51 つくってみた『決闘用ハンマー』
改訂版です。
いま俺はドワーフの城の中にある訓練場の中央に立っている。
正面には赤髪の野生児幼女アネット。
ガンフォールの孫だ。
俺はこの幼女と決闘することになってしまった。
『どうしてこうなった』
元凶は幼女だが、俺の心境としてはガンフォールに文句を言いたい。
『自分の孫の手綱くらい握っとけーっ!』
まあ、御し切れていないから喧嘩じゃなくて決闘という形に持って行ったようだが。
そんな訳でガンフォールも俺たちの側にいる。
審判役ってことだ。
『なんか剣道とかの試合みたいだ』
防具も胴着も着ていないけどな。
なんにせよ、アネットは瞳をギラギラと輝かせていた。
まるで飢えた肉食獣のようだ。
幼女らしさがまるで無い。
ガンフォールに突っ掛かっていく思慮の足りなさは子供そのものだったが。
殺傷力の高いハンマーで当たり所によっては即死級の攻撃をするのは度を超している。
『憎いって訳じゃないだろうに』
沸点が低くて怒りっぱなしに近いが、殺意も殺気もなかったし。
あえて言うなら八つ当たり?
理由まではよく分からんが、とにかくそんな感じだ。
無茶苦茶というか理不尽というか。
そんな訳でガンフォールも手を焼いているらしい。
お陰で──
「決闘ならそれに相応しい場所でやれ」
なんて言い出す始末だったし。
ガンフォールには何か思惑があったのだろう。
いい迷惑である。
「断る」
「何だ、怖いのか」
アネットが不敵な笑みを浮かべて挑発してきたが知ったことではない。
「怖くて結構。
人の迷惑も顧みないガキのお守りなどしてられるか」
「んだとぉーっ!?」
アネットが地団駄を踏んだ。
あまつさえ長柄のハンマーを振り回す始末である。
堪え性がない上に傍迷惑な幼女である。
「御覧の通りの癇癪持ちでな。
ガス抜きをせねば周辺に被害が出かねんのじゃ」
『面倒くせー』
「で、決闘という形になる」
「はー、そうかい。
御苦労なこった」
「何を言っておるか。
喧嘩を売られたのはお主じゃろう」
「はあっ!?」
「お主なら楽勝じゃろう?」
「そういう問題じゃねえよ。
面倒くせーし、俺にメリットがないだろうが」
「報酬なら弾むぞ」
「俺は商売に来ているんだが?」
「それはそれ、これはこれじゃ。
報酬は金銭的なものでなくても構わんぞ」
「……………」
ここで、しばし考え込んでしまったのが俺の運の尽きである。
「秘伝の技術を見せろとか言われても困るだろ?」
「そんなことでいいのか?
それくらい構わん。
言っておくが、ワシらの技術は一度見て盗めるほど安っぽくないぞ」
大した自信である。
「おい……」
「盗めるなら大歓迎じゃ。
難しい技術になるほど継承は困難じゃからな」
言ってることは、もっともだとは思う。
同族に限定すればだが。
が、部外者に伝承させても構わないという発想は無茶である。
「ワンマンが過ぎるぞ。
現場の親方が黙っていないだろう」
下手すりゃ暴動ものである。
国外に技術が流出しかねないんだから。
「なに、誰も反対はせぬよ
国王であるワシが許可するのじゃからな」
『このジジイ……』
呆れるほかなかった。
今の発言もそうだが、およそ国王らしからぬジジイである。
出会いからしてそうだった。
『国王が護衛もつけずに、ぼっち散歩かよ』
俺も人のことを言えた義理ではないせいか親近感が湧いてしまったのは内緒だ。
『あんなオマケが付いてくるんだからな』
言うまでもなく赤髪の野生児幼女アネットのことである。
『アレが王女とか、この国は大丈夫なのか?』
訓練場に来るまでのドワーフたちの反応からすると嫌われてはいないようだ。
決闘という名の喧嘩が始まることを知らされて苦笑する者ばかりだったが。
事あるごとに決闘になっていそうな気がする。
ガンフォールの苦労は並大抵ではなさそうだが、同情はしない。
『余所者の俺まで巻き込むなよ』
俺は商談に来ただけであって、戦いに来た訳ではない。
『アウェーだし、相手は王女で子供だし、どうしろってんだ』
俺が応援される要素はひとつもない。
戦い方を考えないと敵を作ってしまいそうだ。
しかも、やたらと頑丈で簡単に負けを認めそうにないのが厄介だ。
『さっき街中で顔面スライディングをやらかしたのにノーダメージなんだぜ』
まるでギャグ漫画の登場人物である。
『これでノエルと同い年とか信じられん』
桃髪ハイエルフちゃんが王女だと聞かされたなら俺も納得したけどね。
そしたら決闘にもならなかっただろうし。
現実とは、ままならないものである。
更にままならないのは人が集まり始めていることだろう。
決闘の話が広まったせいか見物人が集まってきているのだ。
『どうしてこうなった』
俺がそう思うのも無理ないよな?
城の中にある訓練場だが、数千人は見学できるような作りになっている。
で、満席になろうかという勢いで人が集まっているのだ。
『ピンチだな、これは』
これだけの数のドワーフに嫌われたら二度とこの国に来られなくなる。
下手をすれば他のドワーフの国にも話が伝わってということも無いとは言えない。
せっかくドワーフと友達になって色んな相手を紹介してもらおうと思っていたのに。
俺の思惑とは逆の結果になりかねない。
『こりゃあ、間違っても怪我はさせられないな』
何か良い案はないものかと超高速で【多重思考】をフル活用して考えること数秒。
常人であれば数千倍の時間を思考に費やしたことになる。
『さすがチートスキル&能力』
などと感心している場合ではない。
導き出した結論を実践するには時間が必要なのだ。
試合用の得物を作る時間がね。
要は死なない武器を作ればいい。
大怪我をしないなら、なお良いってことで。
例えば剣道の袋竹刀とか。
あるいはスポーツチャンバラのウレタンを用いた刀。
問題はアネットの得物が長柄のハンマーということ。
刀剣類で戦ったのでは本来の実力は発揮できまい。
負けたらゴチャゴチャ言ってきそうだ。
勝ったら勝ったで大口を叩きそうだけど。
『まあ、勝たせるつもりは毛頭無いがな』
そんなことより殺傷力ゼロのハンマーをどうするかである。
刀剣類と違って形状を変えても殺傷力は残ってしまう。
木槌でも加減を間違えば殺傷力が残る。
『……加減するような玉じゃないしな』
幼女のくせにパワーは大人顔負けだし。
いっそのこと竹カゴを編んでハンマー状にするかとも考えたが却下した。
加減を知らない幼女が真っ先に壊すのがオチだ。
壊さないよう慎重に戦うなど考えられない。
『頑丈で殺傷力ゼロのハンマーって、どんな無茶振りだよ』
思わず自分で自分にツッコミを入れてしまったさ。
『そんな都合のいいハンマーなんて、ある訳が……』
そこで、ふと思い出す。
『あったよっ!』
どうして思い出せなかったのかと歯痒くなったせいか、内心で叫んでしまった。
『くぅっ!?』
ローズが飛び上がってビックリしましたよ。
どうやら急に叫んだことで驚かせてしまったようだ。
霊体化している時は俺との繋がりが密になるからだろう。
心の中でなら誰にも聞かれないと油断していたら、これである。
『いや、スマンスマン。
煮詰まりかけていたが、解決できそうなんだよ』
『くーくう』
そうかい、だってさ。
よほど退屈しているのだろう。
『なら、少し盛り上げてみるか』
生き死にの心配がいらないどころか怪我さえ激減させる決闘用ハンマーを使ってな。
急いで作らねばならない。
亜空間倉庫内に作業スペースを確保して錬成魔法を使う。
まずは柄である。
この部分の重量配分を調整し先端に行くほど重くする。
ここで本物のハンマーに近い感触にしないといけない。
『鎚の部分は殺傷能力を持たせるわけにいかないからな』
どうしても構造的に軽くなってしまうのだ。
振り回したときに違和感が出るとアネットが使用を拒否する恐れが出てくる。
せっかく作っても本末転倒だ。
中抜き構造にして、その度合いでバランスを調整するが難しい。
殺傷力を残す訳にはいかないのだ。
必然的に強度の問題が出てきてしまう。
単純なパイプ状にするのではなくハニカム構造にしてみたりしたが……
『足りんなぁ』
しょうがないので魔法で補強する。
『効果が永続するよう術式で……』
魔道具化するのは問題かもしれない。
決闘が終わったら譲渡するつもりだからだ。
ドワーフ以外の手に渡ることも考慮しておかねばならない。
術式を解析されて悪用されることは避けたいところ。
『暗号化すると動作が不安定になりそうだし』
厳重に封印している時間的余裕もないのが面倒だ。
『いっそのこと読めなくしてしまおうか』
魔力を流して術式を起動させても何が記述されているか読めなければ解析はできない。
それを【天眼・顕微】で実現させる。
極小にすることで発動術式の出力が足りなくなるなら、複数の術式を連結させればいい。
記述スペースは幾らでも確保できるからな。
試しに単文で記述してみた。
『ん? 思ったより高効率で術式が起動しているな』
必要以上に柄の強度が増してしまった。
考えられる原因は術式の記述を微細にしたことだけだ。
色々と試したいところであるが、時間が無い。
『しょうがない、帰ってからだ』
今は出力調整の術式を加えるだけにしておく。
柄が適度にしなるようにしておけば、手首を痛めたりといった事故も減るだろう。
『次は鎚だな』
これは魔物の革で作る。
筒状にして両端を閉じる。
これをハンマーとしてアネットのパワーで叩き付ければ破裂するだろう。
それに当たった瞬間の衝撃は無視できない威力がある。
それらを防止するための細工が必要だ。
『まずは空気が抜けるようにして破裂を回避っと』
参考にしたのはプロのカメラマンが手入れで用いるブロアーだ。
手で握って空気を送り出す道具である。
掌サイズで大抵はラグビーのボールに管をつけたような形をしている。
『これなら破裂は回避できるな』
ただ、すべてを柔らかい状態にすると柄の部分で殴ることになりかねない。
部分的に強度を持たせる部分を作りつつ衝撃を吸収しなければならない訳だ。
弾力を持たせつつも部位によって強弱を変える。
これで柄には届かない。
更に側面を部分的に蛇腹構造にして衝撃を減衰させる。
『保険で術式を記述して……』
破損破裂の防止。
蛇腹にバネ強度を持たせる。
インパクトの衝撃を魔力に変換して蓄積。
自己回復。
『後は……』
インパクト面以外で攻撃した時にもエアクッションを発動するようにする。
魔力の消費は大きくなるが必要なことだ。
使用者本人からも魔力を吸い上げて利用しないと間に合わない。
『で、吸い尽くさないよう術式を追加して』
本人の残り魔力が一割を切ったら色が変わるようにしよう。
『ハンマーの色が変わったら負けるルールにしても面白そうだ』
その記述が終わると同時に──
「ヒガ、そろそろいいか」
見物人の入り具合を確かめていたガンフォールが声を掛けてきた。
どうやらタイムリミットのようだ。
読んでくれてありがとう。




