627 予定を繰り上げようとしたら女神様に忠告された?
のし掛かられるんじゃないかという程の勢いでABコンビが迫ってきた。
「どうした!?
何事だよ」
圧倒されて仰け反りながらも、どうにか応じる。
「「見たいです、その動画!」」
月影の面々の中で意見を二分するような代物に食いついてくる。
「ええーっ……」
何を考えているのかと問いたい。
だが、事実を知らぬが故に興味を引かれるのも無理からぬところ。
感受性が豊かな者なら食欲をなくすことだって充分に考えられるのだが。
『知らぬが仏という言葉もあるからなぁ』
どういう感想を持つに至るかは想像できないだろうし。
後は野となれ山となれの感覚でないことを願うばかりだ。
「私も見てみたいです」
フェルトも参戦してきた。
「何も飯時にヤバいもの見なくてもいいだろうに」
怖いもの見たさの心境なんだろうか。
「あるじー、マリカも見たいー」
「ハル兄」
幼女2人にジーッと見上げられる。
それはそれは物欲しそうに。
『勘弁してくれーっ』
助けを求める視線をマイカたちに送ってみたが……
『居ねえっ!?』
食事に満足したらしく、離れた場所で子供組と戯れていた。
マイカはどう見てもモフモフ目的なのは間違いない。
それを行き過ぎないよう監視しているミズキ。
これでは2人の援護は期待できない。
ならばと、トモさんを見たのだが……
「さあっ!」
やけに精悍な顔つきで見返された。
「視聴する体制は整っているぞっ、カモ~ン」
ちょっと奇妙なジェスチャー付きである。
「興味がありますね」
「エリザエルス様の世界の文化も見てみたいものだな」
「フェムちゃん、堅いよー。
見たいってのは同意見だけど」
亜神3人組まで加わってきた。
『ということは──』
ギギギという擬音が聞こえてきそうな動きでそちらを見た。
「ハルトくん、お母さんも見たいですー」
可愛らしく元気に手を挙げて言ってくるベリルママの姿がありました。
母親でなかったら惚れてただろうってくらい可愛い感じでしたよ?
『そんなの反則でしょうがっ』
とは言えない。
泣かれると困るからな。
「ぐぬぬ」
こうなった以上は抵抗などできない。
逃げる訳にもいかない状況だ。
我、援軍なく敗北す。
『どうなっても知らんぞ……』
そんなこんなでフードファイターの動画を見せることになってしまった。
主にベリルママが泣くかもしれないというプレッシャーに負けてだけどな。
で、見せるためにいくつかチョイスしてみたんだが……
「多いな」
5分やそこらじゃ終わらないとは思っていたさ。
だが、厳選しても1時間を切らないのは想定外だ。
『恐るべし、フードファイター』
ギャル系の人とかデカい人とか。
他にも色んな人がいる。
しょうがないので再生前に注意してから幻影魔法を使うことにした。
「長いから気を付けて」
「そんなに時間がかかるものなのですか?」
クリスが聞いてきた。
「フードファイターは大勢いるから」
息をのむクリス。
いや、他にも同じような者たちがいる。
『そんなに驚くことだろうか』
俺なんかは、そう思うのだが前提となる情報が皆無だとそういうものなのだろう。
「競技の大会も色々あるし」
驚いている者たちの目が丸くなる。
「食べっぷりを見せるだけみたいなのもある」
グルメ番組だったり旅番組だったり。
あるいは番組サイドがフードファイターに試練を用意する形だったり。
そういうのは口で説明しても理解できまい。
だからこそ削りようがなかったのだが。
ダイジェストにするにしても限度があるし。
そのあたりを知らないと唖然とされるのだけれど。
『まさか再生前からここまで驚かれるとは……』
見終わった後がどうなるか怖いところである。
「そういう訳で始めるよ」
俺は幻影魔法を使った。
始まった直後は静かな立ち上がりといった感じか。
必要以上に見ている皆を興奮させないよう徐々に引き込む形に編集したつもり。
インパクトが有り過ぎると盛り上がりはするが冷めるのもすぐである。
最後まで見ようという気になれない者たちも続出しかねない。
それでは困るのだ。
動画を流し始めて数分が過ぎた頃。
『さて、それじゃあ行きますか』
俺は動き始める。
まずはベリルママの側へ。
動くにしても、ひとこと断ってからにしようと思ったからだ。
「行くの?」
動画を見ながら聞いてくる。
俺がこれから何をするつもりか分かっている訳だ。
「はい」
『さすがはベリルママ』
本物の神様には敵わないよな。
人竜族の問題を片付けに行こうとしているのはバレバレだった。
本来は皆が寝静まってからとも思っていたのだけど。
皆が動画に夢中になってくれるなら、その間に処理しようと思った訳だ。
「気を付けてね」
心配されるようなことは無いと思っていたら、この発言。
「は……い?」
ベリルママの意図を量りかねて返事が中途半端になってしまった。
「説得はしない方がいいわよ」
『そこまで読まれているとはね』
まあ、相手はベリルママなんだから当然のことか。
本来なら俺も説得などしないんだけど。
けれどもネージュたちのことを考えるとね。
別に向こうの人竜族のことを慮った訳ではない。
問答無用で終わらせてくるとネージュたちに恐れられてしまうかもと考えたのだ。
その結果、居場所がないとミズホ国から出て行ってしまう恐れもある訳で。
せっかく客人として迎えたのに、それは悲しすぎる。
だから形の上だけでも説得の真似事くらいはしておこうと思っていた。
ベリルママによると良くないようだが。
「そう、ですか」
「理がないもの」
「え?」
「端的に言えば話が通じないの」
『理がないってそういうことか……』
「謎理論で自分たちの都合のいいように話をねじ曲げる類いの輩ですか」
「ええ、そうね」
盗人にも三分の理とはいかないようだ。
「彼等に常識も道理もないわ」
「ネージュたちの説得が上手くいかなかったのも、そういうことですか」
「そうなるわね。
その時点で彼等は既にまともではなくなりつつあったから」
「病んでしまったということでしょうか」
「そうとも言えるし違うとも言えるわ」
どういうことだろう。
「己のプライドに固執するあまり精神を崩壊させてしまったんだけど」
「……………」
言葉が出てこない。
精神を病んだどころの話ではなく、崩壊と来た。
『どんだけ厨二病をこじらせたらそうなるんだ?』
まるで想像がつかない。
「そういう意味では病んだと言えるかしら」
「精神が崩壊したのに自我が残っているのですか?」
そうでなければ病んだとは言わないだろう。
自我を残さず精神崩壊したなら呼吸するだけの生ける屍だろうからな。
復活の目があるというなら話は別だとは思うが。
「元の自我は残っていないわね」
「だったら死んだも同然でしょう」
俺が連中を潰しに行くまでもない。
やがて肉体的にも死を迎えるだろう。
「人竜族としては死んだわね」
なにやら嫌な予感がしてきた。
精神は死んでも肉体は残っている。
「何者かに体を乗っ取られたとかですか?」
すぐに思いつくのは実体を持たないゴースト系のアンデッドとかだ。
「ちょっと違うわね」
答えは俺の想像の範疇にはなかったようだ。
「精神は崩壊したのよ」
確認するようにベリルママが言ってきた。
俺は頷きを返す。
「でもね、魂は残っているの」
「肉体の死を迎えない限りは死ねないということですか」
「ええ、そうよ。
自発的な行動はできなくなるから、それも時間の問題になるけれどね」
「もしかして魂に何か作用したとかですか?」
それは単なる当てずっぽうだった。
「よく分かったわね」
だが、正解だったらしい。
「その何かなんだけど、残留思念よ」
ベリルママの言葉を聞いた直後、俺は天を見上げてしまった。
だって強烈な厨二病患者の残留思念だぞ。
そんなものが魂に作用してまともなことになるはずがない。
だが、シャレにならんことを聞かされたとはいえ話はまだ途中だ。
俺は上を見るのを止める代わりに小さく溜め息をついた。
こうでもしないと落ち着けそうになかったからだ。
「気持ちは分かるわ。
もはやアレらは人竜族の姿をした別の存在よ。
生まれ変わったと言うべきでしょうね」
「それは……」
俺も生まれ変わった身である。
『狂ってしまった連中と同じってのはヤダなぁ』
「彼等の場合は悪い意味でそうなったということよ」
そんな風に言われても気持ちの悪さが残ってしまうのだ。
「……………」
故に返事もできずにいる訳で。
「本当に違うのよ」
ベリルママが苦笑している。
どうやら、俺は何か勘違いをしているようだ。
「どういうことです?」
それを確かめるべく、俺は疑問を口にしていた。
読んでくれてありがとう。




