518 @純田朋克:予想外?
修正しました。
受けたのが → 受けたのか
追加できている → 追加で来ている
ドアが開くと室内が静まりかえった。
入ってきた俺たちに視線が集まり踏み込むのが一瞬だが躊躇われた。
距離が近いせいかイベントの時とかと空気が違う。
『こっちの方が慣れない感じだ』
説明会参加者の視線が飛んでくる矢であるかのようである。
できれば入りたくないと思ってしまった。
後ろが支えているので止まることなどできないがな。
『それに今更、逃げられないって』
まずは見目麗しいリサに視線が行く。
何処か日本人を感じさせる面立ちでありながら金髪碧眼だからな。
続いて俺。
同業者の視線を一斉に集めるのは胃に来るね。
しかも「あるぇ?」って目を向けてくる人が多い。
そりゃそうだ。
自分たちと同じ説明を受ける側だと思い込んでいるんだから。
俺が今日の司会なんじゃないかみたいな話をしつつ徐々にザワザワし始めている。
そんな中で呼びかけてくる猛者がいた。
「純田くーん、おーい」
みやキング先生こと高梨美也子さんだ。
俺のつけたあだ名だが、最近では短縮してキング先生と呼ばれているらしい。
『原形留めずだってボヤいてたな』
何はともあれ小さく手を振って会釈で返しておく。
笑顔も忘れない。
自分では精一杯の笑顔にしたつもりだ。
しかしながら、こういうのは苦手な部類である。
声優も役者のうちだろと言われそうだが今日は芝居なしの仕事でスイッチオフの状態だ。
こんな状態で自然な笑顔なんて、意識するともうダメだ。
顔面が強張った状態の笑顔と言うには無理のある引きつった代物になっていた。
お陰でみやキング先生は「似合わねーことするからだ」とか言いながら吹き出していた。
他の人たちにも受けたのか、そこかしこから笑いが起きていた。
『滑るよりはマシだな』
とりあえず愛想を振りまく形にはなったようなので安堵する。
緊張して仏頂面で応対すると「なに澄まし顔してるんだ」とか言われかねないし。
みやキング先生は、そんな些細なことは気にしないだろうが。
ここには同業者限定とはいえ他にも色んな人がいるからね。
現に遠慮のない発言をしている人もいた。
「うっわー、スーツ着てるぅ」
誰だよ笑いながら、そんなこと言ったのは。
後ろの方からだから女子ということしか分からん。
スーツを着るイメージがないのは、しょうがないと俺も思うので追求はするまい。
腹立つ感じもしなかったし。
それはともかく約1名のせいで後ろに目が行ってしまう。
本人は気配を殺しているつもりなんだろう。
が、逆に挙動不審にしか見えず周囲から浮いていた。
ポツーンと隅っこでぼっちを決め込んでるだけでも不自然だってのに。
野郎1人で俯いて何か呟いているっぽい。
さすがに周囲もガヤっているので聞こえはしないが唇が動いているのは分かった。
きっと「大丈夫、俺はやれる」とか呟いてると思う。
この状況でなぜ自己暗示をかけるのかよく分からないが、そうとしか見えない。
それが彼のいつもの行動パターンだからだ。
そのうちホッペを叩いて気合いを入れようとするだろう。
『光岡頼継、相変わらずブレないな!』
つい、イジりたくなったが我慢である。
『ラジオの公開収録とかのイベントなら絶対に指名して喋ってもらうところなんだが』
素直で真面目だけど、何処かズレていて面白い。
ちょっと勿体ない気分だ。
『それにしても……』
事務所がよく送り出してくれたなって人が多い。
実は5割増しと聞いて預かりとか準所属の人が多いんじゃないかと思っていたのだ。
俺の知らない若い子もいるので、いない訳じゃなさそうだけど。
でも、数えるほどしかいない。
どこかのぼっち君とは反対側の後方で固まっていた。
ぎこちない空気があるから互いに事務所は違うのだろう。
彼等だけで集まっているのが不思議なくらいである。
『事務所の先輩に引っ付くんじゃないのか?』
それすらできないくらい先輩たちから貫禄を感じてしまったのかもしれない。
『右を見ても左を見ても先輩だもんな』
あの人が、あの先輩が、身近にいる。
そう考えるだけで、心拍数が上がってしまうのかもしれない。
『色んな人が追加できているみたいだし、しょうがないのか』
皆によく「しょうなのぉ?」の物真似をされる荻久保清太郎さんもいる。
いや、俺がよくやらせてもらってるんですがね。
『誰にでも優しいはずなんだけど黙っていると分からんか』
新人さんたちだと、どの先輩も怖く見えるものなんだろう。
予想していなかった先輩がいるという驚きだけでビビっているようにも見える。
なんにせよ俺も来てもらえるとは思っていなかった。
『レンタル移籍やトレードで来てもらえるなら凄くありがたいけど』
所属事務所の方は大丈夫なんだろうか。
他にも新人さんがテンパりそうな人が多いね。
さり気ないつもりでそっぽを向いている永浦くんもいるし。
『雰囲気だけで堀辺由里さんが怖がってたなんて話もあるからなぁ』
俺としては嬉しいんだけど、新人さんたちにはハードルが高そうだ。
あとは何気ない発言がSっ気を帯びている湯瀬宗二さんとか。
湯瀬さんは所属フリーで俺が声を掛けたから来るのは知っていたけど。
『新人さんはそんなこと知らないだろうし』
リストは外部に開示してないからね。
宇野Tこと宇野太盛さんもいる。
サービス精神旺盛な宮都正琉くんも来ているのか。
『新人さんは彼にイジられたらパニックかもな』
奇想天外摩訶不思議は言い過ぎかもしれないが予想外のイジリ芸を見せてくれるし。
女子だと五木花奈さんや河見汐莉さんに川代さんも来てくれていた。
他にも思ってもみなかった人が大勢いる。
『予想は見事に裏切られた訳だが……
マジで丈二さん、頑張ったんだな』
心の中で父ちゃんに感謝しつつも、予想外すぎてちょっと焦っていた。
『落ち着こう』
わずかな距離だが歩いている間に焦りを取り除いていく。
『大丈夫、概ね予想通りの反応をされているんだ』
俺が主催側に立つのが意外だと思ってもらえれば半分は成功だ。
『そこで俺が社長ですと言えば……』
更に意外ということで受けを取れるんじゃないかと思っている。
少なくとも新会社に興味を持ってもらえるくらいには。
だからこそ俺が社長だとは誰にも言ってない。
俺が誘ったフリーの人たちにもね。
彼等には新しい事務所の説明会があるとしか言ってないのだ。
俺はみんなと同じ説明会の参加者だと思われているはず。
誰も社長は誰かとは聞いてこなかったし。
『フハハ、紹介の時にぶったまげるが良い』
そんなことを考えながらリサと共に皆と対面する形で立ち止まった。
そのまま固まってしまう。
目が点になるとはこのことだろう。
俺の思惑は初っ端から脆くも崩れ去ることになった。
「よお、純田ぁ」
「ぐ、群青さん!?」
目の前に岩塚群青さんが座っている。
『な、なんでぇっ!?』
後ろにばかり気を取られていて、まるで気付かなかった。
想定外もいいとこだ。
『いくらリスト外の当日参加だって言っても、大御所すぎんだろぉっ!』
俺の心中など気にする様子もなく群青さんが喋り出した。
「前に貰ったくさやの干物なぁ、あれ旨かったぞぉ」
なぜ今その話題なのだろうか。
何の脈絡もない。
現に他の参加者は諦観を感じさせる視線を俺に送っている。
まるで「とりあえず待っとく」と言わんばかりである。
「あ、それは、どうも、ありがとうございます」
困惑が強すぎて言葉がうまく出てこない。
「今日ここに純田が来るって聞いたから来たんだよぉ」
「は、はあ……」
「あの干物は何処で売ってるんだぁ」
『それを聞きに来たんかいっ』
初っ端からペースを乱されてしまったぢゃないか。
「えっと、あれは売ってるやつじゃないんですよ」
「ぬわにぃ」
群青さんのリクエストに合致するような、とびきり臭い干物が売ってなかったのだ。
『最近は納豆でもにおい控えめが好まれるからなぁ』
臭くて魚という条件に合致すれば何でもいいというなら心当たりはあるのだが。
世界最凶とも言われるシュールストレミングだ。
缶詰で売られているにもかかわらず兵器とまで言われる代物だ。
室内で缶に穴を開けたが最後、こびりついた匂いがずっと残り続けるという。
屋外で缶詰を完全に水没させて開封しなければならないほどヤバイそうだ。
『そんなものを群青さんに渡せるかっての』
という訳でくさやの干物は俺が作った。
『ハルさんに作り方を教わってな』
実家で作ったんだが母親に怒られた。
飼い犬の慶次なんかは大興奮で喜んでいたんだが。
自宅で作らなかったのは匂いが部屋にこびりつくのを回避するためだ。
「あ、でも、また用意させてもらいますので」
「そうか? 悪ぃなぁ」
とか言いながら群青さんは御機嫌である。
「おぉ、そうだ」
『今度はなんすか!?』
「なにか説明会があるんだってなぁ」
ガックリと膝をつきそうになった。
どう考えても説明会は二の次どころの話ではない。
「ついでだから聞いていこうか。
そんじゃ純田、頼むわ」
「あ、どうも、ありがとうございます……」
始める前からドッと疲れた気分である。
が、いつまでも参加者を待たせる訳にはいかない。
幸いにして待ちくたびれたという感じの人は見当たらないのが救いである。
「えーと、それじゃあ説明会を始めさせてもらいまーす」
後ろの方にも聞こえるように少し大きめの声を出した。
俺がヌルッとした感じで始めたので社員たちは慌てている。
泡を食いながらマイクを渡してきた。
『気が利くね』
「まずは我が社の説明会に来ていただいたこと、誠にありがとうございます」
この一言に「ん?」となる人が続出。
「私が社長の純田です」
「「「「「ええ────────っ!!」」」」」
ほとんどの人が驚いていたな。
永浦くんなんか席から立ち上がっていたし。
『これで掴みはオッケーだ』
そこで満足してちゃいけないんだが。
なんにせよ説明会は特に失敗もなく終わることができた。
え? 割愛が過ぎる?
真面目な話しかしなかったからね。
変わったことと言えば予想を上回る後日談がふたつ程あるくらいか。
ひとつは会社への登録希望の人が俺たちの想定より多かったこと。
もうひとつは襲撃者が檻付きの病院に半永久的に強制入院させられたことだ。
上々の結果なんだろうね。
読んでくれてありがとう。




