611 面識ある人と面識のない人
人魚組の土下座もなんとか終わらせることができた。
となると、いざオオトリへと行きたいところではあるが……
『いま行ってしまうとダメなんだろうなぁ』
面識のない女性が約3名。
ベリルママが連れて来た亜神のお姉さんたちである。
人魚組の土下座モードが終わると3人で集まって端の方へ移動していた。
俺の知らない亜神だ。
『まあ、知っている方が少ないんだけど』
彼女らは身長順に横並びしているのだが、きれいに正比例状態だったりする。
あるいは音符か。
見事なまでの凸凹トリオだ。
『……………』
失礼なことを考えている場合ではない。
あんな風に遠慮されると気になって仕方がない。
そんなのは俺だけかもしれないが。
『何も端っこに行かなくても』
恥ずかしがっているとかではない。
遠慮しているのだ。
気配を周囲に同化させて目立たなくしようとしていることからも、それが分かる。
明らかに気を遣われている訳だ。
『気持ちは分かるんですがね』
彼女たちにとっては面識のない相手の家の庭だし。
俺が指名して招待したわけでもないし。
『ベリルママに余裕がある人を連れて来てねってメールしただけだからなぁ』
それにしたってベリルママの近くで控えるくらいはしてくれてもとは思う。
たぶんベリルママに呼ばれるまでは居ないように振る舞うつもりなのだろう。
『紹介されるまでは風景と同化しますってことなんだろうけど』
そこまで遠慮されると俺にはプレッシャーである。
物凄く気を遣わせてしまっている訳だもんな。
まあ、それを言ってしまうと向こうが恐縮しかねない。
どうしたものかと考えていると──
「どうした、ハルト?」
堂々とこちらに向かって歩いてきたルディア様が声を掛けてきた。
「あ、どうも御無沙汰してます」
とりあえず挨拶はしておかないと。
『決して話を逸らそうとしている訳ではないぞ』
とか思いつつも──
『面識があると、やっぱ違うよな』
なんて考えてしまうのだが。
そう、ぶっちゃけると3人の亜神が気になっているのを悟られたくないのだ。
侍なルディア様が茶化したりはしないのは分かっているが。
話題になることで周囲の誰かさんたちが振り回してくれることは充分にあり得る訳で。
俺が恐れているのは、そちらの方だ。
遊びの日の初っ端から精神を削られたくはない。
だから亜神のお姉さんたちにはルディア様のように堂々とこちらに来て欲しかった。
『それはさすがに厳しいか』
ルディア様は侍だもんな。
面識のあるなしに関係なく態度は変わるまい。
まさに威風堂々。
侍の鏡である。
いや、本人が侍であることを認めたりはしていないんだけど。
それ以前に侍かと聞くことすらしていない。
『怖くて聞けないよ』
だから、あくまで俺の中だけでの話である。
とにかく3人の亜神はルディア様とは異なるタイプだ。
いきなり真似てくれと言っても無理があるだろう。
「おお、そうだな。
直接会うのは久しいか」
どうにか話のレールを切り替えることに成功したようだ。
そこへヒョイと間合いに入ってきた人影がひとつ。
「すんまへんな、すんまへんな。
おおきに、ホンマおおきに」
忙しなく関西弁で喋りながら登場。
言わずと知れたエヴェさんである。
『この人も面識ができたばかりなのになぁ』
不思議と古くからの知り合いのように違和感がない。
「お邪魔しまっせー」
ヌルッと目の前まで来た。
右手で謝るポーズを取りつつ腰をかがめた低姿勢。
その状態で皆の間を縫うように抜けてきた。
「どうも」
苦笑が出そうになるのをどうにか誤魔化しつつも俺は挨拶のために頭を下げた。
「先日の騒動以来ですね」
「いやあ、その節は大変お世話になってしもて」
「何もお世話はしてませんよ」
「そんなことありまへん。
わての仕事がスムーズに終わりましたがな」
「それ、俺は意図せずベリルママにメールを転送しただけじゃないですか」
「いやいや、それが決定打になってますがな。
お陰で早期に事件本人の確保ができたんでっせ」
『事件本人って……』
懐かしい響きだ。
役所の文書では事件と書くことがあるんだよね。
ぶっちゃけると届出に関連する事柄が事件である。
結婚しても事件、死亡しても事件。
事件だらけである。
警察で言うところの事件と異なるのは当事者を事件本人と呼称することだ。
もしかすると向こうでも内部文書では事件本人と記載するのかもしれないが。
なんにせよ初めて見ると驚かされる。
俺も初めて見たときは「ギョッ!」とさせられたさ。
結婚するのに事件とか事件本人とか言われたら、そうなるだろ?
幸いにして部外者である市民に対しては絶対に事件とか言わない。
たとえ届けを出した相手であってもだ。
『言ったら、それこそ事件だよ』
最終結果がどうなるか見当もつかない。
最初にクレームが入るのは間違いないとは思うがね。
まあ、今じゃ苦笑するような話だ。
慣れるまでは違和感を感じまくりだったけど。
『それにしても、上手く誤魔化されてしまった気がする』
何となくだが、俺の過去をよく調べてあると感じた。
過去を調査するくらいは、どうってことないだろうし。
神のシステムがあるからね。
エヴェさんなら便利な道具は使い倒すだろう。
少なくとも躊躇うことなどはしないはず。
亜神に使えるかという疑問もありはするけれど。
恐らく使用制限はあるが、検索と閲覧は自由なんじゃないかな。
『してやられた』
エヴェさんの行動は言葉では遠慮しているようで、実はそうではない。
歩いて目の前まで来た時もそうだ。
低姿勢に見せておいて最短距離で横切ってきたのだから。
角が立たないように「お邪魔しまっせ」みたいな感じで歩いてたけどね。
アレってなかなか高度なテクニックだと思う。
「ホンマえろうすんまへんなぁ。
知り合うて間ぁないのに。
わて、今日が楽しみでしゃあなかったんですわ」
ニコニコした笑顔からは「待ちきれまへんがな!」が滲み出ていた。
人魚組にプレッシャーを掛けてしまうような神気はちゃんと控えてくれている。
だから先程と違って今は愛想の良いオッサンにしか見えない。
現に側を通られた人魚組などは呆気にとられたようにエヴェさんを見ていた。
それ程ギャップがある。
ベリルママには及ばなかったとはいえ威厳のあった先程までとは大違いだからな。
でも、土下座していたときとは違って距離を感じたりはしていないようだ。
『畏れ多いって感じじゃなくなってるか』
こういうのをリア充と言うのだろう。
恐るべしオッサン亜神。
『ここまで要領よくしてほしいとは言えないけどさ』
亜神のお姉さんたちに言いたい。
『少しでいいからエヴェさんを見習ってください』
無茶振りだろうか。
かもしれない。
だからといってオオトリに行ってから紹介してもらうのは問題あると思う。
今でさえ埋没しているのだ。
現地到着後は余計にそうなってしまうだろう。
みんな遊ぶ気満々なのだ。
余程のことがなければ到着後しばらくはまともに話など聞く状態にないだろう。
『それこそベリルママに神気を解放してもらうとかでないと無理だな』
そうなったら悪夢以外の何物でもない。
話は聞いてくれるだろうが、その後は使い物にならないのは目に見えている。
つい今し方まで待たされたのだ。
俺が気にしているのを云々というのは、もはやどうでもいい。
これ以上は時間を浪費したくはないからな。
ならば、無理やり前に出てもらうまで。
「そう言えば……」
気を引くようにわざとらしく間を作った。
「どないしたんでっか?」
エヴェさんが素直に引っ掛かってくれた。
お見通しの上でそうしてくれているかもしれないけど。
「何かあるのか?」
ルディア様も聞いてくれた。
ベリルママは……
『ダメだ』
さっきから反応がないと思ったら側にいない。
少し離れた場所でミズキたちと井戸端会議中である。
俺の話など耳に入ってないだろう。
『しょうがねえなぁ』
とりあえずエヴェさんとルディア様に話を聞いてもらうとしよう。
「まだ挨拶を済ませてない人たちがいるんですがね」
俺がそう言うと、エヴェさんがポンと拳を木槌であるかのように落として手を叩いた。
「あっちで影が薄うなるように頑張ってる3人組ですな」
思いっ切り苦笑している。
「あれは仕方あるまい。
本来ならば呼ばれる予定ではなかったのだ。
いきなり連れて来られて恐縮しているのだろう」
ルディア様が事情を話してくれたのは予想外だった。
「ここは連れて来たベリルベル様に紹介してもらうに限るだろう」
「呼んだかしら?」
「「うわぁっ」」
唐突に入ってこられた。
スルッと自然に易々と懐に入られてしまった訳だ。
俺とエヴェさんは2人で引っ繰り返りそうになった。
向かい合う形だったルディア様は平気なようだったが溜め息をついている。
この唐突さがいつものことであることが証明されてしまった。
で、俺たちがズッコケている間にルディア様が話を進めてくれた。
「忘れてたわ、ごめんなさい」
更にズッコケた。
今度は俺1人だったが。
エヴェさんは苦笑している。
『これも、いつものことなんだな』
こっちまでルディア様のように溜め息をつきたくなってくるじゃないか。
『あ……』
お姉さんたちも諦観を感じさせるような表情で苦笑している。
『こうなることは予測済みだったんだな』
日頃から振り回されているであろう彼女たちに思わず同情してしまった。
なんにせよ紹介してもらわないとな。
読んでくれてありがとう。




