530 ハルトはやっぱり[鈍感王]
ヤエナミのお辞儀に居心地の悪さを感じる。
「そろそろ頭上げてくんないか」
俺がそう言っても頭は上がらない。
「もしもし?」
上がらない。
「話を聞きたいからさ。
その状態で話はできんだろ」
そう呼びかけて、ようやく下げていた頭が戻ってくる。
『横向きの辛い姿勢だろうによくやるよ』
「私にできることは何もありません。
こんなことで礼になどなる訳もないのですが」
苦虫を噛み潰したような顔でそんなことを言う。
『真面目だなぁ』
もう少し砕けた感じになってもいいと思うのだが。
「そこまで堅苦しく考えなくてもいいんだがな」
「そんなっ」
「あー、こっちの都合で悪いんだけどさ。
俺って堅苦しいのダメなんだわ。
ここは公式の場じゃないから気楽に頼む」
「え、でもっ……」
戸惑いを見せながら食堂の中を見回している。
「ここは貴方のお屋敷ですよね。
何をする場所かは分かりませんが……」
「屋敷ではなく城」
ノエルが訂正に入った。
「し、城ですか!?」
コクリと頷くノエル。
ヤエナミは助けを求めるような目を俺に向けてきた。
「そうだな。
他所の国とは様式が随分と違うが俺の城だ」
「で、では王様……」
「一応はそういうことになるな」
「っ、数々の御無礼──」
「あーっと、ストップだ」
慌てて全力で頭を下げようとするヤエナミを止める。
「言ったろ?
堅苦しいのはダメだって。
うちの国民にも普通にしてくれって頼んでるくらいなんだ」
「事実」
しれっとした様子でノエルが肯定する。
「そういうことだから普通で頼むわ」
無理だとは思うけど。
「は、はひ」
噛んでるし。
「言ったはず。
今から驚いているようでは体が持たないと」
ノエルにしては不用意な発言をしている思ったが。
『なるほどね』
身をもって知るように仕向けたようだ。
「そしてここは食堂」
『畳み掛けるか、容赦ないな』
この広さの食堂はなかなかない。
ゲールウエザー王国の王城のそれと比べても、ずっと広いからな。
魔法で空間拡張してるし。
「ええっ!?」
予想通りに驚くヤエナミ。
「ここが食堂なんですか!?」
「ん」
「でも、ここにベッドがありますし……」
『そっちで驚いたか』
別に予想外という訳でもない。
普通、食堂にベッドは置かないし。
「ここなら常に誰かいるから。
ヤエナミがいつ目を覚ましても対応できる」
「ああ、そうだったのですか」
納得したような返事をしつつもヤエナミは気の抜けたような顔をしている。
俺が思っている以上に度肝を抜かれたようだ。
どうやら広さの方も気になっていた様子。
ヤエナミの視線がゆらゆらと彷徨う。
その中で己手の手元に目がいった。
「あ」
湯飲みに注がれたままのお茶を見て我に返ったようだ。
「これは頂いてもよろしいですか?」
「ああ」
そのつもりで渡したものだ。
そのまま了承する。
ヤエナミは味を確かめるように一口。
口に含ませるようにしてからお茶を飲むと、そこからグッと飲み干した。
ギュッと目を閉じているのは苦みを感じたからだろう。
薄めの緑茶なんだが。
「苦かったようだな」
馴染みがないとそんなものか。
「あ、いえ……」
返事を濁すということは認めたも同じである。
「じゃあ、これならどうだ」
指をパチンと鳴らす予告を入れて水魔法。
拳大の水球を生み出す。
「え?」
「今度は水魔法の水だ」
そこから水龍を模した流れをふたつ作り出した。
ひとつは俺の湯飲みに。
もうひとつはヤエナミのそれに。
それぞれ龍を踊らせるようにして注ぎ込む。
「ちょっとしたお遊びをしてみたが何の変哲もない水だ」
そう言って自分の湯飲みに注いだ水を軽く一口ばかり飲む。
毒は入っていないアピールをしたつもりだ。
そこまで神経質になる必要はないかもしれないけどな。
飲んだ水からは少し甘みを感じた。
これはミネラル少なめの軟水にしたからだ。
「苦みを感じた舌を洗い流すには丁度いいぞ」
残りの水も飲んだ。
「無理にとは言わんが」
「いえっ、いただきます」
慌てた様子で湯飲みを煽るヤエナミ。
『あー、咽せなきゃいいんだが』
一気に飲み干したが、懸念したようなことにはならなかったようだ。
内心でホッと息をつく。
「あっ、あの、ありがとうございます」
空になった湯飲みは自動人形が無言で進み出て自然な所作で受け取った。
ヤエナミの視線や手の動きなどで勝手に判断したことである。
『これで人ではないと言われても信じないだろうなぁ』
まあ、それはどうでもいい。
むしろ今ネタバレすると面倒なことになりかねないのでスルーだ。
『ん?』
何故だかヤエナミの瞳が潤んでいる。
『水には何も入れていないぞ。
バフ効果をかけたりもしてないし』
訳が分からん。
分からんことは追及しない。
面倒くさいからな。
「さて、一息つけたか?」
「はい」
先程よりややテンションが高いような気がする。
『水が旨くて気分が良くなったのかもな』
ふと、そんな風に思った。
それなら理解できなくもない。
その割にはテンションが高すぎる気もするが、それだけ感動したということなのだろう。
大袈裟だとは思うものの、どう感じるかは人によって違うしな。
それは横に置いてとりあえず話を始めようとしたときだった。
「来たか」
「え?」
俺が食堂の入り口を見るとヤエナミが怪訝な表情を浮かべる。
「この城に住んでる面子だ」
バビューンと帰ってくるマリカ。
シュタッと止まってパタパタと尻尾を振る。
「主ー、みんな呼んできたよぉ。
マイカが二度寝しそうになったけどミズキが起こしてたのー」
自慢げに胸を張って報告してくるマリカ。
「ごくろうだったな。
良くやってくれた」
そう言いながら頭をナデナデするとテンションはMAXだ。
尻尾なんて出力全開でバタバタと忙しなく振っている。
そんな中、シュバッと現れたのは子供組。
登場するなり寄って集ってしがみついてくる。
まあ、いつものことなので何も言わない。
したいようにさせるのが一番だ。
ションボリした子供組なんて見たくないからな。
「陛下ー、おはよーなのニャ」
「おはよーなのです」
真っ先に飛びついてきたのはミーニャにルーシーだ。
「おはようです」
続いてシェリー。
「「おはよーございます」」
最後にハッピーとチー。
朝から妖精の幼女まみれになってしまった。
「ああ、おはよう」
返事をしながらヤエナミの方を見るとザ・絶句状態であった。
『子供組のノリについて行けないのはしょうがないよな』
「あなたたち、お客様の前ですよ」
カーラが子供組に注意する。
「「「「「はーい」」」」」
聞き分けはいいので子供組はすぐに離れた。
「朝から賑やかねぇ」
アクビを噛み殺しながらマイカもやって来た。
「ハルくん、おはよう」
ミズキはバッチリ目覚めているようだ。
「おう、おはよう」
他の妻たちとも朝の挨拶をしていく。
妖精組もそれに続いた。
そのままヤエナミの紹介とうちの面子の自己紹介に入る。
ヤエナミの方は呆気にとられた感じで上の空に近かったが。
「ねえ、ハル」
妖精組が自己紹介をしている間にマイカが声を掛けてきた。
「んー?」
「アンタ何したのさ」
訳の分からないことを宣う妻である。
「何ってなにが?」
「マイカちゃん、ハルくん気付いてないよ」
ミズキまで訳が分からないことを言う。
「だから何が?」
聞いているのに返されたのはマイカの深い溜め息である。
「そんなだから称号に[鈍感王]がつくのよ」
「えー!? 何だよ、それ」
『ちょっと何言ってるのか分かんないんですけど』
だからこその[鈍感王]なんだが。
それくらいは理解できる。
だが、何故そう言われているのかが分からない。
『このモヤッと感がたまらんなぁ』
読んでくれてありがとう。




