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651 花火大会の後で

 花火大会が無事に終わった。

 途中で俺が変態扱いされそうになったりという史上最大の危機もあったがね。


『生きた心地がしなかったぜ』


 深い溜め息が出てしまう。

 滅多なことは言うもんじゃない。

 教訓になったと思う。

 過ちを繰り返す恐れはあるが、たぶん減るだろう。

 自分のことだけに断言できないのは情けないが。


 罰ゲームなんて言い出したのがそもそもの失敗だ。

 お陰でドッと疲れてしまったさ。

 どうにか最悪の事態だけは免れることができたので良しとするしかあるまい。


 そんなことを気にするより花火大会を成功させる方が重要だった。

 あれから打ち上げを再開させ、徐々に盛り上げていくことに傾注。

 一時的とはいえプチ黒歴史な出来事を頭の中から追い出すことに成功した。

 俺のやることと言えば、自動人形にタイミングを指示するだけだったが。


 それゆえ傍目には見物しているだけにしか見えない。

 実際、俺も楽しんでいた。

 夏の夜を彩る定番行事を。

 花火の音も色も派手なのだが、消えると闇と静寂が戻ってくる。


『そこに生まれる余韻がたまらないんだよな』


 少しの間なら連発も迫力を適度に感じられて悪くない。


『連発させた時は予想以上だったな』


 人竜組だけでなく人魚組まで圧倒されていた程だ。

 パニックを起こされても困るので連発は程々で終わらせたけど。


 そして最後は地球じゃ滝の名を冠している横長の花火でしめくくった。

 あれはワイヤーで吊されている分だけ長持ちする仕掛けにしやすい。

 派手さはないけど徐々に消えていくので取りとするにはうってつけなのだ。


 ただ、滝の名前がレーヌでは存在しないので花火の名称はまるで違うものにした。

 そのせいで日本人組からツッコミが入ったけどな。

 ルーシーがコテンと首を傾げながら聞いてきたのが発端だ。


「ねー、陛下ー。

 あれは何て花火なの?」


「虹みたいで綺麗なのニャ」


「えー、虹はあんな直線じゃないよぉ?」


 シェリーがミーニャの言ったことに首を傾げていた。


「虹じゃないニャ。

 そんなの分かってるニャ。

 でも虹みたいにカラフルなのニャ」


 ミーニャは伝わらなかったことがもどかしいらしい。

 両手を大きく振って一生懸命に説明しようとしていた。


「ああー、色ねー」


「「色が綺麗に変わっていくのー」」


 ハッピーとチーが楽しそうにはしゃいでいた。

 割と地味な花火をどうにか飽きの来ないようにしたいと工夫した甲斐があったようだ。


 そして5人が俺の正面に押し寄せてきた。


「うおっと」


 ズズイと身を乗り出してくる子供組。


「「「「「あの花火は何ていうの?」」」」」


 瞳をキラキラさせながら聞いてくる。

 幼女の純粋さが眩しい。


「あれはオーロラだ」


「「滝じゃないんかいっ」」


 答えた瞬間に、マイカとトモさんからダブルでツッコミを入れられた。


「オーロラの方が似合ってるニャー。

 あんなカラフルな滝は見たことないニャ」


「「うっ」」


 ミーニャにツッコミ返しされて2人は失速した。

 とはいえミーニャだってオーロラを直に見たことがある訳じゃない。

 動画しか見たことがないとツッコミを入れられれば引っ繰り返されかねない。

 故に俺も2人に追撃を入れた。


「単色じゃないし。

 色も変化するよう改良してるからなぁ。

 ミーニャの言う通り滝とは言えないだろう」


「ぐっ」


 諦めきれない様子を見せていたマイカがたじろいだ。

 トモさんは俺が追撃する前に撤退していた。


「綺麗だね」


「ええ、アナタ」


「オーロラは見たことあるかい?」


「いいえ、ありません」


「後で動画を見ようか」


「ええ、ぜひ」


「幻想的で綺麗なんだよ」


「そうなんですか?」


「ああ、本物を見せられないのが残念だよ」


 フェルトとイチャイチャしながら花火の方を見ている。

 この変わり身の早さは侮れない。


『恐るべし、トモさん』


「でもさ、元ネタを完全に排除するのはどうなのよ」


 援軍が去ったのを目の当たりにしながらもマイカはなおも食い下がる。

 ここは勝負所である。

 といっても緊迫感はない。

 みんな花火に夢中で俺たちの会話に耳を傾けている者は少数だ。

 その少数を引き込むことが勝負の鍵となる。


「オーロラが良いと思う人、手を挙げて」


「「「「「はーい」」」」」


 子供組と俺が手を挙げる。

 それだけではない。

 ミズキも1票を入れてきた。


「あうう、裏切り者ぉ」


 絞り出すような声で唸るマイカ。


「どうして?

 私、裏切ってないよ」


 不思議そうに問いかけるミズキ。


「そうだな。

 ミズキは最初から賛成も反対もしてなかった。

 そもそもマイカのようにツッコミを入れたりしていない。

 賛同もしていないのに裏切るという表現は不適切だろう」


「うにゅにゅにゅにゅ~ん」


 奇妙な唸り声を上げながら頭を抱え込むマイカ。


『あまり追い込むと壊れそうだな』


 既に壊れかけているみたいだし。

 俺は白黒ハッキリさせるより有耶無耶にしてしまう方を選んだ。


「ほら、花火が綺麗だぞ」


「そうだよ。

 見ないと勿体ないよ」


 ミズキも俺の意図に気付いたようで乗ってくれた。

 お陰で泥沼の言い合いになったり、マイカが壊れたりという事態は避けられたのである。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 俺は露天風呂に入るべく宿泊施設から通じる渡り廊下を歩いていた。

 海岸沿いの岩場へと続く道に俺の足音だけが静かに響く。

 夜空を見れば月が浮かび星が瞬いている。


「月が綺麗だね」


 思わず口をついて出たことに俺は苦笑してしまった。

 ここに誰かいれば告白しているのかと思われたかもしれないからだ。


『いや、どうだろう?』


 日本人でも知っているとは限らない話だからな。


『元日本人組は知っているだろうけど』


 あるいは古参組も動画とかの情報で知っている可能性はある。

 だが、人魚組や人竜組は知らないだろう。

 普通に月が綺麗であることを同意されて終わるのではなかろうか。

 実際、女の子に告白するつもりなどないので誤解されずに済んだ訳だ。


『告白されれば考えはするが……』


 いずれにせよ純粋に月が綺麗だと思った。

 その気持ちが一気に膨れ上がった故、次の瞬間に言葉が口からこぼれていただけのこと。

 自分らしくはないと思う。


『日本人だった頃から夜空を見上げるなんて滅多にしなかったんだがな』


「月に誘われて、か?」


 自分で言っておいて何だが激しく似合わない。

 顔はイケメンに生まれ変わったがな。


『中身が選択ぼっちの頃とそう変わっていないからなぁ』


 メンタリティはイケメンにはほど遠い訳で。

 ならば俳句や詩を嗜む趣味があったのかと問われれば否定するほかない。

 今のように詩的なことを言うと背中がムズムズしてしまうからな。

 照れくさいというか恥ずかしいというか、そんな感じ。


「バカなこと言ってないで早く行こう」


 つい独り言の多くなってしまう夜であった。

 苦笑しながら俺は歩を進める。


 岩場をくり貫いたトンネルが見えてきた。

 そこを潜ればすぐ露天風呂、とはいかない。

 大人数で利用する施設を作ってしまったからだ。


 トンネル内は廊下だけでは終わらない。

 階段や広間もある。

 廊下が分岐するのは露天風呂がひとつではないからだ。

 広間には売店がある。

 風呂上がりにはコーヒー牛乳をあおることもできる訳だ。


 俺は目的の露天風呂へと通ずる脱衣所へと向かった。

 ゆの字が書かれた青いのれんを潜る。

 脱衣所へ入って見渡すが誰もいないようだ。

 利用している痕跡もなかった。


「このタイミングで来ているのは俺だけか」


 無理もない。

 ほとんどの者が浜に残ったからな。

 花火大会が終わってなお残る。

 その理由もまた花火であった。


 大会で使ったような大玉花火が目的ではない。

 俺は大会が終わってから希望者に個人用の花火セットを配ったのだ。

 その結果、浜辺に残る者がほとんどになってしまった。


「気持ちは分かるけどな」


 生まれて初めて花火を見たのだ。

 それが個人で楽しめるとなれば夢中になるなという方が無理である。

 配る前に迫力では大きく見劣りすると言ったにもかかわらず我も我もと殺到した。


 そのうち配るのが面倒になって自動人形に任せてきたけど。

 俺としては早く露天風呂に入りたいというのもあったからな。


「それにしても……」


 脱衣所が貸し切り状態だと物寂しい雰囲気が漂うな。

 露天風呂の場合は、それは風情があるとなるのだが。

 なかなか乙なものだ。

 そう言いたいところであるが、世の中そんなに甘くない。


 露天風呂の方から気配を感じるので貸し切りではないことが判明している。

 男がいないのが確定している状態で先客あり。

 そして、ここは混浴だ。

 当然ながら女性陣の誰かということになる。

 人竜組や人魚組は花火セットに夢中になっていたので奥さんたちの誰かってことだ。


『誰だろうな?』


 そうは思ったが、気配で誰なのか探るなんて野暮な真似はしない。

 俺は特に気にすることなく服を脱ぎ、タオルを腰に巻いて入り口へと向かった。


読んでくれてありがとう。

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