650 これもまた鈍感のなせるわざ
硬さを残していたアニスの表情がとろけていく。
同時にヘナヘナと沈んでいった。
「なんとか正解したでー」
力なくニヘラと笑う。
「やったじゃない」
レイナが真っ先に声を掛けた。
「そうだな。
不正解かもと思っていたのだが」
「酷いなー」
リーシャの言葉に苦笑を禁じ得ないようだ。
「途中でハラハラさせるようなことを言っていただろう」
ルーリアがそこに被せてくる。
「そこを言われると辛いわー」
苦笑から照れ笑いに変わる。
すると周囲も一緒になって「アハハハハ」と笑い出した。
「何にせよ正解して良かったです~」
「「正解おめでとー」」
「ん、おめでとう」
ダニエラも双子ちゃんもノエルも祝福する。
『これってそんなに大事だったっけ』
まあ、罰ゲームはなしになったけどさ。
大袈裟だとは思うものの、そこに水を差すのは野暮ってものだろう。
「旦那よ、いつの間にか妙なことをしていたのだな」
人竜組の世話をしていたはずのツバキがやって来た。
いや、ツバキだけでなく他の面々も一緒だ。
「妙というか、ただのクイズだけどな」
「その割に大仰なことになっていたようだが?」
『そりゃあ寄ってくるか』
誰だって何事かと思うもんな。
ツバキの後ろの方では人竜組がカーラに質問していた。
クイズが何か分からないからだ。
『しまったな』
マルチプルメモライズで譲渡する知識を絞り込みすぎた。
まあ、今はカーラに任せておこう。
「罰ゲーム付きだったからだと思う」
「そんなことをしておったのか」
ツバキだけではなく後ろの面子からも苦笑されてしまった。
人竜組はキョトンとしているのだけれど。
少し間を置いて罰ゲームとは何かと聞いている。
「ちょっとした思いつきだったんだがな」
「で、罰ゲームは何をさせるつもりだったのだ?」
「決めてなかったぞ」
「「「「「ええ─────っ!?」」」」」
何故だか周囲から驚きの声が上がった。
「それはどうかと思うぞ、旦那よ」
「そう言われてもな。
予定にあったことじゃないし。
まあ、青汁一気飲みくらいが妥当かとは思っていたけど」
「「「「「うへえ~」」」」」
今度は辟易した感じで皆が嫌そうな顔をされた。
「そ、それは充分に罰ゲームになるな」
ツバキが些か顔色を悪くしながらそんなことを言う。
「そうか?」
確かにマズいが慣れれば耐えられないものでもない。
「冗談キツいわよ、ハル」
今度はマイカがツッコミを入れてきた。
「あんなの飲んだら味覚が破壊されちゃうじゃない」
「味覚の破壊は大袈裟だろう」
『美味しくないのは俺も認めるがな』
いくらなんでもマイカの言うことは盛りすぎだと思う。
ところが、そう思っていたのは俺だけだったようだ。
「「「「「─────っ!」」」」」
俺の否定に全員が血相を変えて首を振っていた。
「え、そうなの?」
「そうなの? じゃないわよっ!」
マイカがマジギレしたような勢いで噛みついてきた。
「慣れることもできるんじゃないかな」
「「「「「──────────っ!」」」」」
またしても首を振られてしまった。
しかも今度はかなり必死な形相である。
「ハルの作ったアレはもう飲み物じゃないわ」
マイカの言葉に皆が一斉にコクコクコクコクコクコクと頷いた。
超高速の賛同っぷりである。
「えーっ、飲み物じゃないって何なのさ。
ちゃんと飲めるし、体にだって良い成分ばかりなんだぞ」
「あのねえ……」
溜め息をつかれてしまった。
「体に良い成分でもマズ過ぎちゃ意味ないのっ!」
「そこまで酷いか?」
「酷いわね」
周りの皆がマイカの言葉に大きく頷く。
「そもそも青臭さが凝縮された味というのが信じられないわよ」
「あー、それは30倍に濃縮してるから」
「なによ、それっ!?」
吠えかかるような反応をされてしまった。
「栄養成分を濃くしようとしたらそうなった」
「……そこまでやるんだったら先に味の方をどうにかしなさいよー」
皆が激しく頷いていた。
マイカには呆れられてしまうし散々である。
「だいたい青臭いだけじゃないのよ。
納豆やくさやのような臭気まで漂っているじゃない」
「入ってるからな」
「ちょっと─────っ!!」
ガーッと吠えかかる姿は猛獣を思わせる。
「それ、もう青汁じゃないでしょうがっ」
「納豆とくさやは青汁のように濃縮してないぞ」
「されてたまるかいっ!」
「さすがに臭いが酷いことになったからなぁ」
「作ったのっ!?」
目が飛び出すのかと思うほど大きく見開いて前のめりで聞いてくる。
「試作した」
「そんなの作んないでよ」
「心配しなくても試飲したのは俺だけだ」
「飲まされてたまるもんですかっ」
「いやー、全部飲むのは大変だった」
「「「「「飲んだのっ!?」」」」」
マイカだけでなく皆から一斉に聞かれてしまった。
「食べ物を粗末にしてはいけないだろ」
「「「「「…………………………」」」」」
しばし待てども、そう簡単には言葉が発せられることはなかった。
呆気にとられているのか驚愕しているのか。
判別しづらい表情で固まっていた。
「そんな訳だから特製青汁は不味さ控えめなんだぞ」
「違う、それは違う」
即座に否定されてしまった。
そう言ったのはマイカだったが、皆からのプレッシャーが凄い。
「皆も不味さ控えめとは思わない?」
念のために聞いてみるも、ハッキリと頷かれてしまった。
首を振る者など1人もいない。
『1人くらい俺と同じ意見があってもいいと思うんだが』
世の中そんなに甘くないという訳だ。
「アレに比べれば大したことないんだけどなぁ」
ついつい、ぼやきが出てしまう。
「大したことあるのっ。
あんなの飲んだら死んじゃうじゃない!」
またしてもマイカに否定されてしまった。
しかも皆が超高速でコクコクしている。
俺も人魚組の1人が興味を持って試飲したら悶絶したという報告は聞いているよ。
そこから「そんなにマズいのか」という話になって全員で試すことになったという話も。
結果は1人目と同じだったそうだ。
『慣れることはできると思うんだけど』
皆の反応を見ると無理らしい。
昔のCMのように、マズいがもう1杯とはいかないようだ。
CMは俳優さんの完全なアドリブだったそうだが。
いずれにしても死ぬというのは大袈裟だろう。
「死ぬってのは酷いなぁ。
あれは栄養価的には完璧なんだぞ」
「酷くない」
疲れた様子で額に手を当てて静かに、けれど断言するマイカ。
「あと栄養がどうだろうと味と匂いが壊滅的だから。
いいえ、壊滅的なんて言葉じゃ生温いわね」
念を押すように言われると、さすがにそうなのかもと思わざるを得ない。
「そんなに酷い?」
「もはや殺人級よ」
どうやら俺の考えている以上に酷いらしい。
「そうなのか」
どうも俺の感じている味覚は皆と隔たりがあるような気がしてきた。
それも天と地ほどの開きがありそうだ。
ただ、美味しいものを食べたときにはそういうのを感じない。
『俺の作った青汁だけ変になる?』
まるで呪いである。
勿論そんなことはしていない。
早く仕上げるために魔法は使うが青汁はあくまで健康ドリンクだ。
ポーションのように魔法的な効果は持たせていない。
「そうよ、皆だってそう思うわよね」
マイカが皆に同意を求めると色々な意見が聞こえてきた。
「アレは超絶エクストリームでダメよ」
訳の分からない表現でダメ出しをしてくるレイナ。
それくらいダメと言いたいのだろう。
「うちは死にたないで」
アニスは直接的に言うし。
「拷問用に最適ですよ?」
エリスの表現は辛辣だ。
「犯罪者の更生に役立ちそうですね」
マリアも負けていない。
「子供の躾にも良さそうです」
クリスがここで天然を炸裂させた。
「「「「「それは違う」」」」」
俺も一緒になって否定した。
大人の俺で我慢して飲んでいるのだ。
子供に飲ませる代物ではない。
「えー、そうですか?」
虐待になると説明に説明を重ねてようやく納得させた。
「それは大変です」
発言する前に気付いてほしいものである。
『やれやれ……』
他にもあれこれと言われたが、クリスほどのインパクトはダニエラしかいなかった。
「アレを好んで飲む人はー、変態さんですー」
ダニエラは「変態さん」をことさら強調。
まるで俺が変態だと言わんばかりの恐ろしい発言だ。
「言っとくが、俺も我慢して飲んでいるんだからな」
慌てて否定した。
「慣れたとはいえ健康に良くなきゃ飲まないぞ」
変態呼ばわりはゴメンである。
「「「「「じ─────っ」」」」」
皆から疑わしいと言いたげな目で見られてしまった。
「ホントだって」
必死で弁解したが、なかなか信じてもらえなかったのは言うまでもない。
『トホホ』
読んでくれてありがとう。
 




