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528 目覚めた少女A

「悪いけど、起きてたのは気付いてるんだ」


 拡張現実で表示される[睡眠]が消えているかどうかを確認するまでもなく。


『耳がピクピク動いてダンボ状態だったし』


「………………………………………」


 しばしの沈黙が続く。

 が、双方共に声を発さない状況に焦れたのは少女の方だった。

 パチリと目を開きむくりと上体を起こす。


「やあ、おはよう。

 ちょっとそのままで居てくれるか」


 返事を待たずにベッドを変形させる。

 音もなくゆっくりな動作で座るのに最適な形へと変形していく。


 ギョッとした表情を浮かべる少女。

 落ち着きなくキョロキョロと己の周囲を見ている。

 ベッドが変形していることを理解はしたが表情は強張ったままだ。

 特に何かを言ってくるでもない。


 まあ、俺を睨みつけてきているのでビビっているのとは違うようだけれど。

 想定している反応の中では大人しい方だろう。


 故に俺たちは動じることもなく銘々が勝手に動く。

 食堂の椅子を取りに行く者。

 自動人形に茶を出すように指示を出しに行く者。


「心配いらない」


 そして少女に語りかける俺。


「座るのに最適な形になるだけだ」


 すごく胡散臭いものを見る目をされてしまった。


「んー? さすがに暗すぎるか」


 早朝の時間帯の食堂は暗い。

 外光を徐々に取り入れるように設定しているからだ。

 必要なときは照明を使うようにしている。


 だから俺はフィンガースナップの予告付きで食堂の照明を操作した。

 事前に何をするかは分からなくても変化で理解するだろうという読みからだ。

 念のために照明はじんわりと明るくしていく。

 急に明るくするとビックリさせるかと思ったから気を遣ったつもりなんだが。

 少女はまたしてもギョッとした顔になった。


『これでもダメなのか』


 照明の魔道具がそこまで珍しいとも思えないし。

 ありふれてはいないけど、西方でも使われてはいるからな。

 性能の方は格段に違いはするけど。

 ドルフィーネの基準ではどうかは知らないが。


 皆は少女の驚愕ぶりをスルーしてしまうことにしたようだ。

 それくらいは早々に慣れてしまわないと大変だぞと背中で語るかのように。

 まあ、少女に背中は向けていないのだけれど。


 とにかく特に気にかける様子を見せずに持ってきた椅子に座っていく。

 その様子を見て少女が唖然とした表情になった。

 皆が何を言いたいのか敏感に察したのかもしれない。


「主よ、椅子じゃ」


「おう、サンキュー」


 シヅカが持ってきてくれた椅子を受け取ると俺も座る。

 トテテと寄ってきたマリカが俺の膝の上に「んしょ」と乗ってきた。

 俺がマリカの椅子になるようだ。


『ふむ……』


 今は食事時ではないので好きにさせようかとも考えたのだが。

 この場にいない皆に知らせる必要があることに思い至った。

 目覚めたのにすぐ呼ばなかったら──


『怒るよなぁ』


 文句を言われる気がする訳で。


『でも、城内放送は更に驚かせてしまうだろうしなぁ』


 食堂の照明どころの話ではないだろう。

 少なくとも西方でそんな魔道具が使われているのを見たことがない。


『スマホで連絡入れても起きないのがいそうだし』


 起きても二度寝するとか。

 そのくせ起こさなかったとか後で文句を言うのだ。


『じかに起こすしかあるまい』


 それで二度寝するなら知らん。

 文句も言わせはしない。

 ということで俺の膝に腰掛けて御機嫌なマリカに声を掛ける。


「あー、マリカ」


「なーにー?」


 振り返りつつ俺を見上げてくるマリカ。

 YLNTを主張する紳士だと、この仕草だけで身悶えしかねない可愛らしさがある。


『それ以前にノータッチではないな』


 マリカが自分から座ってきたんだが。

 こういう場合、紳士たちはどういうジャッジをするのだろう。

 ギルティとか有罪とか言われても、俺はロリコンではないので気にはしないが。


「任務を与える」


 俺がそう言うと、ピョコッと飛び降りて振り返った。

 バッと姿勢を正してキビキビした動作で敬礼。


「……………」


 尻尾はアクセル全開な感じでブンブンと振られている。

 任務と聞いただけで嬉しそうだ。

 しかも、敬礼なんてしてるし。


『いつの間に覚えたんだか』


 動画を見て自発的になんてことはないはずだ。

 絶対に誰かの仕込みである。

 そんなのは1人しかいないし確かめるまでもない。

 おそらく叩き起こしても二度寝をするであろう女だ。


『まあ、いい。

 付き合ってやる』


 マリカが楽しそうにしているからな。


『ここで「やっぱりナッシング」とか言ったら凄く寂しそうな顔をされそうだし』


 俺の罪悪感ゲージが一気にレッドゾーンに突入してしまう。


「奥さんズをじかに起こしてきてくれ。

 二度寝を決め込む奴は放置。

 他の面子は廊下で集合の号令をかけるだけでいい。

 以上、速やかに任務を遂行せよ」


「あいあいさー」


 返事が終わるかどうかのタイミングでバビューンと駆け出していく。

 変形が完了した介護ベッドの上で少女が呆然としていた。


『予定とは違うけど襲われたショックは忘れているようだな』


 このタイミングで自動人形がお茶を持ってきた。

 仕事が早いが、何処かの工務店の回し者ではない。


「茶だ、少しは落ち着くぞ」


 動転したままでは話が進まないので勧めてみた。

 自分でも飲む。

 そうしないと警戒して受け取らないだろうし。


 ぬるめで薄いお茶だった。

 寝起きの1杯としてはこんなものだろう。

 個人的には渋めの方が好きなんだが。

 少女は警戒しつつも湯飲みを受け取った。

 少し警戒した様子で中身を覗き込んで匂いをかいでいる。

 特には促さない。


『突き返されちゃ意味がないからな』


 とりあえずティータイムだとばかりにお茶を楽しむ。


「おかわり」


 自動人形に湯飲みを渡すと2杯目を入れてくれた。

 今度のお茶は少し温かくなっている。

 飲んでみると味も少しだけ濃くなっていた。


 俺は自動人形のベース記憶領域にこんな学習はさせていない。

 どこかから情報を仕入れてきたか。

 それとも誰かに仕込まれたか。

 こういうのはミズキとかが教えていそうな気がする。


『そろそろ誰かが叩き起こされているところかな』


 そんなことを考えながら皆が集まるまでどうするかを考える。

 茶を飲むだけでは間が持たないだろう。


「ん?」


 不意に視線を感じたので隣を見てみると、ノエルがジッと俺の方を見上げていた。


「自己紹介」


 ボソッと呟く。


「おお、そうだったな。

 そういや名乗ってなかったわ」


 思わず「ハハハ」と笑ってしまう。

 お陰で少女に呆れた視線を向けられてしまったがな。


「俺はハルト・ヒガだ。

 ここの家主でもある」


 家主という単語に少女の表情が微妙に引きつったように見えた。


「これが……家?」


 ひたすらデカい食堂だけを見て家の中とは思わないだろう。


『食堂という認識すらないかもな』


 ベッドまで持ち込んでいるし。


「ここは食堂……」


 ノエルがフォローに入ってくれた。


「え?」


 怪訝な表情を浮かべる少女。

 だが、ノエルはそれに答えるつもりはないようだ。


「ノエル」


 そう言ったきり表情ひとつ変えずにシヅカの方を見た。

 自分の自己紹介は終わったと言わんばかりである。


『ノエルらしいけど』


 視線を向けられたシヅカは苦笑している。


「妾はシヅカじゃ。

 我が主、ハルトの妻の1人にして守護者なり」


 何故かドヤ顔のシヅカ。

 自慢げなシヅカの様子が理解できないらしく少女は困惑気味である。


「ワシはガンフォールじゃ。

 ハルトの配下の1人だと思ってくれればええ」


 少女が目を丸くしている。

 ドワーフがいることに驚いているのだろうか。


『本人に聞いてみないことには分からんな』


「ハルさんの友達でトモ・エルス」


「その妻のフェルト・エルスです」


 総じてみんな簡潔である。


『人のことは言えないけどな』


 この場にマリカが残っていたら、どんな自己紹介をしただろうか。


「ああ、そうそう。

 さっきすっ飛んでいったのはマリカ。

 見た目は幼いが、俺の守護者だ」


「は?」


 落ち着きかけていた少女が再び頬を引きつらせてしまった。


『あー、いらんこと言っちまったかなぁ』


 微妙に後悔していると──


「くぅくーくっくくぅくーくうくっ」


 自分も忘れてもらっちゃ困るぜぃ、なんて言って霊体モードからポンと現れる約1名。


『唐突すぎだろ!』


 内心でツッコミ入れてしまったさ。


「くっくーくうくーくくっくぅくうくーくくぅー」


 ローズはローズであってハルトの守護者なりぃだってさ。


「あーあ……」


 唐突に現れるから目が開ききってるよ。

 少女Aは失神してるんじゃないかってくらい微動だにしなくなったし。


「くー、くくう」


 いや、すまんって、オイ。


『後先考えて行動してくれよ。

 つーか、これ大丈夫かぁ?』


 心臓は動いているから死んじゃいないだろうけど。


『なんか魂が抜けたみたいな顔になってるぞ』


 割とシャレにならないような気がするんだが。


読んでくれてありがとう。

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