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56 ドワーフたち平伏する

改訂版です。

『凄いもんだな』


 元ぼっちの俺には圧巻の一言に尽きる。

 王城の大広間で繰り広げられる宴の光景である。

 酒を酌み交わす大勢のドワーフたち。

 数百人はいるだろう。

 そして主賓は俺。

 迷惑をかけた詫びという名目でガンフォールに誘われた結果だ。


『ほとんどお祭りだな』


 もっと規模の大きい祭りを知らない訳ではない。

 酒でお祭りと言えば、ドイツに桁違いに凄いのがあったはず。

 もちろん参加したことはないのだけれど。

 テレビなどで見たりして知っているだけだ。


 故に目の前の光景に圧倒されている。

 仲間内でワイワイ騒ぐなど記憶の限りでは高校の部活で行った合宿くらいだからな。

 元選択ぼっちは伊達ではないのだ。


『これで主賓だからなぁ』


 隅っこでコソコソしている訳にもいかない。

 座っているだけで見知らぬドワーフが次から次へと酔ってき──

 もとい、寄ってきた。

 で、挨拶代わりに飲んで言いたいことを言って去って行く。

 話題は決闘時に関連することか俺が売った酒についてである。


「凄い戦いだった」


「どうやったらあんなに素早く動けるんだ」


「最後のはどうやって見切っていたのか」


「あんな魔道具は見たことがない」


「この酒は凄い!

 素晴らしい!

 奇跡だ、信じられないっ!」


「どうしたら透明な酒なんて造れるんだっ」


「この酒を造るのに何年かかるんだ?」


 行列ができているせいか、俺の返事なんて待たない。

 飲んでコメントしたら次である。

 そんな訳で俺は飲んで飲んで飲んでの状態が続いていた。


『日本人だった頃なら完全に潰れてたな』


 つい、所属課ごとでやっていた役所の忘年会を思い出す。

 戌亥市では二次会禁止だった。


 全国的に見て他所の自治体では人身事故とかもあるし、厳しいとは思わない。

 戌亥市でも飲酒運転で警察署に突っ込んで逮捕された正規職員がいたし。

 幸いにして死傷者はいなかったが全国区のニュースになってしまった。

 飲み会に制限が加えられるのも無理はない。


 そのせいで、こういう賑やかな宴会は初めてである。

 だが、盛り上がっている割にはカオスな状況になっていない。

 ドワーフはもっと飲めや歌えのドンチャン騒ぎをするものだと思っていた。


『飲み方が違うんだな』


 先入観を川に例えるなら急流や激流だ。

 でも、実際は大きな河川の河口付近がイメージに近いと思う。

 豪快に飲んでいる訳ではないのに知らぬ間に酒がなくなっている。

 そんな感じだ。


 楽しく談笑はするけど、くだは巻かない。

 歌い踊りはしても、どことなく節度が守られているというか品がある。

 間違っても酒乱なんて出てこない。


 勝手に乱闘騒ぎがあるとか思っていた自分が恥ずかしい。

 誰も暴れないので拍子抜けである。

 しばらく呆気にとられてしまったさ。


「なんじゃ、その間抜け顔は」


 ガンフォールが酒を飲みながら笑う。

 事実なだけにグサッとくる。


「これだけ集まる宴会なんて初めてなんだよ」


「なんじゃ、寂しい奴じゃのう」


「賑やかにやるだけが酒の飲み方じゃないだろう」


「それもそうじゃな」


 ガンフォールが呵々と笑った。

 実に楽しそうだ。

 皆が笑っている。

 賑やかだが耳障りだったりはしない。

 妖精組と一緒に飲み食いする時の雰囲気に近いからだろうか。


 そんな雰囲気の中で俺はふとあることを思い出した。


「そう言えば聞くの忘れてたな」


「何をじゃ?」


 無意識に漏れ出た独り言をガンフォールに拾われるとは予想外。

 が、それならそれで都合がいいってことで聞いてみることにした。


「この国の名前」


「は?」


 カクーンと顎が外れたように口を開いているガンフォール。


「いや、俺って遠くから飛んで来たからさ」


 正確には跳んできた、だろうか。

 転送魔法の場合は跳躍したとか言うことが多いらしいからな。


 とにかく俺はこのドワーフの小国の名前を知らなかったのだ。


「ヒガ、お前という奴は何から何までデタラメな奴じゃな」


「賢者ってのは世間知らずなのさ」


「そういや、賢者とか自称しておったかのう」


「自称って何だよ」


 ニュースで読み上げられる事件の犯人みたいなのが嫌すぎる。


「ハハハ、拗ねるな拗ねるな。

 最初に聞いたときは頭がおかしいんじゃないかと思ったがな」


「酷え言われようだな」


「ハハハ、そう言うな」


 笑って誤魔化されてしまった。

 とはいえ、笑いながらも「ジェダイト王国じゃ」と教えてくれたので水に流した。


 聞いてみたところ大山脈地帯の南部地域に属する小国のひとつだそうだ。

 確かに、ここだけがドワーフの国だとすると人口が少なすぎる。

 採掘で掘った穴を利用した居住スペースがあるそうなので正確な所は不明。

 だが、日本で言えば市制施行が可能な5万人には遠く及ばないはず。


『さすが山岳地帯。

 あまり大勢では集まれないんだな』


 その代わり横のつながりは根強いようだ。

 難事には小国同士で団結して挑むのだと誇らしげに言われたし。


 そして話は、またしても俺に矛先が向いてきた。


「最後はどうなるかと冷や冷やしたもんじゃったがな」


「そいつは済まないな」


「なんの、アレにはいい薬になったわい」


 アレとはガンフォールの孫、アネットのことである。

 見ようによっては一方的に苛めたようなものなので肩身が狭い。


「ワシらではどうにもならなんだ底力まで引き出してもらったしの」


 周囲にいた何人かの爺さんたちが同調して頷いている。


「更には、それを遙かに上回る自力で圧倒しおった」


「そうよの」


「見事、見事」


「超人と言っても差し支えあるまい」


「そうじゃな」


「まさしく」


「まったくだ」


 爺さんの1人がとんでもないことを言い出したと思ったら……

 ガンフォールだけでなく他の爺さんたちまで同意し始めた。


『超人ねぇ……』


 英語に直訳すると赤マントのガチムチヒーローが真っ先に思い浮かんでしまう。

 悪いが俺の趣味じゃない。

 日本産の変身巨人も微妙だ。


「超人は勘弁してくれ」


『そういうことを言われて喜びそうなのは一緒にいるけどさ』


『くーう?』


 呼んだ? とか聞いてくるローズ。


『……………』


 念話カットするの忘れてた。

 呼んだつもりはないなんて言ったら怒ってきそうだ。


『くぅ、くくー?』


 ねえ、呼んだ? って言われても困る。

 明らかに退屈を持て余している。

 下手にイエスと言えば、どうなるやらだ。


『そうだけど──』


 俺としては『外に出るなよ』という言葉を続けるつもりだった。


「くっくくぅくぅー!」


 ジャジャジャジャーン! とか言いながら、あっさりポンッと実体化してんの。

 止める間なんてなかったさ。


『あー、やっちゃった……』


 周りにいたドワーフたちはガンフォールも含めて口をまん丸に開いてた。

 誰も動かない。

 その場だけ時間が止まっているかのようだ。

 瞬く間に広間中が「シーン」と静まりかえってしまった。


「ローズさん、どうするつもりよ」


「くうくっ」


 知らんって、無責任な。


「くぅっくっくっ」


「誰が笑って誤魔化せと言った」


「くぅー」


「だって、じゃねえ。

 とにかく霊体化して戻れ」


 ピタリとローズが止まってしまう。

 かと思うと、バターンと床に倒れ込んでジタバタと手足を振り回し始めた。


「くっ、くぅ、くくぅー!」


 嫌だ、嫌だ、うわーん! って何だよ。

 お店で欲しいものを買ってもらえず駄々をこねる子供そのものだ。


『いくら精霊獣としては0才と言ってもなぁ』


 中身は586才だ。

 それでも「ロリBBAじゃねえか」とは言ってはいけない。

 それは俺の魂が間違いなく禁句だと告げている。

 霊体化して戻れなどと言うより遥かに危険なNGワードだ。


 けど、本気で暴れたいから意図的に言わせようとしてるのかなんて勘繰りたくなる。

 それくらい幼稚な言動がハマってるのが、ね……


 ともかく全然と言っていいくらい本気じゃないよな。

 でなけりゃ、ポカスカ当たっている床が無事で済むわけがない。

 仮に耐えられる構造だったとしても建物が地震のような震動に襲われていただろう。

 そういう前提で行動している以上は俺が根負けするのを待っているということだ。


『腹黒い奴め』


 俺の返答は「だが断る」だ。

 このまま根比べが始まるかと思った矢先、ガンフォールが復帰した。


「ヒガ、この奇妙な生き物は何だ。

 お前が召喚魔法でも使ったというのか」


 ガンフォールの発言に「おおっ」というどよめきが起こる。

 いきなり登場したし、そう思われたとしても不思議じゃないよな。


「夢属性の精霊獣だよ」


「なんじゃとぉーっ!?」


「で俺と契約している」


「ふぁっ!?」


 奇妙な声で叫ぶと、ガンフォールは目を見開いたまま固まってしまった。


「お~い」


 呼んでも目の前で手を振っても返事はない。

 しかも、俺たちを中心に急に宴会場がざわつき始めていた。

 突如として精霊獣が現れた訳だから分からなくはないんだが。

 ヒソヒソで話し合っていたかと思うと、徐々に静まり返っていく。


『気まずい……』


 静かな上に注目を浴びるとか元選択ぼっちには拷問に近い。

 俺には待つことしかできなかった。

 何とかできそうなガンフォールは無反応なままだからな。


「…………………………………………………………………」


 どれほど待っただろうか。


「ははぁーっ」


 突如、ガンフォールが平伏した。

 それを見た他のドワーフたちが王に倣えとばかりに土下座が拡がっていく。


『一体なんなのさっ!?』


「ちょっと、待てぇーいっ!」


 俺が叫ぼうと、みんな微動だにしない。


『俺にどうしろと?』


 途方に暮れて待つことしばし。

 ようやくガンフォールが顔を上げてくれた。

 他の面子は土下座したままだが。


「我が国には古い言い伝えがあってのう」


 事情は説明してもらえるようだ。


「古いって、どのくらいだ?」


「分からぬ」


 ガンフォールは頭を振った。


「じゃが、いつか精霊獣を従えた若者が訪れると言われておるのじゃ」


 まるで予言である。

 が、それが事実だったくらいで平伏したりはしないだろう。


「若者は我が国を救うべく神により送り込まれた──」


『おいおいおいおいおいっ!』


 話の途中で特大のツッコミどころである。


「神の子であると伝わっておるのじゃ」


『誰だぁっ、そんなこと言った奴は!!』


 内心ではそうツッコミを入れたが、これを吐き出す訳にはいかない。

 ラソル様の影が見え隠れしているように思えてならないからだ。


 だが、それを確認するのは後回し。

 とにかく神の子の認定取り消しと他言無用をお願いしなければならない。

 ローズは相方であって使役している訳ではないことも説明しておく必要がある。


 それらを納得してもらうまでに費やした時間については思い出したくもない。


読んでくれてありがとう。

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