529 少女Aビビり驚く
少女A、固まる。
パソコンならハングアップの状態だろうか。
目覚めた早々にこれは、いくらなんでもショックすぎるのではないだろうか。
目の前でいきなり実体化したのは考え物である。
だが、やってしまったものは取り消しようがない。
『どうしたもんかな』
そんな風に考え始めたときであった。
少女がワナワナと震え始める。
「あ」
再起動が始まったようだ。
が、些かおかしいと言わざるを得ない。
『これはヤバいか』
恐怖のあまり発狂なんてことはないと思いたい。
『回復しているとはいえ深手を負った後だからなぁ』
呆然とした面持ちながら語り始める。
「せ、精霊獣……
伝説の精霊獣がそんな……」
『やっぱり気付くんだなぁ』
人間には分からなくても妖精なら精霊とかの気配に敏感なんだろうか。
『惜しいと言わざるを得ないけど』
だからなのか、つい言ってしまった。
「あー、残念。
ローズは精霊獣じゃなくて神霊獣だわ」
言ってから「ん?」と思った。
少女が反応するよりも先だったが、そんなことは関係ない。
言ってしまった以上は取り消せないのだ。
「は!?」
またしてもフリーズ状態になる少女A。
『あちゃー』
思わず目を閉じたくなってしまった。
まあ、現実逃避だ。
「くぅーくう」
ダメじゃんなんてローズに言われてしまったさ。
『全くだ』
反省している。
お互い様だろうと言いたくなったが、我慢した。
目くそ鼻くそを笑うだもんな。
例えが汚らしいけど。
「し、神霊獣!?」
『あ、復帰した』
壊れ気味ではあるけれど。
「ドルフィーネの娘よ」
ガンフォールが少女に声を掛けた。
一応は聞こえているらしい。
ただ、視線は動くがどうにもぎこちない。
というより種族バレしていることを知って嫌でも注目せざるを得ないようだ。
ボロを出さぬようにしているのだろう。
何も語らないが、動揺を隠しきれていない。
『おいおい、刺激しないでくれよ』
そう言いたかったが、何とか我慢した。
俺が話しに加わると碌でもないことになりそうだと思ったからだ。
今更ではあるが。
「心配せんでも大丈夫じゃ。
精霊獣であろうと神霊獣であろうと同じことよ。
顕現しておるのじゃからな」
「あ……」
「その様子では知っておるようじゃな。
霊獣が顕現するということは契約者がおるということに」
少女が恐る恐るといった様子で俺を見た。
「そうじゃ、このローズが言ったようにハルトが契約しておる」
ガンフォールの言葉を耳にして少女がガタガタと震えだした。
『ちょっ、マジか!?』
ここでビビられるとか勘弁してほしい。
俺のライフがゼロになる前に誰か止めてくれと言いたい。
「恐れんでもええ」
『無理じゃないですかね』
助けを求めるようにトモさんの方を見てみたが小さく頭を振るという返答だった。
立場が逆なら俺も同じ返答をしただろうから何も言えない。
「確かに伝説には精霊獣が大暴れしたものもあるがのう」
『そんなのがあるのかよ』
気になって【諸法の理】で検索してみたら数件ヒットした。
「……………」
1件だけザッと目を通してみたが事実のようである。
『そりゃビビるわ』
「じゃが、それは契約した者に危害を加えられたが故のものであろう」
確かにそんなことが記述されていた。
「お主はハルトに何の危害も加えておらんじゃろう」
ガクガクと表現するのが相応しいほど少女は激しく首を縦に振る。
「それ以前に邪な心を持っておればローズは真っ先に動いておるじゃろうな」
「くうっ」
フフンと言いながら胸を張るローズ。
どういう意味か理解できずに不安げな表情を向けてくる少女A。
「ローズはな、夢属性のカーバンクルなんじゃよ。
悪意を抱けば即座にバレてしまうじゃろうて」
少女は目を見開いて何も言えなくなってしまった。
「お主、ハルトを胡散臭いと思ったじゃろ」
少女がビクリと体を震わせた。
「ハッハッハ、それくらいで動揺するなど可愛いもんじゃ」
「おい、ガンフォール」
たまりかねて声を掛けた。
「あんまりビビらせんなよ」
「なあに、これくらいは脅しのうちに入らぬ。
少しビビったくらいの方が隠し事もせずに腹を割って話す気になるじゃろ」
「質が悪いわ」
今日のガンフォールは何かがおかしい。
「なんのなんの、ワシが嫌われ役に徹すればええだけじゃ」
「何処がだっ。
俺までビビられてるだろうが」
「なぬ?」
わざとらしささえ感じさせる怪訝な表情を浮かべて皆の方を見るガンフォール。
「最後の一言は余計」
「妾はそれ以前じゃと思うがの」
「大変申し上げにくいのですが、私も同意見です」
女性陣の評価は手厳しい。
「変に舐められないようにという配慮はあったと……」
トモさんがフォローを入れようとするが尻すぼみになっていた。
ローズがガンフォールの前まで来てポンポンと肩を叩く。
「くっくっくぅくくっくうくーくぅくっ」
猿も木から落ちるとはこのことなりぃだってさ。
確かにガンフォールにしては珍しいミスだ。
『いや、違う……
わざとミスったな』
俺たちだけでガンフォールを責める今の状態に少女が困惑している。
どうしようという迷いの感情が見て取れた。
声を掛けたそうにしながらも、それができずにオロオロしている。
少女が心情的に貝になりかけているのを見抜いてのことだろう。
まずはビビらせる。
人間、メンタル的に弱ると無防備になるものだ。
それは妖精でも同じだったようで。
『まあ、下手をすれば逆効果も考えられたがな』
結果はガンフォールの狙い通りにはなっていた。
故に軽く揉めてみせたのだろう。
少女の気を引くために。
『回りくどいことをする爺様だぜ』
だが、文句も言えない。
俺の尻ぬぐいをしてくれた訳だし。
『言葉通り嫌われ役になってまでな』
心の中で感謝しておく。
ガンフォールを見ると目で「気にするな」と語っているように見えた。
ウィンクはしてこない。
ジジイのウィンクなど誰得だから、それでいい。
「なんにせよ、うちは色々あってな」
ガンフォールが引き寄せてくれた流れを利用して少女に語りかける。
「あまり気にしないでくれると助かる」
「は、はあ……」
ポカンとした表情ながらも少女は頷いてくれた。
若夫婦とシヅカから苦笑が漏れる。
「今から驚いていると体が持たない」
ボソリとノエルが呟いた。
「え? それはどういう……」
少女の口振りからは聞いてみたいけど腰が引けているのが手に取るように分かった。
「聞きたいなら話す。
でも、もっと落ち着いてからの方が良い」
そう言ったノエルの視線は少女の手元に向けられていた。
自然と視線を下に向ける少女A。
そこには己が手にした湯飲みがあった。
「っ!?」
どう見ても中身を零すほど湯飲みが傾いている。
にもかかわらず、お茶はこぼれていない。
それどころか凍らせたかのように波打つこともない。
もちろん凍らせてなどいない。
猫舌の人間でも安心して飲める程度の熱さの湯で入れられたお茶だ。
それが分かっているからこそ、少女は固まっていた。
ブツブツと呟くように「嘘」と言葉を繰り返している。
「驚かせたようだな、スマン」
「えっ、いえっ」
「そいつは零さないように俺が魔法で止めている」
「そんな……」
少女は呆然とした表情になる。
「水魔法の気配なんて無かったはずなのに」
さすがは西方人たちに人魚とまで言われる妖精ドルフィーネ。
水の魔法には敏感らしい。
【諸法の理】によれば、中には敏感な者もいるという程度だったが。
『とすると種族特性とも言い切れないか』
つまり、少女Aは同族の中でも優秀な部類に入ると。
「水魔法は使ってないぞ。
精霊魔法の類いでもない」
「どうやって……」
「理力魔法だ」
そう言いながら俺は自分の湯飲みを浮かせてみせた。
少女がポカンと口を開いてしまうのは理力魔法を知らなかったからだろう。
「重ねて言う。
驚かせて済まない」
ちゃんと頭も下げた。
椅子に座ったままだけどな。
あんまり畏まりすぎると向こうを畏縮させてしまうかと思ったからだ。
「い、いえっ」
ブルブルと頭を振る少女。
「助けていただいたのに申し訳ありません」
「動転しっぱなしだから、しょうがないさ」
「いえ、あの私は名乗ってさえいませんし……」
恥じ入るように頬を染めて俯くが、すぐに顔を上げる。
「ドルフィーネのヤエナミと申します。
助けていただき本当にありがとうございました。
御恩は生涯忘れません」
少女ヤエナミは深々と頭を下げた。
読んでくれてありがとう。




