617 海水浴なんだから波に乗って帰ろう
晩飯はゲットした。
いや、今もゲットするべく動いている最中である。
巨大ズワイガニであるギガクイーンクラブを茹で上げる間に発見とはいかなかったのだ。
通常より大きい奴の近辺に他の個体がいると考えるのは現実的ではないだろう。
縄張り意識が強いみたいだし。
地球産のズワイガニがどうかまでは知らん。
食うのは好きだが生態を調べようと思うほどではなかったし。
なんにせよ現状で確保できているのは茹で上げた奴だけだ。
どうにかもっと欲しいところである。
『まあ、晩飯までに人数分を確保できればいいや』
ということで発見捕獲作業は自動人形に任せて浜に戻ることにした。
転送魔法で帰るのが手っ取り早いんだが、そうはしない。
『せっかく遊びに来たのに味気なさ過ぎるもんな』
という訳で魔法で大きな波を作って、それに乗って帰ります。
「ヒャッホー!」
とかなんとか叫び声を上げながらノリノリで波に乗る。
ちょっとアホみたいだが、たまにはいいだろう。
皆も似たような状態なので恥ずかしいという意識はない。
これが「ヒャッハー」だと意味が変わってくるので注意が必要だが。
などとアホなことを考えていられるくらい平和である。
絶好のサーフィン日和とも言う。
幼女組も3姉妹も楽しそうに波乗りを楽しんでいる。
ちなみにサーフボードは誰も持っていなかった。
故に俺が自分用に用意したものをコピー錬成。
サイズは調整したけど大した手間じゃない。
一応は魔道具にしてある。
術式は安全面を考えたものだけに留めたけどね。
波に乗るための補助なんてしたら面白くない。
それでボードを渡したときの皆の反応が面白かった。
「皆が持ってた板と違うよ?」
シェリーが俺の方を見ながら聞いてくる。
ボディボードと違うと言いたいのだろう。
「これ知ってるの。
サーフボードなの」
俺が答える前にルーシーが答えを口にしていたが。
「これも波に乗って遊ぶ道具かニャ?」
ミーニャも知らなかったようだ。
まあ、ボディボードにも興味を持たず泳ぎに夢中だったからね。
「そうなの。
でも、このボードの上に立つの」
「「こんな感じ?」」
ザパッと海から飛び出してボードの上に降り立つハッピーとチー。
「……………」
正面を向いて仁王立ち。
なんか思っていたのと違うのは彼女らに知識がないせいだろう。
『知らないとこうなるのか』
ボードの形状がそんなポーズを取らせたのかもしれない。
『左右にバランスが取りづらく見えてしまうもんな』
あと、ボディボードで遊んでいるのを見て参考にしたというのもあるだろう。
「それだと前後のバランスが取りにくいですよ」
エリスが2人に声を掛けた。
「「えー?」」
大きな波のない状態だと、今ひとつ理解できないようだ。
もしかすると、このままでも平気で波に乗るかもしれないが。
常人ではあり得ないだろうが忍者だしな。
『忍者はあまり関係ないか?』
とにかく幻影魔法で動画を見せて説明した。
まあ、見るだけで充分だったみたいだけど。
「私達もよろしいのですか?」
渡されたボードを見てマリアが戸惑いを見せた。
3姉妹はボディーボードを持っていたからな。
そっちは自分の倉庫に仕舞ったままだけど。
本人たちはサーフボードを渡されるまではそちらを使うつもりだったようだ。
「つまんない遠慮はするなよ。
今日は遊びに来たんだぜ。
何でも楽しめばいいんだよ」
遠慮しているのはマリアだけだったが。
「お姉様、これも面白そうです」
「そうね、帰りはこちらを使いましょう」
クリスとエリスは興味津々で既にその気である。
どちらもボードと名がついているが鯨と魚ほども違うものだからね。
形状だけじゃなく波に乗るときの感覚が大きく違うことに気付いている。
コツも楽しみ方も違うとなれば興味を持ってくれたとしても不思議ではない。
「強制はしないから好きな方を使うといい」
この一言でマリアも挑戦する気になったようだ。
最初から興味はあったみたいだけど、遠慮してたんだよな。
「あ、ありがとうございます」
という訳で全員がサーフィンに挑戦する。
もちろん初挑戦だ。
俺も含めてね。
そんな訳でぶっつけ本番でのサーフィンとなった。
だが、心配などする必要がなかった。
全員がボードに乗った瞬間からバランスがとれていたからね。
先に見せた動画を手本にしたのは言うまでもない。
伊達に3桁レベルではないのだ。
「陛下ー、見て見てー」
シェリーが波の頂点近くでボードを斜めに立ててクルリとスピンしてみせた。
残像が見えるほどのスピードだったこともあってボードが幾つにも見える。
それが百合の花っぽく見えた。
「「「「「おーっ」」」」」
皆も感心している。
『なんか無茶なことしてるな』
サーフィンの技とか知らんけど、初心者には絶対に無理なことだけは分かる。
「「面白そー」」
ハッピーとチーが真似をするべく動き出す。
見栄えを気にしているのか、まずは横並びになった。
「いくよー」
「うーん」
互いに声を掛け合ってタイミングを合わせたかと思うと、ふたつの花が咲いた。
『シンクロナイズドサーフィンだな』
息もピッタリでスピンすると社交ダンスのように見えるから不思議だ。
「はー、まるでダンスのようでしたねえ」
クリスが半ば呆気にとられていた。
同じことを考えていたのがおかしくて俺は笑みを漏らしていた。
ついつい思いつきの言葉までもが漏れ出てくる。
「どうだ? クリスもやってみるか」
「えっ、私ですか!?」
気の抜けた状態で急に話を振られて目を丸くするクリス。
普通はこんな状態だとバランスを崩すところだが、ぐらつきもしない。
さすがだ。
「皆の所へ到着するまでのお遊びだな。
ただ波に乗るだけより楽しいと思わないか?」
「そうですねー」
人差し指を顎に当てて思案する。
その際にチラリと姉たちの方を見るのも忘れない。
本当は挑戦したくてたまらないのだろう。
しかしながら、姉たちも一緒にやってくれるかが少しばかり心配なようだ。
それが分からぬ姉たちではない。
エリスは笑みを浮かべて小さく頷いた。
マリアは「いつでもどうぞ」とばかりに確と頷いている。
2人の姉たちは気合い充分だ。
それを確認したクリスは──
「やります!」
迷いのない瞳で俺の方を見て言った。
幼女組もそれを見て固唾をのんでいる。
2人でそろうとダンスのように見えたのだ。
3人ならどうなのかと期待するのも道理というものだろう。
クリスたちは、まず幼女組から距離を取った。
安全を確保するのも忘れていない。
『感心、感心』
別に幼女組が安全確認を怠っていた訳ではない。
3人でそろってとなると、より注意が必要ってだけだ。
確認が終わるとサッとクリスが手を挙げた。
言い出しっぺが音頭を取るということなのだろう。
エリスやマリアが合わせてくれるようだ。
一見するとタイミングを取るクリスがもっとも難しく見えるのだが。
実は合わせる姉たちの方が難しい。
合図に合わせて横一列に並んだ。
『次がゴーサインか』
クリスが手を振り下ろした。
次の瞬間、3人がグルッと回る。
綺麗にそろっていた。
タイミングも残像の残し方も申し分のないものだ。
「「「「「きれーい」」」」」
幼女組も称賛している。
『だがなぁ……』
クリスは納得していないらしい。
3人とも角度が甘かったのだ。
いや、クリスは自分だけにダメ出しをしているだろう。
姉たちが合わせてくれたのは重々承知しているのだ。
「ありがとうございます」
ちゃんと礼は言ったしペコリと頭も下げたが、その後の表情は些か浮かないものだった。
「もう1回やってみる?」
エリスが苦笑しながら問うたが、首を横に振った。
2回目で思い通りの技になっても納得がいかないらしい。
『拘りますなぁ』
遊びに完璧を求めすぎると疲れるだけなんだけど。
「何事も真剣に取り組むのはいいが、遊びなんだから気楽にな」
こんな言葉がフォローになるとも思えないが、一応は声を掛けておく。
「は、はいっ」
向きになっていたことに気付いたのだろう。
クリスは恥ずかしそうに赤面しながら少しだけ俯いた。
エリスやマリアは温かく見守るのみ。
暗くはないが、ちょっと静かな雰囲気になる。
それを切り替えの合図と見て取ったのがミーニャだ。
「負けてられないのニャ~」
対抗意識を燃やしたのが、ありありと分かる気合いの入った声だった。
一際明るい声で大波を駆け下っていく。
それはスピンをするのとは明らかに違うモーションだった。
『何をするつもりだ?』
見ていると、ターンして波の上へと一気に駆け上がった。
そして勢いのままにジャンプ!
「「「「「おおー」」」」」
滞空時間が長めの宙返りを決めて綺麗に着水して見せた。
なかなかダイナミックな技である。
イルカショーなんかのイメージに近い。
スピンで咲かせた花のような美しさとは対照的だと言える。
『負けていられないと言っただけのことはあるな』
読んでくれてありがとう。




