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61 年末にはアレがある

改訂版です。

 それは夕食後のまったりした時間のことだった。


「ねーねー、陛下」


 ちょこちょことシェルティのパピシー、シェリーがやって来た。


「んー?」


「クリスマスってなあに?」


 こてんと首を傾げる仕草で聞いてくる。

 これがまた可愛いのなんのって……

 膨れ上がる保護欲に心の中で悶え苦しむ俺。

 表面上は平静を装うが、バレないようにするのは大変だ。


「記念日だな」


 そう答えた瞬間に周りはシュバッと参上の人だかり状態になった。


「記念日って、なんの記念日?」


 興味津々の表情でシェリーが聞いてきた。

 他の面子もワクワクという書き文字が見えそうな顔をしている。


「俺もうろ覚えだぞ」


 そう前置きするのは何となく先の展開が読めたからだ。


「とある宗教の開祖が生まれた日だったと思う」


 それを言った途端に皆は興味を失った。

 集まった時とは正反対のダラッとした感じで解散状態。


『まあ、こんなことだろうとは思ったけどさ』


 そもそも何故クリスマスに興味を持ったのかといえば動画である。

 シェリーが見たのはクリスマスチキンのCMらしい。


「クリスマスか……」


 選択ぼっちだった俺には縁遠い代物だ。

 まあ、大学時代には昔馴染みの2人と食事会くらいはしたが。

 食事会と言うよりはアニメと特撮の鑑賞会と言うべきか。

 一応、各自が料理とお菓子を持ち寄って食べることもしたけれど。


「そういや、日本じゃクリスマスケーキを食べる風習が根付いていたな」


 食うという単語を耳にした途端、シュバッと戻ってくる一同。


「主よ、クリスマスケーキとはなんぞや」


 自動人形製作で助手をさせている間に、何故か【料理】スキルに目覚めたツバキさん。

 食べるより作る方に目が向いている。


「クリスマスの時に食べるケーキのことだよ」


「「「「「ケーキ?」」」」」


「記念日にはケーキを食べるの?」


 シェリーさんが勘違いしていらっしゃいます。


「記念日でなくてもケーキは食べていいんだぞ。

 おやつや食後のデザートなんかで食べるお菓子の一種だからな」


「「「「「お菓子!」」」」」


 皆の興味が更に高まった。


「どんなのだろ?」


「甘いのかな?」


「果物みたいにジューシーとか?」


「冷えてて、とろけたり?」


 周囲がにわかに騒がしくなった。

 冷静なままのツバキが質問を続ける。


「前に食べたアップルパイも主の言うお菓子だったと思うが?」


 ケーキと関連づけて推測したようだ。


「そうだな。

 アレもケーキもお菓子の仲間だ。

 向こうはパイでケーキじゃないがな」


「「「「「おおー」」」」」


 どよめきが湧き起こった。

 何人も天井を見上げている。

 アップルパイの味を思い出して反芻しているみたい。

 涎を垂らしている者までいる。


『俺も好きだけどさ』


 そこまで気に入ってくれたとは作った甲斐があった。

 また作ろうという気になるね。


「なるほど、お菓子にも色々あるのだな」


 ツバキが感心しながら頷いていた。


「ああ、あるぞ。

 ケーキは特にパイより種類が多いな」


「そ、そんなに沢山あるのか?」


 ツバキが動揺している。

 思った以上にレシピを増やせそうなことに動転したみたいだ。


「アップルパイの前に食べた朝食のホットケーキもケーキの一種だぞ」


「おお、そうだった」


 虚を突かれたように目を丸くするツバキ。


「ホントだ」


「忘れてた」


「あんなに美味しかったのに……」


 他の皆もショックを受けている。

 俺と出会う前の食生活を考えると無理からぬことかもしれない。


「ホットケーキはシンプルなケーキの代表格だ」


「ほ、ほかにもシンプルなケーキがあると!?」


「あるぞ」


 その返答に皆の視線が鋭くなった。

 まるで獲物を狙う肉食獣である。

 その状態で身を乗り出してくるから迫力満点だ。


「シフォンケーキとか」


「「「「「おー!」」」」」


「パウンドケーキやカップケーキもあるな」


「「「「「そんなに!?」」」」」


「ロールケーキもシンプルな方かな」


「「「「「まだあるんだ!?」」」」」


「チーズケーキは焼いているベイクドと冷やすタイプのレアがある」


「「「「「ひゃ─────っ!」」」」」


 もはや言葉になっていない驚きの悲鳴が上がる。

 皆が落ち着きを取り戻すまで、しばし待たざるを得なくなってしまった。

 俺も調子に乗りすぎてしまった訳だ。


「さて……」


 どうにか静まってくれたので話を再開する。


「クリスマスケーキの話に戻ろう」


 身を乗り出してくる者はいなかった。

 先程より冷静になった分、セーブしてくれているのだ。

 だからといって熱を失った訳ではない。

 期待のこもった目が俺に向けられている。


「記念日と言うだけあって手が込んだものが多い」


「ふむ、例えば?」


 皆の興味を代弁するようにツバキが聞いてきた。


「日本じゃ生クリームを使うデコレーションケーキが主流だ。

 イチゴがよく使われるが、他の果物も使われることがあってバリエーションも豊富だ」


 ゴクリと喉を鳴らす音がそこかしこから聞こえてくる。


「チョコクリームを使うブッシュ・ド・ノエルなんかもよく見かけたかな」


「「「「「チョコ!?」」」」」


 全員が興奮気味に驚いていた。

 前にカカオを見つけてチョコレート作ったからだろう。

 種を発酵させて乾燥させたり焙煎したりと手間はかかるんだけど。

 チョコは言うまでもなく好評だ。


 カカオバターが必要になるので副産物的にココアもできる。

 ココアも人気の飲み物になってるし。


「チョコってあのチョコだろ?」


「だよね」


「でもクリームってなんだ?」


「分かんない」


 なんて具合にヒソヒソと話をする者たちがいる。

 ただし、俺から視線は外さない。


「チョコクリームとは?」


 ツバキの興味もそこに行き着く。


「湯煎したチョコとミルクを混ぜて生クリームを加えたものだな」


 上を見上げている者が多い。

 頭の中で想像を膨らませているに違いない。


「あとはシュトレンかな」


「ど、どんな味がするのですか?」


 たまらずといった様子でカーラが尋ねてきた。

 そこに普段のクールなリーダーとしての姿はない。

 新しい料理になると目がない方だからしょうがない。

 量より味にこだわるので食い意地が張っているとまでは言い切れないか。


「そうだなぁ……」


 三十路過ぎになって初めて買ってきたときを思い出す。

 ネットで変わったものが食べたくて少し調べた程度だから詳しくはない。


「見た目はパウンドケーキに近い」


 が、実はケーキじゃなくてパンだとか。

 ドイツではクリスマスに食べるそうなので俺の感覚ではケーキなんだが。

 ちなみにブッシュ・ド・ノエルはフランスでよく食べられているとか。


「弾力があってややしっとりした感じで、やや甘めの味だと思う」


 砂糖やドライフルーツも使うからだ。

 このあたりも俺がケーキだと思う理由だ。


「ケーキって、どんな甘さですか?」


「蜂蜜みたいなのかニャ?」


「果物を煮詰めた感じ?」


「食感は?」


 そして質問攻めが待っていた。


「ケーキ全般で言えば砂糖の甘さだな。

 だけど、そんな単純なものじゃない。

 どれもこれも甘みも風味も違う。

 食感もフワフワでとろける感じなのが多いかな?」


 俺の返事に身もだえする者が出てきた。

 なけなしの語彙で表現してみた結果だ。


『中途半端に想像力をかき立てられてしまったか』


 その筆頭は言うまでもなくカーラである。

 捕食者の目になっていた。

 カラカルも山猫の仲間だから迫力あるんだよな。


 皆の様子も変だ。

 こちらに身を乗り出してきたりこそしないものの鼻息が荒い。

 肉食獣の飢えた目をして涎まで……


『たかだかスイーツの説明ひとつでコレか』


 皆そろって迫力満点の顔をしている。

 特にハスキーなキースは元の顔が怖いからシャレにならん。


「興奮しすぎだ」


 一言では何の効果もなかった。


 これでも本人たちは先程の行き過ぎた行動を反省して自重しているつもりだ。

 そのため体の動きには制限がかかっている。

 だが、それが逆に反動となって食欲が暴走していた。


『どうしたもんか……』


 途方に暮れそうになる。

 こういうときに黙って手伝ってくれるのが頼りになる相棒のローズだ。

 グルッと皆の間を回って落ち着かせてくれた。


「サンキュー」


「くうくくっくぅ」


 いいってことよ、か。

 オッサンが入ったり駄々っ子になったり、忙しい奴だ。


 一方で妖精たちはというと、食欲の余韻を残していた。

 ギラギラはしていないものの今にも涎を垂らしそうな幸せな表情である。


『どんだけ食べたいんだよ』


「君らは肉の方がいいんじゃないのかね」


 ケーキの話題にしてしまったのは俺なんだが。

 そもそも最初に見ていたのは全身白いおじいさんで有名なフライドチキンのCMだ。


「あのフライドチキンとかいうのもクリスマスに食すと?」


 ツバキさんが知らない料理に赤い瞳を輝かせていますよ。

 まるで獲物を狙うハンターだ。

 いや、アラックネは蜘蛛の妖精だから表現自体は間違ってない。


「あのフライドチキンなるものも美味しいのですか?」


「どんな味?

 ねえ、どんな味?」


「肉汁たくさん出るかなあ~?」


「チキンって鶏肉ですよね?」


「どうやって調理するのですか?」


 矢継ぎ早の質問攻めである。

 これでは答えられない。

 晩ご飯が終わったばかりなのに食欲全開だ。


 未知の料理ということで必死になるのは分からんでもないのだが。

 俺と出会うまでの皆にとって食事は飢えないためのものでしかなかったし。

 揚げ物なんて画期的なはず。


 茹でたり蒸したりも近いものがあるか。

 冬というと肉まんや餡まんがあるというのに、みんな知らないのだ。


『これは是非とも作らねばな!』


 もちろん全部片っ端からなのは言うまでもない。

 皆の喜ぶ顔が目に浮かぶ。


「主よ、クリスマスを我らもやってみたいのだが」


 俺がより先にツバキが提案してきた。

 意表を突かれたせいか、呆気にとられてしまう。


「ダメか?」


 固唾をのんで見守る一同。


「ダメなものか。

 面白いことはドンドン楽しもうぜ!」


「「「「「やったぁ─────!!」」」」」


 全員の喜びが爆発した。


「12月25日はクリスマスケーキを食べる記念日にするぞ!」


「「「「「おお───っ!」」」」」


 俺の宣言に全員が拳を突き上げて応じる。

 皆の中でクリスマスは美味しいものを食べる記念日となった瞬間である。


 本来はそういう日ではないのだろうが、うちは宗教そのものが違うし。

 日本人だった頃もケーキを食べるだけの日という認識だった。


 正確には24日のイブの日に買ってきて食べるんだろうが、そこもオレ流。

 翌日の割引になったものを買ってきて何日かに分けて食べる。

 冷蔵庫で保存しつつ翌日の朝食や晩飯にするのだ。


 分けて食べる相手などいない。

 じゃあ、なぜ買ってきてまで食べるのか。

 ケーキはホールで買ってくるという変なルールがいつの間にかできていたせいだ。


 それを決めたのは大学時代の同期であるミズキチやマイマイである。

 理由は電話で遠距離クリスマスパーティをするためだそうだ。

 無茶苦茶な理屈だが互いに買ってきたケーキを写メして盛り上がるためでもある。

 年に1回のワガママだったしな。

 これくらいは特に拒む理由もない。


『そういや、アイツらと連絡を取れなくなって2回目のクリスマスか』


 アイツらにとって俺は端から出会ってなかったことになってるのが寂寥感を誘う。

 くよくよしていても仕方がないので俺も人生を楽しむとしよう。

 今の俺には仲間がいるからな。


「更に年末年始は行事が目白押しだぞ」


 ここまで来たら、やりたいことは全部やる。


「クリスマスが終わったら次は大晦日だ」


「「「「「大晦日?」」」」」


「12月30日のことだ」


 ついつい31日と言ってしまいそうになる。

 が、惑星レーヌの1年は360日。

 12ヶ月で等分しているので30日が最後の日なのだ。


「それも記念日なの?」


 コテンと首を傾げて聞いてくる子供組のルーシー。

 ロシアンブルーでその仕草は反則級に可愛い。


「1年最後の日だぞ。

 締めくくりの日には1年の無事を感謝しないとな」


「「「「「おおーっ」」」」」


 皆、素直に感心していた。

 クリスマスから日が近いから何か言われるかとも思ったが。


『これなら大丈夫そうだな』


 ということで年末年始のことを説明する。


 まずは除夜の鐘とか初詣とか。

 ミズホ国に寺はないから神社に鐘が設置されていたりする。

 実際に見るとシュールな光景だ。

 そう思うのは日本文化を知る俺だけだがな。


「1年の感謝と新年の挨拶か」


 ツバキが感心したように、うんうんと頷いていた。


「食べる方は何かあるのでしょうか」


 真剣な表情でカーラが聞いてきた。


「大晦日は年越しそばを食べる」


「「「「「おおっ」」」」」


 食べ物になると皆の食いつきがいい。

 どういう意味があってとか説明しても上の空なのはアレだけど。


「では新年には何もないと……」


 引き続きカーラがテンションを下げ気味に聞いてくる。


「どういう理屈だよ。

 ちゃんと色々あるよ」


「「「「「色々っ!?」」」」」


 食い気味に皆が聞いてくる。


「新年には保存の利くお節料理を用意して3日間はそれを食べたり」


「「「「「おおーっ!」」」」」


「合間に雑煮や汁粉なんかも食べるな」


「「「「「凄おーいっ!」」」」」


「お節の他だと……」


「「「「「まだあるのっ!?」」」」」


「カレーかな」


「「「「「うひゃ─────っ!」」」」」


 一同、大歓喜である。


 カレーは日本の食品会社がテレビのCMで広げたものだが。

 まあ、俺は有効活用させてもらってた。

 せっかくのお正月なんだし、ライスは赤飯なんてどうだろう。

 味は……食べてみてのお楽しみになりそうだけど。


『食べ物ばっかだな』


 だが、それがいいのだ。

 年末年始、万歳!


読んでくれてありがとう。

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