
割と真剣に言っていた。
『この調子だと、1人でも入りに来そうだな』
「ええっ!?」
驚いた声を発したのはレオーネであった。
「ノエルは温泉がそこまで気に入ったの?」
些か目を丸くしながら聞いている。
レオーネも温泉が嫌いではないはず。
先程までの反応からすれば、それは間違いないと思う。
それでもノエルほど気に入ったという訳でもなさそうだ。
「ん、温泉好き。
ハル兄と入るのはもっと好き」
そう言いながらノエルが頭を俺の腕に預けるようにくっつけてきた。
『うは~、これは反則技だろぉ』
可愛すぎて悶えてしまいそうになる。
もちろん必死に我慢して【ポーカーフェイス】のお世話になったさ。
「わー、大胆ー……」
リオンがそんな呟きを漏らしながら沈んでいく。
恥ずかしさのあまり隠れたいのだろうが。
ノエルよりもリオンの方が初心そうだ。
「おいおい、大丈夫か」
ついにはブクブクと泡が出るような状態にまで。
そのまま息を吸い込もうとすれば鼻から湯を吸い込んでしまうことになるだろう。
『そうなれば大惨事だな』
もっとも被害を被るのは当人だけだ。
しばしの間、凄く苦しい思いをすることになる。
可哀相な気もするが、これで大怪我をしたりする訳でもないので見守ることにする。
俺が手を出すと余計に惨事を呼び込む結果になりかねないし。
『そうまでして隠れたいのか』
俺が考えている以上に恥ずかしいようだ。
『だったら距離を取るか、先に上がるかすればいいのに』
そういう判断ができないくらい混乱しているとも言えそうだ。
『……いや、違う』
リオンは顔を真っ赤にさせていた。
気付けなかった俺は馬鹿野郎だ。
慌てて拡張現実の表示をオンにする。
状態異常のアイコンが数秒ほど点滅してから通常のアイコン表示になった。
[湯あたり]
つまりはのぼせた訳だ。
点滅していたということは、成り立てほやほやということ。
対処を間違えなければ酷いことにはならないだろう。
「レオーネ、リオンを湯船からあげてやれ」
「え?」
俺の指示にレオーネが不思議そうな顔をして隣を見る。
「ええっ!?」
ブクブクと沈み込んでいるリオンの様子に一瞬固まってしまったのは仕方がないと思う。
自分の隣にいるせいで妹の状態を把握できていなかったのだから。
「ちょっと、リオン!」
慌てて抱え上げるとグッタリしたリオンが力なく顔を上げた。
「あ、お姉ちゃん」
「お姉ちゃん、じゃないわよ。
どうしてこんなになるまで浸かっていたのっ」
レオーネが妹を叱る。
「ごめん、お姉ちゃん」
リオンもか細い声で謝っている。
が、レオーネの言うことは温泉に慣れていない者には無理難題に近い。
「無茶を言うなよ、レオーネ」
「ハルト様?」
「温泉初心者がのぼせを的確に把握なんてできないって」
「そ、それは……」
戸惑った様子を見せるレオーネ。
だが、リオンのことを忘れてはいけない。
相変わらずグッタリしたままだ。
「レオーネ、先にその辺りで休ませた方がいい。
湯冷ましさせれば問題なく動けるようになるから」
「あっ、はいっ」
俺の指示通りに湯船を出てベンチ状に切り出した岩場へリオンを横たえる。
ほんのりと暖かさを感じられるように術式を刻み込んでいるので冷え過ぎの心配はない。
下手に外へ連れ出すよりは予後は楽になるはず。
体を拭いてしまうと気化熱を利用できなくなるので症状が悪化しかねないのだ。
「陛下ー、申し訳ありませんー」
間延びした口振りで話すリオン。
かなり辛そうだ。
「謝ることはない。
それよりも無理をするな」
「はいー。
ありがとうございますー」
「まったく……
無茶するんだから」
レオーネが呟くように愚痴を漏らした。
リオンに聞こえないようにしたつもりなのだろう。
まあ、体調不良のリオンには届かなくても俺たちにはバッチリ聞こえているのだが。
アニスが苦笑している。
「それは無理な注文ちゃうかな」
「ん、誰もこんな短時間でのぼせるとは思わない」
アニスの意見に賛同しつつ補足するノエル。
「それはそうなんだけど……」
レオーネは妹が不甲斐ないと思っているのか反応が鈍い。
「そもそも、リオンがのぼせたんはハルトはんが入ってきたからやで」
なんだか俺の方へ飛び火しそうな気配。
だが、俺も否定はできないので何も言えない。
『入ったときから恥ずかしがっていたしなぁ』
過度の興奮状態になっていたのだろう。
それも俺が思っていた以上の興奮状態だったようだ。
当然、血の巡りが皆よりもずっと良くなる訳で……
そうなれば早くのぼせるのも道理というもの。
『いや、俺の方へわざわざ寄って来たせいか』
最初の距離を取ったままの状態であれば、こうはならなかったかもしれない。
とはいえ所詮はIFの話だ。
それに俺が来たからこその結果であることに変わりはない。
そう思うと罪悪感が割り増しで感じられるようになる。
『ちょっと可哀相なことをしたな』
反省せねばなるまい。
そんな風に考えていたのだが──
「ん、ハル兄の責任」
ノエルさんが厳しいです。
珍しく俺に辛辣である。
『涙目ものじゃねえか、ちくしょー』
「返す言葉もございません」
「うわっ、ハルトはんが謝ったで」
大袈裟に仰け反りながらアニスが驚いてみせた。
「雨でも降るんとちゃう?」
茶化してリオンたちが責任を感じない方向へ持って行こうとしているようだ。
『まったく……
できた奥さんだよ』
もちろん乗らない訳がない。
「降らねえよ」
なんでやねんのノリで切り返す。
こういう時はつくづく思う。
『元日本人で良かった』
お笑い番組には事欠かないからな。
だからといって本業の芸人のようなツッコミを期待されると困るのだが。
「ん、降らない」
ノエルが俺に続くとレオーネが困惑の表情を見せる。
どう反応していいのか分からないようだ。
『普通に笑ってくれればいいんだけど』
こういうノリに不慣れなレオーネには些か無理があったようだ。
「えっと……」
真面目に考えるあまり、どう話し掛けようかという迷いが見える。
だが、それでもクスクスという笑い声が聞こえてきた。
アニスやノエルではない。
もちろん俺でもない。
だったら幻聴を疑うところであるが、そういう訳でも無い。
笑ったのはリオンであった。
しばしくすくすが続く。
それが終わると、ゆっくりと横たわった状態から上体を起こして座る体勢になった。
「ちょっと、大丈夫なの?」
戸惑う様子を見せながらも妹の状態を気遣うレオーネ。
「うん、大丈夫だよ」
リオンはそう言うが、上体を起こす時の動作を見ても大丈夫には見えない。
故に言わずにはいられなかった。
「恥ずかしいとかは気にするな」
言っただけで恥ずかしくなくなるなら苦労はしない。
当然、気にしないように言っても無理がある。
それでも言うのは──
「無理をして倒れられては敵わん」
こういう理由があるからだ。
「すみません。
では、このままでしばらく休ませていただきます」
座って休むのが譲歩できるラインということらしい。
『できれば膝から下は高い位置にしておいた方がいいんだがな』
この調子では言っても横にはならないだろう。
『しょうがないな』
「水分を補給しておけ。
あと足を冷やすこと」
次善の策を提示するとレオーネが動き始めた。
手桶に水を張り、そこにリオンの足を入れさせる。
そして自前の倉庫からグラスを出す。
水を注いで飲ませるとリオンは随分と楽になった様子を見せた。
「お気遣いありがとうございます、陛下」
声にも張りが戻ってきたようだ。
辛そうな感じは薄れている。
「まだ、動くなよ」
釘を刺すとリオンはビクリと体を震わせた。
『まったく……』
油断も隙もあったものではない。
そこからは他愛のない話をして過ごした。
そしてアニスやノエルも上がった方がいいだろうという頃合いになる。
その頃にはリオンの具合も随分と良くなっていた。
「そろそろ上がろうか」
「せやな」
「うん」
ここでちょっとした事件が発生することになる。
その時は目前に迫るも、俺はそんなことが起ころうとは夢にも思っていなかった。
読んでくれてありがとう。




