639 夕食は一筋縄ではいかない?
活動報告にも書きましたが改訂版40話までアップしてます。
41話は改訂の準備段階として改行と矛盾する個所の削除のみ行っています。
今日は本当に色んなことがあった。
俺なんて休暇中なのに仕事した気分だし。
まあ、そういう素振りは欠片ほども見せられない。
ネージュたち人竜組が畏縮しかねないからな。
そんなことより夕食ですよ、夕食。
『今夜はカニだぜ、カニづくしだぜ』
自動人形たちに乱獲にならない程度に獲ってこさせたから好きなだけ食べられる。
気分はホクホク。
否が応でも笑顔になろうというものである。
俺だけじゃなくて日本人組も同様だろう。
『食べたことがあるかどうかは大きいよ?』
うちの面子でも食べたことがあるのは日本人組だけだし。
「カニ料理なんて初めてねえ」
『ベリルママまでそんなこと言ってるの!?』
意外すぎなんですが。
「そうですね、興味深いです」
のっぽなリオス様も同意している。
『神様の食事事情とかどうなってんだろうな』
食べなくても問題はないらしいけど食べることもできるし。
嗜好品の類いになるなら凝ってそうだとは思うのだが見当もつかない。
あと、お供え物の慣習なんかはこちらの世界にもあるそうで。
直接は食べられないものの、味を感じることで楽しむことがあるそうだ。
「わざわざ海のものを食すとは」
フェム様は少し呆れ気味である。
この台詞が神様の食事事情を物語っている気がしないでもない。
こんなことを言う割にはイカ焼きやたこ焼きを食べていたはずなんだが。
『もしかして中の具材を気にしていなかったとか?』
どちらも粉ものだからな。
『味さえ良ければ具は何でもいいのか』
食事に興味がないわけじゃないのは分かった。
かなり大雑把な感性をしているようではあるが。
「もー、フェムちゃんってば!
せっかく用意してくれてるのに、そういう言い方はダメじゃない」
俺がボンヤリと考え事をしていると、ちみっこ先生なアフさんがプリプリ怒っていた。
「む、そうだな」
指摘されて初めて気付いているようである。
「すまなかった」
生真面目な人だからちゃんと謝ってくれる。
「いえ、お気になさらず」
少なくとも俺は気にしていない。
料理の味を否定されたわけじゃないし。
『フェム様も意外と天然の気があるよな』
とは思うけど。
あと、もうちょっと食事に楽しみを見つけてほしいという気持ちもある。
真面目すぎるのだ。
故にあの発言が出たのだと思う。
『まずは今夜のカニづくしで堪能してもらおうじゃないか』
次の機会にはカニが出ると分かった時点で喜んでもらえるといいのだが。
『マイカのように騒がれても困るけどさ』
「カニよ、カニーッ!
しかも食べ放題ーっ」
食堂で席に着くなりマイカがカニカニとうるさかった。
前菜すら並んでいないというのに。
いや、廊下にいる頃からこの調子だったか。
何故かオペラ調で歌いながらなのも変わらない。
変なスイッチが入ってしまっているようだ。
『気持ちは分かるが、うるさいよ』
止めても無駄っぽいのでスルーしておく。
実に面倒くさい我が妻である。
「ここは天国なのーっ?」
『ちがうよーっ』
スルーしようと決めたはずなのに内心でツッコミを入れてしまった。
『俺までオペラ調になったじゃないかよ……』
今度こそ本当にスルーしよう。
「もおー、はしたないよ。
少しは落ち着きなよ、マイカちゃん」
救世主ミズキ登場。
だが、助かったと思うのは気が早い。
たしなめてはいるものの効果が薄いからだ。
「カーニーよぉー、カーニィー。
どうしてーアナタはーカーニーッなのぉー!」
お聴きの通りである。
「んー、もおっ」
なんて怒った感じでアピールしているミズキだが、声音と表情が一致しない。
『ミズキもずっと笑顔のままだからな』
どんな発言があっても、まともに注意しているようには見えないし。
料理を出す前から飯テロの影響を受けたようなものだ。
まだ細かなメニューも公表してないのにこれである。
カニ料理とはかくも恐ろしいものなのか。
『いや、マイカが馬鹿やってるだけだな』
プチ黒歴史にならなきゃいいんだけど。
一方でトモさんは静かだった。
「カニかー」
席についてようやく一言だもんな。
「あれ、嫌いだったっけ?」
専門店に食べに行った話とか聞いた覚えがあるんだが。
その時の連れは永浦氏と子供師匠こと湯木葵さんだったとか。
確かクリスマスイブに行ったらカップルが多くて驚いたとかいう話だったような。
「カニを狩りに行ったら返り討ちにあったのを思い出したんだよ」
「えっ、カニと戦って負けたのですか!?」
トモさんのシンミリした発言に驚愕しているフェルト。
勘違いしているのは間違いない。
「レーヌのカニじゃないよ。
セールマールの世界の話だから」
こう言っておかないと、話がずっと噛み合わなくなるだろう。
「えっ、でも……」
俺の補足説明を受けてもフェルトの困惑が続いている。
『なんで?』
そう思ったが、すぐに気が付いた。
フェルトは地球のカニも大きいと勘違いしているのだ。
「あれは大変だった。
永浦くんに手伝ってもらおうとしたんだが」
トモさんはお構いなしに話を続けるし。
『先に事情を説明してくれ。
君の奥さんが困惑しているだろう』
「俺が向かったら速攻でやられてしまった」
「だから、それはゲームの話でしょうがっ。
そんなデカいのは地球じゃゲームの中にしか存在しないだろ。
俺が聞いたのは日本の食べるカニの方なんだよ」
フェルトに理解できるように説明しつつツッコミを入れた。
「そうだっけ?」
空惚けた感じで答えてくるトモさん。
『ぜってー知っててやってるよな』
フェルトはものの見事に引っ掛かっていたし。
会話の内容がゲームについてだと知って赤面してますよ。
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全員がそろって自動人形たちが給仕を開始する。
『皆で当番をやってた頃が懐かしいなぁ』
ふとそんな風に思ったのは配膳された前菜のせいだろう。
まだ国民が妖精組と月影の面々しかいなかった頃のことが鮮明に思い出された。
「懐かしー」
思わず呟いてしまう。
あの時と全く同じものが出てきたからだ。
「そんなに久しぶりなの?」
何も知らないミズキが不思議そうに首を傾げながら聞いてくる。
「そういや、こっちに来てから食べたことなかったわね」
マイカも話に乗ってきた。
「カニ料理の前に前菜としてこれを出すとは渋い趣味をしているね」
トモさんは普通に感心している。
「これは初めてじゃな」
「そうなのですか?」
ガンフォールとエリスのやり取りを見て他の面子も興味津々のようだ。
一方で頬を引きつらせている者がいた。
レイナである。
「酢の物やで、レイナ」
アニスが大丈夫かいなと言わんばかりの目でレイナを見ている。
そう、酢の物だ。
それもレイナが酷い目にあったのと同じちりめんじゃことワカメの酢の物。
「そんな心配そうな目をしなくても大丈夫よ」
酢の物が出てきても表情を変えなかったレイナだが、今は仏頂面になっている。
アニスに指摘されたことでフラッシュバックを引き起こしたか。
その記憶はレイナが不用意に酢の物の匂いをかいだせいで咽せ混んだ悪夢の事件。
騒ぎとしては大したことにはならなかったがな。
でも、レイナにとっては災難以外の何物でもない。
『警告しとかないと第2の犠牲者が出そうだな』
「はい、みんな注目ぅー!」
今回はまず皆の注意を引き付けることにした。
注意事項を説明している間に匂いをかがれちゃ意味がない。
「この前菜は匂いをかぐと咽せやすいから絶対にかぐなよー」
全員に聞こえるように風魔法を使って声を食堂の隅々まで行き渡らせた。
ウンウンと頷いている国民一同。
『これで良しっと』
そう思った次の瞬間──
「ごふっぶっぶふっ!
げふっげふっごほっ!」
どう考えても咽せ込んだとしか思えない咳が聞こえてきた。
「誰だよ、やらかしたのはー」
呆れつつ咳き込む方へと視線を向ける。
そこにいたのは──
「エヴェさんじゃないですかっ」
椅子から転げ落ちて咽せ込むチョイポチャ亜神でしたとさ。
「──────っ」
胸に手を当て苦しそうに顔を顰めながら反対の手を挙げている。
頷くこともままならないようで挙手が返事の代わりのようだ。
「なにやってんのよー、エヴェさんってばー」
アフさんが呆れつつもエヴェさんの所まで行って背中をさすっている。
「放っておけば良い」
「自業自得ですね」
対してリオス様やフェム様はドライである。
「ハルトの忠告を聞かなかったのが悪いのだ」
ルディア様も冷ややかであった。
「まあまあ」
3人を宥めながら俺は魔法を使った。
レイナの時に作った生活魔法の鼻洗浄。
半ドライを掛けつつミスト洗浄するので鼻水が垂れない画期的な魔法だ。
しかも咽せ混んでいることを想定しているので軽く治癒の術式も入っている。
使い道の幅が狭いので需要はほとんどないけどな。
「あー、酷い目におうたがな。
お騒がせしてしもて、えろうすんまへん」
回復したエヴェさんは皆に謝ってから席に戻った。
『やれやれ』
人騒がせな亜神だ。
『やっちゃダメって言われてるのにな』
丸っきり子供である。
その後は、さすがに咽せる者も出てこなかった。
『アレを見て真似する奴がいたらチャレンジャーだよな』
読んでくれてありがとう。




