620 8人の正体と確認事項
何故か俺が名乗ったら土下座された。
声を大にして言いたい。
『俺は何もしてないぞ!』
結局、言わないんだけどな。
ビビっている金髪さんたちを更に畏縮させてしまいそうだから。
『それにしても何故なんだ』
俺は少しも殺気立ったりしていない。
脅してもないぞ。
もちろん神気なんて発してもいない。
『なんか出せそうな気もするけど……』
人じゃなくなりそうなのでチャレンジはしない。
そんなことより俺が土下座されてしまったことの方が重要だ。
「いきなり、そんなことされても俺には何のことか分からんのだが」
説明を求めても返事なし。
ビクリと反応するのでシカトされている訳ではなさそうだが。
そこまで恐れられるとか余程のことだと思う。
『やれやれ……』
どうしたものかと考えていると──
「誠に申し訳ございません!」
必死な様子で金髪さんが謝ってきた。
「「「「「申し訳ございませんっ!!」」」」」
追随する配下と思われる人たち。
もちろん土下座したままである。
「あのさ、俺の声は聞こえているよな」
なるたけ威圧感のないように話し掛けてみた。
「悪いんだけど、俺には何がなにやらサッパリなんだ」
返事はない。
が、焦りは禁物だ。
「どういうことか説明してくれると助かるんだけど?」
とりあえず言うだけ言って待つことにした。
場合によっちゃ昼御飯を挟むことになるかもしれないが仕方あるまい。
そのくらいの覚悟がないとダメな気がしたのだ。
「…………………………………………………………………」
沈黙の間が続いた。
いかほど待ったのだろう。
時間はまるで気にしていなかったので分からないが。
ログを調べれば判明するだろうが、面倒なのでそんな真似はしない。
「あの……」
金髪さんの声がした。
くぐもって聞こえるのは土下座を維持したままだからだろう。
俺は余計な口を挟まず、金髪さんの言葉を待つ。
「ヒガ様は以前、魔の領域で数多の魔物のことごとくを滅されたことと存じます」
額を地面にこすりつけたまま金髪さんが喋り始める。
「あの折に我々はヒガ様の戦い振りを拝見しておりました」
「はて?」
金髪さんの言葉が途切れた瞬間に思わず言葉が漏れていた。
俺の疑問を抱いた言葉を耳にして金髪さんが思わずといった様子で顔を上げる。
「もしや覚えてらっしゃらないので?」
そう言いながらも呆然とした表情で俺を見ていた。
『なーんか勘違いされてる気がするんだけど』
とはいえ金髪さんの土下座が解除されたのは助かった。
土下座のままってのは、たとえ片方だけでも話し合う体勢じゃないもんな。
だが、彼女の様子がおかしい。
心ここにあらずといった具合に見える。
「まさか……」
などという呟きが聞こえてきた。
「あれほどの大魔法を使われても片手間だったと……」
その言葉を紡ぎ出した表情は愕然としか言いようのないものだった。
そして、それを耳にしたのだろう。
金髪さんの背後に控えるお嬢さんたちの震えがより激しくなってしまった。
『シャレになってねー』
逆効果だもんな。
途方に暮れそうだ。
「ちょっとー、ハルー」
マイカさんが御立腹である。
「そんなこと言われても俺も何がなんだかなんだよっ」
なんだかカオスな状況になってきた。
ただでさえ白い肌が血の気を失って青くなっている金髪さん。
恐怖に震える配下らしき人たち。
何のことだかサッパリ分かっていない俺。
『どうすんの、これ』
匙を投げたいところだが、そうもいかない。
俺が逃げれば解決するものもしなくなるだろう。
そもそも8人のお嬢さんたちが可哀相で居たたまれない気持ちになるんですが。
罪悪感ゲージなんてとっくに振り切ってますよ?
とにかく、どうにか会話を試みなければなるまい。
「とりあえず質問に答えてもらえると助かるんだが」
ダメ元で声を掛けてみた。
誰でもいいから応じてくれれば助かるのだが……
「はっ、はい」
幸いなことに金髪さんは声を掛けると再起動してくれた。
「とりあえず名前教えてくれる?」
俺が名乗ってそのままだからな。
それに気付いた金髪さんが赤面する。
これが漫画なら頭の上には湯気が描かれているような状態だ。
しかも「ボンッ!」なんて書き文字つきで。
そのくらい瞬間的な変化であった。
『青くなったり赤くなったり忙しいね』
本人はそんなことを考えている余裕などあるまい。
次の瞬間には顔に「ヤバい!」と書いていたし。
そうなれば、どうするかは嫌でも読める。
再び土下座しそうになったのを俺は手で制した。
「はい、ストップー」
そうそう何度も土下座なんてされてはたまらない。
『話が進まん』
「土下座はなしで頼むよ。
次に土下座したら話を聞かずに帰るから」
ビビっている相手にこんなことを言うと脅迫になりそうだが仕方あるまい。
「「「「「っ!?」」」」」
案の定、お嬢さんたちは飛び上がるように背筋をピンと伸ばして上体を起こした。
『そんなに俺が怖いのかよ……』
胃が痛くなりそうだ。
たぶん向こうも胃のあたりがキリキリしていることだろう。
俺は罪悪感で、彼女らは恐怖でだけど。
気休めかもしれないがバフを掛けておく。
その後、彼女らの自己紹介を聞いた。
金髪さんがネージュ。
短い黒髪さんはリュンヌ。
薄い青色の長髪さんはシエル。
そして残りの5人がクレール、オロル、シフレ、ルシュ、コリーヌと名乗った。
「我々は人竜族です」
「ああ、そうなんだ」
何気なく答えたけど聞き慣れない種族である。
『竜に関連ありそうだけど……
シヅカ以外だと亜竜ばっかだったしレアっぽいな』
その割には驚きはほとんどない。
スキルを使わない縛りを入れたことで鑑定していなかったけど。
事前に知らなくても動揺するようなことにはならなかった。
『まあ、身内に聖天龍がいるからなぁ』
とりあえず正体を明かしてきたのでスキルは解禁することにした。
【諸法の理】で人竜族を調べる。
種族について簡単に分かれば充分だろう。
[竜種に属する。
人化することを好む珍しい種族]
人化しているから妖精種に近いのかと思ったが違ったようだ。
[大まかに分類すれば竜種は妖精種に含まれます]
そんな返答があった。
『違わないのか』
ややこしい話だ。
いや、意外と言うべきか。
翼竜みたいなのが妖精に分類されるとか考えると微妙な気持ちになる。
そのせいでガンフォールが渋い表情をしていたって訳でもないだろうが。
『まあ、竜種が8人もいれば警戒はするか』
本人たちは何故だかやたらとビビっているようだけど。
「やはり驚かれないのですね」
金髪さん改めネージュが聞いてくる。
「龍なら身内にいるからな」
それなりに距離を取っていたシヅカの方を親指で指し示した。
「「「「「えっ!?」」」」」
俺の言葉に目を見開くと、指で示す先の方へと人竜族たちの視線が流れていった。
そしてシヅカが視界に入ると釘付けになる。
「フフン」
腕組みをしてドヤ顔で仁王立ちしているシヅカ。
「「「「「─────っ!?」」」」」
驚愕で凍り付く人竜族。
どうやら上位種であることは本能的に分かるらしい。
「神様がこの場にいたんだ。
最上位の竜種がいても不思議ではあるまい?」
全員がそろってブルブルと激しく頭を振ってきた。
「無茶苦茶です」
ネージュが呟くようにそう言った。
「まさかここまでとは……」
「覚悟はしていたつもりだったのですが……」
リュンヌやシエルも同意するように続いた。
残りの5人はお互いを見合わせて戸惑っている。
「驚くのは後にしてくれるか。
ひとつ確認しておきたいことがあるんだが」
呼びかけるとビシッと背筋を伸ばす人竜族一同。
「それで確認されたいこととは何でしょうか」
恐る恐る尋ねてくるネージュ。
「知らない単語があったからさ」
「はあ……」
「魔の領域ってどこなのさ」
俺がそう問うと8人そろってフリーズしてしまいましたよ?
「……人間たちは、我々が住んでいた場所をそう呼ぶと聞いていたのですが」
どうにか立ち直ったネージュが戸惑いながらも答えてくれた。
『つまり大陸東方ってことか?』
念のために【諸法の理】で調べてみたら、その通りだった。
『で、東方で俺が魔物を殲滅したように言っていたよな』
場所がハッキリすればすぐにピンときた。
「ルディア様に頼まれて魔物の暴走を止めたときの話だったのか」
そういや魔法の効果範囲が狭くてイライラさせられたっけ。
「最後は……確か地脈を利用して範囲魔法を拡大させたんだっけな」
「「「「「は?」」」」」
人竜族が呆気にとられている。
「見ていたんだろ」
コクコクと頷く8人。
「何を不思議がる必要がある?」
「通常の攻撃魔法で地脈を利用するなど聞いたことがありません」
「まあ、そこは慣れてくれとしか言えないなぁ」
俺がそう言うと、皆に笑われてしまった。
大半が苦笑である。
例外はもちろん人竜族たち。
顔を引きつらせて乾いた笑いを漏らしていた。
読んでくれてありがとう。




