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52 野生児との決闘はじまる

改訂版です。

『まったく、もうちょっとで決闘用ハンマーが仕上がるってのに』


 内心でぼやいてしまう。

 準備が整ったから決闘を始めようと言われるとは、間の悪いことである。


『これでも一応は使えるが……』


 微細な記述で効率よく術式が動作するようにした結果だ。

 問題は魔力を単純に吸い上げて使う方式であること。


『今のままだと魔力の少ないドワーフにはキツいよな』


 試合が長引けば倒れるだろう。

 早めに決着がついてもヘロヘロになるはず。


『気が進まないけど時間稼ぎするか』


 こういうときに【多重思考】は実に役立つ。

 同時進行で仕事ができるからな。


「ガンフォール、本当に好きなだけ見学していいんだな」


 約束の報酬を念押しで確認するように見せかける裏で作業する。


 吸い上げる魔力を少なくしつつ安定動作させる方法は既に考えてある。


『常時吸収ではなく断続吸収に変更っと』


 これで吸収量を減らす。

 あとは減った分を補うべく増幅させるだけだ。


『吸収時にハンマー内部を高速循環させて』


 これだけでも魔力は増幅される。


『更に停止中に練り上げるっと』


 循環から練り上げまで内包型の魔法使いが魔法行使するのと同じプロセスにした。

 パクったとも言う。


 ついでに術式の記述を微細なものから超微細なものにやり直した。

 何となくやってみたのだが……


『ふむ、余剰分がやけに多くなりそうだ』


 記述が細かくなればなるほど高い効果を発揮するみたい。


『機能追加しておくか』


 並行作業中なので会話の方も進んでいる。


「バカ孫をぐうの音も出んくらい叩きのめしてくれたらな」


 ニヤリと爺さんが笑った。


『余裕かまされると、なんか腹立つ』


 誰のせいでと思わなくもないが、そこは報酬でチャラか。

 そんなことより追加機能である。


『ヒットした回数のカウント表示は基本だろ』


 幻影魔法で手元と頭上に表示されるようにした。

 手元は自分で確認できるように小さく。

 頭上の方は誰からも見えるようにする。


「大した自信だな、ヒガとやら」


 アネットが絡んできたが、それどころじゃない。


『あとは時間の計測もできるようにして命中カウントの開始と連動させて』


 試合が終わったら勝者の通知と、後はリセットだろう。

 操作は審判が行えるようにすれば試合開始と連動させやすい。


『タイマーカウントは審判の魔力で実行させるか。

 表示も審判の頭上でやれば分かり易いし臨場感も出るだろ』


「その度胸に免じてアタシの子分にしてやろう」


 幼女が何か言っているが、こっちは最後の調整中である。

 邪魔をしないでもらいたいものだ。


『なに言ってんだ、コイツ。

 桃太郎や金太郎じゃあるまいし』


 子供らしいとは言えるけどな。

 彼我の力量差も見極められずに喧嘩を吹っ掛けてくるし。

 そんなことより作業を完了させたらチェックだ。


「お前が勝ったらな」


 チェックに集中したいので返したのは生返事に等しい。


「おうおう、吠えるねえ」


 明らかにあおる気満々の台詞であるが、こっちは高速でチェック中である。

 だから、こんな切り返しもまともに取り合わない。


『……よしっ、完了だ!』


「始めるぞ」


 ガンフォールが割り込んできた。

 審判の合図を待たずに決闘が始まるのを懸念したのだろう。

 俺がアネットを相手にしていないからこそ、幼女がキレると見た訳か。


「少し待て。

 これを使おう」


 俺は仕上げたばかりのブツを倉庫から取り出した。

 決闘用ハンマー1セットとストップウォッチ型カウンターである。


「なんじゃ?」


「なんだよ、それ?」


 見慣れない人間にとっては奇妙なものでしかない。

 ハンマーはデザイン的に見慣れない代物だし。

 ストップウォッチなんて似ている物がないからね。


 それでも顔に理解不能と書かれると不満が出てしまう。


「見て分かんないのか。

 これなんかはカラフルだが長柄のハンマーにしか見えんだろ」


 ガンフォールは渋い表情だ。

 アネットは物作りに興味が無いのか知らん顔である。


「機能性がなさすぎじゃ。

 派手な色からは実用性が感じられん。

 このギザギザなど意味が分からんわい」


「色は試合用の非殺傷を明確にしたからだ」


「じゃあギザギザはどうなんじゃ?」


「それこそが非殺傷を実現させるための技術が詰め込まれた部分なんだぞ」


「むう」


 ガンフォールが唸ったのでハンマーの片方を手渡した。

 特に何も言わなくても観察し始める。


「これは……」


 目を見開いたガンフォールが軽くハンマーを振った。


「ふむ、軽いのに絶妙なバランスじゃ。

 本物を扱う時の感覚に近づけておるのか」


 真剣な表情で持つ位置を変えつつ振り回す。


「試合用に使おうと言うだけはありおるわ」


 そう言って掌に軽く打ち付けた。


「むっ、なんじゃと!?」


 蛇腹部分が縮むことに瞠目するガンフォール。

 すぐにその役割を理解し頷きながらニヤリと笑った。


「これは確かに非殺傷の肝になる技術じゃな」


「それだけじゃないぞ。

 試しに俺に当ててみな」


 言われるがままに軽くハンマーを当ててくる。

 ピコッと音が鳴った。

 そう、ピコピコハンマーである。

 材質や形状に違いはあるが、見慣れた人間なら確実にそれと分かる。


「なんとっ!?」


 驚きの声を上げたガンフォールが自分に打ち付けるが今のような音はしない。

 見開いていた目を更に開ききった状態にして唖然とするガンフォール。


「コレは魔道具じゃったか」


 呻くように声を絞り出していた。


「ああ、その通りだ」


「対のモノを持つ相手にしか反応せんようになっておるのか」


 仕様を瞬時に見極めるあたり、さすが職人を多く輩出するドワーフである。


「よく分かったな」


「言ってみただけじゃ」


 ガクッと来た。

 しかし、これの使用が認められねば作った意味がない。

 気を取り直してもう片方も渡した。


「どうだ?」


 この調子ではガンフォールには性能差を見極めきれないだろう。

 できても重さやバランスが同じであるか程度。

 が、それで充分だ。


『後はアネットに好きな方を選ばせるのみ』


 これなら不正があるなどと言う者も出てこないと思われる。


「ふむ、神業と言うほかあるまいて」


 ハンマーの差異が見当たらないと言いたいのだろうが大袈裟すぎる。

 複雑な技術を要するものではないのだ。

 【万象の匠】スキルを用いれば、できて普通である。


『まあ、俺のスキルは知らんからしょうがないか」


 とにかく納得した様子を見せたガンフォールである。

 そのままアネットに2本のハンマーを呈示した。


「これなら使っても良いぞ」


「面白えっ」


 幼女が迷わずハンマーに手を伸ばした。

 そのまま素振りをし始める。


「軽いのに使いやすいじゃねえか」


 振り回しながら上機嫌になっていく幼女。


『ハンマーフェチか?』


 ついバイオレンスで鉤爪好きなどこかの精霊獣を連想してしまった。

 念話はブロックしているので俺のイメージは伝わってはいない。

 もし、伝わっていたら「一緒にするな」と猛抗議されること間違いなしである。

 その割には意気投合しそうに思えてしまうのが謎だ。


『いずれにせよ見た目がピコピコハンマーじゃなかったら危ない絵面になったな』


 一通り感触を確かめたアネットがハンマーを止めた。


「いいぜ、これで勝負してやる。

 遠慮なくぶち当ててもいいんだよな」


「好きにしろ」


 了解が得られたことで魔道具の使い方を2人に説明していく。

 アネットもこういうときはちゃんと話を聞くようだ。

 細かい設定方法は後で説明書を渡すことにしたので、色々と省略しているお陰かも。

 長引けば文句タラタラになるだろう。


「条件が変えられるとは高度な魔道具じゃな」


「そうか?」


「で、どんな条件にするんだ?」


 待ちきれないとばかりにワクワクした表情を見せながら幼女が聞いてくる。

 こういう時だけ幼女っぽい仕草をするから質が悪い。


『本性を知らん奴ならコロッと騙されそうだな』


「デフォルトでいいだろ。

 制限時間10分、30発先取で勝ちだ」


「つまんねえぞぉ。

 たったそれだけかよぉ」


 幼女らしからぬ不満げな顔をして因縁をつけてくる。

 チンピラかと言いたい。


「変更すると設定に無駄な時間を使うぞ」


「じゃあ、それでいい」


 あっさり了承されてしまった。


「では、始めるぞ!」


 ガンフォールの良く通る声に、ざわついていた周囲が静まり返った。

 幼女が戦闘態勢に入った。

 ウズウズした雰囲気が鳴りを潜め静かな殺気が放たれる。


『大人顔負けかよ』


 戦闘のセンスがあるのか無いのか、よく分からん幼女である。


「構えよ」


 ガンフォールの出した指示にアネットが腰を落とす。


『やる気は充分。

 溜め込んで突進する気満々だな』


 俺は小さく嘆息し、半身の自然体で構えた。

 それを確認してガンフォールが右手に持ったカウンターを掲げる。


「用意」


 幼女がニヤリと笑った。

 不敵に大胆に。

 だが、それは過剰な自信と不遜な態度の発露でしかない。


『不用意だな』


 初手から噛ますつもりなのが見え見えである。


『無価値どころか負価値であることを思い知るがいい』


「始めっ!」


 ガンフォールの右腕が振り下ろされると同時にスタートボタンが押された。

 その頭上でカウントダウンが始まる。


「「「「「おおっ!?」」」」」


 幻影魔法で大きく表示されたそれに、どよめきが起こった。


「よそ見してんじゃねえっ、コラァッ!!」


 幼女の砲弾のような突進。

 そのままハンマーを振り下ろしてくる。

 俺はすり足で少し横にズレた。


「ゴォッ」


 風切り音を残し、かすめるようにハンマーが通り抜けていく。


「なっんだとぉ!?」


 俺の横を突進の勢いのまま駆け抜けようとしているアネットが驚愕の表情を見せる。

 誘われたことにも気付いていないようだ。


『動きが直線的過ぎて見ていなくても余裕で躱せるんだよ』


 一撃離脱は幼女にしては上出来だ。

 が、タイミングも動きも見え見えでは効果は激減する。


「ほら、足元がお留守だぞ」


 すれ違い様に石突きで軽くつついてやった。

 ハンマー部分での攻撃ではないのでカウントはされない。


「くそっ!」


 アネットはガバッと身を翻すようにして突進の勢いを利用しつつバックステップした。

 急角度で離脱。


『ふむ、反応速度と身のこなしのセンスはまあまあか』


 幼女にしておくのは勿体ないくらいではある。


「くたばれぇ!」


 考えなしに突進を繰り返そうとするのはいただけないが。

 先程と変わらぬ振り下ろし。

 だが、今度は踏み込みが深い。

 相手によっては躱しにくくなったと感じる者もいるだろうか。


『その程度で当たってやる訳にはいかんな』


 今度はハンマーの柄で流すことにした。

 柄で柄を受けると見せて体捌きで柄の角度を変えながら流していく。

 横に回り込んだ時点で軽く押し込むと──


「うわあああぁぁぁっ!」


 アネットはよろめき、体を斜め方向に泳がせながら離脱していった。

 そして転ぶ。


「くぉんのおおおおぉぉぉぉっ!」


 ガバッと跳ね起きた幼女が腕でグシグシと鼻をこすった。

 まさに野生児ならではの仕草。

 そして、うるさい。


『いちいち声に出さんと戦えんのか』


 早くも辟易とした気分になるが、逃げ出す訳にもいかない。


「ん?」


 立ち上がったアネットが独特の構え方を取った。

 ハンマーの柄をなかば肩に担ぐようにしている。


『時代劇で見た首切り役人の構えに似ているな』


 肩を支点にして振り下ろす力と速さを増そうというのだろう。


『ちみっ子なのに、とにかく剛かよ』


 呆れるほど柔を無視した姿勢に苦笑も出てこない。


「どぉりゃああああぁぁぁぁぁ────────っ!!」


 幼女が、ひときわ気合いを入れて突進してきた。

 トップスピードに乗ったら間合いなど関係ないとばかりに跳躍し前転。

 ガンフォールに使ったグルグル回転アタックの回転数強化バージョンだ。

 殺傷力が無い決闘用ハンマーを使っているから無茶ができると考えたのだろう。


「甘いよ」


 横方向へと回り込みハンマーを持たない左手で柄を掴む。

 瞬時に手首を返して掴んだ柄を離した。

 それだけで回転の勢いが半減。

 飛んで行く方向も放物線を描くようなものに変わった。


「うわあぁぁぁ─────っ!!」


「「「「「おお─────っ!」」」」」


 幼女の悲鳴と同時に訓練場内に歓声が沸き起こった。


 そしてアネットが落下。

 狙い通り前回り受け身の形でゴロゴロと転がっていく。


『命中しなかった時のことは一切、考えないんだな』


 あのまま躱すだけだったらアネットは少なからぬダメージを負っていただろう。

 最低でも骨折は免れなかったはずだ。

 それを思えば、回転が止まった後の幼女がふらつくくらいは何でもないことだ。


「目ぇぐぅわぁ~、むぅわぁ~るぅ~」


 どうにか立ち上がって1歩また1歩と向かって来るアネット。

 酔っ払いのような足取りだ。


『自分で回っておいて目を回すとかアホだな』


「考えなしに回転するからだろうが」


「うるにゃぁ~い、どっぅわまぁれぇ~」


「呂律は回せよ」


 我ながら無茶振りである。

 まあ、挑発なんだが。

 向きになったアネットがフラフラしながらも根性で向かってきた。


 間合いに入ると立ち止まりハンマーを振り回してくる。

 が、その軌道はヘロヘロだ。


『こっちの方が軌道を予測しづらいな』


 遅いけど。

 あっちへフラリ、こっちでヘロリ。


「くぅおぉんのぉお~っ!」


 徐々に振りの鋭さが戻ってきた。

 空を切るブンッという音がし始める。

 止まらない。

 鋭くなる。

 俺はひたすら躱し続けた。


「ゴオッ」


 空振りが3桁に達した瞬間の風切り音は元に戻っていた。

 もちろんアネットの調子も。


 頃合いを見計らい俺は攻勢に回ることにした。


「では、お勉強の時間だ」


読んでくれてありがとう。

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[良い点] これだけの超長編がレジェンド以外にあったとは!今になって読み始めましたが、定番仕様のオンパレードとは言え、とても面白いストーリーだと思います。 [気になる点] 52話まで読んで、ストーリー…
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