632 帰るのは後始末をしてから
「終わった」
大きく息を吐いて肩の力を抜いた。
邪竜は消滅した。
肉片ひとつ血の一滴さえも残ってはいない。
だが、邪竜が消え去ったからといって「さっさと帰ろう」とはいかない。
実に面倒だが掃除はしないといけないのだ。
狂った人竜族の連中が儀式をした洞窟が瘴気で汚染されているだろうし。
それ以外の場所でも汚染されている恐れはある。
邪竜がそうなら、元になった連中だって瘴気を発散していたことだろう。
集合体である邪竜ほどの濃密さはないとしても。
個人の意思によってバラバラに行動するという点では厄介だと言える。
「そこいらじゅうにバラ蒔いてるんじゃないだろうな」
思わず愚痴が漏れてしまったりする訳だ。
「守護者組だけでも連れて来るべきだったか」
特にマリカの鼻には期待してしまう。
微かな瘴気の痕跡も逃さないだろうから。
今から連れて来るとなると、他の面々も来たがるかもしれない。
それでは俺1人で来たことがまるで意味をなさなくなってしまう。
あくまで今日は休日なのだ。
本来なら遊ぶための日である。
緊急事態ならば、やむなしとも思うがね。
だが、すでに緊急事態ではなくなっている。
『休日出勤とかさせたくねえよな』
ということで、連れて来るのはなしだ。
「地道に頑張るとしますか」
まずは瘴気の感知をしながら集落近辺まで戻る。
転送魔法は使わない。
横着したせいで瘴気の痕跡を見落とすことがあったらシャレにならん。
だが、それ程時間のかかることでもない。
ビュンビュン飛び回って周辺の環境もついでに確認した。
『問題のある個所なしっと』
集落のすぐ上まで飛んで来た。
「ここはさすがに淀んでいるか」
ほとんどのツリーハウスから残留思念が感じ取れた。
憎悪が渦巻いており、瘴気の発生源になっていた。
その場にわだかまるばかりで拡散するようなことはないようだが。
それにしたって蓄積すれば膨張していくはずだ。
「来た時に確認しておきゃ良かったな」
わずかな時間で差が出るほどのものではないとはいえ、反省すべき点だろう。
『世の中、何が起こるか分からんしな』
とにかく浄化だ。
聖烈光を使うとあっと言う間に終わるのだが、これは使えない。
圧力が強すぎて森林を圧壊させてしまうからだ。
巨大な邪竜を短時間で消滅させたのは伊達ではないのである。
押し潰しながら浄化するなんて力技以外の何物でもないだろう。
しょうがないので聖烈光の術式をいじる。
物理的な圧力をなくせば問題なかろう。
チャチャッと書き換えて新魔法完成。
「名付けて聖光輝だ」
誰も見ていない聞いていないのにドヤ顔で宣言してしまった。
同時に魔法を使い始めたせいでプチ黒歴史級の恥ずかしさがある。
「馬鹿なことやってないで、さっさと終わらせよう」
お陰で効率は上がったけれど。
ものの数十秒で浄化完了。
え? 瘴気が薄いのに時間かけすぎ?
しつこいくらい念入りに浄化の重ね掛けをしたからな。
これ以上ないくらい清浄な場所になってしまったのは御愛嬌ってね。
「さて、次は岩山の方か」
ヒョイと飛んで移動する。
「こっちは集落より酷いな」
仕方がない。
アレが飛び出してきた場所だからな。
飛び散った瓦礫が汚染されているのも面倒だ。
「ええい、くそっ」
悪態をついてしまうほどである。
『瓦礫を個別に見つけ出して浄化とかやってられないぞ』
少し考えて魔法を組み合わせて使うことにした。
「全周囲メタルワイヤー射出!」
聖光輝で覆った特別製である。
無数に撃ち出された極細ワイヤーが探索範囲をあっと言う間に広げていく。
『人竜族の行動範囲も網羅しないとな』
汚染された瓦礫を探すついでに人竜族がいないかも確認する。
別行動をしていた奴なんかがいると厄介だ。
ネージュたちのようにまともな存在なら放置で構わないのだが。
そうこうしている間に瓦礫については効果的な方法を思いついた。
『映像ログから落下予測値点を算出すればいいんだよ』
これなら最後の1個まで確実に見つけ出すことができる。
シミュレーションに関しては【多重思考】スキルをフル活用だ。
『頼むぞ、俺』
瓦礫ひとつに俺1人が担当する。
これなら時間をかけずにすむ。
こんなことできる人間は俺くらいだろうけど。
利用できるものは利用するまでだ。
『『『『『任せろ、俺。
そして終わった』』』』』
『早っ!』
自画自賛するよりもツッコミを入れる方が先だった。
浄化はツッコミと同じタイミングでしたけどね。
発見した瓦礫のすべてにメタルワイヤーを突き刺してレッツ浄化。
落下地点周辺も影響を受けている所はすべて浄化。
受けていなくても念のために浄化。
そしてツッコミに対する回答が始まる。
『条件が簡単すぎるからだ』
『ログが鮮明な映像だったからな』
『これが静止画ならもっと時間がかかったぞ』
ツッコミに対する返しが一気に来た。
他にも色々あったが、とりあえずスルーだ。
『『『『『スルーかよっ』』』』』
ツッコミ返されてしまった。
『さっさと終わらせて帰らんといかんからな』
真面目な話、皆を待たせている。
フードファイターの動画を見せてはいたが、それも終わっているはずだ。
『『『『『それは仕方ない』』』』』
呼び出した俺たちもその結論に達したのか納得して引っ込んでいった。
「それじゃあ最後はこの真下か」
俺が地魔法ギガクェイクで瓦礫の泉状態になっている所だ。
とはいえ邪竜が飛び出してきたせいで瓦礫の方は大幅に目減りしている。
その分、飛び出した瓦礫の処理をしなきゃならなかった訳だ。
『まったく……
【多重思考】が使えなかったら日が暮れていたぞ』
溜め息ものである。
とはいえ悠長に脱力していると本当に日が暮れてしまう。
『残りもさっさと片付けよう!』
気合いを入れ直した。
『さて、ここの後始末だが』
集落の時と違って遠慮せずガンガンできそうでありがたい。
『既にグシャグシャだもんな』
俺がやったからなんだが気にしていると終わらないので聖烈光をぶちかます。
「ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!」
瓦礫を圧壊しながら強引に浄化。
『邪竜がじかに通ってきた場所はさすがに汚いなぁ』
濃い瘴気に汚染されていて廃油を見ているような気持ち悪さを感じてしまう。
徹底的に滅却させるのが正解だろう。
結果としてかなり深く掘り進めることになってしまったが。
「ふむ、些かやり過ぎたか」
そうは言っても汚物は消毒せねばならないのだ。
これも保険である。
「保険なら仕方あるまい」
故に反省はしない。
もちろん後悔などしない。
とはいえ、深淵と表現するに相応しい穴になってしまった。
これを放置して帰るのは良くないだろう。
「立つ鳥跡を濁さずって言うしな」
周辺の地質を地魔法でコピーして埋めていく。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!」
聖烈光の時よりも激しく地面が揺れる。
周囲の地層とつなげる処理は急激にやるとこうなってしまうようだ。
まあ、すぐに終わるので振動を抑えることはしなかった。
それが別の歪みを生み出すとかしたら面倒なのでね。
この近辺に動物なんかがいないのは先程の探索で判明しているし構わないだろう。
「そのうち戻ってくるかねえ」
狂った人竜族に恐怖して魔物すら逃げ去ったみたいだからな。
なんにせよ魔物はしばらく寄りつかないとは思う。
俺が徹底して浄化したからだ。
結界とかで覆うつもりはないから、いずれは魔物も戻ってくることになるが。
当面は動物とかのセーフゾーン的な場所になるだろう。
「さて、完了っと」
穴が塞がり見た目は元の岩山に戻った。
洞窟はなくなっているが、そこまでは気にしない。
念のため周囲を再び確認して回る。
数分後──
「問題なし!」
確認の完了と同時に俺は皆の元へ帰るべく転送魔法を使った。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
オオトリの砂浜に帰ってきた。
「ただいまー」
挨拶するなりシュバババッと集まる影がいくつか。
「あるじー、おかえりー」
まずは幼女なマリカに飛びつかれた。
「おかえりニャー」
「おかえりなのー」
「おかえりですー」
「「おかりなさー」」
ミーニャを初めとする子供組にも飛びつかれた。
ルーシーもシェリーも御機嫌だ。
皆ニコニコしながらダイブ&ハグ。
「うぉはうあっ」
奇妙な声を出しながら受け止めた。
受け止めるというか、されるがままに抱きつかれたと言うべきか。
そんな訳で碌に喋る間すらなく幼女まみれに……
『なんぞ、これ』
あとハッピーとチーの「おかえり」が謎の言葉になっていた。
『賢者タイムならぬ幼女タイムか』
YLNTな紳士たちから糾弾されそうな状況だ。
それとも血の涙を流されるか。
「……………」
ちょっと混乱中。
帰ってきて油断しきっていたからな。
ベリルママがいる場所だからって気を抜きすぎだ。
『ちょっと反省』
でも帰ってきたと実感できるせいか、ついニヤけてしまう。
反省どころではない。
さて、どうしたものか。
読んでくれてありがとう。




