512 @純田朋克:まさかの提案
爺ちゃん弁護士の笑みが怖い。
不気味って訳じゃないんだけどな。
子供が最高のイタズラを思いついたかのような笑みなんだよ。
それが何を意味するのかが分からなくて怖いのだ。
俺は首を傾げるばかりである。
「純田さん」
「はい、なんでしょうか?」
「もっと仕事を増やしてみませんか?」
爺ちゃんは、イタズラを成功させた子供のような笑みを浮かべてウィンクした。
「はいぃ?」
紅茶好きのインテリ警部殿のような声が出てしまった。
無理もない。
弁護士の爺ちゃんに声優の仕事を増やさないかと提案されてもね。
なにが何だかサッパリなんですが。
『どうゆーこと!?』
説明を求むという俺の視線に気付いた爺ちゃんがニコニコしたまま爆弾発言をした。
「社長をやってみませんか?」
「やりませんけど?」
俺がしたいのは声優の仕事であって社長さんではないのである。
子供の頃の夢だって社長ではなくお坊さんだった。
「いやいや、これは唐突すぎましたな」
ハッハッハと高笑いしている爺ちゃん。
「しかしながら、こうは思いませんか?
自分の手の届く範囲で作品を作れば声優の仕事もできると」
仕事と増やしてみないかというのは、そういうことか。
自分の手の届く範囲というのは自分で作ったものということだろう。
そういう意味では自主製作なんかも範疇に入る。
パソコンを使えば絵を描いて動かせるし。
自作なんだから自分の声は入れたい放題だ。
だが、爺ちゃんが言っているのはそういうことではない。
「アニメ製作会社をやれってことですか」
自社のアニメなら自分を出演者にできる。
オーディションの前に決めればいいんだから。
社長だから権限がある訳で。
『顰蹙ものだと思うのだが』
俺の手持ちの資金だと何年続けられるか。
下手すると最初の作品でコケて終わりだろう。
頭の中で自分が社長になった姿を想像してみるが……
『ダメだ、倒産する未来しか見えない』
会社員として働いたことのない人間に会社経営が務まるとは思えないもんな。
それに俺のやりたいことからはズレを感じる。
オーディションに受かってこそという思いがあるのだ。
『最初から俺のために用意されたキャラに愛着が湧くだろうか?』
もしかしたら自分専用ということに感激して愛着が湧いたりもするのかもしれない。
けれども俺は引っ掛かりを感じている。
疑問を感じるくらいには。
『それを説明して理解してもらえるかなんだよな』
些か難しいのではないか。
違いを言葉で説明できそうにないのだ。
微妙な感覚の差異だけにね。
どう説明したものかと内心で頭を抱えてしまう。
「それは会社の事業部門のひとつに過ぎませんな」
「へ?」
『事業部門のひとつってどういうこと?』
頭の中ではツッコミを入れているが、そこまで冷静でいられない。
俺の想定よりもスケールが1ランク上のようだ。
その事実についていけずに頭の中が真っ白になる。
「ゲーム製作もします」
「え?」
『やっぱり、そういうことかぁ』
アニメとゲーム、二足のわらじを履いている会社もあったのは知っている。
『けど、俺にそれをやれというのは無謀すぎやしないか』
「音楽部門もあります」
「はぁっ!?」
『まだ、あるのぉ─────っ!?」
もはや訳が分からない。
「声優や歌手も会社で雇います。
当然、各部門での企画には優先的に仕事が割り振られます」
「……………」
言葉がない。
その気になれば、すべてを外注に出すことなく仕上げてしまえるようにするつもりか。
『どんだけ人を雇うつもりだよ』
俺の考えていたことなどスケールが小さすぎる。
少なくとも俺がもらった慰謝料で資本金やら運営費やらが賄えるとは思えない。
「実はアメリカで先行してゲーム製作が始まっています。
あと、向こうの歌手に主題歌を歌わせる予定です」
「ちょっ!?」
更にスケールが小さくなった。
いや、俺は普通なんだよ。
向こうがデッカくなったんだ。
それも超のつく非常識なレベルでな。
俺にはこんなことをしでかす相手に心当たりがある。
そう思いながら上徳さん一家の方を見た。
父ちゃんがやけに爽やかな笑みを浮かべてサムズアップしている。
『さすがは帰化した元アメリカ人だね』
こういうポーズが様になっていた。
この姿を写真とかで見せられていたら何かの宣伝だと思ったことだろう。
『この人の仕業か』
ということは俺が入院中に具体的な計画が立てられ動き始めていたということだ。
『アメリカに長期滞在と言ってたけど……』
そりゃあ長期になるだろう。
会社を設立して求人して、あれやこれやと動かねばならない。
おそらくは妻も娘も動員されたことだろう。
というより積極的にさんかしたんじゃなかろうか。
母ちゃんと娘がニコニコしてるし。
しかも何処か誇らしげである。
『一仕事してきましたって顔だよな』
市場規模で考えると一仕事なんてレベルではないのは確実なんだが。
だからこそ聞かずにいられなかった。
「何故なんです?」
「はてさて、何が仰りたいのでしょーか」
父ちゃんが首を傾げている。
俺の言いたいことが分からないようだ。
そりゃまあ、俺は何に対しての何故なのかは言っていない。
普通に分からないと言われれば、それまでだろう。
が、この父ちゃんとは見舞いに来てくれたときに何度も話した。
こういう言葉足らずの状況でも前後の流れから話を繋げられる人のはずなのだ。
『本気で分からないのか?』
それとも強引に話を押し通すために誤魔化しているのか。
何となくだが本気のような気がする。
この父ちゃんとは、たまに話が噛み合わないことがあるのだ。
『金銭感覚に天と地ほどの開きがあるせいでな』
向こうからすると、これくらいはして当たり前。
俺からすると、いくらなんでもやり過ぎだ。
今回のケースはそれに該当する気がする。
「伊達先生は俺に社長をやらないかと仰いました。
それも桁違いに大きな会社の社長をです。
これって貴方の用意した会社ですよね、上徳さん」
コクコクコクと頷く上徳さん一家。
『ノリがいいな、おい。
親子3人そろって頷かなくてもいいだろうに』
「だったら分かりませんか。
俺が社長をするという必然性がどこにもないんです」
目を丸くしている父ちゃん。
顔に「どうして何故なにゆえWHY?」とでも書かれているかのようだ。
それでも口を挟んでこないのは俺の話を待っているのだろう。
「親族の関係での詫びということなら不要です。
それは先程も説明して御理解いただけたと思うのですが」
ここで言う親族とはヒス社長のことである。
露骨に名前とかを口にするのは、はばかられた故こういう言い方をした。
これで充分伝わったはずだ。
一家の表情が微妙に曇ったからな。
「ノーノー、その事じゃありませんねー」
口調は軽いのに真剣な表情の父ちゃん。
これは土下座して謝ったときの顔だ。
それでピンときた。
きたのだが、俺が言葉を発するより先に娘の方が喋り出した。
「これは私がどうしてもと両親にお願いしたことなのです」
『なんですとぉ─────っ!?』
ピンときたはずの俺の直感は微妙に外れてしまった。
『てっきり父ちゃんが親バカを発揮したんだと思ったのに』
ある意味、親バカは発揮している。
娘の願いを聞いて桁違いの会社を作るという非常識なことを実行済みだからな。
俺としては父ちゃんが暴走したんだと思っていたのだが。
『実は娘の主導でしたとさ、チャンチャン』
親が親なら子も子だよ。
お願いのスケールが違う。
「私は純田さんを殺してしまうところでした。
いいえ、実際に殺してしまっています」
「ちょっ!? ちょっと待とうか、お嬢さん。
俺は死んでないよ、死んでませんからねー。
大事なことだから2回言わせていただきましたよぉ?」
『ダメだ、混乱している』
声も裏返っているしな。
若くて可愛い女の子に「殺した」とか言われるとインパクトがあり過ぎだ。
川代さんが前に台詞で言った「死ね……」に匹敵するかもしれん。
『そういうのはアニメとかゲームの中だけにしてくれないかなぁ』
最近の女の子は過激というか物騒である。
「いえ、あなたの担当されていたキャラクターは全て他の人に変えられてしまいました」
『……なんだかなぁ』
娘さんの思考が極端すぎる気がするんですが。
長期入院すれば代役が決まるのは当たり前なんだし。
「私はあなたの生きがいを奪ってしまった」
分身のように思ったことはあるが、そこまでだろうか。
「殺したも同然ですっ!」
少なくとも、殺されたとは思っていない。
なのに今にも泣きそうな顔で力説されても困るだけなんですがね。
「俺は卒業したと思うことにしている。
振り返れば奴がいるってね。
でも、今は前に進まなきゃいけない時だ。
俺は新たな出会いに期待して次の相棒を探しているよ」
我ながらキザな言い回しである。
こんな風に言ったところで納得してくれるような雰囲気じゃないのだけれど。
「では、是非ともそのお手伝いをさせてください。
秘書でもマネージャーでもメイドでも何でもします!」
「ええ──────っ!?」
思わずソファーから浮き上がるほど驚かされた。
『最後のメイドって何なのさ!?』
自宅にまで押しかけてこられそうだ。
『今の勢いだと、住み込みとか言いだしかねんな』
読んでくれてありがとう。




