519 夏だ、海だ、海水浴だ! と力説する人がいます
修正しました。
俺としてはミズキに → ~マイカに
「海に行きたい」
夕食後にそんなことを言い出したのはマイカであった。
「んー? 海ならすぐそこだぞ」
城からはそれなりに離れているが、俺たちならちょっと走るだけですぐに着く。
大多数の国民はまだそのレベルに達していないが、そのうちにな。
レベル3桁到達は最低限の目標である。
それはそれとしてミズホシティにいる間は海などいくらでも満喫できるのだが。
『このお調子者の妻は何が言いたいのだろう』
ちょっと首を傾げてみた。
何を言ってるのか分からないぞ、と。
「そうじゃなくてっ!」
『いきなりキレるのかよ』
そういうのはレイナの専売特許なんだがな。
見るとレイナは平常運転。
何にせよマイカは椅子から勢いよく立ち上がった。
「なんだなんだ?」
拳を握りしめてやや上を向いていた。
1人でヒートアップしている。
『なんか面倒くさそうなこと言い出しそうだなぁ』
大学時代はマイカの思いつきで何度も振り回されたしな。
楽しくもあったが大変だったのでつい警戒してしまう。
「今は夏なのよ!」
ただ一言に無駄としか言い様がないほど力を込めて訴えかけてくる。
俺としてはその熱量を受け流すようにして言葉の意味だけを脳へと伝える。
間違っても熱意に同意してはいけない。
面倒くさいことになるからだ。
だが、聞き流してはいけない。
『殺されたくはないからな』
物理的には無理でも精神的にならあり得る話だ。
どこかの元プロテニスプレイヤーのように暑苦しくもしつこく口撃されちゃ敵わん。
俺の精神が摩耗してしまう。
故に無難な返事をして聞き流していませんよアピールだけはしておく。
「そうだね」
力説することかどうかは別にして夏であるのは疑いようがないしな。
照りつける太陽がミズホシティから少し外に出るだけで容赦なく降り注ぐ季節だ。
ソフトな結界のお陰で王都内は常春状態ではあるがね。
故に何もせずに汗ばむようなことにはならない。
古参の国民は農作業でも汗などかかなくなっている。
『まあ、魔法でパパッとやっちゃうからだが』
生産量も初期の頃に比べれば激増である。
古参組の植生魔法は熟練の域に達している。
余裕で全国民の食料を賄えているくらいだからな。
そうでなかったとしても古参組だけで食糧供給は支えなきゃならんのだが。
大半の国民はまだまだ労働力を提供する段階には至らないのでね。
今はまだ訓練と教育の真っ最中だ。
妖精組が交代で色々と教えたり仕込んだりしている。
『なかなか忙しいんだよな』
教師だけじゃなくて生徒もやりたがるし。
冒険者登録してジェダイトシティのダンジョンにも潜りたがる。
その上、農業と漁猟もこなすのだ。
いくらローテーションを組んでいるとはいえ少しは休めと言いたくなる。
実際に言ったんだが「休みの日に学校に通っています」だそうだ。
結局、やりたいようにやらせている。
言って聞かないんだからしょうがない。
『なんだかなぁ』
もやっとした気持ちは今のそれと大差ない気がする。
「なに、その低空飛行のテンションは」
『マイカが暑苦しいくらいのテンションなだけだと思うがな』
「夏と言えば海水浴でしょうが!」
「ああ、そういうこと」
ようやく合点がいった。
要するに遊びたいのだ。
『だったら最初からそう言えばいいのに』
ふと周囲を見渡してみる。
トモさんが納得したように頷いているが、フェルトは首を傾げていた。
『この夫婦はどうなんだろうな』
トモさんは話題が海水浴であったことを理解しただけだ。
行くとは、ひとことも言ってない。
日本人だった頃は女性と面と向かって話をしたりすることに苦手意識があったからなぁ。
別に女性が嫌いとかではないのだ。
エロ話には抵抗がないどころか自ら進んでしてくるくらいだし。
女性恐怖症の数歩手前というのが正しい認識だろうか。
言うなれば女性苦手症かな。
そんなトモさんが女性の水着姿を前にして平静でいられるかと聞かれたなら……
『難しいんじゃないかなぁ』
何かと理由をつけて隠れてしまいそうな気はする。
行く前はひたすら喜んでいるような発言を聞くことができそうなんだけど。
どうなるかはフェルトが鍵を握っていそうだ。
そのフェルトはというと知識が不足しているために海水浴がなんなのか分からない。
国民になってまだ間もないから無理もない。
惑星レーヌで海を積極的に利用しているのはミズホ国くらいのものだしな。
海エルフはうちの国民になってしまったし。
その海エルフと多少の交流があったフェアリーたちも漁を知っているのがせいぜいだ。
海水浴なんて初耳もいいところだろう。
正しい知識を得たとして、どうなるかは今のところ読めない。
ちなみにフェルト以外の皆は動画などの知識で知っている。
興味はあんまりない風ではあったが。
『日常的に漁へ出るからなぁ』
そう、皆の中では海水浴は楽しいイベントではないようなのだ。
いつもと違って水着を着て泳ぐだけ。
それの何が楽しいの?
漁で一杯魚をゲットする方が楽しいよ。
そんな風に思っている節がある。
現に妖精組の反応は芳しくない。
それを見て取ったマイカが、やや激しくも優雅な身振りで両手を広げた。
『何なんだ、急に?』
「白い砂浜」
まるで詩の朗読だった。
トモさんが「ほう」とか言って感心している。
皆もマイカに注目していた。
興味のない面子をも引き付けている。
プロを唸らせるんだ、当然だろう。
『やりやがる』
咄嗟に思いついたのかもしれないが実に効果的な手段を思いついたものだ。
掴みはオッケー。
本番はこれからである。
「碧い海」
酔いしれたように大袈裟な身振りを交えて言葉を紡ぎ出す。
『完全に詩の朗読会だな』
たった二言で、その領域に持ち込むとは侮りがたい。
「照りつける太陽にきらめく水面」
その情景が思い浮かんだであろう何人かが思いを馳せるように上を仰ぎ見た。
『この扇動家め』
そうは思うが、俺も夏の海の魅力に引きずられている。
海水浴も悪くないかもしれないと思い始めていた。
「そしてかぐわしいイカ焼き、焼きそば、お好み焼き」
ガクッとズッコケた。
俺とミズキとトモさんが。
3人で顔を見合わせて苦笑い。
「そう来たか~」
なんて感心しているトモさん。
「そのノリは嫌いじゃない」
確かに好きそうだよな。
俺としてはマイカにツッコミを入れずにはいられない。
「おいおい、途中から食欲全開になっているぞ」
そのせいで妖精組がシュバッと参上状態でマイカを取り囲んでしまっているし。
まだ慣れていないフェルトが、それを見てビックリしているんだが?
「アラヤダ、ワタシトシタコトガ」
「わざとらしいんだよ、この確信犯めが」
「オホホホホ、何のことかしら?」
『お前は悪役令嬢か』
そうツッコミを入れかけたがブレーキをかけた。
これ以上は何を言ってもマイカを調子づかせるだけだ。
目立てば目立つほどアピールしている海水浴に興味を持たせることができる。
いや、既に興味は充分に持たれているだろう。
もしも今から反対するのであれば相応の抵抗があると思われた。
『既に敗色濃厚か』
別に反対が前提な訳じゃない。
だが、このまま賛成するのも何か腹立つんだよな。
そう思ってミズキの方を見た。
ミズキは困ったような呆れたような判別しがたい苦笑を向けている。
あれは俺の心情を汲み取っている証拠だ。
俺の「ぐぬぬ」な気持ちを理解しつつ、マイカの意見に反対するつもりがない状態。
問いかければ、ほぼ間違いなく「しょうがないなぁ」の一言で参加を表明するだろう。
『積極的賛成プラス1だな』
続いてローズだが。
「くうくーくくっ?」
なんじゃらほい? なんて言いながら首を傾げてきた。
要するに今更聞くまでもないだろうと言いたい訳だ。
こんな楽しそうなこと参加しないはずがないと。
『うん、分かってたよ』
ということでプラス1。
続いてシヅカとマリカ。
この両名は聞くまでもなかった。
拘る理由のあることならともかく、賛成も反対もない。
つまり俺の意見が丸々通る訳だ。
『とりあえず保留プラス2ってところかな』
賛成と保留がいれば反対はいないのかという話が出てきそうだよな。
だが、そういうのは無さそうだ。
代わりに自分たちは興味がないから好きにやってくれという棄権票がいくつか。
ドワーフ組である。
基本、山の男たちだから海への興味が薄いのだ。
漁は仕事だからするけど遊びで海に行くのは御免だねという空気を放っていた。
そこだけ別空間であるかのように食後のお茶でまったりしている。
『俺だって無理強いはしないさ』
続いてノエルに目を向けたら何故か俺の方を見ていた。
ワクワクという書き文字が見えるかのようだ。
『海水浴に賛成プラス100っと』
依怙贔屓?
それの何が悪いのか。
ノエルを悲しませる奴は俺が許さん。
言っておくがロリコンではないからな。
ルーリアは静かにお茶を飲んでいるが耳がダンボ状態だな。
『こちらもプラスだな』
残りの月影の面々は……
とりあえず話は聞いてみようかぐらいの姿勢のように見えた。
『五分五分で保留っと』
エリスを筆頭とした3姉妹は興味深そうに聞く体勢に入っている。
『プラス3だな』
ABコンビは顔を見合わせて不思議そうな感じだ。
海水浴がもうひとつ理解できていないのかもな。
『この2人は判断つかずか』
レオーネもよく分からない。
『海が間近にある生活をしていたからなぁ』
だからこそ遊ぶために海に行く感覚が理解不能なのだろう。
だが、皆で海水浴と言えば来ると思う。
『反対意見がないんじゃ、しょーがない』
みんなで海水浴に行こう!
読んでくれてありがとう。




