563 往生際が悪いと言うべきか
賽は投げられたと昔の人は言った。
いや、異世界の人と言うべきか。
今は地球のあるセールマールの世界が俺にとっての異世界だから。
「……………」
話がそれてしまった。
俺が言いたかったのは、網は投げられたということだ。
『実際に放り投げた訳ではないがね』
偵察用の自動人形たちを目星をつけた場所を囲むよう事前に配置。
これが準備段階だった。
他にも色々と準備した上でオオトリから遠く離れた海底に網状の結界を構築する。
本来であれば広大とも言える広域結界であるため一瞬では終わらない。
しかしながら時間をかけていたのでは魔神に逃げられる恐れがある。
それをさせないために複数の俺で対処した。
【多重思考】スキルで数多の自動人形を制御したのである。
軽く千を越える俺によって結界の網は一瞬で構築された。
だから短時間の会話の間に終わらせられるのだ。
ここがルアーフィッシングとは大きく違う点だろう。
『釣りをするとなると、相手が出てくるのを待たねばならないからな』
チンタラと疑似餌にかかるのを待つほど暇ではないのだ。
『とっとと終わらせて海水浴だ』
ベリルママのお仕置きタイムが魔神討伐までに終わるかは不明だけど。
俺たちが先に終わらせて待つ方が良いに決まっている。
という訳で網を使って閉じ込めて一気に引き上げるのだ。
こちらから能動的に動けるのが網を使う強みである。
そして網を広げた分だけ広域をカバーできるのが強みだ。
ちょっとした国を飲み込むほどの領域が端から端までびっしりと結界で囲われていた。
それだけ広いと普通は弱かったり雑だったりするのだが。
何人もいる俺が制御するのだ。
弱い訳がない。
もちろん雑であるはずもない。
そして亜空間に隠れていようと関係ない。
『深く広く確実にってな』
外部への繋がりを遮断する。
それは隣り合う網の目であっても同様だ。
網とは言ったが、実質は頑丈な縦長の箱を幾つも並べて区切ったと言うべきか。
別の言い方をするなら透明の牢獄の集合体。
『意味が分からないな』
水槽を隙間なく幾つも繋げたと言った方が、まだマシか。
とにかく結界内から魔神を逃がさないようにした。
西方人たちからすれば考えられないゴリ押しの方法でだが。
『まともな方法でやると、ゴッソリ魔力を持って行かれるけどな』
そこはやりようがあるので特に問題にはならない。
現に俺の魔力はほとんど減っていなかった。
故にエヴェさんにも結界を構築したことを気付かれてはいない。
伊達に神級スキルの【魔導の神髄】を持っている訳ではないのだ。
技術的なあれこれだけじゃないので重宝している。
『裏技的な知識でも簡単に得ることができるのが嬉しいよな』
そういったことは【諸法の理】でも調べられるけど、こちらの方が手早く分かる。
『専門分野だからね』
あと、熟練度の差とかもあるのだろう。
【諸法の理】で半分を超えたくらい。
【魔導の神髄】は6割くらいだったから。
今回の結界魔法の使用で【魔導の神髄】が微増したのには内心で笑ってしまった。
それだけ熟練度を得られる規模の魔法だったということだ。
さすがに神級スキルだけあって微増に留まってしまったけれど。
特級スキルの【魔導の極み】で今回の熟練度を得たなら一気にカンストしたと思う。
それも初期値の状態からだ。
神級と特級の間には、それ程の開きがある。
『これを極めようと思うと気が遠くなりそうだな』
とにかく結界の展開は完了。
『逃がさんよ』
細心の注意を払って亜空間の奥深くにまで食い込ませた結界だ。
この時点では手応えはまだない。
だが、結界の中に魔神を捕らえたという確信はあった。
大勢の勇者が束になっても御しきれない魔力を注ぎ込んでゴリ押しした結界である。
これで捕らえ損ねるというのであれば、目星をつけた場所が間違っていたということだ。
逃げられる?
それはない。
結界内に閉じ込めた時点で魔法が阻害されるようにしてある。
攻撃魔法だろうが転送魔法だろうが結界全体で封じ込めにかかるからな。
一点突破を試みても一時的にその部分が強化される。
全体でリカバリーするので突破自体が困難だ。
その分、魔力は消費されることになるが補充すればいいだけのこと。
向こうだって脱出が困難と覚れば必死になるだろう。
だが、魔神と根比べとなるなら分があるのは事前に準備をしていたこちらである。
魔神は長年の封印により消耗しているからな。
それに奴はぶっつけ本番である。
対処法も分からない状態では、更に消耗するというもの。
とはいえ、こちらもまだここから封印と浄化という重要な仕事が待っている。
初っ端から無闇に魔力を消費できない。
故に俺自身の魔力は消費しないようにしたのだ。
『という訳で、レッツ引き上げ!』
亜空間から引っ張り出さないことには封印もできないからな。
とはいうものの、力で引っ張るのとは違う。
結界の亜空間に達した部分を通常空間へと戻す。
これは言葉ではなかなか説明しづらいものがある。
抜き取るというのも違うし。
反転するというのも違う。
それらの感覚を加えつつ押し出すというか。
結界の実際の動きを観察すると、そうとしか言い様がない。
ただ、魔法を制御して実行する分には引き上げるイメージで充分だったりする。
『その点はホント助かるよな』
あの奇妙な感覚を広範囲でカバーしつつ思い描くなど気持ち悪くて仕方がない。
やってできなくはないんだが悪酔いしそうでクラクラする。
そんなに長い時間がかかる訳ではないんだが。
こればかりは実際にあの奇妙な感覚を感じてみないことには分からない。
まあ、そんなに心配しなくても観察する分には気持ち悪くはならないはずだ。
俺の感じた限りではだが。
感覚には個人差があるだろうから断言はできない。
とにかく亜空間から結界を引き上げていく。
すると他の部位とは異なる感覚を受ける場所があった。
『お、こいつは手応えありってことか?』
それが通常空間に引き上げられた瞬間──
『うおっ、こりゃ酷え!』
禍々しい気配がビンビン伝わってきた。
亜空間内だと、ああも完璧に遮断できるものなのか。
『結界で防いでなかったら周辺が瘴気まみれになってたぞ、これ』
なかなかシャレにならない奴である。
もしも直に戦うことになったなら強制的に金網デスマッチならぬ結界デスマッチだ。
戦闘になった場合は更に瘴気が放出されるだろうから。
『ベリルママが魔神討伐の時に結界で囲ったのって、そういう意味合いもあったんだな』
思わず感心させられてしまった。
なんにせよ、この気配を感知できているのは結界を制御している俺だけだ。
このまま封じ込めて終わらせなければならない。
『汚染物質を放出する訳にはいかないからな』
ただし、その前に確認はしなければならない。
『ダミーを囮にして気配を殺している恐れもないとは言えん』
好んで隠れ潜むような輩だからな。
通常空間に引っ張り出したら、あからさまな場所だったというのも気にかかる。
目星をつけた範囲のほぼ真ん中なんて出来過ぎだ。
そこだけに結界を集中させた瞬間に逃走を図ることだってあるかもしれない。
考えすぎかもしれないが、念には念をだ。
こういう場合は慎重すぎるくらいで丁度いい。
【天眼】スキルを駆使して禍々しい気配の正体を確認する。
『ん?』
ハッキリと見ることができない。
靄がかかった所にモザイクをかけたような不確かさだ。
『抵抗しているのか?
それともダミーを隠蔽している?』
魔神の端くれとしての意地があるのか。
それとも単純に外部からの干渉すべてに対抗しているのか。
『意地はあまりなさそうな気がするんだが』
こそこそ逃げ隠れするような奴だからな。
何にせよ向こうがその気なら、意地でも見てやろうという気になる。
称号に[出歯亀]とかつきそうで躊躇いを覚えなくはないがね。
事前に拒否申請とかできるなら絶対にするところだ。
『確認しないことには始まらんよなぁ』
憂鬱な気分にさせられたが、覚悟を決めて挑む。
まずは身動き取れないようにする。
奴を捕らえている個所だけ結界の網の目を細かくしていく。
広めのテーマパークくらいのスペースで囲われているのが現状なのでね。
故に結界の内部であれば自由に動けてしまう。
外部への脱出は困難だが捕捉するのは些か面倒だ。
これを簡単にする。
『結界の結界による結界のための結界だっ』
意味不明なことを考えてしまった。
我ながらアホだと思う。
まあ、変なものを見せられたせいでテンションがおかしくなっているようだ。
念のために確認してみるが、何かしらの状態異常にはなっていない。
『これでダミーだったら結界全体でジワジワ浄化の刑だな』
あぶり出しである。
ただし、刑と言うからには最後まで手を緩めるつもりはない。
真綿で首を絞めるように消えてもらう。
さて、そうこうするうちに網の目はかなり小さくなった。
魔神と思しき対象を箱詰め梱包できそうなサイズの結界に収めることに成功だ。
向こうも途中から気付いていたようだが。
今更だ。
だがしかし、これで終わりではない。
『保険は掛けておかないとな。
万が一にも逃げられちゃシャレにならんし』
俺は魂喰いという前例を知っている。
自爆などの裏技的手段で逃げられるようなヘマはしないさ。
特に正体を見せようとしない魔神については結界の3重掛けで対応である。
必死になって藻掻こうとしていたが結界はビクともしない。
そして自爆での脱出もできなくなった。
遅すぎたのだ。
せめて網の目を細かくする前なら、あるいは脱出の目もあったかもしれない。
『いや、無理か。
俺の【天眼】に抵抗した時点で守勢に入ったようだし』
対応を間違えると、呆気ないものである。
向こうは慎重すぎて失敗したということになるだろうか。
『さて、その面を拝ませてもらおうか』
しかしながら【天眼】はまだ使わない。
結界を狭めて身動き取れなくしたら、次は封印である。
そちらに抵抗するだろうから【天眼】で見やすくなるという寸法である。
読んでくれてありがとう。




