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54 決着と真実と

改訂版です。

 残り48秒で赤髪脳筋幼女アネットが動いた。


「なんじゃとっ!?」


 ガンフォールが驚愕するほどのスピード。


『覚醒したな』


 極限まで精神が追い込まれた結果だろう。


『あの程度の煽りでなぁ……』


 まあ、キレキャラだからしょうがないのかもしれないが。

 いずれにせよ今までとは比べ物にならない速さだ。


『通常の3倍の速さで迫るか』


 俺に向かって飛んでくる突進力は迫力がある。


『しかも赤いな』


 髪の毛が、だけど。


 ともかく、ガンフォールが反応しきれない速さだ。

 ほぼ一瞬で距離を潰された。

 その上、突進力に負けぬスイングスピードでハンマーを振るってくる。

 荒れ狂う暴風のように連撃してくる。


『ガンフォールなら当てられたんだろうがな』


「遅い」


 そのことごとくを僅かな動きですり抜けるように躱していく。

 擦るかどうかギリギリの回避。

 これは誘いだ。

 アネットの上限がまだあると思うが故に。


『ならばそれを引き出す』


 残り35秒。


「────────っ!」


 声なき咆哮を上げながら幼女が連打の回転を上げる。

 俺はなおも躱し続ける。


『まだ行けそうだ』


 残り21秒。


「遅い、遅いぞ」


 俺の挑発にガンフォールは瞠目する。

 ここまでとは思わなかったのだろう。

 観客たちも言葉を失っていた。


 アネットは何を思うのか分からない。

 表情は怒りのままだからだ。

 擦りもしない攻撃に動揺を見せることもなければ呆気にとられることもない。

 挑発で回転が上げられるかと思ったが、変化はなかった。


『それでも諦めていないな』


 残り15秒。


「─────────────っ!!」


 ここに来て幼女がそれまで維持していたスピードが失速し始める。

 鬼気迫る表情は変わらぬままだが徐々に連打の勢いが失われつつあった。

 それでも並みの相手ならタコ殴りにされる程度の回転は維持している。


『体が先に悲鳴を上げ始めたか』


 息切れやスタミナ切れではない。

 猛攻により体を酷使した結果である。

 両腕の毛細血管は既にズタズタの状態だ。

 関節や腱なども痛めている。

 数十秒もの間、限界を超え続けた代償だ。


『普通ならとっくに痛みで動けないはずだがな』


 ここまで来ると執念だ。

 幼女でこれとは末恐ろしい。

 それだけにキッチリけじめをつけておかないとダメだ。

 故に俺は無慈悲に勝負を決めに行く。


「お前の負けだ」


 残り3秒。

 ここで俺は攻勢に出た。

 アネットの周囲を回りながらハンマーを叩き込む。


「ピココココココココココココココココココッ」


 覚醒した状態のアネットに反応することすら許さぬ18連撃。

 観客も言葉を失う連打であった。

 が、音のせいで締まらない。


「ビーッ!」


 タイマーが0となると同時にブザーが鳴った。

 試合終了だ。

 が、半ば意識を失ったアネットの耳には届いていない。

 なおも前に進み出て戦おうとする。

 もはや本能だけで動いている状態だというのに。


『そこまで体に気迫が染みついているか』


 それだけは称賛に値する。

 が、伝えるべきタイミングはアネットが成長してからにすべきだろう。


「基礎からやり直してこい。

 この甘ったれのヒヨッコが」


 俺はアネットの首筋に手刀を叩き込み、意識を失わせた。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 決着がついた後、俺はガンフォールの私室に案内された。

 この場に居るのは俺とガンフォールだけだ。

 アネットは治癒魔法をかけた後、気を失ったまま別室に運ばれていった。


「いやー、スマン。

 礼を言う。

 本当に助かった」


 腰を落ち着けるなりガンフォールが頭を下げた。

 やけに軽いというか気安い感じがする。

 出会ったときのぶっきらぼうな態度とは正反対だ。


 【諸法の理】によると、ドワーフは相手を一度認めると身内のように接するそうだ。


『まあ、私室に案内するくらいだしな』


「まだ何とも言えんと思うが?」


「いや、あれは変わるじゃろう」


 あれとはガンフォールの孫、アネットのことである。

 赤いボサボサの長髪で褐色肌の野生児幼女。

 華奢だが、ドワーフの女児としては標準的な体型だそうだ。


 大人になっても筋肉ダルマにはならずに細マッチョな感じになるんだと。

 胸は個人差の幅が大きいらしいが絶壁がスタンダードの幼女には関係ない。


『まだ10才だしな』


 それにしては決闘における最後の猛攻は大人たちの度肝を抜くほどだった。

 身軽さを見せたガンフォールに「ワシなら負けていた」と言わしめたほどだ。


「アンタがそう言うなら、そうなんだろう」


 身内だからこそ俺には感じられなかった確信があるということか。

 そうであって欲しいと思う。

 でなければ、アネットの意地が無駄になってしまうからな。

 自ら体をボロボロにするほどの限界突破ぶりを見せただけではない。

 痛苦に泣くことも悲鳴を上げることもなかった。


『大人でさえ絶叫しそうなダメージだったはずなんだがな』


 魔法で治癒しなければ完治はしなかっただろう。

 良くて後遺症が残ったはず。


『まあ、ポーションでも良かったか』


 作ってないから、いずれにせよ今回は魔法一択だった訳だが。

 お陰で俺が魔法を使ったことがバレて騒がれたけどな。

 音声を客席に伝える魔道具が床下に埋まっているのを失念していたせいだ。


『迂闊というか間抜けすぎだろ、俺』


 口止めを頼んで了承は貰えたけど。

 【諸法の理】によると、ドワーフの口の堅さは筋金入りだそうだから良かったけど。


「で、眠ったままか」


「うむ、明日の朝まで目を覚まさんじゃろ」


「すまない。

 やり過ぎた」


 俺は頭を下げた。

 しかし、ガンフォールは首を横に振る。


「謝るのはワシの方だ」


 そう言って頭を下げ合う形になった。


「満足に教育できなかったんじゃからな。

 両親のいないあの子を甘やかせたのが原因じゃ」


『重いな……』


 方向性は違うが、俺にも覚えがある。

 祖父母のお陰でマシであったというだけだ。

 そんなことを考えながら俺が沈黙を守っていると──


「5年前にワイバーンが群れで飛んで来たことがあってな」


 ガンフォールが話を続ける。


『アネットが5才の頃か』


 物心がついたかどうかの年齢だろう。


「迎撃に出た娘と婿が同時に死んでしもうた。

 それからじゃ。

 あの子が強さに異常にこだわるようになったのは」


「まさか目の前でってことは……」


 そこまで口にしたなら最後まで聞いたも同然だったが、気持ちがブレーキをかけた。


「そのまさかだ」


「そうか……」


 俺よりショックは大きかっただろう。

 あそこまで執念を燃やすのも納得というものである。


「気にするな。

 お主が責任を感じる話ではなかろう」


 ガンフォールは淡々と語っているが、当時はそんな心境になれなかったはずだ。

 時間というのは偉大である。

 たった今、事実を知った俺としては天を仰ぎ見るしかなかったが。


 何であれ幼女は痛みを知っていた。

 よくぞ壊れなかったと言うべきだろう。

 それは本人が折れない心を持っていたからだ。


『弱くはないな』


 むしろ強い。

 しかしながら「弱い」と言ったことを取り消すつもりはない。

 そういう一面もあるからだ。

 自分だけが悲しかったり苦しかったりする訳ではない。

 それが認められず八つ当たりするように乱暴者になってしまったのだと思われる。


 場合によっては憎しみに押し潰され壊れていたかもしれない。

 そうならずに済んだのは周囲の大人たちが見守り続けたからだろう。

 乱暴者には育ってしまったが、許容範囲ではないだろうか。


 ガンフォールたちの頑張りは俺の想像の及ぶところではないだろう。


「尊敬するよ、ガンフォール」


 俺の突然の言葉に訝しげな表情を向けられてしまった。


「アンタは孫の育て方を間違っちゃいなかったってことだ」


「とてもそうは思えんが」


「外からでないと見えないものもあるってことさ」


 返事は溜め息と苦笑で返された。


「暗い話はこれくらいにしておこう」


 ガンフォールの提案に俺は頷いた。


「悪いな」


 そうなるように話を振ったのは俺だ。

 無理に続けようとするのは無粋というものだろう。


「気にすることはない。

 そういう雰囲気だっただけのことだ」


『どちらかのせいではなく雰囲気のせい、か』


 なかなか上手い言い方をする。

 ならば互いに頭を下げ合う必要はない。


『伊達に年は食ってないな』


 思わず苦笑しそうになってしまった。


「話は変わるが……」


「ん?」


「アレは本当に貰っていいのか」


「ピコピコハンマーのことか?

 そのために用意したもんだからな」


 ガンフォールの表情が呆れたと言わんばかりになる。


「そのため、じゃと?

 まさか即席で用意したのか!?」


「そうさ」


「そんな暇はなかっただろう」


「いや、亜空間倉庫を作業場にして魔法で作ったからな。

 多少は時間稼ぎさせてもらったが、本気を出せばあんなもんだ」


「あんなもんって、お前……」


 ガンフォールは「どう考えても普通じゃないだろう」と言いたげである。


「反省はしている。

 後悔はしていない」


 送られてくる視線が生暖かい。


「俺はガンフォールを信用している」


 諦めたようにガンフォールは溜め息をついた。


「無茶苦茶だな、お前は」


「褒め言葉と受け取っておこう」


「では聞くが、最後は本気を出しておったか?」


「いいや、本気だと大惨事を引き起こしかねんからな」


「しれっと怖いことを言ってくれるわ」


 ガンフォールは冗談だと思ったのか苦笑している。

 まるで本気を出していないとは夢にも思っていないようだ。

 多少セーブしたくらいの認識なんだろう。


『俺の称号を見たら顔色が変わりそうだな』


 なにしろ[超越者]とか[一騎当軍]がある。


『今更だけど冗談じゃねえっての』


 物騒過ぎる。

 称号は余所の世界の神様に注目されるラベルだってのに。

 俺は自由に生きたいだけなんだ。


『まさか、今回の一件で増えたりしてないよな』


[ものづくりの鉄人]

[ヒーローマニア]

[エルフの友]

[調教師]

[ドワーフの友]


『……マジ勘弁してくれ』


 [調教師]とか不穏な響きの称号が混じってるし。


「どうかしたか?」


 ほとんど表情には出さずにいたがガンフォールは何か感じ取ったらしい。


「いや、つまらんことを思い出しただけだ」


「そうか」


 それで誤魔化せたのは不幸中の幸いである。

 しかしながら俺の中では修羅場のままだ。


 神様、なんとかしてください。


読んでくれてありがとう。

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