619 土下座される覚えはないんだけど?
海から上がった俺たちはベリルママの元へと向かった。
といっても砂浜にいるからすぐそこだけど。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ハルトくん」
ベリルママがやや困り顔である。
土下座組がずっと語らず状態なのは、それで理解できた。
『困ったちゃん達だな』
そうは思うものの女性ばかり8人なので罪悪感がジワジワと湧き上がってくる。
俺が土下座されている訳ではないんだが、目の前で見ると気分のいいものではない。
『俺、女難の相でも出てるんかな』
土下座しているので、ハッキリしたことは不明だが若そうな雰囲気がある。
子供は含まれていないようだが。
パッと見は成人して間もないぐらいから、もう少し上の間ぐらいじゃなかろうか。
髪の毛や露出している腕なんかで判断する限りはだが。
顔が見えないで確定的なことは言えない。
『それにしちゃあ雰囲気がなぁ……』
女性らしい柔らかさに乏しいと感じてしまう。
別に女装している男だとかじゃないんだけど。
ボディラインは間違いなく女性のものだ。
俺が言いたいのは雰囲気である。
『へりくだりすぎというか……』
土下座をしているにもかかわらず堅苦しい空気が伝わってくる。
体育会系の雰囲気と言った方が分かり易いだろうか。
俺の受けた印象だと──
『戦場に出た侍なんだよなぁ』
より封建的というか。
ビビっているのにピリピリした空気を漂わせてるし。
それを視覚的に感じられるのが彼女らの並び方か。
確実に序列があると見て取れる。
まず先頭に1名。
間違いなく彼女らのリーダーだ。
垂れ下がった金色の髪は立っていれば肩にかかるくらいだろう。
肌は透き通るような白さだ。
続いて2名。
副官とか参謀の位置づけと思われる。
1人は先頭の彼女ほどではないが白い肌をしており、髪の毛は短めの黒髪だった。
もう1人は同じく白い肌、髪の色は薄い青色の長髪さん。
残り5名は同列である。
肌の色は2列目の人たちと同じくらいの白さ。
髪の色はまちまちである。
こうして見ていても動こうとしない。
ガタガタ小刻みに震えてはいるけどな。
ただ、それは自分でどうにかできる震えではないだろう。
もしも「武者震いだ」とか言い出したら、やせ我慢もいいところである。
『ベリルママが神気を弱めた状態でこれか』
これはベリルママの正体に気付いているのか。
それとも本能的に格の違いを感じ取ったか。
いずれにしてもガタガタ震えているところを見ると恐れているのだけは確かなようだ。
「ずっとこの調子ですか?」
「そうなのよ」
ベリルママは溜め息をつきたそうな渋めの表情だ。
怒っている訳ではないが良い印象を持っているとは言い難い。
せっかく俺たちと遊びに来たのに邪魔された状態なんだから無理もないだろう。
そういう空気を感じ取って8人組は震え上がっているのかもしれない。
「名乗りもしていないと」
「ええ」
困ったものである。
「ただ、最初に応対した子の話だとハルトくんに用があるみたいなんだけど」
まさかの指名でしたよ。
「名指しですか!?」
「いいえ」
ベリルママが頭を振った。
「どういうことっすか」
訳が分からん。
「この国を統べる者と話がしたい、だそうよ」
「そういうことでしたか」
とすると、俺のことを知っているとは限らないわけだ。
『むしろ知らない可能性が高いか?』
分からない。
もしかすると、何処かで見られていたとか。
限りなく低い可能性の話になってくるけどね。
そもそも西方人がここまで辿り着くというのが凄い。
『いや、西方人とは限らんか』
ドルフィーネのような妖精種なら東方にもいるだろうし。
彼女らは白い肌色をしているのでドルフィーネではないけれど。
耳も尖っている訳ではない。
「何処から来たのかは……」
「聞いてないみたいね。
森の奥の方から歩いてきたそうだけど」
元からこの場所にいたとは考えられない。
建国時に誰もいない場所であったことはベリルママのお墨付きだし。
それ以後、上陸してきたということになる。
「ツバキみたいなものか」
思わず言葉にしてしまっていた。
「旦那よ、この者たちが東方を縦断してきたと?」
自分の名前が出されれば反応もする訳で。
ツバキが話に乗ってきた。
「西方から海路で来たなんて考えられるか?」
「そんなことができるのは我ら以外ではドルフィーネだけであろうな」
確かにうちの面子なら不可能ではない。
転送門があるから誰もやろうとは思わないだろうけどな。
なくても挑戦する者はいまい。
海路は地形の都合上、どうしても遠回りになるからだ。
「だが、ドルフィーネじゃないぞ」
「そうよな。
いっそドルフィーネであれば話も早かったのだ」
ツバキが嘆息した。
もし、この8名がドルフィーネであるならナギノエたちに話を振ればいい。
無責任なように思えるだろうが、相手のことを考えればこそだ。
同族同士ならビビることもないだろうし。
俺たちが場を外せば腹を割って話すこともできるだろう。
その上でナギノエたちから話を聞けば、彼女らの負担も少ないはずだったのだ。
もっとも、それは彼女らがドルフィーネであった場合の話である。
現実はそうではない訳で。
「何処の何者かも分からぬとは」
そんな風に愚痴をこぼされて初めて俺は鑑定していないことに気付いた。
『俺、間抜けすぎ』
チラリとガンフォールを見たが難しい顔で押し黙ったままだ。
どうやら鑑定済みのようである。
あの様子だと面倒な相手なのかもしれない。
『なんで、こうトラブルに巻き込まれてばかりなのかね、俺は』
内心で溜め息をつきながら8人を鑑定しようとして……やめた。
たまにはスキルに頼りっぱなしにならずに解決するのも悪くないと思ったのだ。
気紛れと言えばそうなのだろう。
ただ、遊ぶ方に気を取られすぎると良くない気がしたのだ。
適当な応対をすると痛い目にあいそうな予感がする。
『さて、じゃあどうするか』
まずは土下座モードの解除だろう。
これは難しくはない。
彼女らが土下座モードなのは神気を敏感に感じているせいだ。
それは間違いないはず。
「ベリルママ、少し外してもらってもいいですか」
俺は海の家の方を見た。
「そうね、その方が良さそう」
眷属な亜神たちと連れだって海の家へと向かってくれる。
ミズキにアイコンタクトを取ると「オッケー」のジェスチャーが返ってきた。
妻組から適当な面子を誘ってベリルママの後を追う。
マイカはこちらに残ったが、少し離れた場所に移動。
脳内スマホで撮影して中継するつもりのようだ。
『考えたな』
これならベリルママたちもリアルタイムで簡単に状況を把握できる。
サムズアップとウィンクで「グッジョブ」と「サンキュー」の意思を伝えた。
マイカからも同じように返ってくる。
向こうは「任せなさい」と「感謝しなさい」の意味だと思われる。
『そうか、ならば……』
スマホでメールを送信しておいた。
題名は要望通り[ありがとう]だ。
本文はシンプルに[愛してる]としておいた。
しばしの間があって着信に気付いたマイカが確認し……
「うひゃあっ」
奇妙な声を発して身悶えした。
『フフフ、奇襲成功』
内心でほくそ笑むが、いつまでも悦に入っている訳にはいかない。
ベリルママたちとの距離も充分に取れたことだし尋問を開始しよう。
『いや、ただの聞き取りだな』
彼女らは犯罪者でも捕虜でもない。
土下座されっぱなしで、つい変なことを考えてしまった。
「そろそろ土下座はやめない?」
そう呼びかけて、彼女らのガクブルが初めて止まった。
背中に「あれっ!?」と書かれているかのように気配が変わる。
恐る恐るといった感じで先頭の金髪さんが面を上げた。
なかなかの美人さん。
おそらく平時であれば清楚で大人しい雰囲気が感じられる人だと思う。
残念ながら今は緊張した面持ちで、そういった印象は薄い。
視線を左右に動かしていて隙のない感じだ。
いや、余裕がないと言うべきか。
「神様なら少し外してもらったよ」
どうせバレているだろうからと、ぶっちゃけた。
しかしながら、俺の声は聞こえているはずなのに金髪さんの反応が薄い。
『あー、テンパってた状態から抜け出しきれていないのか』
それでも数テンポ遅れるようなタイミングで「ハッ」とした表情を見せた。
『ようやく再起動か』
「もしかして俺たちの話とか聞こえてなかった?」
ホッとした表情を見せたかと思うとぎこちなくコクコクと頷いた。
思わず苦笑してしまう。
「怖がらなくていいよ。
君らは話をしに来たんだろ」
俺がそう言うと後ろの女の子たちもソーッと土下座を解除。
座ったままなのは足が痺れたからか。
ならばと俺も砂浜に胡座をかいて座る。
「俺の名はハルト・ヒガ。
こう見えてこの国、ミズホ国の王だ」
次の瞬間、ガバッと土下座されてしまった。
8人全員だよ。
「なんでさっ!?」
何もしてないんですがね。
「日頃の行いじゃないのー?」
マイカが何気に酷いことを言ってくれる。
先程のメールに対する照れ隠しなのは分かったから、とやかくは言わない。
『先に仕掛けたのはこっちだしな』
それよりも金髪さんたちである。
ガタガタ震え始めてしまったんですがね。
『まさか俺まで土下座されるとは思わなかったさ』
どうすりゃいいんだ……
読んでくれてありがとう。
 




