494 覚悟を決めろ
すみません。
遅くなりました。
休憩後の髭爺は常識的な行動をするようになった。
魔物との戦闘ではゴードンと連携を取る。
何匹ものゴブリンを従えたオークとの戦闘では──
「エアスラッシュじゃ」
露払いとばかりにゴブリンを切り刻んで雑魚を一掃。
ゴードンがオークとの戦闘に集中できるようにサポートしていた。
あるいは2頭のベアボアと遭遇したときは──
「エアハンマーじゃ」
ベアボアの一方が突進しようとするタイミングを見計らい魔法の槌で地面に叩き付ける。
そこから片方がゴードンとぶつかっている間に風壁で遮断。
1頭ずつ戦える状況を作り出していた。
風壁を突破する頃には1頭目はあの世行き。
2頭目もエアハンマーの打撃ダメージが残っているので動きが鈍い。
これをゴードンが仕留め損なう訳がなかった。
まあ、的確なサポートと言えるだろう。
『だったら最初からやれよ』
そう言いたかったが、違和感が強くて言える雰囲気ではなかった。
どう違和感があるのか。
その最たるものが移動時に無駄口を叩かないというもの。
午前中のように独り言を呟くでもない。
オムライスを食っているときのように騒がしくもない。
もちろん駄々をこねるなどは全くない。
『まあ、加減したとはいえ殺気を叩き付けたからな』
そういう意味では畏縮してもおかしくはなかったんだが。
『ビビってるとか、そういう素振りはないんだよな』
そのあたりは懸念はしたのだけれど杞憂だったようだ。
『らしくねえけどな』
気味が悪いくらい普通なのだ。
普通が悪い訳ではないが、髭爺の場合は調子が狂う。
どう見ても猫を被っている状態である。
俺をこれ以上怒らせないようにしているだけだろう。
普段通りにしろと言ったところで無理だと思われるので放置することにした。
その後もダンジョン内を進んだが特に変化はなかった。
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階下へと至る階段の前まで来た。
「さて、ここから先は覚悟を決めろ」
「どういうことだ?」
ゴードンが怪訝な表情を浮かべて聞いてくる。
「ベアボアより強いのが出てくる」
「なんじゃと!?」
たまらずといった様子で髭爺が驚きの声を発していた。
ゴードンが驚かなかった訳ではない。
「おいおい……」
そう言うのがやっとという状態だったのだ。
「ただ広いだけの王都近郊のダンジョンとは何もかもが違うってことだな」
爺さんたちは険しい表情を浮かべている。
「ここで引き返しても臆病者とは言われんさ」
「何が出る?」
「オーガは普通に出てくるな」
「「なにぃ!?」」
2人とも目をむいている。
それだけ衝撃的だったのだろうか。
「ベアボアみたいなヤバいのが出たばっかりだぞ!」
オーガとベアボアを比較した場合、単体での戦闘力だけで見れば互角だと言われている。
だが、危険度はオーガの方が上だ。
オーガは単体で遭遇することが少ないが故に。
「そんなこと言われてもなぁ。
ここの構造から考えて不思議なことでもないぞ」
「どういうことだ?」
掴みかからんばかりに迫ってくるゴードン。
不幸中の幸いというべきか唾攻撃はなかったが。
まあ、たまたまである。
このまま話を続ければ、いずれ飛ばしてくるのは間違いない。
「ええい、説明するから離れろ」
至近距離で唾攻撃とかされたらかなわん。
「おおっと、スマン」
ひとこと言っただけで離れられる程度には冷静さが残っていたようだ。
間合いが開くのを待ってから話を再開する。
「道案内している途中で、ここの基本構造について説明したよな」
「ああ」
返事をしたゴードンが思い出すように視線をさまよわせる。
「一般的な洞窟型の部分を中心としているんだったよな。
そこから横に他タイプのダンジョンが拡がっている」
「階下に下りる階段は洞窟型のいずこかにある、じゃったな」
「そうだ」
しかも広い。
このダンジョンに始めて入った者は階下の階段を探し出すのに苦労する。
今回は俺が道案内したので迷うことなく来ることができたがな。
もし、ゴードンが自分の連れて来た護衛と挑んでいたら途中で引き返していただろう。
こうもスムーズに下りてくることはできなかったはず。
ギルド内でマップは配布されているが2層目へと至る階段付近までだからな。
身内用のものはスマホで最新版が流れるようにしているけれど。
配布を限定的にしているのは初心者対策だ。
ド素人同然の奴らが過剰な自信を抱いて先に進みすぎてしまうことはよくある話だ。
そういうのに限って碌にマッピングできないからな。
下手にマップを与えると先に進みすぎてしまう。
1層目の一部しか配布しないのは、そういう連中に対する警告だ。
ここから先は責任が持てないと。
浅い階層で初心者キラーのアンデッドやオークが出てくるしな。
『ダンジョン内の何処で死のうが自己責任だがな』
仮に俺たちが来た所までのマップを渡していたとしても結果は変わらないはず。
広いが故に洞窟部分を網羅するだけでも大変なのだ。
ややこしい個所もそれなりにある。
すぐに気付いて戻ってこられる程度ではあるが。
ここが初めてで案内なしだとタイムロスはかなりのものになるだろう。
その上で魔物との戦闘があるからな。
『この2人だからスムーズに来られたが』
護衛の連中が足を引っ張るのは目に見えている。
だからこそゴードンは護衛を連れて来なかったのだ。
『あの連中は盗賊対策として連れて来られているしな』
ダンジョン内ではなく道中の護衛として考えられている訳だ。
頭数がいれば、それだけで盗賊対策になるからな。
一般的に冒険者>盗賊という認識が根強いが故に。
「だから、どうだと言うのだ」
ゴードンはせっかちである。
「ここのダンジョンは1層で他所の何倍もの広さがあるだろ」
「……まさか」
ようやく気付いたようだ。
「他所の何階層分かが1層に凝縮されているのさ」
推測が当たっていたらしく、ゴードンが思わず天井を仰ぎ見ていた。
「言われてみれば確かにな。
ここは初心者お断りというのも無理ねえぞ」
髭爺も何も言わないが頷いている。
「今回、俺が同行したのもそれがあるからだ。
実感できただろ。
帰ったら無謀な連中が出ないように注意喚起してくれ」
まあ、ダメと言われると余計にそれをしたがる奴というのは必ずいる。
そういう連中には痛い目にあってもらうしかない。
生き残ることができたなら教訓になるだろう。
ダメなときは本人の責任だ。
「分かった」
「了解じゃ」
ちなみに、ダンジョンの構造を具体的に説明すると……
『エレベーターやエスカレーターのないビルってところか』
そう聞くと狭い雑居ビルを想像するかもしれない。
しかしながら実際の規模は桁外れだ。
その点に関してだけなら巨大地下街と言った方がいい。
ただし地下街では深さはたかがしれている。
『ビルと言った方がしっくりくるくらいの深さは確実にあるからな』
それに、このダンジョンは洞窟型だけで構成されている訳ではない。
森や沼などのフィールドがある。
それらをイメージするにはビルの方が容易い。
ビルそのものとは言いづらい要素がいくつかあるため、どちらかと言えば程度だが。
簡単に言えば非常階段とフロアで分けられる。
非常階段は洞窟の部分だ。
そして階段の踊り場から出た先にあるフロアが他のフィールドということになる。
『まあ、大雑把に言えばだがな』
そのまま、このダンジョンに当てはめるのは無理がある。
ビルとは言ったが、地表部分に出ているのは出入り口だけだ。
この点に関しては地下街と言った方が違和感がない。
あえてビルと言うなら、全体が地面に沈んだか埋めたと考えるしかない。
そして出入り口は屋上となる。
また、踊り場に相当する部分が階段よりも遥かに広い。
しかも通路や部屋まである。
この部分だけで見てもビルとは言いがたい。
ただ、非常階段とフロアという単純化した考え方にも利点がある。
魔物の出没や棲み分けが分類しやすくなるのだ。
パターンは全部で5種類。
そのうち2種類が非常階段かフロアのいずれか一方にしか出ない魔物だ。
浅い層の沼に出没するアンデッドなどは、これの典型だ。
一度しか試していないが、戦いながら引っ張っていっても越境はしなかった。
これに該当する魔物が多く把握されるようになれば生存率も上がるだろう。
そして1種類が両方に出る魔物。
ゴブリンなどがこれに相当すると思われる。
こいつらは何処でも見かけるからな。
ダンジョン内では他の魔物に従えられた状態で出てくることもある。
残りの2種類は出現は一方だけだが他方へも出没することがある魔物。
鬼面狼が該当するようだ。
どのパターンであっても好戦的なことに変わりはないけどね。
何故そうなっているか。
『迷宮核がそう制御しているとしか言い様がないよな』
シミュレーションゲームなんかのプログラムされた敵の動きに近いかもな。
野良の魔物を見ていると違いがよく分かる。
ダンジョン内の魔物とは明らかに違うからな。
迷宮核の縛りがなくなるからだろう。
そのせいか、より動物の本能に近い行動をする。
逆にダンジョン内では、まず迷宮核の指令ありきの動きをする。
群れないはずの魔物が群れるのも。
他の魔物同士で連携を取るのも。
迷宮核の支配を受けているが故である。
『支配はガチガチじゃないようだがな』
魔物の本能が勝る部分も多い。
その辺りは迷宮核の処理能力の問題だろう。
だが、馬鹿にはできない。
支配が緩いとはいっても野良の魔物よりは危険度が高いし。
『ここは特に1層ごとの差が大きいからな』
「次のフロアに行くなら覚悟を決めろ」
俺は念を押すようにして言った。
読んでくれてありがとう。




