5 どこに住もうか
改訂版バージョン2です。
魔法ってこんなに簡単に使えたのか。
それがベリル様の魔法授業を受けた感想である。
とにかく今まで魔法が使えなかったのが信じられないくらい最初からスムーズだった。
まあ、それには理由もある。
この世界の管理神がある理由により強めの封印をかけているというのだ。
この封印により魔法が使えないようになっているという。
詳細は教えてもらえなかったが、そうせざるを得ないほど管理が難しい世界らしい。
ただ、魔力の制御だけならできている人間は結構いるのだとか。
空想することに長けている人間は皆そうだという。
管理神の封印さえなければ日本には魔法使いが大勢いただろうってさ。
で、俺の家は現在ベリル様の結界の中である。
この世界の封印から制限を受けることなく魔法が使える状況だ。
しかもベリル様の手ほどきが受けられる。
これが実に分かり易い。
その上【チュートリアル】のスキルもある。
魔法を使えるようになるだけなら楽勝コースだった。
難易度の高い魔法は魔力を大量消費するので実行には時間がかかったけど。
魔法を制御しつつ魔力を回復させるとか高度なことまで教えてもらえたのはラッキーだ。
高度なことをすると経験値がたまるらしくレベルが上がった。
本当にゲーム的なのな。
まあ、ベリル様が教えてくれなかったらレベルアップしたか分からなかったんだけど。
気になって自分のステータスを確認する方法を【ヘルプ】スキルで調べましたよ。
スキルで言えば【システム】や【鑑定】など。
あとは魔法で視認可能にすることも不可能ではないらしい。
【ヘルプ】の内容が薄いせいで分かるのはその程度だったけどね。
「はぁーっ」
思わず長めの溜め息が漏れてしまう。
まあ、落胆した訳なんだが。
そばに誰がいるのかを完全に失念していた。
「どうしたのですか?」
ベリル様が声を掛けてくるもの当然だ。
「あ、いえ……
スキルに過剰な期待をしてしまっただけです」
「使い始めですからね。
熟練度を上げれば使い勝手が良くなりますよ」
つまりスキルは取得するだけではダメってことか。
成長させる必要があると。
「そう言えば、スキルの種をもらったときに任意で強化できると聞きました」
ベリル様が苦笑いする。
「現状はスキルを使い続けて鍛えるしかないですよ」
指摘を受けて気が付いた。
俺は魔物を倒していないからポイントがない。
「世の中、甘くないですね。
熟練度を鍛えるのは難しそうだ」
「そうでもないですよ」
「え?」
「ハルトさんはスキルの種を持っていますから簡単に熟練度を上げられます」
かなりチートな頂き物をしたようで……
ならば最大限、活用するまでだ。
【ヘルプ】や【チュートリアル】を鍛えて使い勝手を良くしよう。
参照しながら行動するのは難しいからな。
運動とか教本を読みながらできないだろ?
魔法の練習時でも、そこは苦戦したところだ。
ただ、こういうのを続けると【並列思考】なんかのスキルが習得できそうな気はする。
現状の【ヘルプ】ではスキルの取得条件は分からないけどな。
もっと鍛えないと。
あと魔物を倒してポイントを割り振るのもありか。
ならば異世界へゴーである。
ベリル様も、いつの間にか地声で喋っているし。
俺の魂を定着させるために必要だからとずっと念話で通していたんだけどね。
ずっと電話っぽく感じていた念話をやめたのは俺としても歓迎なんだが。
そんなことより、念話の終了は何時でも異世界に行けますよという合図でもある。
「では、そろそろ行きましょうか」
「はい」
昔馴染みの2人に対する気がかりはあるが未練はない。
冷たいようだが、身近な人との別れを幼い頃から経験してきた俺には普通の感覚である。
おかげでドライすぎるくらいドライな人間になってしまったけど。
異世界では脱ぼっちで行こう。
後、後悔のないよう自由に生きる!
俺がそんなこんなを考えている間にベリル様の準備が整ったようだ。
「まずは世界間の隔たりとなる亜空間に出ます」
その言葉を聞いた直後、俺たちは見渡す限り白色の世界にいた。
ベリル様と俺以外は誰もいない。
眷属のラソル様とルディア様は俺が魔法の修行を始めるときに帰ってしまったし。
見渡す限り何もなかった。
真っ白な場所にベリル様がいる。
不思議なことに影が映らなかった。
自分の姿も確認してみたが、やはり影がない。
ちなみに俺がいま着ているのはベリル様からもらった服である。
生まれ変わって身長が10センチも伸びたので元の服は着られなくなったのだ。
170半ばを越えるとは思ってもみなかったさ。
「ここでハルトさんに行く場所を選んでもらうことになります」
「はい」
返事をすると目の前に球体が出現した。
やや見下ろす形になるが浮いている。
大きさはバランスボールとほぼ同じ。
表面には地図らしきものが表示されていた。
地球儀にしてはデカいが、俺の知る世界地図ではない。
「地球儀ならぬ惑星儀ですか」
「ええ、私の管理する世界ルベルスの惑星レーヌよ」
「これが……」
両極以外に大陸はひとつ。
初見の印象は右向きの熱帯魚だった。
腹に相当する部分の南方に大陸と言うには微妙な大きさの島がある。
他に目立つ島というと熱帯魚の顔面の先に弓なりの細長い島。
鍔のように張り出した部分もあるので日本刀と言った方がいいだろうか。
熱帯魚に斬り掛かるような格好だが、それだと刀に見えなくなるくらい小さい。
何気ない感じでレーヌ儀に触れてみた。
「こいつ、動くぞ」
スマホ感覚で自在に動かせて地球儀よりも自由度が高い。
しかも指先でダブルタップすれば初期位置に戻るという便利仕様である。
「これで俺の行き先を選択するんですね」
「ええ、そうなります。
まず最初にある程度のことを説明しておきますね」
ここから長時間の講義が始まった。
レーヌは地球とほぼ同じ大きさだが陸地面積は少なめらしい。
人が住むのは熱帯魚型大陸の西側だけというのは意外だった。
東側は巨大山脈に分断され人跡未踏の地であるという。
あと人がいない場所というと魔神騒動があった南方の島だ。
隔離されたに等しい場所だから討伐前に人間が襲われたりしなかったようだ。
ただでさえ魔物や戦争が原因で人は多くないそうだから、運が良かったと言える。
また、為政者の都合で戦争に明け暮れている国もある。
平和に暮らしたい俺としては近寄りたくない。
大陸の西、熱帯魚で言う尾びれ部分に位置するアルシーザ帝国もパスだ。
国土面積だけなら断トツで世界一なのに豊かな国ではない。
差別と重税のために苦しむ国民が多い最悪の国である。
しかも他国にはあって当然の冒険者ギルドさえないとか、訪れる気にもならない。
概要の講義が終わると質問の時間だ。
それにしても新しい体は高スペックである。
物覚えが抜群に良い。
上位種だからというのもあるが【ヘルプ】スキルのアシストもあるようだ。
自動で知識を整理しながら追加していくとか便利すぎる。
知識の取りこぼしがないんだからな。
「困りました」
講義が終わってからの俺の第一声だ。
住む場所の候補が絞り込めない。
「じっくり考えてください。
今後の人生を左右するのですから」
ベリル様の言う通りである。
まだまだレベルが低いからな。
如何にスキルの種を持っているとはいえ、迂闊なことはできない。
この世界の標準的な成人年齢に達しているとはいえ、今の俺は15才の若造だからな。
人の多い地域に行けば思わぬトラブルに巻き込まれそうだし。
だからといって田舎に行けば余所者ということで目立つ恐れがある。
リスクの読めない状態だと何が正解か分からない。
いや、漠然とした正解ならある。
俺の勘が人のいる場所に行くなと警報を鳴らしているからだ。
「人のいない場所でもいいんですか?」
「構いませんよ」
その言葉を聞いてホッとした。
「何処でもという訳にはいきませんが」
それはそうだろう。
生きていくのが困難な場所は多いからな。
大陸東方は強力な魔物が多いと講義で聴いたし。
行くならレベルを十分に上げてからだ。
南方の島は魔神討伐の折りに滅茶苦茶になった影響で何もないそうだし。
瘴気もないけど、獲物や素材までないんじゃ生活できない。
余所から物資を持ち込んで開発するにしても現状では無理だ。
「そうなると東の果てにある刀の島ですかね」
ここを候補地にすると、他は考えられなくなるくらい良い場所だ。
選択肢が他になかったこととか、どうでも良くなる。
ここはなんというか日本によく似ているのだ。
大きな島ひとつだけだったり反りが逆だったりして地図的には似てるとは言えないが。
ずばり気候風土はそのものだ。
ここほど四季の移り変わりが明確な地域はないそうだし。
梅雨も台風もあるのは懐かしくもある反面、困ったものだとは思うけれど。
米が自生していて梅や桜もある。
火山がいくつかあって温泉も多い。
海流の影響で近海の漁場に恵まれてもいる。
そしてなにより大陸東部と海で分断されているので強力な魔物がいないそうだ。
住む場所としては理想的ではないだろうか。
問題は人間種がいないこと。
ぼっち卒業は先送りだ。
ちょっと情けない気はするけどね。
アタフタして失敗するより、ドッシリ構えていこう。
ぼっち卒業作戦はレベル上げて色々できるようになってからだ。
まずは日本酒造りを目標にしよう。
ドワーフが酒好きというのは、どの世界でもテンプレらしいし。
知らない酒を前にすれば邪険にされることなく受け入れてくれそうだからな。
ドワーフと仲良くなれたら次の1歩だ。
獣の耳と尻尾を持つラミーナと呼ばれる種族を紹介してもらうつもり。
ラミーナも人間種である。
獣人と言わないのは二足歩行をする獣型の魔物のことをそう呼ぶからだ。
差別的な連中はヒューマン以外の人間種を獣人と呼ぶようだけど。
いちばん関わりたくない手合いである。
仲良くなるなら差別的な目を持たない相手がいいよね。
ドワーフやラミーナの他にはエルフやフェアリーがいる。
これらの種族はすべて人間種ということだし脱ぼっちの相手としては理想的だろう。
フェアリーが妖精ではなく人だったことには驚かされたけどね。
ここではエルフの親戚のようなものらしい。
交配も可能と言われれば納得するしかない。
とにかくヒューマンに溶け込むのは最後だ。
奴隷を購入するという手段などで予定を変更する可能性はあるがな。
元は日本人の俺だけど、奴隷に拒否感はあまりない。
郷に入れば郷に従えである。
文明の発達度合いから考えて無くしてしまうと大きな混乱が生じてしまうだろうし。
魔物の存在が労働力不足につながっている。
犯罪奴隷であれ借金奴隷であれ労働力としないのは損失でしかないのが現状である。
隷属させる魔法で行動に制限が掛けられるため、捕らえた犯罪者は逃げられない。
同様に借金を返済できない者を逃がさないことで踏み倒しの防止にもなる。
決して良い面ばかりではないが地球とは環境が違うわけだし安易に否定はできない。
俺にできることがあるとすれば、俺の国では奴隷制度をなしにすることくらいか。
うん、俺の国である。
行くと決めた東の島は俺が最初の住人だ。
建国を宣言するのも自由だし俺が法律を決める。
で、国の下地を作って余所から人をスカウトして国民とするわけだ。
種族は問わない。
ただし、犯罪者と差別主義者は入国禁止だ。
これでぼっち問題も解決である。
たぶん……
読んでくれてありがとう。