502 @純田朋克:退魔道とリハビリ
事務所がないという話には落ち込んだ。
申し訳なくもあった。
前の事務所が解散したときに拾ってもらった恩がある。
仕事で返せればと頑張ってきたつもりだったが。
返せなくなってしまったのは無念の一言に尽きる。
それだけに怒りを禁じ得なかった。
自分に対してのものだったが……
「そりゃ違うでしょ」
一旦、帰ってハルさんに相談したらアッサリ言われてしまった。
「逆恨みに端を発してるんだよ。
そんなものに責任を感じるのは間違ってる。
相手を徹底的に潰さない己に責任を感じるんなら分かるけど」
「怖いなぁ。
そこまでやらなくても」
「甘いね、甘すぎる。
ああいう輩は死んでも反省なんてしない。
何度も直に見てきたから間違いないよ」
「そう言われても死んでる相手だしなぁ」
遺族を追い詰めるのは筋違いだし。
だが、ハルさんは俺の予想とは異なる答えを持っていた。
「残存思念があるじゃないか」
「え?」
「分散した呪いはまだ残ってるんだろ」
「ああ、エリーゼママによると幾つかあるみたいだね」
「そういうのは本人の劣化コピーみたいなものなんだよ」
「だから残存思念って訳か」
「そゆこと」
ハルさんが頷いた。
それはいいんだけど、何故か彼の奥さんに話を振る。
「だよな、ルーリア」
「いかにも。
場合によっては本人の姿を写して悪さをすることもある」
キリッとした雰囲気なのに童顔で少しだけど年上とは思えないハルさんの嫁だ。
始めて出会ったときなどはホモ疑惑を抱いたくらいなんだけど。
『だって、イベントの出待ちで俺が目当てで相手が男だったもんなぁ』
しかも諸事情により俺だけ帰るのが何時間も遅くなったのに待ってたし。
丁寧な物腰だったせいで余計に疑惑が膨らんだし。
怖いもの見たさもあったので飲みに誘ったらノンケでした。
それ以来の付き合いだ。
で、紆余曲折があって現在に至る。
いま現在、彼には18人の妻に1人の婚約者がいる。
アレを見てホモだとは思わんよな。
両刀使いでもなかったし。
純粋に奥さんが一杯。
しかも美人ぞろい。
年齢は近しい人が多いけど10才も年上の人がいるし。
婚約者も含めるとロリコンと言われても仕方のない11才の少女までいる。
『年齢の幅が広いというか、凄いよな』
でも、それで驚いていられない。
なんたって獣顔の人までいるんだから。
猫妖精ハイケットシーのカーラさん。
人化すると、これまた美人だし。
とにかく色んなタイプがいる。
しかも面子が多いからリアルにハーレム状態である。
『ちょっと羨ま……』
いや、浮ついたことを考えるのはやめておこう。
俺にはとびきり美人の奥さんがいる。
ハルさんの嫁も負けず劣らず美人ぞろいだけど。
ルーリアさんは、そのうちの1人だ。
奥さんというよりボディガードみたいに見えてしまうのは御愛嬌だ。
とはいえハルさんに護衛なんて必要ないと思う。
俺のレベルの倍以上ある守護者が3人もいるし。
種族的には神霊獣に聖天龍に上位妖精なんだけど。
ハルさんの嫁の中にも凄い人がゴロゴロいるし。
『でも、なんでルーリアさんなんだ?』
明らかに御指名だったもんな。
俺が首を捻っていると、ハルさんが目を丸くして聞いてきた。
「あれっ? 言ってなかったっけ」
「何をだい?」
「ルーリアが退魔の専門家だって」
「しょうなのぉ?」
思わず等しく皆に優しい荻久保清太郎さんの物真似が出てしまった。
このネタが分かる人、こっちの世界だとほとんどいないんだけど。
とか思っていたら生暖かい視線を感じた。
ハルさんの嫁にして俺のはとこに当たるミズキさんとマイカさんだ。
この2人も俺やハルさんと同じ日本の出身だからな。
『物真似ネタが死ななくて良かった』
とか言ってる場合じゃないな。
「退魔の専門家だって?」
「退魔道シンサー流が開祖ルリ・シンサーの子孫だよ」
「マジか……」
「大マジだよ。
ちなみに、その御先祖様は日本から事故で転移してきたから」
「なんですとぉー!?」
神様の助けなしに異世界間を転移することってできるとは。
『どんな事故だったのか聞きたいような聞きたくないような』
「元の名前は神咲瑠璃だよ。
さらには、その彼女が転生したのがルーリアだ」
「しょえーっ!」
もはや何が何だか訳ワカメ。
「まあ、それはそれとしてだ。
少しばかり退魔の修行をしておきますか」
「は?」
驚き情報はさすがに打ち止めかと思ったら、それか。
そんなこんなでマジで修行しました。
でも、レベルが3桁になっていたお陰でサクサク修行が進んだのには笑ったけどね。
教える側のルーリアさんが少しションボリしていたので内心でだけど。
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「じゃあ、また行ってくる」
「お気をつけて」
フェルトの見送りを受けてセールマールの世界へ転移する。
魂だけなので負担が少ないそうだが、何がどう少ないのかはよく分からない。
無理に知りたいとも思わないけどね。
転移にはさほど時間もかかっていないようだし。
その間に超高速で情報が流れ込んでくるから時間を気にしている余裕はない。
たぶん情報量によって転移に必要な時間が変わってくると思う。
ルベルスの世界に帰還するときは情報なしで一瞬だし。
『それにしても、やること多いなぁ』
まず、やるべきはリハビリだ。
でも普通のリハビリじゃないんだな、これが。
実際は余裕で日常生活を送れるくらい回復してるからリハビリなんて必要ないのだ。
それだと怪しまれるのでリハビリである。
それっぽく見せるのは思ったより難しくなかった。
『でも、レベル18の体には思いっ切り戸惑ったけどな』
貧弱すぎたのがね。
でも、それもすぐに慣れた。
何より特級スキルのアシストがある。
【ヘルプ】の情報を参考に【システム】でシミュレートしつつ動いた。
それだけじゃ芸がないので色々やりながらだけどね。
身体強化の魔法を逆転させて体に負荷のかかる状態にしたり。
特級スキルの【並列思考】と【高速思考】を使って今後の予定をあれこれ考えたり。
同じく特級スキルである【気力制御】の修行に割り当てたりもした。
ん? セールマールの世界じゃ魔法が使えないはずだって?
確かに封印が強めにかけられているから困難だな。
でも、不可能ってレベルじゃない。
そして俺はヒューマン+のボディを持っている。
お陰で難易度は簡単に下がった。
といっても困難が難しいになる程度だが。
でも、これが魔法制御の修行には丁度いいのである。
やはり特級スキルの【魔導の極み】を鍛えることになるのでね。
熟練度が上がるにつれ難易度が下がっていった。
より高度な制御を必要とする魔法が使いやすくなったのは言うまでもない。
おまけにレベルがグイグイと上がったのは想定外だった。
ずっとこれに掛かり切りじゃなかったのにね。
むしろルベルスにいる時間の方が長かったよ。
その間は自動人形にルーチンワーク的にリハビリやらせてたんだ。
そしたらヒューマン+本体の方に経験値が反映されてた。
『あれには驚かされたよなぁ』
思わず苦笑するしかなかった。
半年のリハビリ期間が終わる頃には純田朋克としてのレベルが88だもんよ。
冗談抜きでこっちの世界じゃ超人だ。
もちろん人前で見せたりしないよ。
化け物扱いはゴメンだからね。
自分ではかなり自重したつもりだ。
それでも主治医が驚異的な回復力だって驚いてたがね。
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さて、日本ですべきことはリハビリだけじゃない。
ハルさんに言われて国民年金基金の手続きをした。
これで将来的に貰える年金額を増やすことができるという。
付加という制度も年金額を増やす方法だけど俺だと基金の方が良いって。
税金対策になるからだそうだ。
色々と教えてもらったけど制度の基本的なことを理解していないと結構ヤバイ。
そもそも助け合いを念頭に置いたシステムだから損得勘定するのが間違っているとか。
1ヶ月分でも未納があると障がい者になったとき障害年金の給付が受けられないとか。
年金保険料の支払いが難しい場合は段階的に納付額を減らせる免除制度があるとか。
支給額だけで年金を断念して生活保護を当てにするのは危険だとか。
保護の方は審査がある上に制限事項が多いんだってさ。
俺の場合は増額できる基金を利用するので未納なんて論外である。
「中学とかで教えればいいのに」
俺がそう言うと苦笑されてしまった。
「学校で教えるには不向きなんだよ。
年金保険料だって変わっていってるし。
何より制度が細かな部分で変わることが多いからね」
教科書とか冊子とかの内容が同じ年度内で訂正を必要とするなんて確かに無理だ。
「とにかく社会システムとして不勉強なのは良くないと思う」
「同感だ」
読んでくれてありがとう。




