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516 @純田朋克:悪党退治の方が楽かもしれない

 リサに使っていた結界を解除する。

 伸びている男はもはや脅威にはならない。

 目を覚ましてもダメージでまともに動けないからな。


「大丈夫か」


 リサの目の前で聞いてみたのだが返事がない。

 それどころか反応がなかった。

 愕然とした表情のままで完全停止している。

 まるでパソコンがフリーズしたみたいだ。


「おーい」


 目の前で手を振ってみると──


「えっ!? あ、あれ?」


 ようやくフリーズ状態から復帰した。


「ああ、朋克さん……」


 安堵した表情を見せてはくれたが顔色は良くない。

 気付いた時に俺が目の前にいたことに驚いたのか。

 それとも背後の男が関係しているか。

 何となく後者のような気はしたが、あえてスルーした。


「大丈夫か」


「えっと、はい……たぶん」


 混乱状態から完全には復帰できていないようだ。

 言葉では問題なさげな返事をしたが体が小刻みに震えている。


『ここへ来て襲われた恐怖が込み上げてきたか』


 こういうシチュエーションは苦手な分野なんだが何とかするしかあるまい。

 俺はそっとリサを抱きしめてポンポンと背中を軽く叩いた。

 リサが抱きついてくる。

 胸中に少なからぬ不安があったようだ。

 強く目を閉じ、しがみついてくる。

 が、震えが止まらない。


「心配いらない。

 俺がいるから」


 それだけ言ってリサが落ち着くのを待った。

 できれば早く落ち着いてほしいという願いを込めて。

 俺からもギュッと抱きしめ直した。

 でないと俺の方がどんどん落ち着かなくなっていくんですがね。

 慣れないことをしているせいというのもある。

 だけど、それより問題になっていることがあった。


『柔らかすぎぃ─────っ!』


 触れている部分はどこも適度な弾力を感じる柔らかさなのだ。

 特にムニュンとしか表現しようのない部位が最終兵器的なのである。


『双球がチョバムアーマーでっ!

 なのに柔らかくてっ!

 易々と俺のシールドを突破するじゃないかっ!』


 その上で化粧品や香水のものではない甘い香りがする。


『フルバーストしそうだぁ────────っ!』


 何がだって?

 いや、それは聞かないでくれ。


 とにかく俺は戦っていたのだ。

 内心の葛藤を知られたら幻滅されるだろうけど。

 俺たちを襲おうとした輩よりも遥かに強敵だったんだ。

 鼻息が荒くなりそうになるのを堪え。

 鼻血が出そうになるのを魔法で抑え込み。

 心臓の鼓動が速まりそうになるのも精神統一でなんとか阻止した。


 時間にすれば、そんなに長くはない。

 せいぜい数分のことだろう。

 しかしながら、俺にとっては永遠にも似た時間であった。

 リサの震えが収まっていく。


「大丈夫かな」


「はい、ありがとうございます」


 そういったリサの体から力みが消えかけて、次の瞬間にはビクッと硬直していた。


「いつの間に……」


 俺たちが抱き合っている間にである。

 目撃したのが今というだけのこと。

 俺は背中を向けていたし、リサはずっと目を閉じていたみたいだからな。


 ただ、俺は気配でおおよその動きは掴んでいた。

 分かっていながら後ろで行われていることは放置。

 襲撃者が目を覚ました訳ではなかったからだ。

 害意も感じなかったし。


 なにより、リサを落ち着かせるのを優先させたというのもある。

 俺が振り返ると数名の男女が俺たちの前にいた。

 ちょうど襲撃者を囲むようにして立っている。

 その中の1人が俺たちの方へ進み出た。

 駅前でリムジンのドアを開けていた執事風の爺さんだ。


 そして、このタイミングでリムジンがスルスルと車道脇へと入ってくる。

 ハザードランプを点灯させて少し手前で完全に停車した。

 襲撃者の姿を車道側から見ることができないようにするためだろう。


 歩道上に人の姿はない。

 それでも爺さん以外の若い連中は他所からの視線を通さないような立ち方をしていた。


『そつがないね』


 訓練された人間の雰囲気がある。

 もちろん爺さんにも。


「お嬢様、誠に申し訳ございません。

 我々のミスです。

 処分は如何様にもお受けいたします」


 深々とお辞儀をする爺さん。

 部下連中は周囲の警戒に集中しているためか、こちらを一瞥することもない。

 この調子だと地面に転がっている男のことを前から知っていたのだろう。

 リサは無言で首を横に振る。

 罰するつもりなどないのだろう。

 ただ、震えはなくなったが顔色は悪いままだ。


『この調子だと爺さんに連れて帰ってもらった方が良いか?』


 本人は一緒に行くと頑なに主張しそうなので、悩みどころである。

 連れて行って控え室で休ませるということも考慮した方がいいかもしれない。


「そして純田様」


「えっ、俺?」


 爺さんが声を掛けてくるとは予想外だった。


『なんだろう?』


「お嬢様をお守りくださり、ありがとうございました」


 これまた深いお辞儀。

 ピシッと決まってて「完璧!」とか言いたくなる。


「大したことしてないですよ」


「何を仰いますか!?」


 爺さんが目を丸くして驚いている。


『大袈裟だなぁ』


「さり気なくお嬢様を庇いつつ前に出られたでしょう」


『それ以外にどうしろと?』


 一緒に逃げるという選択肢はなかったからな。


『リサはハイヒールを履いてるんだぜ』


 まともに走れる訳がない。


「あの勇気、称賛に値します」


 どうやら本気らしい。


「勇気なんてそんな……

 そうするしかなかっただけですから」


 一応は否定するのだが、どうにもスルーされてしまったようである。


「それにあの身のこなし。

 修練の積み重ねでしか成し得ぬ無駄のない動き。

 見た目の激しさに反して大きな怪我を負わせぬ技術。

 これもまた、お見事でございました」


 べた褒め過ぎて背中がムズムズするんですが。

 特に魔法で致命傷だけは治療してあるから余計にね。


「そして危険を排除した後はすぐにお嬢様を気遣う優しさ。

 私、感動に心が打ち震えました。

 ただただ感服するばかりでございます」


 やはり大袈裟である。

 そして思うことがもうひとつ。


『この人、本当に帰化した元アメリカ人なのかね』


 リサとの雑談で知ったけど、丈二さんが若い頃から家で執事をしてくれているそうだ。

 元の名前がトーマス・リーデン。

 今は雷電冬馬だってさ。

 何の脈絡もなく「知っているのか!?」とか言いそうになったじゃないか。

 意味不明だって?

 爺さんの苗字が電波を飛ばしていただけだから気にすることはない。


『父ちゃんと同じで見た目は完璧に外人さんなのにねえ』


 日本語ペラペラどころじゃないんですが。


「いやー、リサは婚約者なんだし当然のことをしただけですから」


「その当然が普通にできるものではないのです」


『そんなこと言われてもなぁ』


 どうにも同意しかねるのは本当にナチュラルにやってしまったからである。

 襲撃者など俺には脅威でも何でもなかったし。

 まさか、それを説明する訳にもいかない。

 レベル115だからとか口頭で説明しても冗談だと受け止められるのがオチである。

 証明なんてしようものなら化け物扱いされるだろうし。


「それでも、でございます」


 穏やかな口調でありながら確固たる信念を感じさせる言葉だった。


「この場は我々にお任せください」


「通報しないとマズいんじゃない?」


「御心配なく。

 我々が通報し対応します。

 お二方は説明会の会場の方へどうぞ」


 こんなことを言うからには爺さんもリサを連れ帰るのは無理だと思っているようだ。

 俺より付き合いの長い人間の判断を信じよう。

 後は俺がどうフォローするかだ。

 とすると、残る問題は通報後の対応である。


「通報しておいて当事者がいないのは問題ありませんか」


 俺がそう言うと爺さんが一瞬だが不敵な笑みを見せた。


「上徳家の顧問弁護士にも出てきてもらいますので」


『あー、そりゃ余裕ある訳だわ』


 交通事故の一件で色々と動いていたけど敏腕という言葉がよく似合う人だった。


「あの人なら当事者がいなくても、しばらく大丈夫なようにしてくれるか」


「はい、事情聴取などは仕事が終わってからで構わないということにしてもらいます」


 あの弁護士相手となると交渉する警察官が可哀相になるな。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 あの場を離れただけでリサの血色が良くなった。


『こんなことなら早々に離れておけば良かったな』


 自分の間抜けさ加減に嫌気が差す。


「朋克さん」


「どうした?」


「すみませんでした」


「何が?」


「あの男です。

 何もなかったから良かったですが──」


「はい、ストップー」


 リサの言葉を遮った。

 このまま喋らせると碌なことがないであろう。

 何度も謝罪を受けて身に沁みている。


「ですが!」


「ですがも春日もないんだな。

 俺はこれっぽっちも謝られるようなことをされたと思ってない。

 むしろ自分の婚約者を守れて誇りに思っているくらいだ。

 だから変にネガティブな考え方をするのはよそうな」


 しばらく黙っていたリサだが、涙目になって「はい」と返事をしてくれた。

 笑顔を見せてくれたので心配するようなことにはならないだろう。

 ホッと一安心である。


読んでくれてありがとう。

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