497 つくってみた『試作型ダンジョン内転送魔石』
お待たせしました。
遅れてすみません。
時間はひとつ上のフロアにいた頃に遡る。
『俺よ』
【多重思考】で増えていた俺のうちの1人に声を掛けられた。
『どうした、俺よ』
もちろん念話で。
体はひとつだ。
口だけ無数にあるなんてこともない。
いたら妖怪か化け物の類いだ。
生憎と俺は人間である。
化け物じみたステータスではあるが。
ひとつしかない口で2人分の会話をするのは傍目にはどう見えるのか。
ただの独り言でも延々と続ければイタい人として見られるだろう。
1人2役で喋れば気味悪がられるか哀れみの視線を向けられるかだろう。
俺のメンタルはそんな視線に耐えられるほど頑丈ではない。
故に俺は念話で俺と会話する。
何を言っているのか分からないかもしれないが、俺は俺と会話する。
さして大事なことでもないのに2回も言ってしまった。
馬鹿なことを考えていないで話を進めよう。
『ダンジョン脱出用の試作型魔道具が完成したぞ』
厳密に言えばダンジョンから脱出できる訳ではない。
ダンジョン内でのみ転送を有効にする魔道具だ。
出入り口付近へ転送すれば脱出が容易になる。
『おー、完成したか。
面倒くさい仕様だったのにすまないな』
俺が俺をねぎらう。
『お疲れー』
『なに、いいってことよ』
『チェックは──』
『もちろん終わっているが、お前のチェックがあるだろう』
『ああ、なるほど』
ダブルチェックは大事である。
完成した試作型アイテムを倉の中で確認してみる。
それは棒状の魔石であった。
サイズは発煙筒くらいで色は半透明のグリーン。
既に魔力が充填されているが他の目的に使われないように封印されている。
『それじゃあ、まずは仕様通りか確認していこう』
『了解した』
仕様書を元にしたチェックシートが脳内スマホのアプリで表示される。
『大前提として同じダンジョン内でのみ使用可能とした部分が守られているかだよな』
チェックシートの表示がそれに関連する部分だけの表示に絞られる。
『さて、術式はどうかなっと』
許可判定の領域を確認していく。
魔道具を使用するどのプロセスであってもダンジョン外では動作しない。
ダンジョン内であれば出口付近であっても迷宮核の気配のようなものがある。
迷宮核を脳とすればダンジョンは体のようなものだから当然か。
これを利用して外かどうかの判定をしているのだが。
『うん、シミュレートでも正常だな』
該当項目にチェックを入れる。
『当然だろう。
こんな段階でミスなどしていたら俺が開発に専念していた意味がない』
そりゃまあ、そうだ。
これなら大丈夫。
ダンジョン以外で使うことは不可能だ。
え? 何故こんな仕様にしたかだって?
言いたいことは分からんでもない。
不便だよな。
だからこそだ。
何処でも使える便利仕様になんてしたら良からぬことに使う輩が出てくるからな。
そりゃあ最初から犯罪者には使えないようにしてあるよ。
だけど人は誰しも最初から犯罪者じゃない。
魔道具の使用中に初めて犯罪を犯すことだってあるはずだ。
そういう漏れを出さないようにはしてあるつもりだが絶対とは言い切れない。
犯罪とかに使われたりしたんじゃ敵わん。
故に迷宮核の影響下にある場所でないと使えないようにしたのだ。
今は試作品だが、これを売り出すつもりなんでね。
しかも冒険者が買える程度に価格を抑える予定である。
でないと意味がない。
冒険者の安全確保のために開発したものなんだから。
頼りすぎると危機管理能力が低下したりなど懸念材料もあるけどな。
そのあたりは安すぎず高すぎずの価格設定で様子を見るしかないだろう。
買ったはいいが勿体ないから使わないなんてことにならないようにしないと。
この魔道具はあらかじめ帰還場所にマーキングしておかないと使えないのでね。
転送可能なスタンバイ状態にならないからだ。
マーキングには魔道具の先端部分を使う。
まず、先の方に切れ目の入った部分があるので、ここから先を持って捻り折る。
折り取った先端部分をマーキングする場所に置いて踏み潰す。
そうすると術式により潰れた先端部分が液状化して浸透していく。
このとき踏み潰した者と近くにいる者が転送対象者として登録される。
薄い緑色が見えなくなったらマーキングが完了だ。
水が浸透しないような場所でも心配は無用。
ちゃんと定着するし、洗い流したりもできない。
マーキングが消えるときは手元に残した方を使った後。
すなわち転送完了後だ。
もしくは転送せずにダンジョンから出た場合もマーキングは消える。
その場合は本体も跡形なく消滅させる仕様だ。
セキュリティ対策だな。
もちろん転送のために使っても消える。
使い捨ての魔道具の残骸で研究とかさせないよ。
新品との比較用に使用済みの魔道具を買い取る奴だっているだろうし。
まあ、その点に関しても対策済みである。
『さすがは俺だ。
術式の記述は超微細にして複雑。
読み取られる恐れがないのは素晴らしい』
『当然だろ、複製などさせるものかよ』
『確かにな』
まず刻み込む術式の文字や記号などのサイズが普通の顕微鏡を使っても確認できない。
これを多層構造の記述にして魔石の中心部付近に刻み込んである。
多層構造にすることで何処から読み始めるかを見極める必要が出てくる。
それが極小で記述されているならスキル持ちだって読み取れまい。
読み取る以前に術式があると認識するだけでも3桁レベル級のステータスが要求される。
そうでないと刻み込まれていることにすら気付かないだろう。
その上で転送以外に認識阻害と複製阻害の術式も混在させて刻み込んである。
見様見真似でコピーしようとしても失敗する訳だ。
『万が一にも粗悪な複製品なんて出回らせる訳にはいかないしな』
『そうとも』
俺の同意を耳にしながら倉の中でライトの魔法を使う。
本体に一定方向から光を当てると──
『うん、ミズホザクラが投影されるな』
国旗で使われているデザインが映し出されている。
光の当てる角度を変えると、すぐに消えた。
角度を戻すと投影される。
色は薄紅色だ。
魔石の色と異なるようにすることで技術的に真似できないようにしている。
『これで偽商品が出てきても対応が楽になる訳だ』
『出なくなると断言できないのが悲しいところだな』
『仕方あるまい。
確認を徹底してからでないと売らないようにしよう。
それだけでも騙される被害は大幅に減るはずだ』
あくまで減るだけだが。
『どうにか無くすようにはできんものか』
『難しいな』
詐欺師という連中はいくらでも騙す手口を考えるからな。
完璧に被害を防ぐ手立てなどないだろう。
偽物に透かしがない場合でも連中にかかれば、やりようはあるのだ。
例えば職人の弟子が作った練習の品ということにするとか。
弟子が作ったので透かしはないが動作は確実という触れ込みにすれば売れる。
あるいは透かしを入れるのに失敗した品として売り込む手もある。
こういう事例の場合、本物より安く売れば疑う者も少なくなるだろう。
シャレにもならない巫山戯た話である。
『使い方に癖があるが、便利だからな』
魔法使いでなくても使えるようにしたのが大きい。
マーキングさえしておけば、その場所に戻ってこられるのだ。
ダンジョンの1層目などは安全な場所を確保しやすい。
出入り口付近なら尚のことだろう。
そういう場所でマーキングしてから探索に行けば非常事態でも助かる可能性が高い。
ここで使用プロセスの確認をしておこう。
まずはマーキング。
これの詳細は説明済みなので省略。
後は転送時まで特にしなければならないことはない。
転送が必要になったときは先端を折った魔石の本体部分を強くねじる。
すると魔石が破裂して粉々になり転送魔法が発動を開始。
魔石の残骸を中心に半径2メートル弱の光の魔方陣が描かれる。
この魔方陣の内側に入った者や物品と登録者が数秒後に転送されるという寸法だ。
魔方陣さえ死守すれば敵と一緒に転送されることがないのが利点である。
前衛が敵を食い止めている間に後衛が発動させても取り残されることがない。
また、登録者どうしがバラバラになってもマーキング地点に転送される。
誰かが囮になって引き離している間になんて使い方もできる訳だ。
あるいは登録後に行方不明になった仲間と合流するために使うのもありだろう。
これは登録者が死亡していても死体さえ残っているなら有効である。
アンデッドになってしまった場合は、その限りではないが。
ただしダンジョンの外に出てしまうと登録が解除される。
この場合は本体が自動で粉々になって強制的に転送されるようにしてある。
本体を持たない者がはぐれた場合に仲間を転送させることができる訳だ。
裏切って自分だけ脱出なんて真似はできないのである。
これらの点をチェックしてみた。
『特に漏れがあったりはしないな』
『入念にチェックしたからな』
一通り確認してみた。
特に問題はなさそうだ。
上書き禁止や他の魔道具や魔法の干渉を受け付けないようにもしてあるし。
『それじゃあ、さっそく使ってみるか』
『分かった。
では自動人形を使って1層の階段付近にマーキングさせよう』
そんな訳で現在に至る。
実は光学迷彩を使って自動人形を控えさせたりしているのだ。
登録者として正常に作動するかの確認を行うためだ。
ゴードンや髭爺の近くで俺が試作の転送魔石を使えば魔方陣の範囲内で転送される。
俺はポーチから魔石を取り出してすぐに捻り折った。
「うおっ!?」
「なんじゃ!?」
光る魔方陣に驚いて飛び退こうとする両名の腕をガッシリと掴む。
「何をする」
「ヤバイじゃろ」
梅干しパニックからは脱したようだが混乱しているようだ。
次の瞬間には更に混乱することになるんだけどね。
俺たちは光に包まれて転送されていった。
読んでくれてありがとう。




